強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第19話 クラシック級7月後半・阿寒湖特別【2勝クラス】(札幌・芝2600m)

 結局、1週間でスリップストリームはある程度形にすることが出来た。アプリ的に言えば、私ってレース出走回数だけは多いからスキルptが溜まっていたのかもしれない。まあ、多分そんなに単純な話でも無いだろうし、これからも習熟していった方が良いだろうが。

 

 でもアイネスフウジンにとって、私との併走は意味のあるものだったのだろうかという疑問はあった。けれども、彼女のトレーナー視点から見れば、ある程度アイネスフウジンが有していた私の幻影を取り払うことが出来たという面では成果なのだろう。その状態で日本ダービーを勝っている以上は然したる問題でない気もするが、だからといって相手の戦力の誤認をそのままおざなりにするのも良くないだろうし。

 

 実際に私も技術を得ている以上は、不満は無い。というかアイネスフウジンと戦う機会は多分無いから彼女がパワーアップしても別に関係ないと言えば関係ないからね。

 

 

 そして私はアイネスフウジンに別れを告げて彼女の専属トレーナーに最寄りの空港まで車に乗せてもらって、単身札幌へと飛ぶこととなる。

 

「――絶対、『阿寒湖特別』勝ってくるの! サンデーライフちゃん!」

 

「……いや2勝クラスでの試走行みたいなものですから、今回勝つつもりは無いって……」

 

 

 そんなことをアイネスフウジンと交わして空港へ行ったのであった。

 

 

 ――なお。

 飛行機に乗っているときに座席の機内モニターでニュースを見ていたら、ジャパンダートダービーにてメジロマックイーンがトウケイ姉妹を破り勝利していたとのこと。

 

 

 

 *

 

 さて。阿寒湖特別。当日である。

 

 フルゲート14名に比して出走者は第1回登録時から更に取消が1人出て11名。

 

「――1番人気をご紹介しましょう。5枠5番のファインモーション」

 

「ここまで出走回数が限られておりますがメイクデビュー、1勝クラスを無敗の2戦2勝で勝ち進んできたウマ娘ですね。……しかし身体のバランスは極めて整っています。これは期待出来ますよ」

 

「またご存知の方も多いと思いますが、GⅠ6勝ウマ娘でありかの女帝・エアグルーヴをジャパンカップで切り捨てた覇者・ピルサドスキーの妹――つまりはアイルランド王室ファミリーの一員ですね。これも人気に繋がっている一因の1つでしょう」

 

 そう言えば少女・ファインモーションはアイルランド王族なんだっけ。で、私の知る史実の方だとアイルランドに王家って無いらしいから、ウマ娘世界におけるアイルランドは大規模な歴史改変が発生しているみたいな説も聞いたことある。

 

 

「2番人気は3枠3番のマンハッタンカフェ。彼女は皐月賞前哨戦にあたる弥生賞にて入着という成績を残していますね」

 

「実力は十二分にあり、前走の1勝クラス・富良野特別においては後方から鋭い差し脚を魅せてくれました。ただ……以前から爪に違和感があるらしく、トレセン学園の公式発表におきましては『競走能力に支障が出るものではない』と説明されておりますが、そこが人気を譲った要因の1つなのかもしれません」

 

 確か霊障で爪がたまに割れるとかそういう話だった気がする。その霊障が『お友だち』を指しているのかは不明瞭ではあるものの、少なくともこの『阿寒湖特別』においてそれがマイナスに影響することはほぼ無いと言って良いと思う。育成シナリオでも結構長く続いた症状だったし、それでレースを落とすなんてことも無かったわけで。

 

 

「――ヒガシマジョルカは4番人気ですね。大外枠の8枠11番での出走です」

 

「シニア級ウマ娘ですね。ここ数戦は2勝クラスにおいてあと一歩及ばず敗れる場面が目立ってしまっていますね。本来1番人気であってもおかしくないのですが、本日はクラシック級の子たちに人気を譲ってしまっております」

 

 ここのところ2着が続いている彼女も要注意候補だ。先行のファインモーション、差しのマンハッタンカフェの両名が本命だが、その2人が本来の調子を出せなかったときに鍵となるのはこのヒガシマジョルカになる。

 

 で、私。

 

「7番人気、サンデーライフは2枠2番となっております」

 

「少々人気を落としておりますが、これは初勝利をあげて以降はずっとダート路線で走っていた影響と……前走・鳳雛ステークスでの敗退が響いておりますね。

 芝のレースは実に7ヶ月ぶりですが、芝の舞台でもかつてはダービーウマ娘であるアイネスフウジンとの鍔迫り合いを魅せております」

 

