ヒルチャールの王   作:カラス男爵

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遅くなって申し訳ありません。
理由は正月にウマ娘を始めたせいです。
これから投稿頻度は戻る…といいな(ウマ娘楽しい)
まぁ普通にやることが増えてしまったので無理そうです。


神政統治

故郷が占領された。

魔神軍ではなくヒルチャールに。

 

そもそも奴らにそんな知能があったのかと驚いたが、大通りで真っ赤な旗を掲げながら行進する姿を見せられては理解せざるを得ない。

 

「帳簿アワセダ、出テ来イ!」

 

都市が掌握され、最初に行われたのはヒルチャール暴徒を引き連れた喋るヒルチャールによる住民の人数合わせ。

 

何人かが連れて行かれ最初は皆が何をされる準備なのかと恐れ反乱を企てたり、襲い掛かる人間もいたが、すぐさま取り押さえられてしまい喋るヒルチャールには近づけず、奴らの一匹が笛を吹けば波の様にヒルチャール達が訪れてあっという間に鎮圧された。

 

だが不思議な事にこちらが何匹かヒルチャールを殺したとしても人間側に重傷の者こそ何名かでたが死傷者はいない。

 当然、企てた人間とそれに参加した人間は牢屋に入れられ広場にて見せ物の様に晒されてはいたが今のところ誰一人として処刑はされていない。

 

数多の反乱軍が抵抗虚しく鎮圧されたその翌日、あろうことが奴らは食糧を配給しはじめた。

 その量は決して少なく無くむしろ日に日に増えていく、奴らは私たちを太らせて食べるつもりなのだとまた反乱が起きたが、牢屋に入れられた彼らの食事は少ない。

 

それに元からふくよかな体の友を何人か知っている。反乱に参加しなかった彼らとは連絡はもちろん会う事すらできた。

 その中に最初に連れて行かれた筈の友がいたものだから何をされたのか聞いてみれば勉強を教える様強制されたらしい。

 

奇妙な日々が始まった。

 

奴らに占領された故郷は赤い旗こそはためいており都市から出れないという問題点こそあるものの平和な日々が続いている。

 

 

 

 

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反乱が収まらねぇ!

 

何てことだ、都市を掌握できたが、全く上手くいかない。

 何をしても反乱の予兆と抵抗の報告は無くなら無い、例え食料に不安は無く魔神軍からの脅威を無くしたとしてもそれは彼らにとって日常に過ぎないのだ。

 むしろヒルチャールという脅威がある分彼らは満足しない。時間が必要という事は分かっているがその維持がこんなにも大変だとは思いもしなかった。

 

だが、まぁいい。此処は結局のところ巨大な捕虜収容所、璃月やモンドへの足掛かりとしての重要拠点として機能する戦略的要所であることは変わらないが()()()()()()()()()()()()

 

それに何も得たものがないというわけでは無い、むしろ圧倒的なまでにこれからの活動に有益なものとなるだろう。

 これと主戦場で手に入れた情報を元にした組み合わせは北部方面、モンドにおいて勝利に導くだろう。

 

穀物輸送予定書

 

そう書かれたこの書類には大規模穀倉地帯を統べるユーコウグラードから送られる穀物のその全てが記されている。

 

特筆すべきはこれ「モンド方面定期大規模輸送作戦」この書類は明らかに綿密に練られた作戦計画だ。

 この作戦計画について高級将校に問いただしてみればモンドという雪の降り積もる寒冷な土地は作物が育たず、その大部分を璃月が供給していたという。

 

理由としては元々モンド方面のほぼ全域を統べる魔神デカラビアンは魔神戦争に積極的に関わろうとせず、モンドのみを守護するために張られた風王結界がその出入りを全て閉じていた。

 だがそれをモラクスの説得により食料を引き換えに兵力等の各種支援を取り付けたという。

 

しかしその量は異常なまでに多い。何せこのユーコウグラードで生産される食料の()()()()()がモンドに向けて送られているのである。

 

