ヒルチャールの王   作:カラス男爵

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ようやく大戦パートに入れます。
…本格的に動くのは次ですが。




大戦の始まり、激変する世界。

中央軍管区から千岩兵71000名、北方軍管区の最精鋭部隊、北方騎士団500名、総数71500名、という一軍管区よりも大規模な軍団が各軍管区に支えられ、ヒルチャールの大規模拠点へ向けて進軍している。

 

無論、全てはヒルチャール殲滅のために、魔神級という不安こそあったものの上空を飛ぶ魔神モラクスを見て皆が、必ず勝てると確信していた。

 七日間の行軍の末、北方騎士団と千岩兵達は既に戦友としての絆もできている。

 

万事順調だ!必ずや勝利を!

 

彼らの士気は今や最高潮。

これからの戦いに大いに貢献してくれるだろう。

 

 

 

 

 

「なんと!?これ程までに大きいとは!!」

 

そう声を上げたのは討伐軍に参加した北方騎士団の指揮官である、彼の軍管区では見つけ次第、即時排除に努めていたという背景こそあるが。そうでなくとも目の前に広がるソレは別格だった。

 

見渡す限りの黄金に輝く麦畑!それに水車に風車!

明らかにおかしいぞ!

奴らはそんなものは造らない!造れない!

おかしい!明らかに技術が進みすぎている!

 

彼らの動揺をよそに号令がかかる。

 

「配置につけぇ!」

 

ついにこの日が来た。都市での雪辱を果たすこの日がついに。

これでやっとあの害虫共から解放されるのだ!

 

拠点の大きさに動揺する者が出たものの、些細な事。

何より今は気分がいい。

 

 

この71500という大軍勢を用いて敵の都市を半包囲する。

 包囲が完了したならばモラクス様の一撃でもってして奴等の蹂躙は始まるのだ。

 

補給も、武器も、兵士も、全てが揃っている。

 

気を引き締めて取り掛かる事、それが勝利への道!

 

 

 

 

ヒルチャール殲滅戦の発案者であり新たな魔神の出現を報せた王将軍はその熱意によって晴れて、討伐軍の総司令官となりその力を存分に奮っている。

 彼はあの市街戦を忘れていない、その憎悪は日に日に強まっており一切の妥協を許さない。

 

 

よし、全軍が配置についた。

後はこれをモラクス様に伝えるのみ。

 

鏑矢が放たれた。その甲高い音をモラクスは聞き逃さない。

岩元素を爆発させ、山の様な岩を降らせようと集中し始めるが、その時、思いもよらぬ事態が発生する。

 

 

「お前、知っているぞ、モラクスだろう?お前、岩王帝君だろう?」

 

目の前の同じく飛んでいるそれを思わず凝視する。

ヒルチャールだった、恐らく、という枕詞がつくが。

 

何故ならその身の丈は5mを超えるかという巨躯、大きく発達した筋肉に凶悪な爪のついた拳、皮膚などはまさに鎧。

 だが、なによりも目を引くのは王冠である、幾つもの宝石が嵌め込まれた輝きを放つそれは神の目と同様のものである事がわかり、よく見れば頭部と一体化しているため、王冠ではなく立派な角の根本である事を知る。

 

『如何にも、我が名はモラ「返事など!聞いておらんわ!!」グァッ!!』

 

なんと、見た目に違わぬ怪力か。

反応する間も無く殴り飛ばされてしまった。この様な鈍痛はいつぶりだろうか?

 

「貴様らは!我らの使者を皆殺しにし!あまつさえ!兵を引き連れここに来た!許すものか!許せるものか!!」

 

殴られた仕返しに岩石を高速で飛ばしたが、拳に振り払われ、牽制にもならない。

 

『世を乱し、民に害を与え始めたのは貴様だろう!』

 

「ふざけるな!こちらから手を出した事など一度もない!」

 

 

 

魔神達の戦いが始まっている!

