双子が来る生活は、思っていたより早く俺の部屋に馴染んだ。別に毎日来ているわけではない。けれど放課後に顔を見ないと、今日は用事があるのか、と思うくらいにはなっていた。それまで一人で当たり前だったところへ二人増えるのだから、もう少し邪魔になると思っていたのだが。
今日行くね、と連絡が来れば冷蔵庫を見るし、来ないと言われれば一人分の飯を用意する。せいぜいその程度の違いである。ただ、いつの間にかうどんの袋より先に米の残りを気にするようになった。椿に知られると絶対に調子に乗るので、それについては黙っている。
金曜日、椿は俺の机へ白いノートパソコンを広げていた。天板には可愛らしいシールが貼られていて、こいつが昔から使っている物に似ている。桜は隣で教科書を読んでいたが、俺が台所へ立つとすぐ顔を上げた。
「兄さん、手伝う?」
「いい。茶を入れるだけだ」
「お湯こぼさないでねー」
「お前じゃあるまいし」
湯呑みを三つ出したものの、机の上が見事に塞がっていた。場所を空けろと言うと、椿はちょっと待ってーとパソコンを寄せる。ようやく出来た隙間へ茶を置き、俺も座って携帯を取り出した。放課後に来ていた通知を確認し、そのままいつもの取引画面を開く。
「また、そこ?」
「ん?」
「その会社。前、けっこーやられたところじゃん」
椿に言われ、画面を見直した。確かに買った覚えはあるが、しばらく持って、利益が出たところで売ったはずだ。損はしてないぞ、と答えると、椿の手が止まった。それからパソコンの蓋に触れ、あー、そっか、と妙な返事をする。
「何がだ」
「別のとこだったかも。名前似てるの多いし」
桜が教科書を閉じた。その音がしたので俺は桜を見たが、桜が見ていたのは椿だった。椿だけが俺へ笑いかけている。別に笑うような話をしたつもりはなかった。
「俺が前に買ったこと、何で知ってる」
「……見えてたから」
「いつ」
返事がない。その取引をしたのはまだあの家にいた頃で、俺は一人の時を選んで操作していた。そもそも金を増やしていることを知られないようにしていたのだ。一瞬画面を見られた程度ならあったかもしれないが、それだけでどの会社を買ってどれだけ損をしたかまでわかるはずがない。
しかも、俺の知っている結果と違う。そこが引っかかった。
「椿」
桜が呼ぶと椿は姉を見た。二人の間で、俺にはわからないやり取りがあった。昔からよくあるやつで、普段なら勝手に話がまとまるのを待ってやるところだが、今回はその話の中に俺がいる。俺がいるのに俺だけわからないのは、流石におかしいだろう。
「……何を隠してる」
「兄さん、怒ると思う」
「まだ聞いてない」
「うん。だから……椿、見せよう」
椿がパソコンを開き直し、しばらく触ってから画面を俺に向けた。日付と金額、それに会社名が並んでいる。携帯で同じ時期の履歴を出して見比べたが、合わなかった。売った日も、その時点で残っている金額も、俺の画面で見たものと違っていた。
「……何だ、これ」
「実際の結果。お兄さんが見てた方は、私が手を入れてた」
すぐには意味がわからず、俺はもう一度携帯を見た。椿が指で示した取引は、確かに俺がしたものだった。ただ、勝ったと思っていたものが負けている。次の取引で取り返したと思っていた金も、別のところから入っていた。
「じゃあ、残高も嘘なのか」
「お金はあるよ。そこは本当。ちゃんと口座にあるし、使えなくなったりはしない」
「何で」
「足りなくなった分、私たちが入れたから」
椿はそこだけ早口になった。俺が桜を見ると、桜も頷く。私たちのお金だよ、兄さんがなくした分をそのままにしておけなかったから、と説明されたが、何でそんなものを持っているとか、どうやって入れたとか、聞くことがありすぎて一度に出てこなかった。
「……どのくらい」
椿が画面を切り替えた。合計、一千二百万円。
ゼロの数を見間違えたかと思い、最初から数え直した。何度見ても減るわけがない。昔の家なら大人が笑って動かしていたような額だが、今の俺にとってはそうではなかった。学費も家賃も、日々の飯代まで、俺は自分で増やした金で払っているつもりだったのだ。
