「鵺姉様っ」
「うん、偉い偉い」
街への恐怖を克服した日から数日。月麻呂と鵺は旧寄木邸の敷地を少し整えて、未だ水の国に滞在していた。
鵺は霧の忍が自分達……否、自分を追っていることは分かっているが、すぐには動けない理由があったのだ。
それは偏に月麻呂の存在である。
彼女は鵺から見ても、随分と幼い少女だ。七歳と少しという鵺よりも三つ年下で、かつ争いごとの経験も無い。
無論、鵺が彼女を守るのは当然と考えているのだが、だとしても目を離せない程弱いと……彼女が
もし自分が、家族が誰一人いない上であの惨劇を迎えていたと思うとゾッとする。それだけ鵺の中で暴力と言う存在は、大きくなっていたのだ。
幸せを脅かされない様に、恐怖に打ち勝つために。
暴力は何よりの近道なのだと、鵺の思想に刻みつけられていた。
それさえあれば、安心して家族に囲まれ、幸せを享受出来ると心の底から信じているのだ。
だからこそ、せめて月麻呂が自分の力をある程度揮えるようになるまで、移動よりも訓練を優先したのだ。
幸い、彼女にも自分と同じように特別な力があるのだから。
彼女自身を幸せにする才能があるのだから。
そんなことを考えながら、鵺は明るい笑顔をこちらへ向けている月麻呂の頭を撫でた。
今は訓練中であり、月麻呂とクリスタの試合が終わったところだった。
鵺自身はデイダラとの訓練以来、自らが戦ったことは指で数える程度すらないレベルだが、教えられたことを月麻呂に教えている最中なのだ。
そうして無事、クリスタとの戦いを経験した月麻呂は疲労を感じながらも鵺に褒められてご満悦である。
『月麻呂はまだ力を使うことに恐怖心は感じますが、本能と言うか……身体の動かし方は何となく分かってきているようです。きっと、才能があるんでしょうね』
クリスタが月麻呂の後を追う様に、鵺に近づいてそう言った。彼女を褒めているようで、この言葉は鵺にしか聞こえないのだが。
「月麻呂、戦うのは怖い?」
「んー、うん。戦いと言うより、術を使うのがまだちょっと怖いです……。でも鵺姉様の為にも強くなりたい……」
最後の方はぽしょぽしょと小声になり、よく聞こえなかったがやる気はあるようだ。
この分なら水の国から移動するのにも、そう時間はいらなそうだと鵺と背中にいる海月は思う。
『と言っても、月麻呂もそうですが鵺もまだ動けませんからね』
と、成り行きを見守っていたクリスタがそう諫める様な声で言った。
そしてこれは、鵺が本調子でないことを差していた。
と言うのも、鵺は百鬼夜行の術を使用して以来……未だにその負債を払い終えていないのである。
その症状は二つあって、まず一つが夢現獣の術の同時顕現数だ。
現在鵺はクリスタと海月を出しているが、これ以上は出せない。つまり通常なら三体まで出せるところ、二体までしか出せない状態なのだ。
もちろん、百鬼夜行の術による総顕現も使用不可能である。
一応、その括りではない口寄せ……大型の蛸である羅蛸は三体目として呼び出せはする。だが実力信頼……その両方を鑑みれば、少し心許ないと言わざるを得ないだろう。
そして二つ目が開錠血の貯蔵量だ。
禁術を得てハートキートを創造して以来、地道に鵺から血を抜いて開錠血を作製していたが、いよいよ残りが少なくなってしまった。残量は手元にある小瓶三本分だけである。
特に百鬼夜行の術の際に消費した量が、かなり響いたのだ。ただでさえ襲った村から奪った秘術をシーツーに付与したせいで、コストが跳ね上がっていたので。
さらに言えば、吐き出した血は内部貯蔵の全てだったのだ。どれだけ消費するのか分からなかったが故の大盤振る舞いだったのだが、正直言えばあそこまでは必要なかったので次回からは改善されるだろう。
故に現在ゆっくりと新しく開錠血を増産中なのだ。
鵺から一度に採れる血の量も、大して無いのだから。
「じゃあ月麻呂、クリスタ。行ってくるね」
鵺は月麻呂の訓練が終わったのを見届け、本日の用事に向かうことにした。
その用事とは簡単なモノで、水の国から火の国方面にでる船を手配するのだ。なんでも近頃、火の国へ向かう船が数船確保されているらしく、人に紛れて移動できると考えたのである。
本来なら留守を任せることはあまりしたくないのだが、疲労している彼女を連れて行くのもしのびない。
だが手配日を遅らせるのも、また時期が悪くなる可能性があると今までの旅で学んだのでやりたくなかった。
だからこそ、出来るだけ手早く船の手配を済ませて戻る。それが最善策だと鵺は考えたのだ。
それに、クリスタもいるから大丈夫だとも。
月麻呂は鵺と離れるのを少々……いやかなり寂しがっているが、留守を任されたとあれば我儘は言えなかった。案外、彼女はそう言う分別のある少女だった。それは偏に、逃亡の経験と両親の教育の賜物なのだが。
そうして月麻呂はクリスタと共に、街へ向かう鵺を見送った。
彼らが訪れたのは……そのすぐ後のことだった。