強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第10話 唯一抜きん出て並ぶ者なし

 私がシンボリルドルフと戦って、勝利する方法。

 

「まだ未勝利戦のレースしか勝利していない私が、シンボリルドルフ会長に勝つことなんて出来るわけないじゃないですか……」

 

 常識論をぶつけてみる。

 その言葉を受けたシンボリルドルフは表情や姿勢こそ全く変わらなかったが、僅かに目の光に落胆が映ったように私には見えた。

 

 多分、ここで求められていた回答は、突拍子もないものであったのだろう。

 

 

 少しだけ逡巡する。

 あまり他のウマ娘に警戒はされたくないから目立ちたくはないというのが本音。

 

 ――しかし。

 今年のクラシック級の本命のうちの1人であるアイネスフウジンから注目をうけていて。

 『URA等関連資料室生徒管理者』などという肩書きを生徒会から拝命されていて。

 

 しかも、そんな私の目標レースは『名古屋グランプリ』という地方重賞。

 

 

 あ、もう充分目立ってるじゃん。

 だったら今更な話か……と割り切って、こうシンボリルドルフに更に言葉を紡いだ。

 

 

「――ですのでレースではなく。

 『ポロ』で戦います」

 

 

 

 *

 

 ――ポロ。私の知る『ポロ』とは馬術球技である。

 馬に乗ってやる以上は乗馬競技でありながら、ゲーム性はサッカーやアメフトに近く、そして『マレット』と呼ばれるスティックで球を打つ辺りはゴルフやゲートボールを想起させる。

 統合すれば乗馬しながらゴルフのパターみたいな感じで球を転がしてサッカーをする……正確ではないがかなり乱暴に言えばそんな感じだ。なお本来この競技用ユニフォームとして開発されたものが『ポロシャツ』である。

 

 これをウマ娘ナイズするとウマ娘達がコート上を縦横無尽に走り回って、マレットでボールを転がし合い敵陣後方まで持っていくゲームになる。で、ポロのコートの広さは270m×150m、国際試合サッカーのコートが大まかには約100m×約70mであることを考えれば、その段違いの広さが分かるであろう。

 なお競技時間はサッカーだと前後半、バスケットボールだとクオーターみたいな区切りとしてポロではチャッカという単位を採用しており1チャッカはおおよそ7分から7分半程度、1試合6チャッカで勝敗を決する。

 

 史実キタサンブラック号の春の天皇賞レコードが3:12.5である以上、7分走り続けるということは単純計算だと倍以上の運動量が必要となる。

 しかも球技なので、急ブレーキや方向転換などのレースではあまり使わない技術も多用することとなる。トップスピードよりも瞬発力のが比重的に大事になってくるということだ。

 そして言うまでも無くその状態でボールを取り合って、マレットを振り回すのだからレースとはまた異なる形の怪我のリスクはある。

 

 

 ……と、大体こんな感じのことをシンボリルドルフとエアグルーヴ相手に説明した。

 シンボリルドルフの表情は変わらない。

 

「――つまりだね、サンデーライフ。

 君は、私が知らない競技の土壌なら勝てる……そう言いたいのかい?」

 

 この反応自体は、正直想定はしていたが、しかし言外に含まれているニュアンスが確定できない。

 レースという舞台を選択しなかったことへの憤りか。

 それともシンボリルドルフが未経験であろうスポーツを選択する安直さに対する批難か。

 

 

 そう。

 本当にそれだけの理由でなら『ポロ』である必要は無い。テーブルゲームでもカードゲームでも、極端な話、フードファイティングとかでも良いのだ。……いやフードファイティングは意外と会長強いかもしれん……おっと話がそれた。

 

 ともかく。

 私が『ポロ』を選択したのは、この競技がマイナーだからではない。

 

 

「――いえ。ウマ娘でなくては出来ないスポーツでありながら、同時に『ポロ』は――チーム競技となります。

 つまり私はシンボリルドルフ会長と『共に』戦って、『2人とも』含めたチームとして勝利することが出来るのですよ」

 

 

