揺蕩う様な、脳が浮くような感覚の中鵺は目を開ける。
そこは彼女の夢の中。今となっては唯一の、心の底から安心できる
ゆるりと周囲に視線を沿わせると、彼女を囲む様に彼らはいた。
茶の毛皮に包まれた大熊の茶鬼丸。
鵺の上腕ほどの体長を持つ白い鳥のハクリン。
それぞれ二又に枝分かれした、二対の立派な角を持つ牡鹿の鹿尊。
両手いっぱいで抱き締めれば持ち上げられる大きさの蛤である幻来。
現実世界では現在、鵺の寝床となっている逞しい体躯のモグラであるドリュウ。
ドリュウ以外の彼らは、あの二人の忍者との戦いにより倒されているので回復のため寝ていた。
そこにもう二体、しばらく口寄せはされていない家族がいる。
人の頭部二つ分ほどの大きさの傘と無数の触腕を持つクラゲの海月。
限界まで両腕を伸ばせば十メートルにも及ぶ、巨大な蟹のクリスタ。
彼女らはそれぞれ強力な術や強靭な肉体を持つが、口寄せの際に鵺にとっては多大なチャクラを消費してしまう為中々呼ばれない。
故に彼女たち二体は、力になれないことに対し非常に口惜しい思いをしていたのだ。
『鵺、怪我の調子は?』
周囲を取り囲む七体の家族の内、海月が尋ねる。その身の様に柔らかく、安心感を想起させる声だ。鵺は海月の方に身体を向け、そっと触腕に腕を絡ませて抱き締めながら答え始める。
「身体は痛くて青タンいっぱいだけど、血はそんなに出てないよ」
『そう……でも起きたら私を呼んでね。骨折してるかもしれないし……』
「うん、分かった。起きたらお願いね、海月」
ぶにぶにと、海生生物特有の柔らかさを感じつつ彼女らは身を離した。この夢の中で行う、もう一つの大事な用があったからだ。
ふーっと細く息を吐き、鵺は印を結び始める。それは彼女の人生の中で、七度だけ結んだことのあるものだった。
「口寄せ創造・夢現獣の術」
鵺が思い描く、新たな家族。それは黒い毛皮を持つ狼だった。
彼女が求めたのは、決して多くないチャクラ量で最大限の戦闘力を有する口寄せ獣。そしてその発想は奇しくも、彼女に手痛いダメージを与えたモノから得られていた。
クゥンと、夢の中に新たに創り出された雄の狼の幼体が鳴いた。ここから彼は夢の中で彼女に育てられ、立派な口寄せ獣となるのだ。
その期間は育てる口寄せ獣の最終的な大きさにもよるが、彼女の想定ならば狼の成熟まで一か月と言ったところだった。
『術はもう決まっているの?』
同じ戦闘役の口寄せ獣として気になるのだろう。そう訊ねたクリスタに、鵺は胸に抱いて撫でている狼の名前を考えながらもしっかりと肯定した。
「うん、あの忍犬が使ってた……確か通牙っていう術。詳しいことは鹿尊が起きなきゃ分からないけど、忍犬が使う術だから印とかはないはず」
『そう、なら良いわ』
鵺が口寄せ獣に術を与える際、必要なのは詳しい術の仕組みと印だ。そしてその仕組みは逐一考察し把握しないと、術の威力は十全に確保されないのだ。
彼女は小さな頃から、両親に忍術というものの仕組みやその考察の仕方は教えてもらっているが、やはり九つの少女では満足な成果を得られないだろう。
そこでそれを補うのが、高いチャクラへの感応性と観察眼……そして感知の術を持つ鹿尊だ。かの牡鹿はそういう用途の為に、数代前の寄木一族が考案したタイプである口寄せ獣なのだ。
「んー……この子の名前は何が良いかなぁ」
狼を高く持ち上げ、目と目を合わせる。まだまだ未成熟な狼だが、本能的に鵺が親であり家族であると分かっているの暴れることはない。むしろ楽しそうに身を捩っている。
鵺は考える。黒い毛皮、夜の闇の様な漆黒の瞳、そして額に浮かぶようにある三日月型の模様。徐々に彼女の中に何かが浮かんでくるようだった。
「黒……夜……月……そうだね。この子の名前は
少々安直だが、それでいい。名に込めた願いと役割は、分かりやすい方がいいのだ。
鵺はよろしくね、夜月と言いながらそっと抱き締める。願わくば、この子が私たちの夜を照らす月になってくれますようにと。
『歓迎する。よろしくな、夜月』
『ええ、立派に育つのよ』
『私と同じ月の名前を持つのね。どうか、鵺の力になってあげてね』
ドリュウを始めとし、起きている他二体の口寄せ獣からも歓迎の言葉が投げかけられる。夜月はまだよく分かっていないのか首を傾げたが、鵺の匂いを一つ嗅ぎ、元気にワウッと吠えた。
ただ無邪気に一声上げただけかもしれないが、それはまるで任せろと言っているようで微笑ましかった。
未だ彼らの未来は暗中模索のように不安だらけだが、新たな家族と共に頑張っていこうと鵺は決意を新たにする。
『鵺、もうすぐ夜明けだ』
ドリュウが優しく語り掛ける。それと同時に、鵺とドリュウの身体の輪郭がぼやけ始めた。
それは現実への帰還……目覚めの合図だった。
「夜月、また今夜ね」
これから一か月ほど。鵺は旅をしつつ、夜は夢の中で夜月を育てる日々が始まる。
怪我もしたし住む場所も無いけれど、それは確かに彼女の心の支えとなるだろうとドリュウは思った。
鵺はそれだけ言うと、完全に姿が消えた。
また一日が、始まる。