聞いてみれば何と逸話として語られていた。

 

元々デカラビアンによって買い叩かれた璃月の作物、それを良しとしなかった商売の神でもあるモラクスは公平にするために何かできないかと策を練る。

 

そうして思いついた。モンドの人口を増やしてしまえばいいと。やる事は簡単だった。

 普段買い叩かれている穀物に更に多く食料を謝礼として渡す。毎月の様に契約よりも多くなる食糧を渡されたモンドは食に困らなくなり、なによりデカラビアンの手により安全だ。

 

モラクスの狙い通りに人口は増えていった。だが三年目の冬に入った時、それはパタリと途絶え、通常通りの量へと変更される。

 この行為にデカラビアンは激怒したがモラクスどこ拭く風。

 

何せ契約は間違いなく履行されているのだから。

 追い詰められたデカラビアン、餓死者を出さない為に璃月の食料を買わねばならなくなる。しかし買い叩こうにもそれらのすべての民を満たすために必要な食糧は多すぎた。

 その量を通常通りに買い叩いてしまえば璃月は確実に損益が見合わず、しかし璃月に渋られてしまえば次の冬には確実に餓死者が溢れかえる。

 何より相手は商売の神であり、契約の神でもある存在だ。

 

だが、そこでモラクスは持ち掛けた「公平に取引をしよう」と。

 この話はどうやら有名で、彼らの語るモラクスの数ある英雄譚の一つだった。

 

しかし今はどうだろうか?モンドに送る食料の大部分は俺が抑えている。

 

確かにこのままではモンドからデカラビアンが軍隊を引き連れて何事かと問いただしにくるだろう。

 だかそれを効果的に、かつ劇的に収める方法がある。

その為には神は、魔神は絶対では無いという前提が必要になるが、それは主戦場において確証を得た。

 

主戦場、北西方面、スネージナヤ。そここそが現在の主前線である。

 

初めはただ璃月に存在する大鉱山を確保する為の大規模陽動作戦。

 魔神、あるいは仙人級の存在が現れて陽動部隊は消し飛ばされるものだと考えていた。

 

だが一向にそれらは現れない。たしかに距離はある。

 しかしそれでも限度というものがある筈だ。

 前線が崩壊し、一つの都市の近郊にまで進軍を許しても尚魔神や仙人級が現れないのは愚策以外の何者でも無い。

 

だが、都市攻略においては敵の仙人級が確認され、都市内部にたどり着けず、そこでようやく進軍は停止した。

 これによってスネージナヤには仙人級が存在しないという説が無くなったが同時に謎が深まる。

 

なぜ彼らは兵士を差し向けてこないのか。

なぜここに魔神はやってこないなのか。

 

その答えは攻略に失敗した都市から上がる煙によって解決する。

 

そんな命令を出した覚えも無ければ準備もしていないと仕方なく俺が単身で覗いてみればそこにあったのは驚愕の事実。

 

反乱だった。

 

民衆が反乱を起こしていた。 

 内容こそわからないがその苛烈さは見てとれる。確実に死傷者が出るような規模の反乱だ。

 

そしてこの都市を守護している筈の仙人級は民衆に石を投げられ排除の対象に含まれているのが分かる。

 勿論、仙人級にはそれらは全て避けられ、意味を成していないがそいつは反乱を抑えるでも反乱に加るでも無く、ただ逃げているだけ。

 恐らくどちらにも味方できないからなのだろう。

 

これを見て俺は確信する。魔神の統治は完璧では無いと。

 何よりもこんな状態のスネージナヤは攻めどきでしか無く、今すぐにでも攻勢をかけるべきだが背後に問題があった。

 

背後、北部方面、そう、モンドのことだった。モンドとスネージナヤに挟撃をされては流石にひとたまりもない。

 兵数は足りるが戦力が足りない、もし仮に魔神二体を同時に相手することになれば敗北は間違いなく、それだけは避ける必要があった。

 

