それを最初に気が付いたのは、クリスタだった。
ゆらりと大気が動き、幾人かの人間の気配がこちらに向かってくるのを。
クリスタは鹿尊の様な感知能力は無いが、他の家族よりも戦闘を重ねた数が多いからか……そういった感覚が鍛えられていたのだ。
だがそれももちろん、精度はそこまで高くなく曖昧なのだが。
『何か……』
念のためすぐに月麻呂を庇える位置に移動する。こういった動きは鵺との行動で慣れていた。
そうして彼らは、そのすぐ後に姿を現す。
「デカい蟹、黒髪、女、ガキ……特徴はあっているな」
現れたのは四人の忍だった。皆一様に仮面を被っており、その人相も何も分からない。
ただ明確に敵意を持っていること以外は。
「こんなガキにウチの忍がやられたのか? ったく……使えねぇ……」
四人の中でも先頭に立つ者が嘆かわしそうに、それでいて苛立っている様な声で溜息を吐いた。
だがその様に一見隙だらけに見えるが、その実一切の油断も滲ませていない。場にピリピリとした緊張感が流れる。
月麻呂は恐怖で震えそうになるが、男が次に吐いた言葉でその震えは収まることになる。寧ろ、恐怖から怒りへと震えが移行するほど。
「テメェらはあの蟹をやれ。鵺とか言うあのガキは俺が殺る」
「ッ……!」
鵺の名前が出た途端、クリスタと月麻呂の身体が強張った。クリスタの内心は語るに及ばず、月麻呂の心は恐怖よりも怒りで支配される。
彼らの目的が『寄木鵺』の殺害と分かれば、どうして退くことが出来るだろう。家族を殺そうとしている者を前に、どうして逃げることが出来るだろう。
(コイツら……鵺姉様を……?!)
その戦闘の始まりに、合図は無い。これは忍者同士の殺し合い……決してお行儀の良い試合なのではないのだ。
まず初めに、クリスタの討伐を命じられた部下の三人が動いた。
その初動はよく訓練された忍者らしく、月麻呂の目では追い切れないほど速い。
「硬い!」
だがクリスタの反応速度も、経験を通して上がっている。そしてその硬い甲羅を用いた防御にて、初撃を見事にいなした。
しかし、攻撃はその初撃では終わらない。
「キャッ!」
咄嗟にクリスタが月麻呂を掬い上げる様に投げ、自分との距離を取らせた。明確に部下の内の一人が、クリスタの下にいる月麻呂を狙ったからである。
まさに手一杯。今のクリスタに月麻呂を守る余裕は無い。
「ふん、新しい口寄せを呼ぶ気配は無し……か。アイツが言ってたこととはちょいとちげーが、まぁどうでもいい」
ついに、場を静観していた隊長が動き始める。まるでもう観察は終えたとでも言わんばかりに。
そして彼から放たれる殺気は、月麻呂が今まで受けて来たどれとも桁違いだ。
一般人の温い殺意とも、両親が殺された時の獲物へ向ける殺意でもない。本物の、殺意。
そしてそれを受けた瞬間、月麻呂の脳裏に鵺の言葉が過った。
『月麻呂、幸せはね……壊される前に敵を壊せば良いんだよ』
あの輝きに魅了された。あの暴力に震えた。
だからこそ逆に言えば、敵を壊せなければ幸せが壊されるということ。
つまり……やらなければ、やられる。
「
彼女の母親は、一族の集落一番の踊り子だった。そんな母から教えてもらった、秘伝の型の一つを使用する。
それはかぐや一族の中でも、特に華奢な女性が好んで使う型だ。
人体の五つの首の部分から骨膜を伸ばし、まるで天女が羽織る天衣をはためかせるかの如く舞う型。
しかしは見た目の薄さを見て侮るなかれ。彼らの骨は鋼鉄よりも固く、また柔軟性に優れている。そしてそれは、骨膜もまた然りである。
寧ろその薄さと硬さ、そして柔軟性が生み出す刃の如き鋭さは……通常の舞よりもさらに切断力を増しているのだ!
隊長の男が攻撃に転じるよりも早く、興奮により研ぎ澄まされた感覚が月麻呂を彼の懐に運ぶ。
そして──────
「唐松の舞!」
薄い刃の如き骨膜で相手の四肢を裂きつつ、同時に『唐松の舞』という胸から肋骨を飛び出させる基本の型で胴を狙う。
これこそかぐや一族の真骨頂。変幻自在の攻撃と防御、それらを可能にする柔軟性を持った最強クラスの血継限界……『屍骨脈』の力である!
当然、隊長の男はそんな予期せぬ攻撃をモロに喰らうことになった。
油断はなかったとは言え、子供を前に多少の侮りがあったか。もしくは月麻呂の才能が成した結果か。
あるいは……
「ほぉー、かぐやの血継限界……その生き残りか。口寄せを使うって聞いてたんだがなぁ……」
「なん……で……?!」
もっと単純に……
「確かに変幻自在で面白れぇ……だがな……」
攻撃を喰らうことに……
「俺の『
全く頓着していない、か。
「侮って悪かったな。面白れぇモン見せてもらった礼に、名乗ってやろう」
ぽたりぽたりと、攻撃を受けて崩れた水の肉体をあっという間に引き戻しつつ、男は面を外す。
それをするのも名を名乗るのも、本来暗部としてはあるまじき行為だがその男は気にしない。
何故ならば彼にとって、強者と礼儀を以て戦うことこそ正義なのだから。たった今より犯罪者の狩りから、決闘へと闘いの様相が変わるのだから。
そんな威圧感の変化に、思わず跳んで離れた月麻呂を男は追わない。
まるで仕切り直しだと言わんばかりに。
「俺は二代目水影、鬼灯幻月が孫──────
──────鬼灯残月だ」
と……男は名乗りを上げた。