俺がいなくなった後も迷惑をかけずに済むように、わざわざ金を作った。作れていたと思っていた。その金を、いなくなろうとしている家の妹たちからもらっていたらしい。
「俺が増やした分は、ないのか」
「あるよ。これとか、こっちも。お兄さんが自分で決めて勝ったところ」
椿が二つほど履歴を指した。全部が作り物だったわけではないとわかっても、安心する気にはなれなかった。合計では負けていたんだけど、と小さな声が続く。俺が自分で出した計算の中に、最初から知らない数字が紛れ込んでいた。それで出来た結果を俺は何度も確認し、間違いないと思っていた。
「そんなこと、どうやって……」
言いかけて椿を見ると、そいつは俺の手元へ目を向けた。家族との連絡用だから、と渡された携帯である。誰が先に触って何を入れたかなんて、まともに考えたことがなかった。用意されたものをそのまま使っていた頃と、結局何も変わっていない。
「これに、何か入れてるのか」
「うん。最初は居場所がわかればよかったんだけど」
「居場所?」
桜が椿の手を握った。黙らせるためではなかった。二人は並んで俺を見ていて、家を出てからもどこにいるかは知ってたよ、と桜が言った。学校も、この部屋も。
「……二年、ずっと?」
「うん。携帯のGPSで」
俺は部屋を見回した。初めて来た日に二人が玄関で待っていたことも、迎えの場所を連絡すると言っていたことも覚えている。知らない場所だから必要なのだと思っていたが、俺がわざわざ教えなくても、二人には見えていたらしい。
「何を買ったかも、見てたのか」
「取引は。危ない注文は止めたこともあるよ。あのままだったら、もっとなくしてたから」
「俺に言えばよかっただろ」
「言ったら、やめさせるでしょ」
すぐに返ってきて、俺は黙った。それだけは間違っていない。知られたら俺が嫌がるとわかった上で、わからないようにしていたわけだ。目の前の椿は困った顔をしているが、何を困っているのかまで同じとは限らなかった。
「でも、学校も行けたし、家も借りられたじゃん。お兄さんがしたかったこと、ちゃんと出来たんだよ」
「この学校なら、後から私たちも来られたから」
桜まで頷くのを見て、俺はそっちへ顔を向けた。何の話だと聞くと、桜の指が椿の手の上で少し動いた。今度の間は、言うかどうか迷っているというより、どこから言えばいいか考えているようだった。
「パンフレット。兄さんの見えるところへ置いたの、私」
あの時、机の上に偶然あった学校案内。遠いし、学力の条件も俺なら満たせる、寮に入らなくても通えると思って、ここでいいと決めた。入学後にどう考えても普通の学校ではないと知っても、自分で選んだ以上、今更文句も言えないと思っていた。
「……他には」
桜は何もかもじゃないよ、兄さんが自分でしてきたことはちゃんとある、と首を横に振った。そこを褒めてほしいわけではなかった。俺が知らないことを聞いてる、と言うと、ようやく二人の顔が変わった。
「順番に見せるから。今すぐ消したりしないで。口座の分も、確かめてからにしないと――」
椿が携帯へ手を伸ばしたので、俺は自分の方へ引いた。勝手に触るな、と言うと、その手が机の上に残った。桜が俺を呼び、私たち困らせたかったんじゃない、と言った。
「……わかってる」
金があったから暮らせたのは本当だ。この前ここで眠れたのも、二人が来ると冷蔵庫を確認していたのも本当で、今聞いた話だけで全部なかったことに出来るわけではない。だから余計に、どうすればいいかわからなかった。
「お兄さん、自分のことになると無茶するから」
椿はまだ説明しようとしていた。桜も俺を見たままで、その続きを当然のことのように口にした。
「私たちが」
「管理してあげないと」
息が止まった。二人の声だったはずなのに、親父の顔が浮かんだ。机には俺が出した湯呑みが三つ並んでいる。ただ茶を飲ませようと思って出した物なのに、急にそこから立つにも、誰かの許可が要るような気がした。