 上空で起きているまさに神話の戦いに目が眩みそうになるが、それを王将軍は黙って見ているわけには行かない。

 

 

「全軍、攻撃を開始せよ!繰り返す!攻撃を開始せよ!」

 

 

それに呼応する様に何万もの火矢が放たれた麦畑に燃え広がり、家々は焼け落ち、無数のヒルチャールが焼き殺される。

 次に起きたのは騎兵による突撃だ、その先鋒を務めるのは最精鋭である北方騎士団である。

 風と氷の元素によって切り開かれた麦畑の火の海をヒルチャールを蹂躙せんがために数多の騎兵が駆け抜けていく。

 

 

ザマァみろ!奴らは混乱するのみ!

ならば!やる事は一つ!あの穴を!あの古代遺跡をぶち壊すのだ!

 

目の前にまばらに立ち塞がるヒルチャールを吹き飛ばし、切り裂き、なおも加速していく。

 目の前に巨大な何かが落ちて来た。大地に響く様な音を上げ土煙を上げるそれは相当に巨大な物だろう。

 

 

土煙を上げるそれを気にはした。だが突撃を止める事はない!

 例え巨岩であっても我々を止める事はできない!その力が北方騎士団にはあるのだ!

 

「道を開けよ!さもなくば押し通る!」

 

矛先に風の元素が集中し、まるでドリルの様に風が渦巻いている。

振り抜かれたならば確かに岩をも砕くそれ。

 

しかしそれは岩などでは無かった。

 

 

土煙の中から見えたのは腕、禍々しい爪がそれを人間ではない事を知らせる。

伸びた腕は引き絞る様に引っ込められ、そして放たれる拳。

 

衝撃波が騎兵達を襲う、爆音と共に放たれた拳の威力は凄まじく最前列にいた一人の騎士に至っては隊列の一番後ろまで吹き飛ばされ、ピクリとも動かない。

 

 

「慈悲はない、これは戦争であるが故に」

 

何故だ!!

何故モラクス様が抑えているはずの魔神がここにいる!? 

 

一撃、たったの一撃で騎兵の先鋒は瓦解し、今や騎兵全体には陣形の形すら残っていない。

 そして宣言通りに放たれる身の丈はあろうかという無数の火球が乱打され、無慈悲にも足を止めてしまった騎兵達を焼き殺す。

 

『貴様ァ!我を無視するなど!』

 

目の前の魔神はモラクスの持つ強靭な尻尾により上空に吹き飛ばされる、しかし火球の乱打は止んでいない。

 だが、狙いは適当だ、見当違いの方向にも放たれている。

 同じく乱打される岩によって火球は打ち消され、モラクスに当たらない。

 追撃をかけるために上昇して噛みつこうとしてやったが躱され、相手は体勢を立て直した。

 

「俺は恨むぞ、人間を、この地獄を始めた人間を」

 

唐突に語り始めた内容を世迷言と吐き捨て、その頭を噛み砕かんと加速をつけて突進する。

しかしそれは叶わない。

 

ッ!氷の壁だと!?コイツ、複数の元素を使えるというのか!?

 

鋭利に尖るトゲを身につけた氷の壁は落下するのみだったが、加速を止めるには十分すぎる。

追撃が来るかと身構えたが、奴がした事は違った。

 

Ураааааааааа!!!

 

空気を振動させ、戦場に轟いたその咆哮はヒルチャール達が共鳴するかの様に一斉に叫び出し、明らかにその挙動が別の物ヘ変化、フラフラとした足取りは無くなり持っている武器を握りなおす。

 

だが、その声は地上で戦う討伐軍達にも聞こえていた。

 

「くるぞ!陣形を組み直せ!」

 

 

幾度となく聞かされたその咆哮の意味、それは総攻撃の合図であり、もし聞こえたなら防御陣形に組み直すべし。

 ならば、その通りに実行するのみ、今まで横隊を組み進軍をしていた兵士たちはテルシオと呼ばれる陣形を組み始めた、が

 

 

「何をしている!その様にガタガタでは横から崩されるだろう!」

 

「伝令!伝令!ここの指揮官は何処か!?」

 

「ここだ!貴様らの隊が酷いぞ!どうなっている!」

 

「はっ!足元が悪く、一部では未だに目の前が火の海であるためです!進軍が困難である事を報せに参りました!」

 

いま戦場となっているここは耕作地帯であり、確かに地面は柔らかい。

だが隊列が組めないほどではない筈。

 そう思い、辺りを見渡すと目につくものがある。

 

あの窪み、かなり深い。だが、いつできたのだ?