 言われてみれば芝のレースは久しぶりである。そりゃ人気も落ちるよね。そしてパドックでのお披露目の後に、ゲートへと向かうその僅かな時間で私の隣のゲートに入るはずのマンハッタンカフェが急いで客席の方に向かっていた。

 

 何しているのだろうと思ったが、どうやらその最前列に居るスーツ姿の男性と会話しているっぽい。流石に距離が遠いのと他のお客さんたちの喧騒さからその会話の内容まではウマ娘の聴力をもってしても聞き取ることは出来ない。

 そんなマンハッタンカフェの様子を眺めていると、あ。彼女と目が合った。

 

 うーん、もしかして私がサンデーサイレンス産駒であることを相談してる? 確か、マンハッタンカフェの育成シナリオ中にタキオンは勿論のこと、スペシャルウィーク、サイレンススズカ、ゼンノロブロイ辺りに惹きつけられていたし、私もその対象に入っているというのはありそう。

 

 ……というか、4月にあった因子継承の『アレ』がもしサンデーサイレンスだったら、私は直接会っていることになるから多分、マンハッタンカフェの感じる『お友だち』の気配は私から誰よりも強く発せられている可能性もあるじゃん!

 逆にもしかしたら私からも『お友だち』は見えるかもしれないが、今のところ特に何も感じないし見えない。ここに居ないだけかもしれないけどね。

 

 

 今日のレースの結果がどうであっても、多分レース後にマンハッタンカフェが私に絡んでくるのは既定路線と見た方がいいかもしれない。けど優先すべきは目先のレース――阿寒湖特別だ。

 

 マンハッタンカフェもターフ上へと戻ってきて、全員のゲートインが完了する。

 

 

「――各ウマ娘、スタートが……まずまず揃いました。11名先行争いに入っていきます」

 

 

 

 *

 

 11人。そして今日の私は先行と差しの中間みたいな位置取りをする予定だから、5番手、6番手辺りに付けられれば良い。2枠2番という内枠なのでスタート後は少しペースの上げ方を調節し無理に先行争いに参加せずに、逃げや速めの先行ウマ娘に先を譲る。

 

「――さあハナは2人の競り合いとなりました! この2人がペースを作っていくことでしょう! その先頭組から2バ身から3バ身開いて3番手にファインモーション。その後方に4番手、マンハッタンカフェ――」

 

 逃げが2人のまま最初のコーナーに入っていく。しかしそこから付かず離れずの位置をファインモーションがキープしており、そのすぐ後にマンハッタンカフェという流れだ。これはファインモーションが先行ながらも逃げに追いつくようにペースを上げているからというよりも、感覚的には逃げの2人が敢えてペースを落としてレースを推移させているからに思える。ファインモーションもそんな逃げの子たちを抜かすまではしないし、一定の距離感覚は保っている。

 うーん、スローペースということはある程度は前目に残っていないとまずいかも。だったらスリップストリームで風除けに使うのは4番手のマンハッタンカフェかな。彼女の後ろに付いて5番手で追走してみる。

 

 マンハッタンカフェの後方にぴったりとくっ付いた瞬間、風の抵抗は大きく減衰しそれまでと段違いに走りやすくなる。それと同時に私の気配を感じたのかマンハッタンカフェはちらりと後方を向き私が居ることを確認したらそのまま顔を前に戻した。

 

 もしかしたら、振り切られるかもと考えていたがホームストレッチに入っても特段変わった動きを見せることは無かった。まあまだ1周ちょっと残っているし、そんな序盤で仕掛けることもしないか。

 それと同時に後方の様子もちらりと確認したが、ヒガシマジョルカが中団後方に位置付けているのは確認。となると私が目を付けていた中でヒガシマジョルカだけが差しか。マンハッタンカフェが先行策を取ってくるのは少し意外だったけれども、スローペースっぽいし先行有利と見て前に出てきた……って感じかな。

 

 

「先頭から最後方までおよそ10バ身。団子状態と言っても良いでしょう。しかしスタートから大きな順位の変動はございません」

 

「各ウマ娘、ともにペースを保っているようですね。終盤まではこのまま力を溜め続けるかもしれませんよ」

 

 ここまで動きが無いと私も出来ることは少ない。マンハッタンカフェが形成するスリップストリームの中に身を隠しつつスタミナの消耗を抑えるくらいしか私もやれることはない。

 

「各ウマ娘2度目の第3コーナーを通過してここで2000m。残り600mを残してのタイムは2分1秒ジャスト」

 

「1ラップ平均が12秒1ですか。ほぼ例年並みの平均ペースと言って差し支えないでしょう。最前の2人は上手くペースを作れていた、ということになります」

 

 ラスト3ハロン。徐々にペースが上がってきたが、ここに来て動きが出てきた。

 私が風除けとして利用していたマンハッタンカフェが再び後ろを確認する。その時私としっかり目が合った直後、彼女はやや外側へと膨らみながら、そのまま減速していった。

 

