強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第12話 4月の来訪者

 なんというか、あのバンブーメモリー戦以降、トレセン学園に戻ってからは周囲の私への見る目が変わった気がする。

 

 敵意とか嫌な感じでは全然無くて、むしろ逆。というか、単純に挨拶されたり話しかけられることも増えた。

 

 そして私が生徒管理者となった『URA等関連資料室』に知り合いが顔を出すように。アイネスフウジンとかマヤノトップガンなどといったレースで関わった面々や、普通にクラスメイトとかも来るように。まあ、今の私がレース後のクールダウン期間なため、特にトレーニングに参加せずに身体を休めるのも兼ねてここに引き籠っているからというのが大きい。

 とは言っても、他の皆も練習とかあるから休憩の合間だったり、空き時間だったりを使って遊びに来ているだけなので、そんなに長い時間駄弁っているわけでもない。

 

 なお肝心の置いてある資料は、ほとんど見向きもされない。辛うじて各レース場の寸法とかならばわずかに興味を持ってくれる。ただ白黒の図面とか設計図みたいな感じの資料なので、それもちらりと一瞥する程度だ。

 

 というのも、これよりも遥かに分かりやすいカラー図解のものが、教科書や資料集に掲載されているし、ネームドの子たちは更に自身の特性に応じて最適化したものが専属トレーナーから多分用意されている。

 挙句の果てにはネットに上がっているファンメイドのやつですらも侮れないクオリティを有していることから、実際情報量としては真新しいことは書かれていないのは事実であり、その意味では私もこれらの資料についてはそこまで重きを置いていない。

 

 ここに置いてある資料のすべては機密でも何でもない。ネットに転がってすらいるデータの紙媒体版というだけだ。そのシンボリルドルフの言葉は疑いようも無く真実である。

 

 だから、これらの資料には何の価値も無いのである。

 ――少なくとも、資料整理や読解・休憩などの用途で座る際にずっと硬いパイプ椅子を利用するのはあんまり身体に良くないなーと思って、生徒会とも相談の上で実費で購入した、良い感じの反発力のソファーの方が今の私には遥かに価値を有するものだ。

 

 ソファーの搬入に業者のサポートが必要なく、軽々資料室の中に設置出来るからウマ娘ってやっぱり凄い。ウマ娘であるという実感が一番湧くのはこういう生活の中の1シーンだったりする。

 

 

 

 *

 

 4月。

 私もクールダウン期間を終えて、特に身体上の変化なども無かったためにトレーニングを再開し始める。次のレースは4月の末ごろに入れようかな、と考え再開したトレーニングと併行して次走も決定しなきゃな……とぼちぼち考えている時期だが、世間一般的には桜花賞・皐月賞がある王道路線開幕の月という認識が大勢を占めるだろう。

 

 特にクラシック路線は大混戦の模様となっており、既にGⅠウマ娘となっているアイネスフウジン、アグネスタキオン、ゴールドシチーといった面々が最有力とみられる一方で、若葉ステークスでトライアル競走を勝利して優先出走権を獲得したオグリキャップを始めとして毎日杯勝者・テイエムオペラオー、弥生賞勝者・サクラチヨノオーなどなど挙げるとキリが無いレベルの錚々たる面々が揃っていた。ほとんどネームドしか居ないから有力ウマ娘を挙げようとすると、ほぼ全員挙げなきゃならなくなってしまうので割愛する。

 そして――そうだよね。この世界にはクラシックGⅠへの追加登録制度があるからオグリキャップが皐月賞に出走登録できる。となれば、地方からの転入なために賞金額に不安があるオグリが史実ローテの毎日杯ではなく優先出走権を得られて抽選を経ずに確定で出られるルートを狙うよね。

 

 

 ただ、私はそうした俄かに高まる熱量とは無縁で、中庭を散歩していた。

 

 ――三女神像。

 私はこの三柱の神々の正体が、『三大基礎種牡馬』であると睨んでいるが……。実際のところ、ダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンアラビアンの『三大始祖』という考え方も十二分にあり得るだろう。

 

 ただ、やっぱり私は乙名史記者の意味深な記事に何らかの意図が含まれていると信じている。

 

 とはいっても、この神々の正体がどちらの三大なのかは究極的には、それほど重要にならないと思う。

 三大始祖の血統を然りと引き継いでいるのが三大基礎種牡馬なのだからという血に基づいた理由と、そして今私が狙っている――因子継承に三女神の神々が直接関与して下賜するわけではないからだ。

 

 

 ――ん? でも、ちょっと待って。

 

 そもそも、私って。

 

 一体誰から、因子を継承すれば良いのだ……ろう……?

