強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第1話 モブウマ娘『サンデーライフ』

 とにかく楽をして生きたい。

 

 ウマ娘らしからぬ願いを持って中央トレセン学園に入学した私は、その深層意識が反映されたかのように『サンデーライフ』という名を背負っていた。

 

 無名の競走馬か、はたまた架空馬か……そんな名前から分かることは『日曜日のような毎日を過ごす人生を謳歌したい』という魂の叫びだけではなく、多分『サンデー』って付いているからにはサンデーサイレンス産駒なんだろうなということを妄想させるものであった。まあ、マーベラスサンデーと似たようなネーミングではある。冠名ではないはず。

 

 とにかく私が何者であったとしてもウマ娘である以上は、トゥインクル・シリーズを走るアスリートとしての生命はそう長くはないだろう。

 競走馬を基準にして考えるのであれば、2歳や3歳からスタートして概ね2,3年が平均的な現役期間といったところか。時折8歳を超えても走るタフな者も居るもののそれですら6年間しか走れない。

 

 逆に人間のアスリートを基準に考えたとしても、小中学生からプロで活躍できる例外的なスポーツはいくつかあれど、基本的には10代の半ばから後半辺りからプロ選手となって、これまたスポーツによってまちまちではあるが『走る』ことに基幹を置くスポーツだと概ね30代には現役から退くことになることが多いと思う。その場合だと現役期間は10年と少しといったところかな。

 勿論、40歳・50歳になっても第一線で活躍するプロスポーツ選手が居るのは間違いない。が、その域まで来るとウマ娘で言うところのシンボリルドルフ級のレジェンド格の化け物だったりするので、やっぱり特異点としか言いようがないだろう。

 

 このトレセン学園において、生徒としてはともかく競技者としていつまで走れるのかはあまり分からない。けれどもレースで好成績を残して賞金を稼げる期間というのは適性もあるだろうが、人生というスケールで見た場合にはあまりにも短いだろう。

 

 

 だからこそ、私はメイクデビュー前からシミュレートをする。それはレースのイメージトレーニングではなく、引退後のキャリアも含めた人生設計に関するものだ。

 とはいえ『人生設計』という言葉が指し示すほどの仰々しいことはやっていない。ネットという便利なツールがあるから、それを使っただけだ。

 

 ――その電子の海から収穫してきた数字の1つとして、『3億円』というものがある。

 

 この数字は、1世帯が一生涯で支出する平均の金額だ。勿論胡散臭い数字であることには間違いない。実際には子供が何人居るのかとか、都市や地方のどちらに住むのか、などで大きく変わる数字ではあるだろう。けれども、大雑把な指標としてみればこれでも私にとっては充分だ。

 

 『楽をして生きる』……仮に字義通りのことを成し遂げようとするならば、この『3億円』をトレセン学園に居る間に稼いでしまえば、引退後は何も仕事をしなくても家庭を持つことすらできる。学生時代の自分のヒモになって残りの人生を謳歌出来るのだ。

 学園やらトレーナーやらに支払う諸々の諸経費もあるのでレースで獲得した賞金が全額そっくりそのまま自分の手元に残るということは無いだろうし、そもそもトレセン学園の学費・入学金の奨学金支払いもある。だから実際には4億、5億円くらい稼げば、将来の家族設計まで踏まえて尚、一生安泰である。

 

 と、そこまで考えた私はここで挫折する。

 例えば超高速の粒子・アグネスタキオン号。かの競走馬が稼いだ賞金総額は2億と幾ばくか。どんなに圧倒的であってもGⅠ勝利を挙げようとも、レース数が少なくてはこの目標金額には達成しない。

 

 例えば怪鳥・エルコンドルパサー号。ここまできてようやくおおよそ4.5億円。もっともフランスの重賞賞金は日本と比較すると遥かに少ないというせいでもある。お金のことだけを考えるのであれば国内外問わずGⅠばかりを狙えば良いという訳ではない。

 

 例えば帝王・トウカイテイオー号が6億円である一方でナイスネイチャ号もほぼ同額。

 ここから見えるのは圧倒的な実力が無くても、現役期間が長く重賞レースで好成績を残し続けられるのであれば、レジェンドクラスを超えるお金を稼ぐことが出来るということだ。

