強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

11 / 90
第11話 クラシック級3月後半1勝クラス(阪神・ダ1200m)顛末

 『大逃げ』しているかのように見える先頭ウマ娘の存在。

 

 確かにハイペースなレース展開になることは想定していたが、『大逃げ』ウマ娘によって形成されている今の状況はおそらく『ハイペース』では済まされないほどの超高速の代物だろう。

 

 ただし展開が早くなればなるほど、前は垂れる可能性が高まっていく。ペースがぶっ壊れればぶっ壊れる程、今の私には有利に働く。

 

 だから焦る必要は無い。第3コーナーでは仕掛けなくて良い。

 第4コーナーが終わる頃に、この中団を抜けるかどうかで大丈夫。

 

 前走でマヤノトップガンが差し切れなかった京都ダートの直線が329.1m。

 一方、今走っている阪神ダートでは、352.7m。

 20m以上長さが異なる。しかも、上り坂が待っている。

 

 絶対に前に出られる。それを確信させるだけのデータと……出走経験が今の私にはあった。

 

「まもなく第4コーナーの終わり依然先頭は11番ユグドラバレー。ここでのラップタイムは……出ました11秒6」

 

「多少落ちてきましたが……まだハイペースですね。最終直線で大きくペースが落ちることが予想されます。後ろの娘たちにもまだチャンスがありますよ」

 

「さて、最終直線に入ったが11番ユグドラバレー、早くも失速。もう厳しいか!? ずるずると後退してあっさりと先頭をバンブーメモリーに譲るっ! しかし後続の脚色も素晴らしいものがあります! バンブーメモリーとの差を着実に縮めていきます!」

 

 

 私の前には――あと5人。

 私と同じような位置に付けていた差しの子たちは大外を選択。後ろの様子は分からないしもう振り返る余裕も無い。前だけを見据える。

 

 そして先行集団のウマ娘の子たちは末脚が伸びることなく、坂を待たずして既に後退の兆しが見え隠れしていた。本来『大逃げ』のペースに合わせるということは、そういうことである。

 

 その先行集団の子たちは最終コーナーでのカーブで僅かに膨らんでいた。

 

 

 それなら、遠慮なく。

 

 ――行ってやりましょうか、内枠ぶち抜きっ!

 

 

「おおっと、垂れてきた先行集団が僅かに開けてしまっていた最内から一気にサンデーライフ! サンデーライフが坂をものともせずに上がってきたっ! 1人、2人とあっという間に抜き去っていく!」

 

 坂を超えた先に、待つ背中は。

 既にもう1つだけになっていた。

 

 

 

 *

 

「残り50m! 粘るバンブーメモリー、迫るサンデーライフ! 勝利を掴むはこの2人のいずれかでしょう!

 サンデーライフ、未だ加速しております、ですがもう距離が無い! 逃げるバンブーメモリー、先頭! 先頭、そのままゴール板を駆け抜けるっ! これは文句無しっ! バンブーメモリー1着です!」

 

 

 1着、バンブーメモリー。2着、サンデーライフで確定。

 

 

 ――現在の獲得賞金、1688万円。

 

 

 

 *

 

「……」

 

 掲示板を見上げる。そこに書かれていたバンブーメモリーとの距離は『3/4』。

 この成績の捉え方は人によるだろう。

 

 勿論、悔しい。悔しいけどさ……これが1着を獲れたレースかと言われると正直に言って微妙なところだ。

 

 私とバンブーメモリー以外の第三者による『大逃げ』。

 先行集団がバンブーメモリー以外を除いて全部垂れるくらいの、ハイペースどころの話ではない超高速の中盤展開。

 そして最終直線でのインコースに出来たスペース。

 

 その全てが、2番手を追走していたバンブーメモリーには無意味もしくは不利に、中団後方に控えていた私にとっては有利に働く要素である。

 正直、同じメンバーで何度レースを行ったとしても、これ以上の結果を得るには中々難しいと思うほどには、上振れのレース展開であった。

 

 

 ただ。

 その『3/4』と書かれた数字の1つ下。2着と3着の着差には『4』という数字が映し出されている。

 つまり私は3着とは4バ身差で圧倒していた。これだけの差というのは、上振れのレース展開でなくとも覆せない明瞭な着差である。

 

