「ねぇ椿、ハル兄さんの住所って割れた?」
「当然。ていうかー、ハルお兄さんっていちいち行動読みやすいから逆に心配になるくらい簡単なんだよねー。」
椿が追っていたのはハルが突然家を飛び出してからその目的地までの足どり。ハルの移動経路から現在住み込んでいるアパートの住所、部屋番号、通学予定である学校名は無論、クラスや出席番号に至るまでの全て。
天板に可愛らしいシールが何枚も貼られている白く薄型のノートパソコンをカタカタと弄っている姿は、さもありふれた可愛らしい女子中学生の日常だが、やっていることはハルの携帯GPS情報の無断取得に電子ログのぶっこ抜き、公共施設サーバーへの無断侵入などなど違法行為のオンパレードだった。
が、それをさもありなんといった様子で隣で椿に肩を寄せつつアイスにかじりついているのが姉の桜だ。
「ふふ。ハル兄さんってどうして頭良いのにこういうとこ全く頭回らないのかな。なんていうかそういうところが可愛らしくて好きなんだけどさ。」
「理論とかはー完璧に脳内で出来てるっぽいんだけどねー。脳筋?」
隣から無断で桜の食べているアイスにひと口かじりつくと、普段よりか1トーン高い声で椿が喜んだ。
「そういえば、ハル兄さんが私たちに隠れてやってたっていう株式投資、結局あれどうなったの?結局椿に全投げしてて最終的によく分かってなかったんだけど。結構成功してた感じ?」
「あー。あれかー。本人的にはけっこー…というか普通に大勝ちしたって思い込んでるだろうけれど…。」
そこで一息つくと、桜が先ほどよりもジトっとした目で別のウィンドウをパッと呼び出す。
「お、これは。」
「ハルお兄さんの取引履歴。実際はダメだね。ダメってーか、ダメダメのダメ。ハルお兄さんが実力で勝ったのなんて数万円レベルだし、トータルで言えばフツーに大損してたよ。」
「やっぱり、っていうとまぁ可哀想なんだけど。…そんなに負けてたの?」
「なんてーかね、普通に自己破産レベルにはなってたと思うよ」
話をよそにどさくさに紛れて更にアイスに食いつこうとする椿を止めながら桜が言う。ディスプレイに映し出されているのはハルの過去の取引履歴からシミュレートした口座残高の推移。
数百万あった資金が半年もせずにマイナスに突入し、あっという間にマイナス残高に突入した。
「うわ。初っ端から信用取引全開で負けてるのすっご。ざっこ。」
「私が介入しなかったらと思うとほんと怖いよねー。」
「ふふ、偉いぞ椿♪」
「にひ…もっと褒めていいよ姉さん」
だらしない顔を晒しながらもパソコンを弄る手は止めない椿。
ハルの携帯に無断でぶち込まれているお手製のソフトの調子を確かめ、問題が無いことを確認するとパソコンを閉じて桜の豊満な胸へとダイブする。
「ハルお兄さんは勉強と喧嘩は出来るんだけど、お金に関してはほんとーにダメだね。姉さん」
「そうだね。ハル兄さんがやらかすと幾らでもお金溶かしちゃうからね。」
「「私たちが管理してあげないと。」」
本人の知らないところで、悪意の無い陰謀が渦巻いていることを、ハル自身は知らない。
…。
例えそれが仕組まれたものであるとはいえ、結果としてハルの手元には今学生の身分にしては不相応なほどの大金がある。
古ぼけたような古風なアパートよりも上質で、尚のこともっとセキュリティの高いマンションなんかにも入居は可能だが、ハルにはそれが出来ない理由があった。
二階建ての古びたアパートの二階、三番目の部屋。
そこにハルの部屋はある。
今日は日曜日。休校日であり、日夜よかぬ輩に追いかけ回されているハルにとっては数少ないフリーの休みの日。
…のはずだった。
…。
布団の中で珍しく温い微睡を味わいながら、朝寝坊を満喫しているとドアを激しく叩く、けたたましい音に無理やり夢のなかから叩き出された。
「クルルァ! ここ開けろや! ここにいるのはわかってんやぞ!」
無言でドアスコープを覗くと扉の前には黒服の男。どっからどう見てもヤのつく裏の界隈の人にしか見えない輩がわらわらと。
「今何時だと思ってんだクルルァ!」
「起きろやクルルァ!」
「あにk「あ゛あ゛あ゛あ゛」」
(バァン!!!!)
