静かなる伝承者の日常   作:fell@かぶとがに

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静かなる伝承者は眠らない

年の暮れを告げる鐘が鳴る。

 

毎年思うんだが、これ近所迷惑じゃねえのか。近所のヤツらは怒らねえのかな。

この国に来てそれなりになるが、未だに謎なことの一つだった。

 

「寺の方を見てどうしたんだ、サンデー?」

「いえ……何でもないですよ」

 

私はカフェのトレーナーと大晦日の夜を歩いていた。

つい先程まで二人で屋台の焼鳥と酒を摘んできたところだ。

 

本当はカフェも一緒に大晦日と年越しを過ごしたがっていた。

が、間抜けなことに外泊届けを出し忘れた挙げ句、タキオンに捕まって年末年始の自由を奪われていた。憐れで仕方ねえ。

 

年明けはいつも以上に優しくしてやろうと思う。

三が日はコイツを独占させてやろう。

そう思いながらちらりと隣を見ると、トレーナーもこちらを見ていた。

 

「いい加減、カフェの真似しなくてもいいのに」

「……ずっとこの喋り方だったせいで、今となってはこっちの方がしっくりくるんですよ」

 

というより今更、昔の喋り方をするのが気恥ずかしい。なんだか昔の男に甘えてるみたいで。

 

そんな私の胸中を見透かしてか、トレーナーはくくくっと含み笑いをした。

くそっ、からかわれてるのは分かる。ぶん殴るぞこの野郎。

 

「俺は、昔のサンデーが好きだったなあ」

「……うるせえ」

「あ、素直なやつ」

「本当にうるせえなお前」

 

そりゃ、そんなこと言われたら口調も戻さざるを得ないだろうが。

それも分かった上でコイツは言ってんだ。

本当に本当に腹が立って仕方ねえ。

 

また鐘の音が鳴った。百八回打つんだったか。

こんなんで煩悩が消えりゃあ世話ないな。

 

私はどうかな……我ながら気性が荒いのは分かってるが、これって煩悩なのか?

全然穏やかになる気がしねえ。

というか、煩くてイライラしてくる。

 

「この音を聴いてると暮れの風物詩って気がするな。サンデーもそう思うだろう?」

「…………ああ」

 

そんな浸るような笑顔で言われたら否定できないだろうが……。

話を合わせてやって心にもない同意を返したが。

 

「……ははっ、うるせえって顔してる」

「なんだよもうお前はさっきからよぉ! 噛み付いてやろうか!?」

 

何なんだてめえ喧嘩売ってんのか!?

その首、B級サメ映画みたいに食い千切ってやろうか?!

 

ガルルル、と鼻息荒く威嚇すると、トレーナーはふはっと吹き出して、楽しそうに笑った。

 

「ごめんごめん。嬉しいんだ。サンデーとまたこうしてバ鹿みたいなやり取りができるのが」

「っ……」

 

くそっ、本当にこの野郎……。

そんな風に言われると、流石の私も何にも言えねえ。

 

そりゃあさ、私だって未だ信じられないくらい嬉しいよ。

お前とまた、こんな風に話せるとは思ってなかったから。

 

闇を越えて、昔一緒だったお前と再び会えて。

そんな奇跡の目の当たりにして、さしもの私も今夜の初詣くらいはふんぞり返ってる某に一言くらい礼を言ってやろうって気分だ。

 

「カフェがおせち作るって息巻いてたんだけどね。休んでほしいから、今回は店で注文しておいたよ」

「おう、しっかり旨いもん食わせてやれよ」

「え、サンデーは食べないのか?」

「……は?」

 

いや、そりゃお前らと食いたいけどさ。

昼間はカフェの時間だろう。

 

それに三が日はアイツの好きにさせてやろうと思ってるから、私は箱根かどこかに飛んで一人でのんびりと……。

いや、温泉はやめとこう。一人でサムズアップしながら湯の中に沈んでいくのは寂しすぎる……。

 

「カフェが一緒に食べたいって言ってたんだけど」

 

あああもう、あのお嬢ちゃんはよお!