…そうか!あの火球だな!

 

魔神によって、乱打されていた火球は麦を燃やしクレーターを形成した。

 その上では精密な隊列を作る事は出来ないだろう。

 

「了解した、だが防御陣形は維持せよ、攻撃が来るぞ」

 

返礼をして戻っていった伝令が見えなくなると、奴らが来るであろう方向を睨み付けた。敵はすぐそこまできている。

 部隊には緊張感が走っている、だが良い緊張だ、間違っても逃げ出す様な者はでないだろう。

 

「「Ураааааааааааааа!!!」」

 

「いいか!慌てるなよ!所詮はヒルチャール、ものの数ではない!」

 

成る程、これが王将軍がされたという突撃、確かに密集したそれと一度に戦うことになるならば苦戦は免れない。

だが、今は違う。

弓兵から放たれた矢によって減らされたヒルチャールは岩元素に守られ、鉄壁となったテルシオに歯が立っていない。

こちらに目立った被害は無く、敵は悪戯に戦力を消費している。

 

勝てる!勝てるぞ!

数こそ多いがこのまま遺跡に押し戻してやる!

 

 

 

我々の進軍は止まらない。

 その勇ましい報せはすぐに後方に届けられ、参謀達から歓声でもって受け入れられた。

 

「報告します!全、戦場にて優勢!優勢であります!」

 

戦場からの吉報に王将軍は腕を組み直し、興奮を落ち着かせるために紫煙を一吸いする。

 

「よし、このまま進軍を早めよ、敵をすり潰すのだ!」

 

魔神によって騎兵による遊撃ができなくなった時はどうなる事かと思ったが、今ではモラクス様によって完璧に抑え込まれている。

 後は恐らく遺跡の中にいるだろう数万のヒルチャールと上空で戦っている魔神級のみ。

 勝つのだ、死んだ戦友のために、燃やされた民のために。

 

王将軍はモラクス様から勇気をもらおうと上空の戦いを眺め、その熾烈な戦いに息を呑んだ、モラクス様の勝利を疑はしないがそれでも心配はする。

もしあれが戦場で暴れたならば今度こそ勝ち目はない。

 

 

 

 

 

変化していく戦場、きっと皆が考えているのは己の勝利のみ、彼らの奮闘に応えようすぐに決着をつけなければ。

 

『貴様の負けだ、大人しくその首を差し出せ』

 

「負け?負けだと?」

 

一体何を勘違いしているのだ?このトカゲは?

 確かに地上にいたヒルチャールは死んだ、腹が立つ、だがそれはただのヒルチャールの話だ。

 あんな一日で何万も増える様な存在が死んだところで負ける訳がない。

そこで気づいた、コイツは知らないのだと。

 

「ああ、そうか、では教えてやろう。俺の、俺達の攻撃は今始まるのだ」

 

俺の遅滞戦術が成功した今、お前はようやく理解するだろう。

 何故この戦争が地獄になるのかを、だが、それでいい。

 俺がこの世界に来て初めてできた仲間を殺した報いだ。

 言葉を語らい、共に畑を耕し、同じ釜の飯を食べた家族の様な存在を殺したお前らを俺は許さない。

 

 

 

 

 

目の前の散発的に襲って来るヒルチャールを見てほくそ笑む、敵に余裕はない、ならばこのまま進んで終わりだ。

 勝利が目前であるならば慎重に成らねばならない、だが勝利というものに浮き足立つのは少しは許されてもいいはずだ。

 

「なんだ?地震か?」

 

揺れていた、だが、揺れていたのは地面ではなく空気。

 

「違う!あそこだ!」

 

示されたのは古代遺跡、それが視認できた時はもうすぐこの戦いも終わると皆で喜び、士気が高まったのを覚えている。

 そこに目を向けると何かが溢れている。

 

なんだ?大量の、、泥?中から崩落でもしたとかか?