「おっと、ここで先行組で動きがありました! 4番手を追走していたマンハッタンカフェが失速し、サンデーライフが4番手! マンハッタンカフェはずるずるっと後退して現在8番手です――」

 

 そのまま私は4番手で最終コーナーへと入る。マンハッタンカフェの後退によりスリップストリームは無くなってしまったが、更に前を行くファインモーションの背後に入るにはここからスパートを切らなければならない。かといってマンハッタンカフェのように後退して4番目を譲り後ろの子の背後に付くのは、残り距離も考えると厳しい。

 

 となれば、もうここからはスリップストリームの恩恵を受けずにいつも通り走った方が良い。……まさか、そこまで考えてマンハッタンカフェは後退を、とも考えたが、ちらりと後ろを見て確認できないくらい下がったようである。

 

 

 ――いや、本当にマンハッタンカフェが下がったのか?

 実は彼女こそが普通の速さで、徐々に上がっているペースが本来スローペースであったレース展開を既に知らず知らずのうちに全員がロングスパートをかけているがごとくのハイペースに転化しているのではないだろうか?

 

 しかし、ここでペースを落としてしまっては、先を行くファインモーションの背中を捉えられない。後方のウマ娘たちがこの最終コーナーの途中から一気に上がってくることを考慮すると、一息つけるよりもこのまま少しでも前に残っていた方が得策なはず。

 

「残り2ハロンの地点を通過してのラップタイムは……おっとこれまでの平均ペースと同じく12秒1ですね。これはどう見ますか?」

 

「前を行く2人もよくこれだけの脚色を残しておりますね。ただ……後方のウマ娘たちもこのペースに付いて行っております。ここから2ハロンは12秒台前半のペースを維持したままゴール板を通過した子が勝つと思われます。そうなると前の2人はスタミナが残っているか少々不安です」

 

 

 ――そして、266.1mの最後の直線。

 そこには、今まで通り上り坂も下り坂も何も無く。これまでのスタミナ消費の積み上げが勝敗に直結する区間となる。

 

 

 

 *

 

「さあ、最終直線! 中団に付けていたウマ娘たちが次々と順位を上げていきます! 中でもヒガシマジョルカの脚色が良い! 1つ前を行くサンデーライフ、懸命に粘っています! おっと更に前方ではファインモーションが2人抜かしてトップに躍り出る! それを追うヒガシマジョルカ! これは届くか、ヒガシマジョルカ!?」

 

 最終直線。

 展開が急激に変化していく。

 

 流石に小細工による誤魔化しが効かない区間だ。私の前にはヒガシマジョルカと更にその先のファインモーションしか居ない……が、もう真横に何人か付けている。横に居る子たちのが多分私よりもわずかに先を行っているかもしれない。

 

 が。

 

「おっと、サンデーライフ再加速する! 頭1つ抜きんでてヒガシマジョルカを追う! しかし、その前のヒガシマジョルカ、更にその前に居るファインモーションはハナを譲りません! ファインモーションかそれとも、その後ろで団子になっている集団から誰かがやってくるのでしょうか!」

 

 全距離適性があって、これまで短距離だけだったとはいえ芝よりもパワーの必要なダートを主戦にしてきて、道中スローペースでしかもスリップストリームまで使ってスタミナを温存してきた私が。

 たった(・・・)2600mのラスト1ハロンで失速するわけがない。

 

 ただの直線一気の追込では追い付けない。ならば『先行の位置から追込気味に仕掛ける』……切れ味は差しや本当の追込には劣るけれども、それを可能とするだけのレース展開は出来上がっていた。

 

 

 後は、前に追いつくだけで良い――

 

 

「――後方から脅威のペースで追い込んで来ているのはマンハッタンカフェ、マンハッタンカフェです! ラスト100mでマンハッタンカフェも先頭争いに絡んできましたっ!」

 

 『漆黒の幻影』は実像となって、私の前に立ち塞がった瞬間であった。

 

 

 

 *

 

「凄い末脚で追うマンハッタンカフェ! 逃げるファインモーション! さあ、決着はこの2人で決まるかっ! ファインモーションまだ粘りますっ! 後、50mも無い! 最後の攻防! ファインモーションか、それともマンハッタンカフェか!? 2人ともほぼ同時にゴールイン! ……私にはどちらが先か分かりませんでしたが」

 

「これは掲示板を見るまで分かりませんよ――」

 

 

 ――1着並びに2着は写真判定。

 

 3着にヒガシマジョルカ。

 

 

 ……私は5着でギリギリ入着していた。

 

 

 

 ――現在の獲得賞金、2703万円。


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