 

 

 ……その疑問に答えが出る前に、私の意識は途絶えることとなる。

 

 

 

 *

 

 次に意識が目覚めたときにはどこか浮遊感があるような、地に足が付いていないような感覚があった。

 意識を失っていたはずの私は目覚めても尚、立っていて。しかも、周囲の空間は明らかに学園の中庭では無くなっていた。

 

 桃色というのか紫色というのか、とにかく形容しがたい色彩だけが飾る一切の物体が存在しない異常な空間。地面とそれ以外の識別すら叶わないほどに同一化しているのに、何故か私はこの場に立てている。試しに手を足元に持っていったら床の感覚は一切感じずに、足元よりも下の空間に手を伸ばすことが出来た。

 

 ……じゃあ、今の私ってどうやって立っているのだろう。

 

 座ったらどうなるのかなという好奇心も湧いてきたが、取り返しの付かないことになる可能性も考えられたので、とにかく立ちっぱなしで待機する。最初に意識を取り戻したときにビビッて思いっきり足を動かしてしまったが、それくらいは問題無かった。けれど、あまり色々とは試さない方が良いだろう。

 

「一応、因子継承の空間に呼び出された……ってことで、良いんだよね……」

 

 それを声として発した瞬間――私の背中が強く殴られたように感じた。何かに押されたというか叩かれたかのような痛みを伴うものだ。

 

「痛っ……、一体何が……」

 

 後ろを振り向き私は絶句した。

 ――そこには何もなく。ただ黒く。黒く――ひたすら黒く。

 

 静謐さを体現したかのような黒い靄のような、それでいて生きているようにも見えるような、そんな存在があった。

 

 

 

 *

 

 名もなき影は、声なき声をあげる。

 

 その声なき声の意味するものは私には分からなかったが……しかして、魂に呼びかける……。

 

 ……呼びかける……?

 

 

 黒い靄はそうした霊障的表現を早々と飽きたのか、長方形のプラカードみたいなものを取り出して、何やら書き始めた。

 

 

「――いや、筆記で意思疎通できるのですかっ、あなた!?」

 

 色々と台無しであったが、そうはあっても謎空間。

 黒い靄状の『ナニか』がプラカードに文字を書き終えると、そのプラカードはピンク色に変化して発光しながら、しかも私の周囲に漂うようにして浮き始めた。

 

 しかもちらりと星型のマークが付いていることも目視できた私は、あーこれは因子継承のアレだと分かった。しかもピンク色だということは適性関係の因子である。

 

 単純に芝とかダートの適性が一番良いなあと思いつつ、そのプラカードに何が書かれているか確認する。

 

 

 

 ・障害適性 ★★☆

 

 

 えぇ……。さり気なく実装されていない因子を渡されてもなあ……。いや、くれるって言うなら貰うけど……。

 

 そんなことを思っているうちに、更にもう1つピンク色の因子のプラカードが提示された。

 

 ・ポロ適性 ★☆☆

 

 

 ……これ、もしかして今までの私の言動が因子に影響してる? 不用意な障害競走トークとかポロトークをしたせいで因子が勝手に生えたってことなのかな。

 

「あのー……もうちょっと役に立つ適性なり、スキルなりが欲しいのですがー……」

 

 

 私がそう話しかけたら、黒い靄は突如として次のプラカードを書いていた手を止めて、私を威圧するかのような感覚を析出してきた。

 圧迫するような水中に居るときのような息苦しさ。それらを感じていた次の瞬間、これまでふよふよとその場に浮いていた障害適性とポロ適性のプラカードが靄状のナニかによって叩き落とされた。

 

 

 その後、私に対しても何らかの物理的な報復があるかと思って咄嗟に目を瞑ってしまったが、特に何も起こらずに、また再びプラカードに文字を書く音が聞こえたので恐る恐る目を開けば、黒い靄は何事も無かったかのように元の作業に戻っていた。

 

 ……ちょっと、私の因子継承なんでこんなにホラーテイストなの!?