 

その楽観的な考えはその音によって絶望に落とされる。

 

「「「Ураааааааааа!!!」」」

 

最初は近くに新たな敵が現れたのだと周囲を見渡した。

 だが見当たらない、どこに?と不思議に思うが隣にいた戦友の声によってそれを気付かされた。

 

「違う!あれだ!あれがそうだ!」

 

「あれが!?あれ全部がだと!?一体何匹いるんだ!!」

 

まるで津波の如く遺跡から溢れ出たそれは間違いなくヒルチャールの群れだった。その群れは依然としてとめどなく溢れている。

 既に一万や二万では到底足りない数、それが終わる様子もない。この戦いが長引くことが否応にも知れ渡る。

 

数の有利は完全に覆された、兵士たちの間に恐怖が走る。

 

「でっ伝令、伝令を!走らせよ!王将軍に伝えるのだ!」

 

指揮官の命令によって戦場から見えたその光景は後方に馬を潰す勢いで駆けていった伝令により異例の速さで届けられ、それには王将軍本人に伝えられた。

 

「問題はない、それは想定済みの話だ」

 

当然の様にそう告げられた。

 確かに遺跡内部にヒルチャールがいる事は想定済み、だがこれ程までの数は想定されていないはず。

 

「拠点全てを囲むなら兵は足りん、だが遺跡の入り口に絞るなら話は別だ、あの遺跡を取り囲む様にある奴らの住宅街まで一気に走らせよ、そうすれば兵に余裕ができる」

 

だが、と続ける王将軍は既に司令書を作成している。

 

「急がなければ逆にこちらが包囲をされてが不味い、早くこの司令書を戦場に」

 

騎兵がもう少し生き残っていたならもっと楽ができた筈、という言葉が喉まできていたがそれを紫煙と一緒に飲み込む。

 

仕方がない、あわよくばという気持ちも勿論あったが、撹乱のために放たれた最初の騎兵突撃は完全な失敗だった。

 くそっ!モラクス様に魔神を任せすぎた、まさかアレがモラクス様と同等の存在だとは、考えるべきだった!

 

北方騎士団を含み2500の騎兵は今やその半数以上が使える状態ではなかった。

 先鋒を務めた騎士団達の被害は特に酷く、その三分の一が死亡している。

 

北方騎士団全体の四分の一を預かっていながら何たる失態か!

…いかん、冷静にならなければ、あの時の様には決してならぬぞ!

 

司令書によって戦場には明確に変化が訪れる、何のことはない、皆が指令に従い、全ての兵士が走っているからである。  

 司令書通りに戦場を縮小し敵を撃滅せんという動きは当初上手くいっていた。

 だがしかし目標の地点に差し掛かろうとした時、ついに敵の群れとぶつかり始める。

 

 

なんという数だ!敵の猛攻に耐えながら想う。

 その数の暴力を防ぐために陣形はテルシオからファランクスへと変わり、弓兵達は全て支援のため全力で射撃している。

 だが、それでもなお、敵の猛攻は激しかった。

 

なんだこれは!?数が全く減っている様に見えないぞ!?

槍を何度突き刺しても敵の密度は変わらず、むしろ増加しているのではとすら思う。

 すると突然、目の前のヒルチャールが吹き飛ばされ、余裕が生まれた。

 

「もう少しだ!勝てるぞ!!」

 

そう告げるのは馬に乗せられた風元素保有者、どうやら彼だけでなく他の元素保有者も馬に乗せられ援護に回っているらしい。

 

「炎元素は前じゃなくて奥を狙え!コイツら燃えても突撃してくるからな!!」

 

どうやら彼らは一息つく暇もない様子。

 

だが、問題ない、確かに依然として敵は多く、その数が減っているようには見えない。

しかし、これは、じわじわとではあるが、、、

間違いなく押している!!

 

「勝つぞぉ!!」

 

そう叫んだのは誰だったのか、それには全員が呼応し、雄叫びをあげる事で返答した。

勝利は目前であると誰もが確信し始めたその時。

 

地面が、爆ぜた。

 

その真上にいたであろう兵士とヒルチャールは仲良く空を飛んでいる。

四肢がもげ、周囲に血を撒き散らしながら、、

 

何だ!?なんだなんだなんーーー

 

また同じく地面が爆ぜた。自分の真下の地面が、彼とその周囲にいた者は平等に吹き飛ばされた。

それが何度も何度も隊を襲っている。  

 

その光景は後方からも、いや、後方からの方がより分かりやすかった事だろう。

 

「将軍閣下!緊急です!」

 

「…わかっている、わかっているが、、、」

 

わからない、地面が、噴火?いや、違う、違うはずだ、敵の攻撃?ならば、どこから?