だが今、それを解決する手札を手に入れた。モンドを混乱に落とし入れ機能を麻痺させ得る手札を。

 

 

 

 

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モンド、風王結界入り口

 

そこには続々とモンドに渡される筈の食料が運び込まれているのが分かる。

だが、それを検問していた門番の一人が呼び止めた。

 

「おい!少なすぎるぞ!これでは半分にも満たないのではないか!?」

 

「申し訳ない、だが田畑が焼かれてしまってこれが精一杯なんだ」

 

「ふざけるな!もうすぐ冬なのだぞ!?食料が無ければどうなるか分かっているだろ!?」

 

彼がここまで取り乱しているのには理由がある。

デカラビアンの統治下にある風の王国は軍を除き、徹底して外界との接触を絶っているのだ。

 それも物理的に。

 そのせいで彼ら風の王国の民は大陸にいながら孤立しており、しかも寒冷な気候のせいで碌な作物が育たない。

 つまりは食料自給という概念が根本的に破綻している。

 

「おい、この件については北方軍司令部にて話をすることになっている。

口出しするのはよしてもらおうか」

 

そう発言するのはこの輸送隊を率いる将官、それが通常よりも率いる将官の位が高いことに気づいた門番はすぐに下がり、彼らを門の中へ通す。

 

食料を運ぶ隊列が風の王国へ向けて動く、いつもであれば歓喜の声で迎えられるはずの彼らは今回に限っては動揺と驚愕の声でもって迎えられた。

 先ほどまで隊列を率いていた高位の将官は彼らの声から逃げるように馬に乗って走り出す。

 

向かう先は北方軍司令部、それが火急の用である事を隠す事なく()()()()()()、しかも言い訳の出来ない強さで司令部の門を叩いていた。

 

「緊急!緊急!至急応対されたし!!!」

 

中からバタバタと音が聞こえ、門が開いたかと思えば番兵に猛禽類が鷲掴みにするが如く掴まれながら中に入れられ、そのまま司令部の奥深くまで引き摺られる。

 

「どう言うつもりだ!?曹雲!!民に何と説明するのだ!?

それでは状況の悪さを言いふらすのと同じではないか!?」

 

口を塞がながら引きずり、尋問部屋に座らせたらもう我慢が出来ずに怒鳴ってしまった。

 

例え古い付き合いだとしても今回の失態は到底許せん!!

彼がそのような失態を犯すような人間でない事を知っている身としては何かあるのだろうと勘ぐれるが、それでもありえん!

将校としての教育を忘れてしまったのか!?

 

ごくりと生唾を飲む音と息を切らしている曹雲からは焦りが伝わってくるがそれでも許せない事がある。

 今回の失態は今後、民衆の間で持ち越しになるだろう。

 

「……失礼した。だがどうしようも出来ない問題なのだ、早急に対応してほしい。

私の頼みだ、どうか、、、」

 

頭を伏せるように下げながら必死の声で話す曹雲の姿に僅かばかりに冷静さを取り戻したがやはりまだ苛立ちは収まらない。

 

「話せ、でなければ分からん。事と次第によっては覚悟もしておけ」

 

「第三と第一中央軍管区における補給路が()()()()()()()壊滅した。

今後の食料補給は絶望的、復旧の見込みは今のところ不明」

 

「なん!?なんだと!?嘘だ!!本当のことを言え!でなくば縛り首だ!!」

 

「嘘ではない、補給路は壊滅。この私が断言しよう。一月経っても復旧できないと。

しかも田畑が燃えてしまった。たとえ復旧しても運ぶ穀物は無い」

 

頭を押さえ呻き声を上げながら壁にもたれかかるアーベル、彼がなぜそこまで曹雲の言葉を信じているのか。

 そもそもアーベルが何故曹雲の事を知っているのか。それは曹雲の元々の地位が由来する。

 

