かぐや月麻呂の人生は、その半分が逃亡と共にあった。
その始まりは彼女が四歳の頃だ。
当時戦乱の緊張がピークに達していた霧隠れの里と水の国は、いつ弾けてもおかしくない水風船の様なものだった。
そんな状況の中、彼女の両親は一族の集落から抜け出す決断をする。
それは偏に、彼らの一族の性質を憂いたからだった。
彼らかぐや一族は、かなり古い血統とそこに宿る血継限界を守ってきた者達である。
そしてそんな彼らは、何と言ってもその術の特異性がもたらす高い戦闘力を持っていた。
故にこそ、恐れられたのだ。
かつての水の国では、特殊な術や特徴を持つ一族は尽く迫害対象だったから。
そして何よりも、かぐや一族の持つその戦闘に対する精神性も恐怖の対象だった。
彼らは戦闘を好む一族だ。
故にこそ戦国の世でも優位性を以て駆け抜けられた。他の地域よりよっぽど戦争が激しかった水の国にて。
しかし今の世ではそれは、ただただ恐怖を向けられる的でしかない。
そして実際に、膨れ上がった恐怖心は彼らを四面楚歌にし、最終的には滅ぼされた。
ここまではいい。
これを分かっていたからこそ、月麻呂の両親は幼い彼女を連れて逃げ出したのだから。
きっと、かぐや一族は戦うことを選ぶのだろうと。
負けると分かっていても、戦うのが我々なのだからと。
寧ろ、荒ぶる血を抑えつけて逃げた彼らの方こそ、異端なのだと。
しばらくは平穏な日々が続いた。
往々にして、一度大きな戦乱があれば暫くは静かになるものだ。
その上、一つの一族が消えたとなればそれはなおさらである。
だがそんな平和な時期も、蓋を開けてみればそう続かなかった。
最初の逃亡先では、ある時月麻呂の血が目覚めてしまった。
と言っても、骨が一本掌から突き出ただけなのだが……。
しかしそれがいけなかった。許されなかった。
かぐや一族は水の国にて、悪名高く有名である。
戦に狂った異端者たち。骨を操る血継限界。ついぞその鬼どもは滅ぼされた……はずだった。
だがここにいた。生き残りが。
去年の冬頃にこの村にやって来た、よそ者が生き残りだったのだ。
そうして彼らは当然の如く異常なほど恐れられ、追い出された。
いや、迫害され、殺される前に逃げたと言った方が正しい。
娘をきっかけに、また彼らは居場所を失ったのである。
しかし彼らは月麻呂を責めはしなかった。
一族にとって、その血の目覚めは喜ばしいことだ。まさに成長の証なのだと言える。
本来なら……集落にいた頃ならば、皆から祝福される吉事のはずだった。ただ少し、タイミングが悪かっただけで。
それから彼らは自衛のためにも、月麻呂に力の使い方を教えた。だが彼女の肉体はともかく、精神性はまだかぐやに目覚めていなかった。
寧ろ力を使うことこそを恐れた。それが目覚めの際の事件が端を発しているのは、両親からは一目瞭然だった。
結果としてちゃんと修められたとも言い難いが、基本的なことと秘伝の型を一つ教えて修行は終わる。
そもそも月麻呂の精神は戦いには向かないのだ。心根は真っ直ぐだが、臆病だったが故に。
それからまたしばらく、各地を転々とした。
情勢が悪い頃に、よそ者を受け入れてくれる場所など殆どないから。逃げる様に旅をするしかなかったのだ。
そして運命の日が訪れたのは、月麻呂が今の年齢である七歳になる直前だった。
その日は珍しく、とある村にてお世話になることが出来た。両親はまともな寝床で身体を休められることに感謝し、家族三人で寝床に就いた。
そうして何事も無く朝日を迎える……はずだった。
その要因の最たるものは……どこまでいっても彼らの不運としか言いようがない。
この事件に限って、彼らの血も……その精神性も何も関係なかった。
ただその村が、よそ者を文字通り食いモノにする類の村であっただけだ。
確かに新たな水影の就任を機に、水の国は良い方向へ向かい始めただろう。
未来に待つのは、暗い歴史を払拭した皆が平和に暮らせる国という光だろう。
だが今ではない。
それは今ではないのだ。
ここは水の国の末端部分。
いわゆる、最初期に腐り始めた……最も戦乱の影響を受けた不幸な患部。
ここまで国の手が及ぶのは……未だ遠い未来の話なのだ。
結果、月麻呂の両親は殺された。
彼女を逃がすために、その時間を稼ぐために戦ったのだ。
相手がただの人であれば問題なかったが、村人たちは昔敗走した忍一族の末裔だった。
そして国にも霧隠れの里にも血を隠し続け、ひっそりと技術と秘伝を継承し続けた……そんな人々だったのだ。
なお、そんな人々もつい最近滅びたのだが。
奇しくもどこぞのS級犯罪者の手によって。
そうしてついに独りになってしまったのが、かぐや月麻呂という少女だった。
それから二か月間、鵺と出会うまで泥と恐怖に苛まれる日々を送ることになる。
だが、これからは違う。
「大丈夫だよ。もう怖くないよ」
太陽だ、と彼女を見上げる月麻呂は思った。
圧倒的で、それでいて優しく暖かい。月が太陽の光を受けて輝く様に、私は今この人に照らされているのだと。
そう理解した。
そして同時にもう一つの真理をも。
「月麻呂、幸せはね……壊される前に敵を壊せば良いんだよ」
一筋の光を湛えた、濁った瞳が月麻呂を射抜く。
その何とも言えぬ
父様も母様も、もういない。だけれども──────
「鵺……姉様……」
頬を真っ赤に染めて、彼女はそう呟くのだった。