だが、未だに勝っている戦場はある、つまりは敵の攻撃ではなく、、

 

違う!今考えるべきはそこではない!撤退かーーーーーー

 

「ほっ、ほぉう告しまぁす!三番と十二番隊がカッ、壊滅!」

 

突然入ってきて形式を無視して報告され、視線を向けてみればバタリと倒れる伝令兵。

 

「こいつ、走ってきたのか!?」

 

「ああ、馬は見えなかった、たぶんあの音でダメになったのだろう。運ぶぞ」

 

参謀達が何か喋っているが聞こえない、報告の内容が頭に渦巻いていたからだ。

 

なんと言った!?三番と十二番だと!?

 

「馬鹿者!そんなものは放って置け!撤退だ!全軍撤退!!このままでは逆包囲される!!」

 

倒れている伝令を運ぼうとしていたバカを蹴り飛ばし、さっさと戦場へ向かわせる。

 今起きている事を全て理解する将軍だけは焦りを隠せない、戦場の配置図を見直して、それが罠だと気づいた時には嫌な汗が止まらない。

最初はその突破速度に歓喜した、だがこれが罠だとすれば違う。

 

中央部が突出しすぎている!

 そしてその根本たる三番と十二番は壊滅!このままでは八個の部隊が全て包囲される!!全十四部隊のうち八個が!もしそうなれば残りたったの2部隊で戦う事に!無理だ!駄目だ!あり得ない!

 

苦悶の声が思わず漏れてしまう、残念だがこの戦は敗北だ、ならば被害を少なくさせ、次に備えなければならない。

 いや、まだ勝機はある、勝機はあるが、その選択は本末転倒、そんな事をしてはならない。

 

 

モラクス様が魔神に打ち勝ち、全て片付けてくれる事を願うなど! 

それは民草が願うもの!軍人が!将軍が!決して願って良いものでは無い!

 

 

 

眼下の状況に明らかに狼狽えているモラクスが俺が何もして来ない事に気づき、睨みつけて来たのでゲラゲラと笑ってやった。勝っていると思っていたか?

いい気味だ、たまには仕返しをしてやらないとな!

 

「なんだったか、そう!貴様の負けだ!大人しく首を差し出せ!」

 

帰ってきたのは怒髪天をついた咆哮、どうやら逆鱗を触ったらしい。

激しい猛攻が始まり、俺はそれを必死に防ぐと途中で相手の瞳に理性がもどる。

 

気づいたか、そうだ、このままでは貴様らの兵は死ぬ、既に勝負はついているのだから。

 当然の様に助けに行こうとするそいつを掴み、引き戻す、ついでに鱗を剥がしてやった。

 

「バカめ!魔神を抑えていたのはお前だけでは無いのだ!」

 

またゲラゲラと笑ってやる、睨みつけられるが気にしない。

 こいつを引き留める事、それが出来なければ戦局はひっくり返されてしまう、それだけはならない。

 

 

 

「撤退!撤退だ!」

 

後方からの司令に違和感を覚える。

 

「何故だ!?こんなにも勝っているのだぞ!?」

 

「違う!三番隊と十二番隊がやられている!!ここは既に呑み込まれ始めている!」

 

三番と十二番隊、それはこの包囲網の両翼に存在する根幹部隊だ。

 

 

それがやられている!?どうして?

相手はヒルチャール、現状、押せば押すだけ進めると言うのにこれに負けたのか!?

 

住宅街に入った途端、確かに敵の攻撃は激しくなった、だが進軍を止められるほどに強くは無かったのだ、いや、命令ならばすぐにーーー

 

「敵の精鋭が出現!!」

 

その悲鳴にも似た声に前方を向き直す。

あれは…ヒルチャール暴徒、だが…なんだ、あの、量は、、

 

その光景に今、罠にかかったと気付いた。

 ヒルチャール暴徒が千を超えて出現している、なのに我々は今までその存在に気づいていなかった。

 だがそんな事、普通ならあり得ない、そう、罠でもなければ。

 よく見れば奴らは大きい溝の様なものに入っていたことがわかるが、遅すぎた。

 

だめだ!戦力が足りない!