 ポロはフィールド選手は4名。

 そして国際試合などでは1試合に各フィールドプレイヤーごとに4回の交代が認められる。

 

 まとめよう。

 私が『ポロ』などというスポーツを言い出したのは、新規性からというよりも。

 

 まず、ウマ娘が競技母体となるということでレースに等しいから。それは『駿大祭』において執り行われる奉納儀式――流鏑のように、ウマ娘である私達だからこそ意義のあるものとなる。

 まあ、流鏑の方はウマ娘の習い事として人気が根強い弓道として定着はしている一方で、『ポロ』については全然ではあったりするのだが、レースの本場である『イギリス』においてはその限りではない……と、これも資料室に置いてあったものからの情報である。

 

 

 ――そして。

 そのようなウマ娘の伝統的なスポーツという側面を持ちながら『ポロ』は。

 レースのように勝者が1人に絞られない団体競技なのだ。

 

 

 皇帝・シンボリルドルフには私は勝てない。だったら、彼女を自陣営にしてしまえば良いのである。

 

 

「――くくっ。勝てないなら、チームメイトにしてしまえば良い……か。

 『共に戦い、共に勝つ』……そんなこと私は考えもしなかったよ。貴重な意見であったが、レースでは勝ち目が無いと判断してのことだね?」

 

 ここに来てシンボリルドルフの表情が破顔していることに気付く。ここは正直に自分の気持ちを吐露しつつも若干の洒落っ気は残す。

 

「……いにしえの4マイル・ヒートレースなどを含めても、さっぱりです――」

 

 ヒートレースとは、ずっと昔に行われていたレースの形態であり今のように1回の勝負で勝者を決めるのではなく、同じ日に同じ距離を何度も走って、最初に2勝ないしは3勝したウマ娘をそのレース全体の勝者とするものである。

 そして4マイル戦は距離にすればおおよそ6400m。春の天皇賞2個分のコースを1日に何回も走って雌雄を決するというものだ。ただヒートレースが流行っていた頃の4マイル戦は今でいうクラシックディスタンスのような距離であり、6マイルとかそれ以上のヒート戦もあったようだ。

 

 で、私がそんな形骸化したレース形態を何故、今更口にしたかと言えば――。

 

 

 私も、シンボリルドルフも、エアグルーヴも。

 生徒会室のただ一点だけを同じく見つめていた。

 

 

 それは――本校、トレセン学園が掲げるスクールモットー。

 

 

 Eclipse first, the rest nowhere.

 

 

「――唯一抜きん出て並ぶ者なし……」

 

 その呟きが誰の口から出されたものかは分からない……否、もしかすれば全員の口から無意識に零れたものかもしれなかった。

 

 Eclipse……エクリプス。

 18戦18勝。そのあまりの決定的な強さに8戦においては一切の対抗が出ずにただ単走を行った伝説の競走馬。

 

 そしてヘロド、マッチェムと共に『三大基礎種牡馬』としてサラブレッドの確立に大いに影響を与えた種牡馬でもある。

 

 そんな王者が君臨していたのは18世紀……そう。ヒートレースの隆盛真っただ中の時期である。

 

 

 ウマ娘においては、ただこのスクールモットーにのみ登場する存在であるが。月刊トゥインクルの乙名史記者の雑誌記事にて、次のような記述があったことを私は記憶していた。

 

『太古の昔よりその存在が信じられてきた――三女神。ウマ娘の始祖との一説があるこの三柱の女神たちは、それぞれ【王冠】【太陽】【海】などのモチーフとともに絵画などに描かれてきた――』

 

 

 そして、Eclipseという名が意味するのは『日食』である。

 『三大基礎種牡馬』と『三女神』。果たして、それらの関係は――。

 

 

 

 なお、この話のオチというか顛末としては。

 よくよく考え直してみれば、エアグルーヴによる生徒会室呼び出しからこのスクールモットーという流れはアニメで既視感のある流れであり。

 つまりは私はようやく転校したてで未デビュー時のスペシャルウィーク相応になったということである。いや、やっぱりスペちゃんって凄い。

 

