火の国へ行くのは諦めた鵺は、無意識にか逃げる様に来た道とは反対方向へ向かっていた。
一度ドリュウの土中遊泳にて逃走してしまったので、正確な現在地は分かっていない。ただ太陽を基準にして歩いているだけだった。
途中何度か小さな街を数か所通ったが、街中で口寄せ獣を出した状態にするのは非常に目立つと気付いた。しかし鵺単体で動くのは、それはそれで不安を感じたのでそれからは街に寄るのは最小限にすることになった。
当初は安寧を求めて人里を探していたはずが、気付けば家族の誰かが傍にいない状態というのが非常に怖くなってしまったのである。
それは偏に鵺本人が口寄せしか自衛手段が無いが故の、安定と恐怖のジレンマだったのだ。
九歳と言えば、五大忍び里ならば大凡アカデミー生……簡単な忍術とチャクラによる身体強化を覚えている歳である。しかし忍びとしての教育を殆ど受けていない鵺は、チャクラコントロールの術はもちろん体術すら会得していない。
本当に出来ることが口寄せの術と夢現獣の術しかないのだ。しかもそれらの行使も血と才能によって支えられており、上忍クラスから見ればお粗末なものだった。
現状において彼女の持つ長所は、口寄せ獣のレパートリーと持続時間程度だろう。
それに加え、何と彼女には基本性質変化の才能が全く無い。火・水・土・雷・風……さらに幻術等の隠遁、他の時空空間忍術とどの術も使えないのだ。今は、ではなくこれからも。彼女が出来るのは今までもこれからも、チャクラコントロールに類する技術と口寄せ系統の術のみ。
それが寄木一族という口寄せに全てを委ねた結果戦乱に消え、戦いを忘れた一族の末裔だった。
だが、その上で鵺は自己強化の方法を模索していた。
それはあの蛇男を打倒し、己の恐怖を克服するために。そして力があれば安寧を脅かされないと信じて。
(そもそも父さんや母さん……ううん、鵺が強かったらあの蛇男を倒せたの。全部めちゃくちゃにならなかったの……!)
彼女の世界はまさしく、あの家だけだった。その世界が壊された今、自分は一体どこへ行けばいいのか。
迷子だ。なまじ中途半端な力があったが故に、彼女は彷徨い歩くことを選んでしまった。フラフラと、足取りもおぼつかぬゴールの見えない旅へ。
既にヒノメに襲われ負傷した日から、一か月は経っていた。その間彼女は一所に留まることはあまりせず、当てもなく火の国から土の国へかけて歩んでいた。目的も目標も不明瞭だが、人と関わることを避けた結果だった。
街に寄るのだって、食料が尽きた時くらいだろう。なお、お金など持っていないので店の物を盗んだりして食い繋いだ。
両親が生きていた頃は、時たま一緒に街へ出ていたので人の営みの常識は知っている。だがそうしないと生きられないのだから、仕方なかった。あるいは、まだ幼いが故の罪悪感の低さの結果か。
盗みに協力した幻来も、状況が状況と思い特に口出しはしなかった。実のところ、彼ら口寄せ獣は鵺さえ生きていれば他者などどうでも良いと無意識下で思っているのだ。
『草木が減り始めたな』
二日ほど前に物資補給のために寄った街を出てからしばらく、野道を歩いていると共をしていた茶鬼丸が呟いた。彼はベースが熊という森の生き物が故に、そう言った自然の変化に目聡い。
「狩りも、難しくなりそう?」
『その可能性はあるな。全体的に石や岩が増えてきた。このままそればかりになったら、野生動物は見つけ辛くなる。その上、水にも気を遣わなくちゃいけなさそうだ』
茶鬼丸の大らかで親しみやすい声が鵺の中に響く。彼の声は老獪な鹿尊のモノとも威厳のあるドリュウのモノとも違い、彼らには無い特有の温かさがあった。
そんな彼の言葉を鵺は素直に受け入れ、今まで以上に水分には気を付けようとしっかり頭に刻んだ。
『最悪の場合、ハクリンに上空から食べ物や水は見つけてもらえるが……危険を考えるとあまりやりたくはないな』
「そう、だねぇ……」
鵺と茶鬼丸は数週間前の苦い思い出を頭に浮かべ、少し顔を顰めさせた。
何があったかと言うと、野宿の際にて食料を探そうと思った彼らはハクリンに協力してもらった。その手段は単純で、数十匹に増えたハクリンによるローラー作戦のようなものだった。
彼は賢く……また少女の上腕ほどの図体を持つので、発見した木の実や小動物をすぐに持って来てくれた。そして、彼が連れて来てしまったのは食料だけではなかった。
見つけたぞ! ──────。
何とあの犬を連れたくノ一……と同じ額当てをした忍者がやって来たのだ。当然のことながらその森にハクリンと同じ姿をした鳥はおらず、その上あの一回の撤退戦にてハクリンと鵺の容貌を記録されていたのだろう。
ハクリンはまんまと尾行されたのだ。
尾行していた者は一人であり、尚且つ中忍クラスだったため結局捕まりはしなかったが、それ以来ハクリンによる範囲探索を行うのはそれなりにリスクがあると学んだのだ。
『まぁ、何はともあれ今日過ごす拠点を探さなければ……ん?』
「どうしたの? 茶鬼丸?」
言葉を半端なところで切った茶鬼丸を不思議に思い、彼の向く方向を見てみる。道なき道の切れ目にあるそこには、古ぼけた仏堂があった。
どうやら自分たちが歩いていた林は、整備外の横道だったらしい。
「結構ボロボロだね、誰もいないのかな」
『匂いはしないがなぁ……鹿尊にも見てもらうか』
「そうだね、口寄せの術!」
もし誰もいないなら、今夜の寝床どころかしばらく拠点に出来そうだと考える。何だかんだで、九歳の彼女には野宿は厳しいのだ。
『ふむ……感知範囲にはいないのぉ』
呼び出された鹿尊は早速自分の役割を果たす。淡く光った彼の角には、反応するモノはなかった。
どうやら既に放棄された仏堂だったようだ。
「やったね。今日はここで寝よう!」
中に入ると、外見とは違いあまり汚れていなかった。捨てられて日が浅いのかどうかは分からないが、寝床は綺麗な方が望ましいので深くは考えなかった。
そんな久しぶりの朗報に、彼女は心を浮つかせた。ここ最近は逃れて流れて隠れてと心休まる場所など夢の中しかなかったが、ようやく腰を落ち付かせられそうだった。
「ふわ……ぁ……」
安心感からか、一つ欠伸が零れる。
中にあった直立不動の仏像が幾つかあって少々不気味だが、本当に怖いのは厳つい顔の仏像ではなく人間……あるいは忍者だと認識している鵺にとってはどうでもよいものだった。
「ちょっと早いけど、寝ちゃうか……」
数日野宿が続いたため、それなりに疲労が溜まっていた。日が沈み切っていない赤い空を一つ眺めてから、茶鬼丸に寝床になってもらう。寝ている時は一体しか維持できないので、鹿尊は一足先に夢へ帰っていた。
『おやすみ、鵺。俺はもうしばし起きているぞ』
「うん、ありがと。おやすみ茶鬼丸」
そう言って茶鬼丸の温かい身体に沈み込む鵺。彼からすれば彼女の身体など、あまりにも……いっそ心配になるほど軽かった。
そしてそんな彼女の寝息が聞こえ始めたのは、その数秒後だった。