指定されたガトーカンパニーの所有物件は、表の仕事を管理する本館ではなく後ろ暗い事業を扱う事務所だった。
見た目こそ小奇麗で無骨なものだが、その中身は薄汚い裏社会の掃き溜めだ。だがそんな清濁の違いなど、鵺は認識すらしていない。
彼女にとって善も悪も総じて意味が無いのだ。価値基準で重要なのは幸せになれるか、そしてそれを壊されないかどうかのみ。
「このガキが、追加の用心棒か?」
ガトーカンパニーの裏事務所に乗り込み依頼書を突き付けると、明らかに小馬鹿にした様な目線で見下ろされる。
荒事を扱うチンピラばかりが集まるこの事務所において、鵺の明らかに幼女と分かるような小柄さは異質ですらあるので仕方のないことではあるが。
一方で鵺的にはそんな侮りなど割りとどうでもよいのだが、背中に張り付いている海月はそうではなかった。実のところ、彼女の家族の中で一番鵺に対しての無礼を憤るのは海月だったりするのだ。
そしてそんな苛烈さが発揮されたのは、フードを外そうと受付役のチンピラが鵺の頭に手を掛けようとした瞬間だった。
「は? あぎゃぃぁぁ……」
フードの隙間から海月の触腕が伸び、男の手を刺す。そしてそこから医療忍術が行使され……不自然で過剰な回復を促された彼の手が歪に変形した。
具体的には異様に皮膚が膨れ、過剰に育った骨が所々から突き出ると言った具合に、だ。
相手が忍者であればチャクラコントロールにより過剰回復を抑え込んだり、あるいは完全に影響を無くすことは難しくないのだが……今回は相手がただのチンピラだったが故の悲劇だった。
『あら、ゴメンなさい鵺。ついやってしまいました……』
思わずと言った様子でシュンとした声を出す海月。鵺は気にしていないが、仕事に来て早々に問題を起こすとは、とんでもない輩である。
だが騒ぎを聞いて現れた男により、意外にも状況が悪くなるわけでもなかった。
「何の騒ぎだ」
奥の扉から現れたのは、全身に包帯を巻いた大柄な男だった。そして背中には見たことも無い程大きい包丁が佇んでいる。
その威圧感から明らかに上忍クラスの忍者であることが窺え、場にピリリとした雰囲気が流れた。
「再、再不斬さん……!」
酷く痛むのだろう、血が止まらない歪んだ右手を抑えつつ受付の男は再不斬に泣きついた。そんな男の様子に彼は何かを察したようで、呆れた様に鼻を鳴らす。
「フン、忍者をナメるからそうなる。お前はいつもそうだ」
それだけ言い捨てると、再不斬は鵺の方に視線を向ける。そこに侮りは無く、観察している様な隙の無い眼差しだ。
間違いなく熟練の忍であり、また薄暗い裏で生きて来た独特の剣呑さが醸し出されている。
あの蛇男以外では、出会ってきた者の中で一番強いと……鵺は直感した。そしてそれは、あながち間違いではない。
「依頼書を出せ」
「……はい」
高圧的な指示を受け、背中で海月が僅かに蠢くのを感じたが鵺は素直に依頼書を再不斬に手渡した。
彼はそれを受け取ると、まじまじと内容を確認し始める。
「……なるほどな。お前名前と歳は?」
「寄木鵺だよ。多分十歳になった」
その名を口にした途端、再不斬の表情が少し変わった。思いもよらぬモノに出会った様な、そんな驚きを僅かに滲ませた。
そしてククっと可笑しそうに笑う。
「どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ……白!」
そんな再不斬の様子を不思議に思い尋ねるが、誤魔化す様に首を振られる。そして彼は自分が出て来た扉に向かって、誰かの名前を呼んだ。
「どうしました? 再不斬さん」
するとそこから出てきたのは、色白の美人だった。美醜に関しての趣向が定まっていない鵺にしても、綺麗なお姉さんだと思う程度には。
その立ち姿から彼女もまた熟練の忍である様に窺えるが、同時に物腰柔らかそうな雰囲気に当てられ、再不斬を前にするよりも幾らか警戒心は薄らいでいく。
「追加の人員だ。
「まぁ、
再不斬の口元は包帯に覆われているため、背を向けられると鵺にはその会話は上手く聞き取れない。そんな彼らの様子をぼんやりと眺めていると、白と呼ばれた女が鵺に近づき腰を屈めて頭の高さを合わせた。
「はじめまして鵺ちゃん。お顔見せてもらってもいいかな?」
「はじめまして……いいよ」
自分から相手に距離を詰めるのは無意識に出来るが、逆に詰められることに慣れていない鵺は若干緊張しながらそう答える。
一瞬隠していた顔を晒しても良いものか考えたが、そもそもこれは多少浮いてでも街中でトラブルを避けるためにやっていることだ。仕事仲間に見せるくらいは大丈夫だろうと思い直す。
そしてフードを外すと、そこには幼い少女の顔が。
白は思ったよりも鵺が幼かったからか、少し驚いたような表情を浮かべている。
否、彼女が驚いたのは……そこもあるが最たるものはその眼だった。
(深い……悲しみと絶望を知っている眼。でも僕や再不斬さんと同じじゃない、どこか希望へ向かっている明るさもある)
不思議な目だと白は思った。
この歳で裏社会に入り浸る少女など……ましてや国家指名手配されるほどの人間など、まともじゃない。きっと自分達と同じように地獄で彷徨い歩いたのだろうと思うが、それにしては絶望のみに彩られず光もある。
この子はまだ
そしてそこにあるチャクラのうねりも、何となくは。
「ありがとう。これから再不斬さんのアジトに行くから、付いてきてね」
「分かった、白おねぇちゃん」
「ふふ、おにいちゃんだよ」
「えっ」
彼女はどうやら、彼だったらしい。