強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
ファインモーションのSNSにアップロードされると思っていた写真は、気が付いたらアイルランドの国営放送で放映されていたらしい。
いや、確かに彼女は『メディア』って言ってたね……。それを『ソーシャルメディア』だと勝手に判断して詳しく聞かなかった私が悪いな。
というか、アイルランド語のネット記事がご丁寧に日本語サイト版も用意してくれていたおかげでどんな報道をアイルランド国内でされていたのか薄々把握はした。
ファインモーションの関係筋というのも、彼女が意図的に情報を流したものであり『公務の円滑化』という一見物凄い役割を私が担っているように見えて、その実は何もないという美辞麗句。外交上で『文化交流の更なる促進で合意した』みたいな発表があったときには『少なくとも現段階で公表できることは何もない』と言っているのと同義みたいな社交辞令的表現の一種であり、その辺りの機微を理解していれば先のラーメン女子会が外交上何ら意味の無いものであったという婉曲表現でもある……って事後説明をファインモーションのSPの方から受けた。
シンボリルドルフ会長、頼むからそうした外交的表現の理解に長けていてくれ……!
もっともファインモーション自身は、それを理解して言葉を選ばせたと思うけれども、同時にそれが学園一般生徒やウマ娘レースファンに対して含蓄した意図まで把握してもらえるとは考えていないはずだ。というのも『私が何か凄い立場にある』と誤解させること自体が、阿寒湖特別レースで5着だった私がラーメン屋さんで同席した理由だ、と誤認させて『何故サンデーライフは5着だったのにこの場に居るんだ』という批判避けに直結するからだ。
実際はアグネスタキオンやマンハッタンカフェみたいな個室持ちって意味合いなのにね。それが特例であることは認めるけれども、少なくとも生徒会関係者でも無いし、多分上層部の学校運営上での認識としては埃が被っていた部屋を適当に自主清掃してくれてるくらいの存在だと思う。
だから一連のニュースは、私という存在を一般人に対しては「おお、だからサンデーライフはこの場に同席したのか……」と思わせるもの、そして外交に携わる者からすれば「こいつに何も意味は無いぞ。ただ一緒にご飯食べただけだぞ」と周知するものになっている訳である。いや、王族ってすごい。
問題は私の周囲近傍には、その『外交に携わる者』ではない人しか基本的に居ないから、誤解された立場のまま固定化されかねないってことだけどね!
URAがニュースを素朴にごくごく素直に受け取って、まかり間違って外務省に対して介入して現役引退後の私をアイルランド親善大使に付けようとか、そういう動きが出てこないことを切に願う。
元競走ウマ娘の外交的置物ってのが宣伝広報の面では悪くないだろうけれども、私は引退したら何もせずに日々を謳歌するつもりなんだから。トレーナーにもURA職員にもならないよ!
……あ、でも。外交経験ゼロで競走ウマ娘として培養されてきた私なら、実務は全部外交官の人に丸投げして、適当にアイルランドでの生活を謳歌しているのを発信するっていう手はあるのか。それが親善大使の立場としてアリなのかは微妙なラインだけれども。
いや、やっぱそれも無し。ファインモーションのお姉さんってピルサドスキーだ。元競走ウマ娘ってだけで絶対彼女と関わることになるし、レジェンドネームド兼王族を相手取るとかいう進路はしんどいからイヤ。楽したいだけだもん、私は。
*
アイネスフウジンの専属トレーナーから「阿寒湖特別終わったらまたこっちの合宿に合流しても良い」とは言われていたが、流石にそれは固辞した。あのまま夏の終わりまであそこで合宿していたら気が付かないうちにアイネスフウジンのサブトレーナーみたいになっていそうで怖いし。
というか、そもそもPre-OP戦のウマ娘にとっては合宿での能力底上げをするよりも、レース試行回数を増やして何とか突破を狙った方が良い気がする。
そして阿寒湖特別ではギリギリ5着とはいえ入着は入着だ。だから次走は抽選除外をあまり恐れずに選択することができる。前回2連続除外喰らったから、入着はやっぱり大事。賞金も手に入るし、自分に向いたレースを選ぶことも出来るしで好循環で回りやすくなる。
まあ、ここで焦らずに自己研鑽に努めて基礎技術の習熟を図るという考え方があるのは充分理解してはいるけれども、さ。何を重点的に強化すれば良いのかというビジョンが全くと言っていいほど無いから、今までみたいにレースごとに集中強化の短期目標を定めていく方が性に合っているのよね。
いやスピードを上げるべきって話なのだろうが、ただ単にターフを借りて早いペースで走るだけじゃ別にタイムって大して伸びないどころか疲労の積み重ねにしかならないのよね。フォームがあって筋肉の使い方があって、走法を逐次修正していってとかそういった諸々を総合して少しずつ変わるものだから分かりやすく変わるものではない。
で、日々のトレーニングというのはそういうことをやっているわけだから、スピードを重視すると言っても、もうやっているんだよな……としかならない。私のビジョンが立たないというのは、フォームの連携を重視するのか、重心位置の取り方を安定化させることを重視するのか、筋肉や関節の使い方を重視するのか……みたいな話だ。勿論、全体のトレーナーさんとも相談はしているけれども、特定の運動を強化的にやるとかはしていない。
閑話休題。
前走・阿寒湖特別――芝の2600mレースを改めて振り返る。
『先行しつつの追込』。それは本当に僅かなものであったけれど、長距離かつ洋芝というパワーの必要な舞台でありながらスリップストリームを併用することで、先行しつつもスタミナの温存に成功して仕掛けることに成功した。
