強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
エルノヴァは、史実を踏まえると芝の中距離から長距離に適性があるとみられ正直今回のレースと適性はほぼ真逆を行っている。ただし史実クラシック期に勝利を挙げていないのに既に1勝クラスに居ることは懸念点だ。一応少女・エルノヴァのこれまでのレース結果を見直してみたが、芝1400mでメイクデビューを行い大敗。以降ダートと芝を両方試しつつ、ダートの方で初勝利を飾って1勝クラスに駒を進めてきていることから、確かに彼女がダートで出走すること自体に違和感は無い戦績となっていた。
脚質は主に差しだが、先行も追込もあり得る。短距離だから少しでも有利な先行を選ぶだろうか。それとも高速展開を狙って差しや追込で来るだろうか。
そしてダイサンゲン。確かにダイユウサク号は有馬に勝っているもののその前走ではオープン戦のマイル戦に勝利している。というか、どちらも12月のレースだから中々に狂ったローテを史実でやっているが、距離適性はちょっと見えてこない。
で、脚質は差しと見ていい。前に付けているとき結構垂れてたイメージがある。
ダイサンゲンの戦績として見れば、つい前走にてここ新潟で初勝利を挙げての1勝クラス戦だ。なおその勝利をあげたのはなんと三条特別の出走予定者が公示された週、つまりは連闘だ。距離は違うものの同じ新潟レース場のダートで日程を連続で入れて来ていた。
格上挑戦が出来るとはいえ、負けたら除外もありえただろうに随分強気な出走登録である。それだけ新潟のダートに自信を持っているということなのかな。
そして新潟レース場ダート1200mの特徴として。
まずは何といってもゲートが芝に置かれ、芝からダートコースに入るという点が大きい。基本、芝の方が良いタイムが出る。しかも芝とダートの境界は進行方向に対して垂直では無く斜めに入るため、芝の距離が少しだけ長くなる外枠が有利となる。
まあ、枠が決まるのは前日なのでこれは完全に神頼みだ。が、どの枠であっても一定距離は芝がある。ということはダート専門の子よりも私は優位に立てるのだ。……残念ながらエルノヴァもダイサンゲンも適性は芝の方が強いと思うから本末転倒になったが。
後は、最終直線がダートでは長めの353.9mある。前走・阪神レース場ダートコースも随分長い最終直線であるはずだが、その阪神が352.7mで更に1m少し延伸した形となる。ただその一方でコースにはほぼ坂が無く平坦だ。全体で見ても起伏は1mにも届かないはず。
新潟レース場自体は一度芝の直線コースを走ったことがある。ゴールドシチーに負けたときの未勝利戦だ。ただしその日本でも随一に特異的な芝直線コースとは異なり、ダートコースは他のレース場と同じようなスペックでまとまっている。
だから基本は一緒だ。ダートの短距離は逃げ・先行が有利。ただし同時に掛かりやすく、高速化する恐れがあるのでそれで前方のウマ娘がバテたりすると後方からの直線一気が刺さる。
だから『差し』でも良いんだけど、他の有力ウマ娘2人がやや差しよりの適性をしているように思えて、私も前走で『差し』で2着を取った以上は、それ以外のウマ娘は確実に差しを警戒しているはずである。差しウマ娘に対して先行している場合に最も有効な選択は、レースペースを遅くして自身の体力を保持すること。これは状況次第では先行集団と中団・後方集団の団子状態を形成することもあり、そうなれば位置取りや走行ルートの選択に失敗した後方ウマ娘は順位を上げることが極めて難しくなる副次的効果も踏まえた上で、である。
だとすると、私がすべき選択は――基本は先行。ただし展開が超ハイペースになるようだったら、差しまで下がる。これならば、スローペースであったときにはバ群に埋もれずに好位を維持することが出来る。
そして、それを実現するために残り1週間で私がやるべきトレーニングは、と言えば。
……ゲートかな。取り得る戦術を踏まえた際にスタートで躓いた場合に影響が大きすぎるから、出遅れるわけにはいかない。
*
「――さて、1番人気を紹介しましょう。エルノヴァ。7枠13番からの出走ですね」
「未勝利戦ではダート1700mを素晴らしい差し脚で勝利したウマ娘です。1勝クラスに入ってからもその差し脚を使って入着を繰り返しており、人気と実力を兼ね備えたウマ娘と言えるでしょう」
フルゲート15名なので、この新潟1200mダートで最も有利となる大外は8枠の15番。それを踏まえると1番人気のエルノヴァが外枠を取得したのは、厳しい戦いを予期させるものであった。
……というか7枠で思い出したけど『ラッキーセブン』とか持って無いよね、大丈夫だよね?