元の地位は街道警備隊長、それは第三中央軍管区全域の街道を警備する長でありそれ故に担当範囲が広くまた、多岐に渡る。

 街道の警備こそ主任務だが、どの街道が問題なく使えるかを知り、それを兵站部門へ回すと言う重大な任務も兼ねていた。

 何故なら街道警備隊はヒルチャールの発生により新設された組織だが、その前身は璃月兵站総監部、護衛課。

 

つまるところ、元々課として存在していたがヒルチャールによって仕事が膨大になり、格上げされた組織として各軍管区に追加された。

 そして彼の管轄の第三軍は風の王国への穀物をほぼ全て担当している。つまりはアーベルと曹雲は古い付き合いなのだ。

 

「…もうすぐ冬だ、風の王国における蓄えはどれほどある?」

 

「ああ、クソ。いや、いやいや。なんとか「アーベル!!」…四か月、種もみと馬匹を潰したとしても半年もつかどうか、、、」

 

「何!?少なすぎるぞ!?!?どうしてそこまで蓄えが少ないのだ?」

 

「仕方ないだろう!?風の王国は慢性的に人口過密状態!少ない風の王国の土地に農地を作っただけでも大きな進歩だ!

障壁の外は常に雪が積もっているような土地!耕す事さえかなわない!」

 

人口過密、食料自給率の低さ。これはデカラビアンの統治方法に起因する。

 

デカラビアンは当初、徹底して魔神戦争に関わらないと決めた。そうして出来たのが風王結界と呼ばれる風の障壁である。

 この結界の効力はすさまじく、魔神級でさえ破壊することは適わない、だが欠点があった。

 それは中からも内からもすべてを通さないという完璧なまでの障壁が人口に対して狭すぎる事である。  

 

当初の人口であれば数十年は問題なく運営できただろうが、モラクスの策により過剰に供給された食料とデカラビアンによる安全な環境の相乗効果により人口が爆発的に増えてしまった。

 その結果生まれた欠点は既に無視できない程の問題としてそこに住む民衆にまで知れ渡ってしまう。

 

しかしそれは魔神戦争の長期化と今の今までモラクスが大敗を喫することが無く、中央軍管区から安定して食料が供給されていたせいで解決するには至っていない。

 

それどころか人口爆発に付随して起きた土地問題や中央軍管区に送る武具の製造で手いっぱいな有様。

 そして何よりも農地を新たに広げる為に障壁を消すという、安全を手放す事と釣り合うとは考えられなかったのだ。

 

勿論、全員が何もしていなかった訳では無く。過去に現状を問題視した人間達が風の王国から東へ離れ氷雪の魔神アンドリアスの下で新たに居住区を形成する一団もあった。

 

しかし彼らの報告では魔神軍の侵略は絶えず、元来のモンドの寒冷な気候のせいで食料も乏しい、そんな中でも居住区を維持できているのは極悪な環境によって鍛え上げられた北方騎士団とアンドリアスの力によるものが大きく、安全とは言い難いという内容。

 

当時、その知らせを聞いた過去の多くの風の王国の民は、支援する事は無く、たた嘲笑うのみだったそうだ。

 その時の発言が風の王国の基本方針となっていた。

 

「何故、安全な風の王国から離れて苦行をするのか?

安全を捨ててまで森を切り開き、田畑を耕しに行く。

そんな愚かなことをするくらいならばモラクスを支援する事が賢い選択だろう

…もちろん、通常の価格でな」

 

安全

その価値を正しく理解しているからこその発言である。魔神戦争が長期化して以降その価値は上昇を続け、今や風の王国のみに存在する希少品と成り得た。

安全を手に入れた風の王国は貿易大国として機能しテイワット大陸における最大の輸出国となる。

 彼らが食料その他と引き換えに輸出する莫大な武具は今やテイワット大陸どころか稲妻にまで行き渡っている。だがその引き換えに王国の中で貧富の差は加速した。

 

しかし今、安全の価値は暴落する直前、何故なら人口に対しての食料自給率は足りていない。ましてやモラクスの策に寄り人口は増えている。

 その事実に追加で中央軍管区から適量の食料が送られてこないという新たな問題が付与され、安全という概念を既に蝕み始めた。

 

これは間違いなく価値の暴落の予兆だ、だがそれを正しく認識できる人間はどれほどいるのだろうか?