撤退しなければならない、それはわかっている、だが、どうやって?

あれに背を向けろと言うのか!?危険すぎる!

 

眼前では鍔迫り合うように耐えているものが何名か確認できるが、その多くは振り回される斧に対応できておらず、何よりも数に押し潰されている。

 奥歯を噛み締める、できる事は殿軍を編成して撤退を援護する事、だが無理だ、あの軍勢を止めるのにそもそもの戦力が足りていない。

 

 

「伝令!後方に伝えろ、第七番隊にて敵の精鋭が出現、撤退はできない、そして……武運長久を願うと」

 

「…それは「早く行け!」了解、、しました」

 

涙を堪えて走り去る部下を見て誇りに想う、だが同時に申し訳ない事をしたとも。

 どうか、どうか勝ってくれ、我々の死は無駄では無いと、誰かそう言ってくれ。

 

 

 

 

 

「以上が第七番隊からの返答であります」

 

つまり、撤退が、、叶わない!?主力が包囲される!?

 

度重なる凶報、打てる手は神頼み?

何という、何という、無能な将軍か、これでは鉄壁の王など、もう名乗れない。

撤退に成功している兵は数少ない、再戦など論外、私に打てる策は逃げて帰る事だけ、、、

 

途端に天幕の外が騒がしくなる。

 敗北を感じ取ったからか、それとも新たな凶報か、いずれにせよ、逃げるべきだ、脱兎の如く、脇目も振らずに、惨めに。

 

 

 

 

眼下の状況を見てほくそ笑む、これはもう完全なる勝利と言っていい。

 火砲により一部前線に穴を穿ち、包囲するために全速力で進ませる。また、誘引した部分ではヒルチャール暴徒達を塹壕に潜ませる事で鉄壁の防御を作り、遺跡までの道は絶対に通さない。

 

それらは全て成功した。

 今、眼下で起きているのは掃討戦、完全な包囲が完了したならば敵に再戦の余力はもう残っていないはずだ。

 

つまり、眼前のトカゲを倒す事が最後の試練という訳だが、どうにも勝てん、彼を殺したらまずいと思う気持ちと言うのもあるのだが、一番の問題はやっぱり、、、

 

かってぇーーマジかてぇ、全然攻撃喰らってる様には見えないんだが?

え、やだよ俺、コイツと一生戦うとか、ていうか流石に無理、そんなに弱く無い、こっちが負ける。

 

すると、遠くから新たに何かが飛んで来た。

 

は?あっぶな、今当たるところだったぞ。

で、なんだ??鹿?随分ボロボロだが、、

 

『ッ!?何故ここにいる!帰終がよこしたのか?』

 

「ぐぅっ、違います、救援を、願いにまいりました」

 

口から血を吐きながらでも喋る緑色の鹿、立派な角も片方が折れている。

 思い出した。そういえば仙人の一人がこんな鹿だったな、何をしに来たんだ?

 

『見捨てろと言うのか!?この我に眼下の民を!』

 

「申し訳、なく、ですが、帰離原は、このままでは…」

 

鹿の仙人、削月築陽真君の様子から只事では無い事は分かる。

 しかし、眼下に目を向けてみれば既に呑み込まれつつある兵士たち、このままでは囲まれて一人残らず殺されてしまう。

 確かに己の力であればあの戦局を逆転することは可能だろう、だか目の前のヒルチャールがそれを許すわけが無い。

 

 

どうすれば良いのだ、、眼下の民を見捨て、帰離原に向かう?

それとも帰離原を信じてあのヒルチャールを倒すべきなのか?

