強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第18話 阿寒湖に向けて

 『阿寒湖』というワードに既に身構えてしまったが、よくよく考えてみればあのハルウララの有記念のときに、5着にステイゴールド号ことキンイロリョテイが出走していたからもう阿寒湖総大将はPre-OP戦には出走できないはず。

 よし、世界に平和が訪れた!

 

 ほら、フルゲート14名のところ私を含めて12人しか居ない出走予定者の中にはどこにもキンイロリョテイの名前は無い……。

 

 

 ――マンハッタンカフェ。

 ――ファインモーション。

 ――ヒガシマジョルカ。

 

 

 ……。

 確かにキンイロリョテイの名前は無かったけれども、別のネームドが居るじゃん!! 十中八九こうなるって予想は付いていたけどさ!

 

 史実マンハッタンカフェ号は、この阿寒湖特別に出た年に菊花賞、有馬記念を制して古馬になってからは春の天皇賞も勝ち取った。

 一方、ファインモーション号は、阿寒湖特別から1戦挟んだ後に秋華賞・エリザベス女王杯と取っている。

 この中で唯一GⅠ馬でないヒガシマジョルカ号も、阿寒湖特別の次走で函館記念を走り重賞勝利をあげている。また今名前を挙げた中ではヒガシマジョルカだけがシニア級ウマ娘だった。

 

 このことを鑑みるに阿寒湖特別は、重賞やGⅠへのステップアップレースなのだ……ってそんなわけあるかい。

 

 正直、ヒガシマジョルカは史実レースを鑑みるに、どちらかと言えば芝のマイルから中距離辺りに適性がありそうな感じで長距離は恐らく適正外だから、まだ良い。

 だけどマンハッタンカフェは当たり前ではあるけれども芝A長距離A、ファインモーションも芝A長距離Cということを考えると、正直レース展開云々で勝てる相手じゃない気がする。どっちも史実を踏まえればクラシック級時点でシニア級GⅠウマ娘を蹂躙できるだけの実力は培われるのだし。

 しかもファインモーションが先行で、カフェが差しと2人の得意戦術が割れていることもあって対応が取りづらい。ヒガシマジョルカも先行・差しタイプだ。

 

 彼女らと同様に先行・差しを選べば純粋な地力勝負に持ち込まれるし、大逃げ・逃げではマンハッタンカフェから逃れられず、追込だと多分先を行くファインモーションに追いつけない可能性が高い。こりゃ定員割れもするよ。

 

 札幌レース場の芝はヨーロッパのものに近いという特性でフロックを狙おうとしても、それはそれで厳しい。史実マンハッタンカフェ号は大敗を喫したものの凱旋門賞に出走している点も鑑みれば芝質が不利に働くとは思えない。

 またファインモーション号に至っては札幌・函館の連対率100%という明らかに北海道に抜群の適性を有しているわけで。そりゃラーメン好きにもなる。

 

 そして札幌レース場自体は、意外にも私は初めての出走経験となる。

 レース場の適正から見た場合の取るべき戦術は、実はある。

 

 まず2600mのレースはバックストレッチ側からスタートして1周した後に再びスタンド前に戻る言わば1.5周のコースだ。即ちコーナーが6回あるという点が特異点となる。

 そしてこのコーナーは、スパイラルカーブというこれまでのレース場だと福島などで採用されていたものではなく普通のカーブ。……それどころか普通よりももっと緩やかで大きなカーブと言って良いだろう。しかもその上直線距離は短く最終直線は266.1m。こういうときに比較指標として出しやすいものとして、アプリで再三短いと言われ続けている中山の直線が310mなのだから、札幌の直線の短さが分かるというものだろう。

 

 カーブが長く緩やかで直線が短いという点で言えば、楕円形のコースを基本とするレース場の中でも札幌は極端に言えば『真円』寄りと称することも出来る。

 で、当たり前のことだけれども、ウマ娘。直線よりも曲がっているときの方が速度を出しにくい。そしてヨーロッパ寄りの芝質でタイムも遅くなる。

 これで直線が短いという要素まで重なって、挙句の果てには起伏がほぼ無いから最終直線で先行するウマ娘が速度を大きく落とす要素が無い。

 

 ――つまり、前が残りやすい。だから逃げ・先行ウマ娘が有利だし、大逃げをやる場合の自己スタミナ管理も、洋芝にかかるパワーとスタミナ消費を加味さえすれば展開がスローペースになりやすいので容易だったりする。

 で、反面最終直線が短いので、ロングスパートタイプの追込ならともかく、直線一気の追込は流石に不利になる。

 

 