 

答えは簡単だ、そんな事がある訳ないと否定する。

 何せ今の今まで続いてきたのだからまさか自分の代で途絶えるとは思いもしない。もし何かするとしても様子見に留まるだろう。

 

現状を正しく理解するアーベル達は何をするべきか理解している。

 だが、それは禁忌。絶対に誰もが賛同しない方法、それ以外に道はない。

 

風の障壁を解除する。

 

それは風の王国における安全の象徴を打ち消すことそのものである。

 だれがそんなことを望むだろうか?しかしこのままではどうあがいても風の王国は餓死してしまう。

 

生き残る方法、それはデカラビアン様に風の障壁を消してもらいその力で雪を遠ざけ、雲を晴らしてもらい。

我々は耕作に全力を注ぐ。多少の拡大では到底間に合わないが故の措置。

 それはつまり安全を捨て、魔神軍に襲われる日々に入る事になるのだ。だれも望まない道、しかしそれを避けることはできない。

 

信仰心は力だ、魔神はただでさえ強いがそこに信仰心が加わればさらに強くなる。

 悲しいかな、風の王国の民がデカラビアンを信仰する多くの理由は風の障壁であり信仰の力もその拡大に当てられている。

 それを無くす。つまりは信者に対する裏切りだ。デカラビアンを説得するには相当に骨が折れるだろう。

 

そんな葛藤の中、曹雲が一つだけ助けになるかもしれないと小さな声で呟く。

 

「なんなんだ?それはいったい?」

 

「言えん、もっとこっちに来てくれ、できれば人もはけてくれ」

 

確かにデリケートな問題ではあるが、何処か怪しい。今までの曹雲を知っている身としては()()()()()()()()()

 だが今はそれが猫の手であっても喉から手が出るほどにほしい。番兵を尋問室ではなく尋問室の扉の外に移動させ、彼に近づく。

 

「ああいいぞ、もっとこっちに、大事なことだ。さぁ耳を近づけろ」

 

僅かばかりその勿体ぶり様にいら立つが言われたとおりに体をさらに近づける。

 

突然口に手を突っ込まれた!何かを持っている!舌にあたるこれは何だ!?カラコロと歯にあたるこれは飴玉!?

 

「飲み込め。矮小な人間であればこの程度の力で足りるのだ。あのお方の叡智を賜るといい」

 

声を上げようにも口に手を入れられているので不可能。何かを叩いて大きい音を出せば番兵が駆けつけると思いついたその時。

 

ゴクリと、それを呑み込んでしまった。

 

「それはあのお方がお前の為に作った特別な力。いま、俺のやることは終わった。後はアーベル、お前の仕事だ」

 

脳みそがグルグルと回り吐き気が止まらない。

 

なんだこれは!俺は此処にいるはずなのにここにいない?ああ!やめろ!?忠誠を誓うべきお方はデカラビアンだ!どうして俺は此処にいる筈なのにここにいない!?忠誠を誓うべきお方はデからビあンだ!気持ちが悪い!俺は此処にいない筈なのにここにいない!?あのお方は忠誠を誓うべきでからビビアン?なんで俺は此処にいない筈なのにここにいる!誓うべきデカラビアンは忠誠だ!

