誰かを傷付けることに、悦を覚えたことは無い。
「や、やめろ……ッ」
誰かを殺すことを、楽しんだことは無い。
「く、くるな……」
死体を前にして覚えるのは、ただただ安堵だった。
「なんなんだ、なんなんだお前ぇ……ッ?!」
家族の死を前にして覚えるのは、ただただ悲しみだった。
「ねぇシーツー」
だけど、今は違う。
「それ美味しい?」
『あぁ、良質なチャクラだ。素晴らしい』
シーツーによって、憎き男の水の身体がどんどん削られていくのは……
「でもやっぱり、元に戻っちゃうねぇ」
楽しくて仕方がなかった。
残月は今、見えないナニカが己の身体を喰らっているのを、ただ眺めることしか出来なかった。
水化の術のおかげか、致命傷を負うことはなくチャクラの消耗のみに被害を抑えられているのだが……
それこそが彼の惨殺処刑を長引かせている要因になってしまっていたのだ。
本来ならば負傷のリスクを全て無視して逃げることも、あるいは幻術のタネは分かっているので抗戦に打って出ることも出来たはずだ。
だがそうしない……いや、それが出来ない理由があった。
それは偏に、彼の下半身がまるまる凍っているからだ。
彼は水化の術に誇りがあった。一族の秘伝に誇りを抱いていた。
確かに土遁や雷遁には弱い側面があるが、よほど高いレベルの使い手でない限り術を破られることは無いと思っていた。
しかしそこにはもう一つの弱点があるのを、彼は知らなかったのだ。
とある一族がまだ栄えていた頃は、鬼灯一族でもその存在は脅威だと知らされていた。だがその一族は既に滅亡して久しい……現代の鬼灯である残月がそれを知る由は無かったのだ。
『秘術・
それは秘術・肉噛みの術で取り込んだ肉片からチャクラを抽出し、溜め込むのではなく吐き出すという工程から生まれた術だった。
かつてその一族は、秘術に特化したが故に性質変化を満足に扱える者が少なかった。故に他者から奪ったチャクラ性質を吐き出して、無理やり忍術の性質相性勝負をしていたのだ。
つまり今シーツーは、白の肉片から抽出した氷遁チャクラを吐息に混ぜて、彼の水化した肉体を凍らせて捕らえているのだ。
もちろんその抽出チャクラには限りがあるため、永続的に使えるわけではない。しかしなまじ白のチャクラの質が良かったためか、残月が死ぬまで逃がさないなど……実に容易いことだった。
「ガッ……チクショウ……ッ!」
逃げられない中で、修復される度に上半身が抉られる。
敢えて凍った場所を狙っていない。そこを狙えば、彼が壊れてしまうから。
「寄木のね、初代様はホントに鬼灯一族が嫌いだったんだって」
苦々しい表情を浮かべて何とか抗おうとしている残月を、鵺は楽し気に眺めながらそんなことを呟いた。
彼は何をと言いたげな顔をしているが、別に会話など求めていない。これはただの余興だ。
普段ならば殺す相手になど毛ほども興味関心を持たないが、何故だか彼だけは違ったのだ。
それは大事な大事な月麻呂を傷めつけた男だからか、あるいは……寄木の血がざわめくからか。
「だからね。使えもしない水化の術のことを、これでもかと秘伝の書に書いてあったの」
使い方……だけではなくその仕組み。そして術が内包する弱点を特に。
それを書いた寄木一族の初代当主、寄木晴明の気持ちはよく分かる。
きっと、この術が使えずに虐げられたからこそ、執着した。それでもなお使えないから、壊したかったのだと鵺は思った。
どうしてそう思うのか。それは、鵺も同じだからだ。
幸せな世界を壊されて、だからそれに執着して、それでもまだ幸せになれていないから……妬ましくて他者の幸せを壊した。
水の国に来た時、ずっと鬱屈を溜め込んでいたのだ。
ガトーカンパニー本部を破壊しても満足せず、最初の村はみんな幸せそうで……だから全部殺した。
結局、殺しても何も思わなかったのだけれど。ただただ空虚だったのだけれど。
「そろそろだね」
詳しく書いていたからこそ、その終わりもよく分かる。
チャクラが枯渇し、明らかに水化の術による修復が遅くなったのだ。
じわりじわりと、まるで毒に蝕まれているかのように、残月の命の終わりが近付いてゆく。
「楽には殺してあげないから」
あれだけ妹を痛めつけたのだから、そうすぐには殺さない。
水化の術が完全に切れたところで、鵺はわざわざ姿を現した。
既に両腕はシーツーが食い千切っているため、無駄な反撃も無い。鵺の油断を突く様な忍術も使えないのだ。
「テメェ……碌な死に方しねぇぜ……」
チャクラだけでなく、大量の血液を失って青ざめた残月が漏らす。
もはや喋る気力もないのか、掠れて低く、怨嗟の様な声だ。
「……私が怖がってるのは、死に方なんかじゃないよ」
それはきっと、死に方よりも生き方に。
生きている間に、どれだけ不幸になるのか。どれだけ奪われるのか。
勿論死ぬのは怖いが、それはそのものであって死に方ではない。己の死は何よりも恐れるべきものなのだから。
だからこそ、鵺は歩き続けるしかない。
初めから破綻してしまっているのだから、崩壊に追い付かれて足元が崩れ落ちてしまわない様に歩き続けるしかないのだ。
「アハッ」
鵺の小さな手が、残月の首に伸びる。
それと同時に、鵺の口から悦が漏れた。
思えば初めてなのだ。自らの手で敵を殺すのは。
まさしく、他の誰にも感じなかった命を刈り取る悦楽。それを鵺は初めて感じたのだ。
そしてゆっくり、ゆっくり。
全ての鬱屈を叩き付ける様に、残月の首を絞める。
その決まり切った結末まで、そう時間は掛からなかった。