 あと、もう1つ。本当に無粋なことを付け加えるのであれば。

 史実・シンボリルドルフ号の血統はエクリプスではなく。古代ユダヤ王国の『国王』の名を意味するヘロドだったりするという……。

 

 

 

 *

 

 さて。トレセン学園内でのハプニングと言うか、私の身の回りの変化に振り回されていたが、次のレースを決めないといけない。

 

 未勝利クラスを抜けたので、次はPre-OP戦の1勝クラスだ。しかも昇格したてだから抽選になっても『前走1着』という肩書きがあるおかげで除外される可能性は極めて低い。

 入着さえすればその抽選優遇は継続する。だから勝てなくても確実に入着出来るレースを狙っていきたい。賞金的な意味でも同様だ。

 

 そして未勝利戦と『興行規則』的に違うことがある。

 それは『なんか名前のあるレース』が出てくるのだ。今まで私が走ってきたレースはメイクデビュー戦だったり未勝利戦という呼称しかなかったが、Pre-OP戦からは名前付きレースが出てくることとなる。

 この名前があるレースのことを特別競走と呼び、競馬においては馬主が特別登録料を支払わないと出走できない。まあPre-OPクラスなら登録料自体は1~2万円なのだけど。

 

 なお特別競走の中でもとりわけ特別っぽい感じのする3歳クラシック・ティアラ路線のGⅠについては3段階の登録が必要となる。史実・オグリキャップ号が日本ダービーに出走できなかったのも大体この辺の制度周りの問題で、以降は改善されて前々週までなら事前登録していなくても追加登録料を支払うことで出走できるようになる……テイエムオペラオー号がその追加登録制度利用馬だ。

 

 まあ、この追加登録料って確か200万円くらいはかかるけれども、そこはトレセン学園様である。こういう登録料については生徒の自腹ではない。……学費を考えればそれくらい出すのは当然という見方もあるだろうと思うけどね。

 

 お金の問題が無いのだとすれば『名前付きレース』に出走する際に気を付けないといけないのが何かと言うと『出走登録』の時期の方だ。

 今まで出てきたレースの出走登録はレース開始の前々日までに登録すれば良かったが、特別競走の場合原則1週間前までに登録しないといけない。

 なおGⅠだと、概ね最初の募集は2週間前に締切が設定されている。クラシック・ティアラ路線だと更に早く独自の登録が必要だ。まあGⅠ専用のウイニングライブの楽曲とかあるし、その準備期間も兼ねて出走意志のある者はその時点で出走条件を満たしていなくても希望は出しておいて欲しい、ということなのだろう。また初GⅠなら衣装の準備も必要だ。

 

 

 GⅠはともかくとして、特別競走は1週間前に登録締切が来る。それから抽選が行われるわけだが、それが何を意味するか。

 

 ――1週間前の段階で誰が出てくるのか大まかには分かるのだ。

 

 としたときの懸念点は、その1週間でネームドウマ娘が私の対策を講じる場合である。確かに勝ちはしたが、マヤノトップガンとの対戦となった前走においては私が大逃げすることが完全にマヤに読まれていて追込を選択された。

 

 レースにこそ勝ったが、戦術的には完全に見切られていたのである。

 もし、あの時のマヤノトップガンが1週間前から私への対策を行っていたら果たして結果はどうなっていただろうか。

 

 だがデメリットばかりという訳でもない。

 逆に私がネームドに合わせて戦術を構築することも出来るのだから。特別競走はリスクもあるがリターンも大きい。

 

 

 正直、昇格初戦でリスクを背負う必要は無い。だからこそ、私はこれまで通りの一般競走を選択した。

 

 それは――阪神レース場、ダート・1200m。

 3月末の宝塚に、16人のウマ娘が集結する。

 

 

 

 *

 

「――1番人気を紹介しましょうバンブーメモリー」

 

「未勝利戦で勝ち星を挙げて以降、1勝クラスにおいては2着、3着、2着と好走を続けているウマ娘ですね。好位を維持しつつペースを掴むレース展開をこれまで見せております」

 