 昇格初戦の戦績であれば期待以上。1勝クラスのウマ娘を相手取っても充分に勝負が出来るという確信が持てるレースであった。

 その意味では2着というのは、まず間違いなく大いに意義のある順位だ。

 

 分かっている。それは分かっているけれども。

 

「……やっぱり、悔しいものは悔しいっ!」

 

 

 無意識に出た音は決して大きな声では無かったけれども、その声はウマ娘の聴力には十分に捉えられるものであったらしい。

 

「――その悔しさが、ウマ娘の更なる成長を産み出すっスよ! サンデーライフさん……って呼びにくいっすね、呼び捨てで良いっスか?」

 

「あ、うん。それは別に良いですけれど……私のこと知っていたんですね、バンブーメモリーさん」

 

「モチロンっス! 難敵はアタシのトレーナーさんが話してくれるし、何よりシチーからサンデーライフのことは聞いていたっスからっ!」

 

 

 そう言えば完全に忘れていたけど、ゴールドシチーとバンブーメモリーは同室だったっけ。

 

 

 

 *

 

 バンブーメモリーがセンターのウイニングライブが終わって阪神レース場近くのホテルの居室に戻ってのんびりシャワーを浴びていたら、客室のドアをノックされた音が聞こえた。なので慌ててバスタオルだけ巻いて、誰が来たのかドアスコープから覗いたら、まるで旧来の友人かのように当たり前のようにバンブーメモリーがやってきた。

 

 特に断る理由も無いので、そのまま扉を開けると開口一番にバンブーメモリーは私の姿を見て指摘する。

 

「あ、シャワー中だったっスか? タイミング悪かったっスね」

 

 とは言いながらも、私が部屋の中に招けば嬉々として中に入ってきて、真っ先にリモコンでテレビを付けてチャンネルを変更する。

 

「――おっ、ちゃんと見られるっスね! どうもアタシの部屋、電波が届きにくいみたいで……、いつも見てる学園ドラマがもう始まるから、ここで見て良いっスか?」

 

「あー……別に構わないですけど……。あ、でも私続きのシャワー浴びちゃうけど良いですか? 音うるさかったら後にしますけど」

 

「いやいや、勝手に押しかけてそこまで気を遣わせてしまっては申し訳が立たないっスよ!」

 

 別に断るつもりは全く無かったけれども、内心では今日初対面なのによくここまで距離感詰められるなあー……とは思いながら、部屋のユニットバスへと戻る。私だったらどんなに見たいテレビ番組があっても、自分のホテルの部屋で見れないってなったら諦めちゃうな。精々スマートフォンで試すくらい。

 

 こういうところもネームドウマ娘との違い……ってこれは考えすぎか。さーて、シャワーシャワー……って。

 

 

 お風呂出た後のドライヤー。絶対うるさいよね、どうしよっか。

 

 

 

 *

 

 結論から言えばドライヤーの音の心配に関しては完全に杞憂となった。

 

 ウマ娘の聴力が良いことは周知のとおりだと思うが、耳を自由に動かせることから指向性にも優れている。バンブーメモリーはテレビに対して、徹底マークを発動させながら耳をそちらに傾けていたために大きな問題とならなかったようである。

 ……所持スキルって日常生活でも使えるんだ、知らなかった。

 

 まあスキル発動が可視化されていたわけではなく、そのテレビへの食いつき具合から浮かんだ私の妄想だけどね。

 

 

 で、『ドラマが終わったんで解散』というのはどうもお互い淡泊に感じていたようで、私も折角部屋に上げているのだから、そのままの流れで緩ーく駄弁ってたり、メッセージアプリの連絡先の交換したりした。

 

 そんな最中でバンブーメモリーがポロっと零した一言。

 

「そう言えばサンデーライフは、ウマッターやってないんスか? アタシ的にはそっちのが気楽にやり取り出来るっスけど」

 

「……始めるタイミングが無くてですね」

 

 あー……ウマッター。そんなのもありましたねー。

 何だか仮にアカウント作成してもうまく運用できる自信が無かったから、ウマスタなどと含めていまいち手が伸びなかったやつだ。実名でやるのってちょっと抵抗感がある。

 

 というかバンブーメモリーがウマッターとは意外と言えば意外……って、他ならぬウマッターのインフルエンサーの1人、サクラバクシンオーと繋がりがあったっけ。

 バンブーメモリーが風紀委員で、バクシンオーが自称委員長というコンビだ。

 