「……3枠4番、ダイサンゲン。前走では9番人気でありながら前評判を覆し見事1着を掴み取り、1勝クラスへと歩みを進めてきたウマ娘です。しかし同じ新潟でのレースですのに人気は5番人気とやや伸び悩んでおりますが、これは……」
「大方、ファンが連闘の影響を危惧してのことかと思われます。それに昇格初戦ですからね、不安要素があるのは確かでしょう。ですがどのような人気であっても勝利を掴み取れることは、他ならぬこのウマ娘自身が未勝利戦で体現しております。
今日のレースでどのような走りをするのか今から楽しみなウマ娘の1人です」
ダイユウサク号のことが頭にちらつくと、どうしても人気が伸び悩む状態のダイサンゲンというのはむしろ怖いと思ってしまう。エルノヴァが1番人気だと言うのであれば、順当に2番人気とかに彼女が収まっている方が正直幾分安心感があるレベルだ。
そして。
「4枠7番から出走します、サンデーライフは2番人気。この娘は芝・ダート不問な万能性と自在な距離適性に定評がありますが、近ごろはダート1200mを主戦にしているようですね」
「それで結果を出しておりますから無理に距離を変える必要は無いという判断なのでしょう。……しかしこれまでの戦績はいつ見ても凄いですね……彼女の対戦相手からGⅠクラスのウマ娘が既に5名出ております」
改めて数字にして言われるととんでもないことだよねえ……。ネームドにぶつかるのは仕方ないとしても、しっかりGⅠ勝利を獲っていくのだもの。
また4枠7番というほぼど真ん中。外枠有利でド中央とか、いやー我ながら持ってないなあ。
加えて言えば。
「――足元悪い雨の中、新潟レース場ダート1200m。
1勝クラスのPre-OP戦――三条特別に15人のウマ娘が挑みます」
雨天ということもあり、ダートにおいては更なる高速展開になる恐れもある。……ペースが速すぎたら中盤まで順位は落としても良い。
「ゲートイン完了……スタート! ……おっと8番・スプリングハッピーやや出遅れた! 他の娘たちは素晴らしいスタートです」
……うわっ、隣の子が明らかに出遅れていたんだけど。あれが自分だったら今頃頭が真っ白になるよ。ゲート練習していて本当に良かった。
「各ウマ娘、芝からダートのコースへと入っていきます」
芝からスタートするとは言ってもダートレースなのだから、芝の走行区間は僅かだ。しかし僅かであっても、それは外枠有利に寄与する。
高速展開になったら順位を落とす予定ではあるけれども、さりとて先行集団で団子になってしまうのは好ましくない。とりあえず前目には付けておこう、と逃げの娘を先に行かせつつも好位をキープすることとする。
幸い外から無理やり先行集団の前方を確保しようとする外枠の相手は居なかったので私はすんなりと最初の先行争いで優位に立つことが出来た。
前を見据える。
「さあ、先頭から見ていきましょう。1番先頭は9番・インディゴシュシュ、ハナを進む。2番手争いを制したのはサンデーライフ、2バ身から3バ身の差――」
私の前には1人だけ。
……ってことは、逃げ作戦を取ったのが1人、ということか。そしてそれは同時に後ろに13人居るということ。多分、先行と差しばっかりだ!
ダート短距離、そして雨。これらの要素から大方高速化すると見込んでいたが、これだけ逃げが少ないとスローペースで展開が推移することもあり得る。それ自体は想定済みではある。
ただ危惧すべきは私が2番手で前の子も違うとなるとダイサンゲンもエルノヴァも後方に控えている可能性が高いということ。少なくとも私から視認出来る真後ろ辺りには両名は居なかったので、かなりの確率で差し。仮に先行集団であったとしてもその後ろの方に付けているはず。
とはいえ、エルノヴァもダイサンゲンも得意戦術は差し。そして私も前走が差しであったことを考えれば、高速展開に持ち込んで利するのは私達だということを他のウマ娘たちも分析してやってきたということか。
加えて言えば、万が一の私の『大逃げ』戦法を使ってくる可能性に対する保険の意味合いもあっただろう。他の子も決して無策でレースに挑んできているわけではないからこその遅めのペース展開が生じたのである。
「第3コーナーに入りましても順位に変動はありません。そして折り返しの3ハロンのタイムは35秒9。1ハロン辺り12秒ペースを僅かに下回っています」
「おおよそ平均ペースですが、ダートの短距離、それも雨ということを踏まえますと各ウマ娘はかなり抑えめに走っているように思えます。これは一瞬の瞬発力が勝敗を決する展開になるかもしれませんよ」
私の前を行く逃げの子も含めて全員脚を溜めている展開だ。仕掛けどころが難しいが、コーナーでスパートをかける必要は無い。新潟ダートの直線距離は353.9m。
直線勝負に出られるだけの十分な長さはある!