 

「……しゃあないな、私も行くよ」

「良かった良かった。伊達巻き好きだっただろう?」

「よく覚えてんな」

「好きな子のことだからね」

 

カッと頬が熱くなった。

伏し目がちに見ると、トレーナーはまたニヤニヤと笑っていた。

 

決めた、コイツはシバき倒してやる。

最近大人しくしてやってたから忘れてるみたいだが、私は悪霊とまで呼ばれた暴れウマ娘だぞ。

泣いて謝るまで許してやらねえ。

 

「覚えてろよ」

「覚えてるよ、ずっと。サンデーとのことは」

 

そう言うトレーナーの顔は、もう笑ってなかった。

本当に卑怯なヤツだ。

既にそれを実現したヤツだから、否定することも疑うことすらもできない。

 

多分コイツは本当に覚えていてくれるのだろう。

悔しいことに嬉しくて耳が動いてしまう。

 

「……畜生」

「本当に素直になったね、きみも」

 

トレーナーが微笑む。

確かにそうかもしれない。

 

カフェの隣で過ごす内に、私の牙も大分鈍ったらしい。

昔だったらトレーナーのことをとっくに三回は殴ってただろうし、恥ずかしい態度は死んでも見せなかった。

……そのつもりだったのは私だけで、コイツにはバレてたのかもしれないが。

 

「いいだろ。そりゃ私だって、これだけ年月が経てば丸くもなる」

「カフェに感謝しないとね」

「……そうだな」

 

昔は素直じゃなかったから、結局気持ちを伝えられなかった。

素直になるのも悪いことばかりじゃない。

そう思えるようになったのは少しは大人になった証拠だろうし、カフェのお陰かもしれなかった。

 

「……はあ、まだアルコールが残ってんのかね」

「少し顔が赤いよ、一升瓶呷ったりするから……」

「年末くらい許せよ」

 

今更ながら一気に酔いが回ってきたみたいだ。

こんな身で酔うのか。

こっちに来てから大酒は初めてだから、感覚が分からねえ。

 

「もうすぐ年越しだな」

「そろそろカウントダウンをやり始める頃だね」

 

二人で歩きながら、目的地の神社に隣接する林道に差し掛かる。

周囲には何の気配もない。

 

月夜の中で、私たちは二人きりだった。

 

横を見ると、トレーナーの向こうに樹齢何百年とも思える太い幹が見えた。

樹は種類によっては若くても太く高くなるから、詳しくない私にはどれぐらいの年月を経ているのか、確信は持てなかったが。

注連縄のようなものが巻かれているところを見ると、もしかしたら神社に縁のある由緒正しい樹なのかもしれない。

 

ふと、悪戯心が疼いた。

やっぱり私は悪童のままだ。

アルコールも手伝っているのかな。

 

ぺろりと舌なめずりをしてから、トレーナーをその樹の幹に押しつけ、両手の自由を奪った。

 

「さ、サンデー? 急にどうしたんだ……?」

「……よお、トレーナー。さっきはよくも散々、私で遊んでくれたなぁ……?」

 

目が据わっているのが自分でも分かる。

でもよお、元はと言えばコイツが悪いよな?

 

年暮の最後、そして新年の最初。

思うままに過ごすのも悪くないかもしれない。

 

「ちょっと……小腹が減ってきてな……」

「いやいやいや……こんなところでそれはちょっと……外だし、こんな樹の下で罰当たりというか……」

「私に罰当たりとか、今更言うか?」

 

悪いな、神様。前言撤回だ。

大晦日元旦くらいは感謝して大人しくしてやろうと思ったが、やっぱりてめえらと私は相容れないみたいだ。

 

私らに気付いてるなら、よおく見てろよ。

見せつけてやるから。

神話とかを聞く限り、日本の神々はこういうの、案外嫌いじゃねえだろう?

 

「今日は優しくしてやらねえ。覚悟しろよ」

「あの……ごめん、ほんと悪かったから……」

 

冷や汗をかきながら青ざめているトレーナーの唇を噛み付くように奪ってから。

一匹の獣が、トレーナーに襲いかかった。

 

それから暫くして気付いたときには、遠くの鐘の音も聴こえなくなり、古い年は過ぎ去っていた。




明けましておめでとうございます。
某所で読んだお友だち怪文書が美しくもお辛すぎたので、衝動的に納品します。
本年もよろしくお願いいたします。
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