 

 

 

 *

 

 もう余程変なものを寄越されない限りは黙って受け取ろうと思って大人しく待つことにする。よく考えたらデバフとかでもないし、貰い得なんだから感謝しないと失礼なんじゃないかと段々とこの場に順応してきたかのような考えも生じてきた。

 

 次のプラカードは、白色のままだった。

 ということは、スキル系のヒントだね。

 

 

 ・サンタアニタパークレース場〇 ★★☆

 

 ……いや、使い辛すぎっ! アメリカ西海岸のロサンゼルス近郊にあるレース場である。一応アメリカにおいては主要のレース場にはなるものの、私が米国遠征しない限りは絶対死にスキルになるやつだ。しかもアメリカやヨーロッパって超有名レースでもない限りは賞金額が低いので、私には米国遠征のメリットがほぼ皆無である。

 

 まあ、さっきのアレがあった手前、貰うけどさ……。絶対活かせないよ、これ。

 

 

 そしてペンが乗ってきたのか、心なしか名状しがたい黒色物体は、ペン以外の音も無いのに何故かテンションが上がっているように感じる。

 出てきた次のプラカードも白色。

 

 今度こそは良いものを頼むよ――

 

 

 ・気性難 ★★★

 

「……。要らないよっ!?」

 

 今度は私がプラカードを叩きつける番だった。

 

 

 

 *

 

 黒い影は、私がいきなり大声を出したことに理解できない感じで、叩き落とされた気性難因子を拾ってそれをまじまじと眺めているように見える。

 しばらく、それを続けていたかと思うと、そのプラカードに上書きするかのように修正を施していった。

 

 

 ・気性難〇 ★★★

 

「あの……別にウマ娘のスキル名っぽくしてなかったから怒った訳じゃなくて……。というか、その表記方法ならむしろ気性×でしょう、それ……」

 

 

 今度は叩き落とさずに、靄にプラカードを押し返すと、再び靄のようなナニかは、再度書き直す。

 すると、プラカードは緑色に変化していった。そして再々度手渡されたプラカードにはこう書かれていた。

 

 ・気性の難しさは譲らない…! ★★★

 

 

 

 *

 

「――固有スキルじゃないから拒んでいたわけじゃないよ!? だから要らないから、それ!」

 

 

 目を開けると、そこは元の中庭だった。

 幸い、他に人は居なかったらしく、私の叫び声は誰にも届いていなかったらしい。

 

 とりあえず考えないようにはしていたけども、あの変なのサンデーサイレンスだよね。ということは、最初の予想通りやっぱり私はサンデーサイレンス産駒なのか。

 サンデーサイレンス産駒に一応、ウインマーベラス号という障害重賞4勝、J.GⅠの中山大障害で2着の競走馬は居るから障害因子すら持っているというのはあり得そうだけど、流石にポロ因子は謎である。サンデーサイレンスなりのギャグだった気もするが。もしマンハッタンカフェの『お友だち』と同一存在ならば、彼女のシナリオでトレーナーの背中バンバン叩くし。

 

 結局、何を貰えたのか良く分からなかったが、その後計測したタイムはほのかにではあったものの、芝・ダートともに多少良化していたことから、恩恵自体はあったらしい。

 

 

 そして。私が黒い靄のような『ナニか』と漫才をしていた翌日。

 トレセン学園内――あるいは、日本全国に衝撃をもたらすニュースが流れた。

 

 

 『アグネスタキオン、皐月賞への第3回出走登録せず。次走は、NHKマイルカップへと変更する模様』


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