 

俺は、俺が、、、俺が忠誠を誓うべきは()()()()()

 

「………大丈夫かアーベル!」

 

どうやら倒れてしまっていたらしい。彼に揺さぶられて意識が覚醒した。異変に気が付いた番兵が扉を開けて入ってくる。

 

「もう大丈夫だ、するべきことは分かった。ありがとう」

 

頭が軽い、俺が何をすればいいのかよくわかる。あのお方が指示してくださるのだ。その通りに動けば何も問題はない。

さぁ仕事にとりかかろう。

 

「番兵、食料運搬車の前から十台はここに運べ、そのどれか一つだけに箱がある。

それは説得に使うものだ。早く持ってこい。そして決して開けるな」

 

了承の声と共に駆けだす彼らを尻目に俺と曹雲は不敵に笑うと、後を追うように入口へ向かう。

 

「アーベル、どれくらい必要になる?こちらはすぐにできるぞ?」

 

「二週間…いや、七日あれば十分だろう。この件で会合を開くことになるからな、その時には恐らく六割は終わる」

 

駆け足の音が聞こえ、目を向ければ番兵が大事そうに箱を抱きかかえながらこちらに向かって来ていた。

 

「うむ、ご苦労。戻って良し。

曹雲、カギは何処に?」

 

曹雲が懐からカギを取り出して厳重に封された箱を開けると中には目が眩むような金銀財宝が入ってる。

 しかしアーベルはそれらには目もくれずその中から二つの首飾りを取り出した。

 

どす黒く、形も大きさも均一なそれは飴玉のようで、首飾りにしては地味。

 簡易的な板にはめ込まれたそれは数珠と言われた方が納得できるしろもの。

 

「そうか、これが、、、」

 

「ではなアーベル、七日後だ。七日後、モンドは封鎖される。どこまでも混乱に落としてやろう」

 

 

 

 

---------------------

 

 

 

風の王国の民衆たちの間で最近不穏な噂が蔓延している。

曰く、食料はもう来ない。

曰く、魔神軍が攻めてくる。

曰く、狼派が革命を起こそうとしている。

いずれも根拠のない話だが、それは少ない食料配給と将校が慌ただしく司令部に駆け込むのを何人も見たという事実が誰も打ち消せないでいた。

 

特に最後のは最悪だ。狼派というのは昔、風の王国から離れアンドリアスの下で土地を開墾しに行った一団とそれを支援する風の王国の一部上層部であり、そこに貿易大国となった結果生まれた貧困層が加わった大規模な組織の事だ。

 

かつてから存在するその派閥はデカラビアンの力を使えば雪ではなく冬そのものをモンドから追いやることができると常々訴えていた。

しかしそれは現状、風の障壁の解除と同義であったため安全を手放すことを容認できなかった大多数から反対されている。 

 

なぜアンドリアスの下に向かった彼らがデカラビアンならば冬を追いやることができると知ったのか。

 それは元々アンドリアスはデカラビアンの魔神としての力を正確に知っていおり、それを自分の下にきた凍える民を哀れに思い伝えた結果だ。

 しかしその結果、風の王国に狼派と呼ばれる言わば他宗教が生まれることになりアンドリアスとデカラビアンの仲は険悪になってしまった。

 

そんな彼らが起こす革命とは、風の障壁を解除させることである。

 そのせいで風の王国ではアンドリアスが風の障壁を破壊しに来るのではないかと疑心暗鬼になってしまっている。

 

そう

 

 

つまりは

 

 

 

すべて順調という事だ!

 

 

今日が七日目、曹雲が問題なく行動を起こせたならば計画は大きく進歩する。

 

形式通りにドアが開かれると門番から予定にない食料を運んできた輸送隊が来たと連絡を受けたとの事。率いているのは曹雲。

 

当然、中に招き入れるとも、食料は皆が欲しているのだから。

さぁ混乱が始まる。作戦は順調だ。

あとは彼らが行動してくれさえすればもう止まらない。

 

窓から見える風王結界の入り口に目をやれば風王結界の中に続々と食料を運んでいると思わしき隊列が入ってきている。

 それを見た何も知らない民衆から安堵の声が聞こえてくるが、それはすぐに悲鳴へと変わる。

 

「アンドリアス様万歳!!」

 

「自由と平等の為に!!」

 