 昇格しても状況は変わらず、ネームドウマ娘が居ることについてはもう半ば諦めの境地だ。

 史実・バンブーメモリー号は短距離・マイル路線の名手だ。GⅠレースでは安田記念とスプリンターズステークスを勝っている。

 

 ダート適性はDなものの短距離は圧巻のA。そりゃそうだ。しかし気になるのは実況の言葉の通り、直近レースの動向を見るにバンブーメモリーは逃げ・先行型としてダート戦線を歩んでいるということ。

 アオハル杯での脚質適性になぞれば先行でもE、逃げだとGの彼女。一見すると不利な条件で戦っているようにも見える。

 

 ただダート短距離というのは、基本的に逃げや先行が有利な舞台だ。極端なことを言ってしまえばペースを気にせず大逃げしたとしても、後続の仕掛け次第では彼等の脚が残ってそのまま逃げていたウマ娘がジャイアントキリングすることすらあり得る。当然、レースのレベルが上がっていけばそういう事態も徐々に減っていくけどね。

 

「サンデーライフ、4番人気です。今回がPre-OPへの昇格初戦になりますね」

 

「その昇格を決めた未勝利戦では気持ちいい大逃げを見せてくれましたね。その前走と同じ距離ともなれば、今日も見られるかもしれませんよ」

 

 そしてそんな舞台を選択した理由は解説の言葉に集約されている。

 大逃げで未勝利戦を勝ったのだから、その成功体験を糧にしてまた仕出かすのでは? その可能性を私をマークしているウマ娘であれば考えざるを得ない。それに昇格初戦で16人中の4番人気だ。ノーマークということは流石に無いだろう。

 

 

 ――だからこそ私は差しを狙う。中団後方から一気にまくり上げて勝利を掴み取る。

 逃げ・先行が有利なのだから私やバンブーメモリーなどが狙わなくても前に前に付こうとするウマ娘が出てくるのは必定で、展開の高速化は免れない。距離が短いので難易度は高いものの差しが有効なのは間違いない。

 

 そして阪神レース場の大きな特徴として最終直線に大きな坂がある。ここで失速したところを捕捉できればベストだ。しかしそれまで緩やかな下りが連続するコースなので、中盤までの展開でスタミナを損耗する場面に乏しく想定よりも坂での失速は期待出来ない。

 だから追込の位置にまで付けてしまうと、間に合わない可能性を鑑みての『差し』である。

 

 なお前走で増やした体重は減らしていないので持久力デバフとパワーバフは付きっぱなしだ。3月末で気温も春模様になってしまったが、晴れの良バ場発表ということで雨よりかは、いくらかパワーが要るはずだ。

 

 

 まあ、どちらにせよ。このレースの本命はバンブーメモリー。

 彼女がどのような戦術を取ってくるのか中団に付けてしっかりと見極めていこう。

 

「さあ、ゲートイン完了、出走の準備が整いました。

 ……スタート! 11番ユグドラバレー素晴らしい好スタートを切り、頭1つ抜けています! そのままぐんぐんと加速して後続を引き離しつつ内枠へ!」

 

「最初から飛ばしていますね。素晴らしい逃げっぷりです」

 

「1番人気のバンブーメモリー、2番手に付けますがその差はぐんぐんと開いていきます」

 

 

 これは高速化しそうだ。当初考えていたようにやはり中団に付けて正解かもしれない。

 最初の直線。今のところすべて予想通りに進んでいる――。

 

「――サンデーライフ、前から数えて10番目、この位置に付けております。

 さて、先頭の11番ユグドラバレーに戻ります。既に400mを通過して、この区間200mのラップタイムは11秒3」

 

「……少々ハイペースかもしれませんね。2番手バンブーメモリーとの差は既にかなり開いています」

 

「11番ユグドラバレー失策か? あるいは――」

 

 

 ちょっと、ちょっと! いくら何でもペース早すぎないかな、これ!?

 カーブに入り先団を視認したときには、バンブーメモリーの遥か前方で爆走する見覚えのないウマ娘が居た。

 

 

 えっと……これは。もしかして、今まで私がやってきた『大逃げ』戦法。

 今、やり返されてる……?


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