「じゃ、折角なんで作るっスよ!」

 

 半ばバンブーメモリーに流される形で私のスマホにてどんどんとアカウントが整備されていった。

 

「IDは名前で良いっスよね? ……ああー、ダメっスね。sundaylifeも、ハイフン入りのsunday_lifeも使われてるっス」

 

 これは別に私のなりきりアカウントが居るとかそういう訳ではなく、サンデーもライフも超普通の一般名詞な上に、安直に合わせやすいことから私という存在に無関係なところでたまたま重複が起こっているっぽい。

 そういう場合は誕生日を入れたり、何か別のワードを含ませるのが一般的だと言われたが、いまいちしっくりこなくてバンブーメモリーと相談した結果、暫定的に私のアカウントIDは『sundaylife_honmono』と『本物』を後ろに付けることになった。

 

「……いつでもIDは変えられるっスから、良いのが浮かべばそのときまた直せば良いっスよ!」

 

 後はプロフィール欄にトレセン学園所属とか当たり障りのないことを書いて、プロフィール用の画像も適当にぺたりとして完成。

 

 そうしたら、バンブーメモリーがフォロー申請を手伝ってくれると言ってくれたので、とりあえずメッセージアプリの連絡先を交換している面々でウマッターをやっている人は入れてもらうことに。

 

「それとシチーのアカウントもフォローしておくっスね。多分スルーすると怒りそうっスから」

 

「あ、うん……」

 

 そう言えばバンブーメモリーが私のことを知っていたのって対戦するからもあるけど、それ以前にゴールドシチーから話を聞いていたってのもあるって言っていたね。そこを踏まえれば確かに、フォローしておいた方が良いかも。

 

「じゃ、私のアカウントでサンデーライフがウマッター始めたって呟いておくんで、よろしくっス!」

 

 

 

 ――翌朝。

 起きたときにスマホの通知のバイブレーションが延々と鳴り続けていて、もしかして壊れたのかな、と思い起動してみれば。

 

 一夜のうちに、私のウマッターのフォロワーは2000人を超えていて今なお増え続けていた。

 

「ひえぇ……」

 

 その数字はリアルタイムで1人また1人と増えていて、いつの間にやら知名度が上がってきていた嬉しさだとかそんなものよりも、未知なるものを見てしまったという恐怖心がただただ先行した。

 

 それでも、とにかく通知だけは切らなきゃスマホが鳴りっぱなしになっちゃう、ということで勇気を振り絞って、通知を切るためにスマートフォン相手に奮闘した。

 

 けれども完全にテンパっていて震える指の描く軌跡は全く覚束なかったために、何故そうなったのか全く分からないが、私は通知をOFFに出来た代償として、初めての呟きが『かにみそ』という一言になってしまった。

 

 で、その全く脈絡の無いはずの一言がどういう訳か、昨日バンブーメモリーに教えてもらった『ウマいね』と『リウマート数』という数値が急上昇しているのを見て、心のキャパシティが超えたために衝動的にアプリをシャットダウンして、それ以降は怖くてウマッターを開いていない。

 

 

 なお、それから数十分してバンブーメモリーが私の部屋にやってきて、彼女のトレーナーさんと一緒に、何故か流れでカニ料理をお昼に食べに行くことになってしまった。なおトレーナーは男性である。

 

 

 ――凄い美味しかったけど、あれ結局幾らしたのだろう。メニューに値段書いてなかったし、バンブーメモリーのトレーナーさんが全額支払っていたから詳しいことは何も分からない。

 

 

 


 

 ゴールドシチー㋹ @goldcity0416・8分前 ︙

  ウケる

 132 リウマート 5 引用リウマート 1,021 ウマいね

 

 

  ゴールドシチーさんがリウマートしました

 バンブーメモリー @Bamboo_Memory_ssu・4時間前 ︙

  昨日戦ったサンデーライフがカニ食べたかったみたいなんで、一緒に行ったっス!!!

  (バンブーメモリー&ぎこちない笑顔のサンデーライフとともに大量の蟹が写った写真)

 3,411 リウマート 108 引用リウマート 9,312 ウマいね

 

 

  ゴールドシチーさんがリウマートしました

 サンデーライフ @sundaylife_honmono・9時間前 ︙

  かにみそ

 1,095 リウマート 76 引用リウマート 5,144 ウマいね


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。