 そもそも重賞で好成績を残し続けてGⅠですら高順位を複数年マークし続けていたナイスネイチャも充分に狂っているという点に目を瞑れば、という話だけどね。

 

 そして、こうしたお金の動きは此処、トレセン学園でもファン数という指標に隠れながらもほぼ同様に動いている存在である。だからこそ私は『自分の手元に3億円』という数値に届くためには、ここ一番の大舞台であるGⅠレースの複数勝利、ないしはGⅠで好成績を収められる実力を有しながら自身の肉体的なアスリート生命の限界点まで徹底的に怪我をせずに長期的に出続けることが必須……って、無理でしょ、これ。そもそも後者であっても実力が届いていない。

 

 というところで、私の実力に立ち返ると、一言で言ってしまえば。

 

 ――モブよりは強いが、ネームドには負ける。

 

 そんな感じである。アプリ的に言うのであればバ場・距離・脚質適性がCなのである。どちらかと言えばむしろ私もモブ要員、完全にハッピーミークの下位互換なのだ。

 だからこそ基本はステータスのごり押しで勝つしかないけれども、史実ネームドにステータスごり押し作戦が効くとは思えない。

 

 

 ……いや、実際に試してみないと分からないだろうって?

 

 うん、実にその通りだ。そしてここまでは前座でしかない。

 

 

 

 *

 

「――1着、スーパークリーク!! 後続とは8バ身差で勝利! メイクデビューで実力の差を見せつけましたっ!

 2着、サンデーライフ。3着は――」

 

 

 つまり、こういうことである。芝・2000mの中距離戦で、8バ身差という惨敗ではあるものの、全く収穫が無かったわけではない。

 2着に入った私は、一応それ以降の後続とは4バ身の差があったのだ。つまりスーパークリークという史実ネームドさえ居なければ快勝出来ていたレースである。

 

 だからこそ先の『モブよりは強いが、ネームドには負ける』に通じるわけである。

 

 そしてもう1つ収穫があった。それはスーパークリークの存在そのものだ。とりあえず今の世代が分かったのは収穫だ。ということは同期にいずれやってくるはずのオグリキャップの存在もあるために絶望感も大きいが、一方でレースローテが読みやすくなった。

 

 モブに勝てるというのならば、狙うべきは……ダート。

 路線的にはオグリキャップと競合するおそれがあるが、まだオグリは笠松のはず。こっちから地方に転校しない限りはぶつからないはずだ。言ってて悲しくなってくる話だが。

 

 まあ、万が一メイクデビュー戦代わりに未勝利戦に出張ってくるリスクを考えて史実オグリのメイクデビューの800mは避けておこう。ってか中央に800mダートのレース場とか無い気がするが。

 あ、あと。オグリキャップと同期ということは、地方ダートにはダイコウガルダンが居るかもしれない。後に東京大賞典などのダートGⅠの覇者となる存在だ。

 

 ウマ娘に実装されていなくても強力なモブという形で登場してくることはあるかもしれない。ほら、デジたんの育成シナリオ中にNHKマイルカップの勝者としてクロフネっぽいモブが出てきたこともあったし。

 ……確かダイコウガルダンの所属は宇都宮だったはずだけど、宇都宮レース場って多分この世界には無いから下手したら中央所属になっているかもしれない。そんなダイコウガルダンの未勝利戦は1400mだったと思うので、そこは避けようか。

 

 

 ということで、私は次のレースを『京都レース場のダート1800m未勝利戦』に定めたわけだが……そこで事件は起こった。

 

 

 

 *

 

「――テイエムオペラオー、テイエムオペラオー圧勝っ! 2着は5バ身差でサンデーライフ!」

 

 

 ……あれ? この世代ってオグリキャップ世代じゃないんですかー……って!!

 

 

 もしかして、此処って――アプリ時空かっ!?

 

 

 

 ――現在の獲得賞金440万円。

 




獲得賞金には本賞金だけを含むこととして、出走奨励金などの別途手当については計算外とします。
また賞金計算には参考にしたレースの賞金金額をベースにしたりするため、しばしば現行制度と異なる場合もありますがご了承ください。

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