 だからこそ、私が勝ちを狙いに行くのであれば『大逃げ』が最適解になる場面だ。マンハッタンカフェが脚を残したままゴールする可能性に祈り、それが成就すれば私の勝利も見えてくるだろう。ただ……阿寒湖特別はスタミナ消費の激しい洋芝な上、長距離。大逃げで逆噴射しないという保障は無い。

 失敗すれば順位は大きく落とすのは疑いようがない。『大逃げ』は無理やり勝利を掴み取る場合の数少ない勝ち筋になれど、同時に極めてハイリスクな選択にもなる。

 

 

 ……でも。別に私、この阿寒湖特別で無理に勝ちを狙いに行く必要は無いんだよね。面子的に勝利をもぎ取ろうとすると大敗のリスクのが大きい、分の悪い賭けにしかならないし、そもそも2勝クラスは初挑戦なのだからいっそ思い切って調整と考えてしまった方がいいかもしれない。

 だとすれば。先行と差しの間くらいの感じで、敢えて終盤まではバ群に埋もれつつスリップストリームを利用して前のウマ娘のすぐ後ろにつけて風の影響を抑えてスタミナを温存させる作戦で行こうか。

 

 ……しかし、スリップストリームの練習となると流石に併走相手が必要だ。

 ウマ娘的にはスキルでもあったから、そのスキルを持っている子に教えてもらえば楽かも。確か持っていたのは、スイープトウショウ、ダイタクヘリオス、ゴールドシチー、そしてアイネスフウジン。

 

 うん。前者2人は面識無いから除外するとして。流石にゴールドシチーには併走依頼は頼みにくい。だってそもそも彼女、モデルの仕事の合間で練習しているから、私のために時間を割いてもらうのは申し訳なさすぎる。

 となると、消去法でアイネスフウジンなんだけど……いや、アリか無しかで言えば全然アリだ。専属トレーナー込みで調整出来る相手となれば、確かにアイネスフウジンがベストであることは間違いないし、しかも今の彼女は負荷を下げての足腰の強化トレーニングで合宿中でとりあえず菊花賞までのレース出走予定は無い。

 負荷を下げているということは、多分彼女が全力で走ることはなく、足腰の強化ということで普段とは違うシューズや器具を使ってのトレーニングを施しているはず。となれば、私でもギリギリ併走できるくらいの速度で走っているかも。

 

 だから阿寒湖特別までの1週間、アイネスフウジンを頼るというのは先方が了承さえすれば私としてもほぼ最善の選択だし、なりふり構わずお願いする場面というのは重々承知なんだけどさ。

 

 ダービーウマ娘相手に併走お願いするって、常識的な尺度で見れば絶対ヤバいことだよね……。

 

 

 

 *

 

 いつの間にか私はアイネスフウジンのトレーナーさんとも連絡先を交換していたので、結論から言えば併走のアポイントは簡単に取り付けることが出来た。いつ交換したかと言われれば日本ダービー後なんだけどさ。

 

 しかし、その専属トレーナーさんから「あなたの状態も加味してトレーニングメニューを調整する必要があるし、1週間しか無いからすぐに来て。何なら今日中に準備して」みたいなことを言われる。

 専属トレーナーが居る子同士なら、メニューはトレーナー同士で話し合って決めれば良いし、居ない子同士だったら逆に併走なんてその日のノリで誘えるけれども、片方だけ居るという状況だとアイネスフウジンのトレーナーさんが作ったメニューに対して私が同意するか否かの判断プロセスが入るから、そりゃ1週間しか無ければすぐに来い、という話にもなるよね。

 外泊届や特休届などといった合宿に1週間だけ飛び入りするのに必要な事務手続き関係は、全てアイネスフウジンのトレーナーさんがやってくれると言ってくれた。というか、とにかく私が来ないと話が詰められないから、すぐに準備して欲しいようで、何なら『阿寒湖特別』の開催される札幌用の遠征の準備も合宿所まで持って来てとすら言われた。

 前日入りするギリギリまでの日程を使うつもりってことらしい。

 

 急に1週間分の旅行セットを整えろ、ということだから、事務の方とかは丸投げ対応するってことなのだろう。夜に車でトレセン学園まで迎えに行くとまで言われてしまったらそれを無下にすることも出来なかったし、私としても1日でも長くトレーニングの時間を設けること自体は賛成だ。

 それに、ぶっちゃけほぼ毎月ペースで遠征自体はしている……というか近場の中山レース場は1回しか行ったことないし、トレセン学園のすぐそばにあるはずの東京レース場なんて1度も走ったことないしなあ。

 もうレース出走=遠征がデフォルトになってきているから準備自体にそこまで時間はかからない。

 

 だから今日の自主トレーニングはやめて、何度かアイネスフウジンの専属トレーナーにも連絡を取って、足りないものの買い物を継ぎ足していく。

 

