双子の姉妹が堕とそうとしてくる。   作:灯利

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怖い、の続き

 

 火曜日の放課後、階段を下りかけたところで双子に捕まった。昨日は教室の前だったが、今日は踊り場の窓の横。少しは人目というものを気にするようになったらしい、と感心しかけた俺に、桜は三年生の人たちが通る度にこっちを見るから、と説明した。

 

 当たり前だろ。こんなそっくりな奴らが二人並んで立っていれば俺だって見るし、それが一年生で、しかも三年の教室の前に来ていればなおさらだ。窓辺に寄りかかっていた椿は俺の姿を見つけるや否や身体を起こし、待たせたわけでもないのに、ずいぶん待っていましたと言いたげに腕を伸ばした。

 

「今日はうどんじゃないんでしょ?」

「昨日も違っただろ」

「私たちがいなかったらうどんだったかもしれないじゃん」

 

 それについては反論できなかった。安いし、すぐ出来るし、別に嫌いでもないので困った時は大抵うどんである。口に出すとそれ見たことかと騒ぐのが目に見えているので、俺は聞こえなかったふりをして二人の横を通り過ぎた。勿論、当然のようについてきた。

 

 校舎を出て中庭の脇を通った時、向こうから急いで来た男子生徒とぶつかりかけた。俺が止まり、向こうも慌てて足を止めたので接触自体はしていない。そいつが頭を下げてすみませんと言うから、いやこっちも、と返しかけたところで顔を上げられた。

 

 そこで声が止まる。数秒ほど俺を見て、もう一度、さっきより深く頭を下げた後、ものすごく丁寧な早足で去っていった。走ると刺激して追いかけられると思ったのかもしれんが、俺は熊ではないし、一年生を追い回す趣味もない。

 

 途中まで上げた手を下ろしていると、桜に兄さん、と呼ばれた。なんでもないと答えて歩き出そうとしたが、今度は椿が前に回り込んで俺の顔を覗く。道を塞ぐな。まだ俺まで人を通さなくなるわけにはいかない。

 

「なんかした?」

「してない」

「じゃ、あっちが勝手にびっくりしただけだねー」

「お前らも最初はそうだったろ」

 

 言ってから、あぁ、余計だったなと思った。別に当てつけたいわけではなかったのだ。人に怖がられる程度のことにはもう慣れているし、こいつらにまで気を遣われるのもどうかと思って、いつもの調子で言っただけだった。

 

 しかし椿は瞬きをしたまま黙り、桜も鞄を持っている手を下げた。今も怖いよー、と笑って終わる話だと思っていたのだが、二人とも妙に真面目な顔をしている。俺が笑い話を振った時に限ってこれなのは、やはり顔の問題なのだろうか。

 

「……覚えてたんだ」

「そりゃ、目の前で泣かれりゃな」

 

 近くのベンチへ目を向けて、少し座るかと聞くと、桜が頷いた。俺が腰を下ろすなり二人は左右に収まり、椿は膝に置いた鞄の持ち手を弄り始めた。こういう時くらい向かいに座ってもいいと思うのだが、反対側にはそもそもベンチがなかった。

 

「怖かったよ。最初は」

「知ってる」

「でも、そんなに覚えてたんだね」

「……忘れるようなことでもないだろ」

 

 袖で涙を拭いていた二人も、慌てて駆け寄ってきたあの家の両親も覚えている。俺はただ立っていただけだったが、立っているだけであの有様だったのだ。何もしないでいるのが一番ましだと、あの時は本気で思ったし、実際それ以外にどうすればいいかもわからなかった。

 

 桜は、知らない男の子が来て、顔に傷があって、お母さんが話しかけても返事をしないから怒っているのかと思った、と言った。怒ってはいなかったと言うと、うん、後でわかった、と俺の方を見る。最初からわかれと言われても無理だろう。俺だってあんなのが突然家族ですと連れてこられたら、一度は玄関を閉める。

 

「泣いたから、嫌いだと思った?」

「……嫌われたくないなら近づかない方がいいだろ」

「答えになってないじゃん」

「同じようなもんだ」

「同じじゃないよ。嫌いだったらお兄さんの部屋なんか行かないでしょ」

 