 

「モラクス様!それの足止めならば、敵います、帰離原に、来ていただけるのであれば、私の、名前を、お返し致します、どうか、、」

 

削月築陽真君のその言葉に耳を疑う。名前を返す、それはつまりただの畜生に戻る事を意味する。

 権能も力も捨て、ただの鹿に落ちる、生まれながらにして超常の存在である仙人がその名を捨てる事は並大抵の覚悟ではない。

 

そこまでして救援を願っている、それはつまり、考えるまでも無い。

 

『……承った』

 

「では、ご武運を!」

 

なんだいったい、いきなり来て俺を除け者にするとかアレじゃん?あれよあれ、よくないじゃん?

まぁお陰で休憩できたしーーーッ!?逃さんぞ!

ッッ!?このッ鹿如きが!まずい!戦況を覆され!…ない、あいつどこ行った?

 

探してみればその姿は遠くのほうに確認出来たが、こちらに向かってくる様子はなく、むしろ全力で離脱を始めている。

 

おっ?これは、つまり?勝った?

 

 

 

 

 

「王将軍!!王将軍!!」

 

参謀の一人が天幕の中にいる筈の人間から返答がないことに苛立ちを表す様に入り口を突き破る様にして入ってくる。

 中に入り目に映るのは椅子に座りこみただ頭を抱えて微動だにしない姿、声を掛けながら肩を叩いてみれば帰ってくるのは視線だけ。

 

「将軍、逃げなければなりません」

 

「……わかっている、撤退した兵が来るのを待っている所だ、、、」

 

「いいえ、違います。それも捨てて逃げる必要があります」

 

そう告げた後帰って来るのはやはり視線のみ、きっともう喋る気力すら残っていないのだろう。

 だが、それでも今は将軍を引き摺り回してでも動かさなければ、一刻の猶予もないのだ。

 

「?よせ、引っ張るな、無礼であるぞ」

 

「そうですか、では立って走って下さい、早く逃げなくてはなりません」

 

焦らぬ様、心がけてはいる、だが無理だ、正直に言えば全て見捨てて逃げてしまいたい。

 苛立たしげな視線を受けながら足早に天幕を出れば、野戦司令部が総出で馬を集めている、伝令馬から物資運搬用の馬、果ては騎兵用の馬まで、それらに荷車や簡易的なソリまでもが取り付けられ、それに人が乗り込んでいた。

 将軍がやっと口を開き何をしているのかと聞いて来るが、上を指差してすぐに馬に乗り込んだ。

 

馬に乗せられて走っている、正確には荷車だが。

空を眺めながら思う。これが意味のない事だと分かっていながら、それしか出来ないことに思わず自嘲した。

 

無理だ、魔神から逃げるなど、上空にいるソレはモラクス様から解放された今、地上に目を向けている。

 ずっと目を向けているとなんだか目があった様な気がして思わず手を振ろうとしてしまった。

 哀れな王よ、お前はここで死ぬべきだと世界にそう言われた、モラクス様にも見捨てられ、生きる気力もない。

 ならもう全て諦め、無気力にただただ息をすること、それ以外は考えない。

 

「まずいぞ!!こっちに来ーーー

 

 

 

 

 

焼け野原になったそれらを見て生き残りがいないかを確認し、戦場へと戻る。

 戦場では既に包囲は完成し、中心部には砲撃がかけられ、みるみるうちに敵が溶けていく。

 

これは勝利だ、間違いなく、だがしなければならない事は多い。

 戦争なのだ、一つの勝利ではダメなのだ、敵を一人残らず殺す、或いは跪かせ、許しを請わせるまで戦争に勝利はできない。

不毛で凄惨で救いがない、それが戦争なのだ。

 

強くならねば、戦争に勝つために。

 次の戦闘は恐らくこの数では勝てない、敵は増強され、数も増える事だろう、装備も、兵士もまだまだ足りていない。 

 

一番の問題は強い兵士だ。魔神は勿論、仙人や英雄達に会えばヒルチャールでは歯が立たない。

 少なくとも、たった一人に二千以上をぶつけなければ足止めすら出来ない。

 

 

強くならねば。

 

 

 

 

 




大砲がチートに見えますが実際にはオリ主側の戦力は足りていません。

いくらヒルチャールがいても魔神の一撃で全て消し飛びますし仙人相手に闇雲に突撃しても仙人が勝ちます。
なのでこの戦いは相手側に仙人が1人でもいれば負けていました。

まじヤベェ一番のチートは補給を気にしなくていい事です。


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