「……あ、何度もお電話してすみません。アイネスフウジンのトレーナーさん。

 滞在先に洗濯機ってあります? なければ最寄りのコインランドリーに行きますが、そこって洗剤が置いてあったか確認してますかね」

 

「――合宿中にウマ娘に洗濯なんて時間のかかることをさせるトレーナーは殆ど居ませんよ! 自分で洗濯したもの以外着れない子とか、特定の柔軟剤の香り以外受け付けない、とかそういう特殊事情があれば別ですが、基本は宿泊先のランドリーサービスを使っております――」

 

 

 あー……ウマ娘合宿ニワカがモロに出てしまった。ランドリーサービスというのは完全に盲点だった。よくよく考えてみれば今まで遠征は何回もやってきているけれども、結局あれって2泊3日だから普通の旅行感覚で寮に戻ってから全部洗ってたから泊った場所のサービスを利用するなんて考えは頭に無かった。

 

 でも……そっか。

 私、初めての合宿が、他の子の合宿に期間限定でお邪魔するとかいう物凄い変則的な参加になるんだね。

 

 

 

 *

 

「――サンデーライフちゃん。思ったこと言っていい?」

 

「はぁ……はぁ。あ、はい……アイネス、さん。……気になることは、どんどん言っていただければ……助かります……」

 

 

 アイネスフウジンの下に合流してトレーニングを始めてから2日。阿寒湖特別の特別登録1回目を済ませたその日の深夜にはアイネスフウジンの利用する合宿所にやってきた……山間部の別荘というかコテージみたいなところで、複数棟あるのにアイネスフウジン陣営で全部貸し切ってたんだけど。好きなログコテージを丸々一軒私に貸し出すとか言われたが、アイネスフウジンが一緒に泊まりたいと言ってきたので、私も彼女のトレーナーさんもそれを尊重することに。

 なお管理棟みたいな場所にレストランとか医務室とかも併設されていて、そこでランドリーサービスの受付もやってた。何というか、アニメのチーム・スピカの合宿所みたいなのを想像していただけにここまで至れり尽くせりの環境は予想外である。考えてみればアイネスフウジンはダービーウマ娘なのだからそれくらいの待遇は無償であっても全然おかしくないけれども……スピカトレーナーの謎は深まるばかりである。というか、この世界じゃ全然見かけないし。アプリ時空が基盤にあるから居ないってのも納得ではあるんだけどね。

 

 閑話休題。

 それよりもアイネスフウジンの言葉である。

 

 

「あの……ね。……すっごい言いにくいの……何というか、その……。

 サンデーライフちゃんって、私が思っていたよりも速くなくてびっくりなの……」

 

「だから、ずっと私は二度と戦いたくないって言ってたじゃないですかー! アイネスさんと比肩するくらいの実力があれば、私だって日本ダービー出てますよっ!」

 

 言葉尻だけ捉えると怒っているように聞こえてしまうかもしれないので、軽くアイネスフウジンの頬っぺたをつねりじゃれ合いであることをアピールしておく。実際多分それだけの実力があってもダービーという一生一度の大舞台で戦えることよりも、入着賞金の方を気にしてると思うし、私。

 その頬を私に触られた状態のままアイネスフウジンは言葉を紡ぐ。

 

「ご、ごめんなさいなの! ずっと福島の未勝利戦のイメージが抜けてなくて……あっ、勿論トレーナーさんからもサンデーライフちゃんがあの時何を仕掛けようとしたかは聞いてるのっ! でも、それを知っててもサンデーライフちゃんは追い付くのにギリギリだった印象が凄く強くて――」

 

 今の練習は、アイネスフウジンは全力を出していない上に、シューズも反発を和らげるタイプのものを使っていて普段使いのものではない。しかもウッドチップコースで練習している。

 芝でもダートでも、そして多分ウッドチップでも私の適性って平準化されているはずなので、その辺りって基本有利に働いているはず。なのにスリップストリームというただ後方を追いかけて風よけにするという私の併走トレーニングが結構ギリギリの状態になっていることを鑑みて出てきた発言なのだろうと思う。

 

 

 これがダービーウマ娘と2勝クラスウマ娘の格差と言ってしまえば、確かにそうなのだけども。

 

 無策のただの併走状態で走るまで、私の実力を誤認していたということは、アイネスフウジンが私の初の大逃げという当時のデータに無かった戦術を強要したという奇襲効果もあるにせよ。

 少なくとも、レースの上で仕掛けていたことがネームド相手であっても全くの無意味ではないことに気付かされる反応であった。

 

 ……でも、その大逃げに対してアイネスフウジンは、普通に自分のラップタイムは正確にぶれずに刻んでいたんだけどなあ。そこまで『私が速い』と印象付けるものでもなかったとずっと思っていたが、データだけからじゃ見えないものもある。


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