 お前らは暇そうだったから、と言うと、椿は今度こそ呆れた顔をした。暇なら自分の部屋で桜姉さんと遊べる、と。まぁ、それはそうだ。俺の部屋にあるのは教科書とノート、少しばかりの着替えくらいで、面白そうなものは後から全部こいつらが持ち込んだ。何もない部屋を遊べる場所にしてから入り浸るとは、随分と手のかかる暇つぶしだったことになる。

 

「最初は、話してくれないからつまんなかったけどさ。追い出さない日もあったから、今日はいいのかなって」

「……毎回追い出すのも面倒だったんだ」

「うん。それでもよかったの」

 

 椿の手が持ち手から離れ、俺の制服の方へ動きかけたところで止まった。今更そんなところで遠慮されても困る。いつも通り勝手に触ってくる方が、まだ何を言えばいいかわかった。

 

「椿のペンケース、直してくれたことあったよね」

 

 桜に言われて、あぁ、あれかと思い出した。ファスナーの引き手が取れただけなのに椿が延々と文句を言っていたので、新しいのを買ってもらえと言ったら、桜とお揃いなのに、と更にうるさくなったやつだ。仕方なく余っていた紐を通してやるとようやく静かになった。それは修理というより、俺が静かに勉強するための応急処置である。

 

「直したってほどじゃない」

「私、嬉しかったよ。お兄さんがちゃんと見てくれたから」

「ファスナーだぞ」

「私の、でしょ」

 

 椿はそう言って鞄を見下ろした。あの時、直った後も何度も開けたり閉めたりしていたので、まだ使いづらいのかと聞いた覚えがある。なんでもない、と返されたからそのまま放っておいたが、あれが嬉しかったということらしい。うるさいのを黙らせただけでそんなことになるとは知らなかった。

 

「私は、夜に行った時。灯りを消さないでいてくれたこと」

「お前、勝手に寝てただろ」

「うん」

「起こしても起きなかっただけだ」

「でも、お母さん呼んでくれた」

「床じゃ風邪ひく」

 

 桜は笑った。眠れないと言って俺の部屋へ来たくせに、机の横に座ったままさっさと寝たのだ。だったら自分の部屋で寝ればいいだろと思いつつ、起こしても返事はしないし、灯りを消すと運ぶ時に足元が見えない。結局あの人を呼んで、布団へ戻してもらった。

 

 どちらも俺にはその程度の話だった。二人の相手をしたという意識すらほとんどない。出来るだけ何もしないように暮らしていたつもりなのに、こいつらの中では俺が何かしていたことになっている。そのことを訂正するべきなのか迷っているうちに、口から別の言葉が出た。

 

「……迷惑だったんじゃないのか」

「何が?」

「俺が、家にいたこと」

 

 椿が一度口を開け、桜を見てからまた俺を見た。それ本気で言ってる、と聞かれたので頷くと、桜は横へ鞄を置いた。手が俺の膝の近くへ来たが、触れないまま置かれている。遠慮というより、俺が逃げるかどうかを見ているようで、そっちも落ち着かなかった。

 

「兄さんがいなくなって、私たちが喜んだと思ってた?」

 

 そこまでは考えていなかった。俺がいなければもっと普通に暮らせるとは思っていたし、その方がいいだろうとも思っていた。何が違うのか説明しようとして、何も出てこなかった。あの家を出てから二年も経つのに、こんなことすら、まともに聞いたことがなかった。

 

 椿が俺の袖をつまんだ。さっき伸びかけて止まった手が、今度はそのまま布を握っている。顔を向けると、最初は本当に怖かったよ、ともう一度言われた。

 

「でも、ずっとそのままだったわけじゃない。勝手に昔に戻さないでよ」

 

 反対側でも桜が俺の袖に触れた。二人に引っ張られたところで立てないほどではないが、立つにはまず、この手を外さなければならない。桜はそれを知っているような顔で、俺を見上げていた。

 

「ねぇ、兄さん。私たちが好きだって言っても、迷惑?」

 

 椿まで黙ってこちらを見ている。なんと返せばいいのか、俺にはすぐにわからなかった。それでも、袖を握っている指をどけようとは思わなかった。

 

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