俺は寝巻きのまま、片手にサメを抱きしめ力の限りにドアを蹴り開けた。
外開きのその扉は扉の前にいるヤーさん達を軽快にぶっ飛ばす。
「押忍、兄貴。おはようございやす。今日もご機嫌麗しゅう」
「無い」
「今日も家までお迎えにあがりました。学校までお送り…」
「いらない」
「…」
「…お前はなんか言え。」
「…ウス」
ぶっ飛ばされながらも早々に復帰してそう挨拶してくるのは黒服三人衆とその部下たち。俺に声をかけてきたのが順番にチビ、ノッポ、ガリだ。
よくよく見なくともアパートの廊下には黒服のおっさんだらけだし、なんなら階下にも黒服達が居て、今がたぶっ飛ばされた黒服達を連携プレイで器用に受け止めていた。ハイタッチしてるのが地味にウザい。
俺のマンション暮らしを阻害するのはこいつらである。
こいつらは正真正銘のヤのつく職の人間で、ここら一帯をシマにしてい"た"指定暴力団"月(つき)組"の部下たち。
俺がこの街に越してきて暫く。街中で突然ガンを飛ばされた事件以来延々と付き纏われ、そこから嬉しくもないフレンド交流を深めてはや二年。いつの間にかこんな素敵なモーニングコールをしてくれるまでに至る仲に進展してしまった。おかげで今も学校ではぼっちを拗らせてる。絶対許さんからなお前ら。
おかげで元々住んでいたマンションの強面オーナーからは遠回しに出ていけと恐喝され、普通のアパート暮らしをしようにも泣きながらに堪忍してくだせぇと土下座しだす地元の不動産屋。
よくよく考えなくとも俺は生まれつき顔があまりよろしく無いようで、立てばごろつき、座ればヤグザ、歩く姿は暴力団員と呼ばれるほどに恐れられていた。
確かに見た目怖いもんな。
ひとり、部屋で姿見を見て猛反省した俺は翌日、黒サングラスにマスクで顔を隠し、今巷で流行りだというニット帽でいかにも田舎から越してきただろう若者らしさをアピールしつつ、同じ不動産屋に訪れたのだ。
…今度は入店した時点で今度は警察を呼ばれた。
それ以来、地元の不動産屋は俺にとって自主出禁対象である。
そんな中、どうしようかと悩んでいたところに声をかけてきたのが全ての元凶の黒服三人衆である。
名前は覚えていなかったが、当時あまりにもイライラしていた俺はその時奴らの見た目通りに、なんの用だこのチビ、ノッポ、ガリと暴言を吐いてやった。
うわ、言っちまったと一瞬後悔した俺だったが、次の瞬間「あ、兄貴〜!」と抱きついてこようとする三人を見て、暴言を吐いたことよりもこいつらと出会ってしまったことを更に後悔した。
結果、駅前からも割と近く、利便性もまぁまぁ良い、けれどヤのつく縄張りの緩衝地帯にあるとかなんかで曰く付きの激安物件を黒服三人衆に紹介され、今に至る。
連日のように黒服共がやってくる以外はとても住みやすいと感じる良いアパートだと思う。
困っている最中の俺にアパートを紹介してくれたのは確かなのだ。そういう意味では借りがある相手なので、無下に追い返せていない今日この頃。
「今日は…日曜日なんだが…」
思わずドアを全力全開で蹴り開けてしまったわけだが、そこでふと我に帰り、今更だと思うが至極優しい声色で何のようだとチビに言ってやる。すると三人衆たちは顔を見合わせて、恐る恐るチビが俺に可愛らしいサメの壁紙のスマホを向けてきた。(後で壁紙を送ってもらった)
「…あっ。」
今日月曜日じゃん。
「あ゛あ゛?゛?゛?゛」
「「「ひえっ」」」
俺の叫び声で後ろの黒服の何人かが気絶した。
ていうか、
俺寝巻きじゃん。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛?゛?゛?゛」
「「「ひぃっ!!!」」」
更に後ろの黒服が何人か倒れたのが見えた。
ていうか黒服三人衆はなんで逆に平気なんだよぶっ飛ばすぞ。
慌てて身支度を整えて出ると黒服達の姿は無く、階段を降りると目の前には道路に停められた黒塗りの高級車。
当然無視した。