食料が運ばれていると考えられていた馬車から出てきたのは武装した人間達。

 何事かと駆け寄ってくる門番を彼らは問答無用で殺してしまう。パニックになった民衆が悲鳴を上げて逃げ出すが、それを追いかけては惨殺し手当たり次第に燃やし始めていた。

 

バタバタと廊下を走る音が聞こる。おそらく誰かが私に報告しようと近づいてきているのだ。

 廊下に出てみれば慌てたように敬礼をする将校がいた。

 

「アーベル閣下、狼派と思われる人間が、、、あぇ?」

 

突然の事態を報告しようとアーベル将軍に近づいた。すると何かが胸についている。すごく、、熱い。

自身の脈拍と共に何かが溢れている、、これは、?これは、、血だ。

 刺された?どうして?そう思った時、今度は腹を刺され、ああ、駄目だ、血を流しすぎている。

 

頭が、、、回らない。

 

「うむ、ご苦労。それではデカラビアン様に報告してくるとしよう」

 

深々と腹にナイフが刺さった将校を当たり前のように放り捨てたアーベルは混沌とした市街地に馬を走らせるが狼派とされる人間にはまるで見えていないかの様だ。

 

王城へ向かって馬を走らせるアーベル。城門にたどり着けば近衛兵が慌ただしく防備を固めていた。

 

「閣下!何が起きているんですか!?」

 

「狼派の謀略だ!!奴ら革命と称して町を焼いているぞ!!市民の避難と王城の警備を急げ!」

 

「了解!閣下はこれから何処に!?」

 

「デカラビアン様の下へ行く!早く門を開けよ!」

 

近衛兵達はその言葉を疑うことなく城門を開け、中に通してしまう。

 階段を上り更に上ると屋根のないひらけた場所に出る。何もないそここそが正真正銘デカラビアンの玉座だ。

 

空から複眼を持つ巨大な竜が降りて来た。大きな翼を折りたたみ話しかけてくるこの竜こそが竜巻の魔神デカラビアン。

 その体は風元素に満ち溢れ、漏れ出た元素のせいで僅かに緑色に発光してさえいる。

 呆れるほどの力の塊、まさしく神の如き力を持つ事を俺は知っている。

 だがその知能は神ではない事も俺は長い間従っていたことで知っている。

 

…もうすでにこいつには忠誠を誓っていないが。

 

『よく来たな!アーベル。

これが貴様が言っていた祭典か?それにしては少し地味な気がするのだが?』

 

は?……ああ、この馬鹿は前に俺の言ったあなたの為に祭典を開くという言葉をうのみにしたのか。

あの捨て駒達がまだ生きている事が不思議だったがそういう事か、まぁちょうどいい。

 

俺はひどく焦っていることが伝わるよう心掛ける。それだけでこの馬鹿はひどく取り乱すだろう。

 

「違います!デカラビアン様!ついにアンドリアスが攻めてきました!

目下でお起きているのは狼派による革命です!アンドリアスは雪原に出現したとの事!

どうかお力をお貸しください!」

 

僅かな間、だが突然轟く暴風の如き雄たけびに俺の思惑が成功したことを知り、思わずにやけてしまう顔を頭を更に下げることで隠す。

 

『あの獣風情が!!我の領地で信者を作るだけでなく!

協定を破り!侵略を始めただと!今すぐ切り刻んでくれる!!』

 

叫ぶや否や、すぐに空へ飛び立ち、風の王国から飛び去って行ってしまった。

 あまりにも早い展開に言葉を失う、それはこんなに上手くいくとは思えなかったからであり、同時に自身に課せられていた使命がすべて完了できたことを意味するからである。

 

やったぞ!これで俺は使命を果たしたのだ!

 

俺は使命を!俺は……

 

俺は何をやっているんだ?

 

 

 

 




モンドが今の気候になったのはバルバトスが春風を呼び、アンドリアスが弱体しているからだと仮定しています。

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