「さあ、最終コーナーも間もなく終わるといったところですが、まだ誰も仕掛けません! 9番・インディゴシュシュそのまま逃げ切るのか!? はたまた、後方のウマ娘が彼女を一刀両断するのでしょうか!」
*
「最終直線に入りまして、じわりじわりと上がってきたのは、エルノヴァとダイサンゲン! 前を行く9番・インディゴシュシュも決して脚色は悪くはありませんが、ちょっと苦しい! ここでハナをサンデーライフに譲りますっ!」
前の子が失速してきたわけではない。が、サイレンススズカのような『逃げて差す』展開を繰り広げるだけのスタミナは残っていないようで、私が仕掛けてまもなく抜き去ることに成功した。
先頭に立ってのラスト1ハロン。
それは大逃げ以外では初めてのことだった。
後方には、先ほど抜かした子のほかにエルノヴァもダイサンゲンも見えた。が、しかし私もまだトップスピードに乗ってはいないから加速は出来る。
今まで無策での最終直線の先頭は何度かあったが。
これだけ余力を残しての先頭というのは初めてだ。ただし、他の子もまだ充分に脚は残っているから決して私だけが優位であるということではない。
「サンデーライフ、抜け出している! が、後続もその差を詰めております! 残り100mで果たしてその差は埋まるのでしょうか!?」
9戦1勝。それが私の戦績だ。
そう。これが10戦目なのである。そして――。
残り100mの最後の攻防で、2番手以降のウマ娘が差して勝利した展開は9戦中ただ1戦。
それを私に魅せつけた少女の名は――アイネスフウジン。
雨が降り重バ場の新潟レース場。
今、この場に。
――風神は居ない。
*
「サンデーライフ逃げ切るか! いや、後続集団も更に加速する! エルノヴァもダイサンゲンも迫る! 9番・インディゴシュシュもその後を何とか食らいついていますっ!
残り50m! サンデーライフ逃げる! 逃げ切るか!? それとも、誰か伸びるかっ!? 並んだ! そのままもつれるようにしてゴールイン! ……これは、どうでしょう」
「そうですね。目視ではエルノヴァとサンデーライフが体勢有利のように見えましたが……結果が出るまで分かりませんよ」
走り終わった私は、電光掲示板を確認する。
――1着、サンデーライフ。
2着、エルノヴァ。
3着、ダイサンゲン。
4着、インディゴシュシュ。
5着、キンダーシャッツ。
私とエルノヴァの差は僅かに1/4バ身。接戦であった。でも何とか私がこの勝負を制することが出来た。
そして電光掲示板の右上に灯りがともる。
――『審議』。
……えっ、審議……?
*
審議とは走行妨害などの違反行為や競走中止がレース中に発生してかつ、上位の順位がその影響によって変動する恐れがある際に生じる掲示である。
つまり、私の1着は確定していないということだ。
場内はどよめきに包まれる。
まずゴールしたウマ娘の子たちを1人ずつ数え上げる……15人全員ゴールしている。競走を中止した者は誰も居ない。
そして次に、私は今までのレース展開を思い返し、何かやらかしたか心当たりを探すが、勿論見つからない。そんな他者を妨害してやろうなんて余裕は無かったし、それに他の子の進路に侵入した可能性が全く無いかと断言できるかと言われれば、気付かずにやらかした可能性は否定できなかった。
灯った『審議』掲示に対して、説明の全体アナウンスが入る。レース場は静けさに満ちて、そのアナウンスを神妙に聞くこととなる。
「――お知らせいたします。新潟第9レース・三条特別は、最後の直線コースで10番・キンダーシャッツさんの進路が狭くなったことについて審議をいたします」
その名前は5着に入っていた子であった。5着の子の被害ということはそれより上の順位のウマ娘が妨害したことになるけれども、2番手をずっと追走していて最終直線で先頭に躍り出た私が5着の子を妨害する余地は多分、無いはず……。
そして、次のアナウンスが、それほど間を置かずに入る。
「――お知らせいたします。新潟第9レース・三条特別は、引き続き審議しておりますが、第3位までに入線したウマ娘については審議の対象となっておりませんので、第3着までは到達順位の通り確定いたします――」
この瞬間、私は腰の力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
全く想定していないことが起きて、すごく動揺している。今になって心臓がレース関係なく早く鼓動していることに気が付いたし、私の手は震えていた。
何がともあれ、勝ったんだ。
本当にびっくりしたんだから。勝てたことは嬉しいけれども、こういう形は本当に心臓に悪すぎるからやめてよね、もう。
――現在の獲得賞金、2558万円。