それは集団から完全に抜け出すためにはまだ及ばないもの。しかし入着するのには必要だった手立てであった。スキル的に言えば『末脚』を弱体化したものかもしれない。けれどもスタミナを温存してさえいれば任意のタイミングで繰り出すことが出来るもの、と考えれば汎用性は高い。
ただそれは同時にこれまで以上に、序盤からずっとレース展開を注視し自身のスタミナ管理と適合させていく必要が生まれる。そしてその終盤のほんのわずかな加速のために、中盤までで勝敗が決定付くようなレースになってしまっては本末転倒だ。スタミナを温存
ファインモーションの走りはまさしく強いレース巧者の走りであった。序盤からずっと好位に付け、最後の最後まで速度を落とさずに駆け抜ける、それはまさしく王者のレースである。
マンハッタンカフェはやや変則的な差しを魅せた。最後のカーブで一旦順位を落としながらも脚を溜め、最終直線でもう一度上がる。中々に複雑なことをしている。
そしてヒガシマジョルカ、彼女は差しの王道を進んでいた。最終コーナーから徐々に加速して前を目指す走り。基本に忠実であれど、ラスト200mの最後の局面で4着以下が団子になっていたことを考えれば、僅かに先に出てバ群を逃れた彼女の仕掛けは適切なタイミングであったと言える。
しかし先行での再加速についてだけでもやってみたいことはある。もう1回、長距離を走ってレース中のスタミナ分配について検討を重ねても良い。あるいはダートでも同じ再加速が出来るのか試してもみたい。はたまた最終直線に坂があっても加速出来るのか。
色々とパターンは模索できる。しかも、その上でファインモーションやマンハッタンカフェ、ヒガシマジョルカの戦術をラーニングして試すということもアリだろう。
しかし。
そのとき――ふと。私は全く異なることに気付いた。
アプリのレースの日程・開催場所は基本的には2020年の実際の競走日程を参考にして組まれている。ただし史実2020年には京都競馬場の改修工事が行われているために影響範囲にあるレースは2018年に開かれたものが参考にされているし、それ以外にも細かな変更が入っているから厳密な定義というわけではない。
更にこの世界は明らかに2020年を参考にしていないものが散見された。
例えば函館・冬の未勝利戦。本来、冬の北海道でレースは開催されない。
例えば三条特別。これも2020年に存在しないレースである。
例えば阿寒湖特別。2020年の本来の開催日程は8月だ。にも関わらず7月末の開催であった。
有馬記念とホープフルステークスの同日開催なんてものもあったね。
これらを統合すれば必ずしも史実2020年準拠ではないと結論付けることも出来る……が、一方でどうだろうか。未勝利戦はアプリに全て実装されているわけではないし、Pre-OP戦のレースもアプリには一部しか存在しない。まあ、そもそも普通は育成中に絶対行かないレースだし。
有馬とホープフルだって1ヶ月を2ターンとするアプリでは実際に何月何日に開催されているかまでは読み取れない。
また鳳雛ステークスを選定する際に、候補に上がったGⅢ・葵ステークス。これも2020年の段階ではGⅢではないが、アプリもこの世界も既に国際グレードが付いていた。ギリギリのところでアプリ準拠とも言えない部分を綱渡りしている。
では。何が起きているか。
函館の未勝利戦はともかくとして、三条特別も阿寒湖特別も出走しているウマ娘側に引き寄せられているようにも思える。三条特別ならば史実ダイユウサク号に。阿寒湖特別ならばファインモーション号とマンハッタンカフェ号、日程だけ見ればヒガシマジョルカ号かもしれない。
そしてこれもまたアプリにおいて同様の引き寄せは発生している。ライスシャワーは……あの宝塚記念を京都レース場に引き寄せている……うん。
またビワハヤヒデ・ナリタタイシンも春の天皇賞を阪神レース場に引き寄せている。
――としたときに。引き寄せが発生しないだろうレースにおいては、どのような因子が働くのか。
正直に言えば、これだけならば大した話でも無かった。何故なら既に史実外ローテを行っているウマ娘はたくさん居るから、その子らと衝突するだけだろうと容易に予想できるからだ。
しかし。
その引き寄せが発生しないであろうレース――つまり『2020年にしか開催されていない』レースに該当する中に『紛れ』があるのを私は思い出してしまったのだ。
知っている以上は、私の中でそれを避けるという選択肢は無かった。
そのレースの名は――
芝・1200mの新潟で8月末に開催されるレースの名であった。
そして。
「――ごめんなさい、アイネスさん。前に『格上挑戦はするつもりが無い』と言っていたけど、勝てるかもしれない以上はその言葉……嘘にします」
この清津峡ステークスは3勝クラスのレース。
格上挑戦であり。勝利の暁には、私はオープン戦ウマ娘になることができる。
*
「――1着、サンデーライフ! 格上挑戦をものともしない圧倒的なレース展開で見事に勝利っ! 後続に3バ身の差を付け、悠々とオープン戦へと駒を進めました!」
あはは……本当にあっさり勝った。
……勝っちゃった。……やってしまった。
勝利は勝利だ。それは間違いない。獲得賞金も合計で4541万円となる。
しかし、この勝利は実力によるものでもなければ、作戦勝ちでもない。
私は。
――レースの『興行規則』で勝利したのである。
*
【URA公式通達】 新潟レース場で興行日程変更、3勝クラスを新設
公示日:8月5日
以下の番組を変更する。
8月4週(土曜日)の新潟レース
・第10レースに『清津峡ステークス』(3勝クラス)を新設。
・旧第12レース、1勝クラスを中止。
・旧第9レース、『湯沢特別』(3勝クラス)を第12レースに変更の上、一般競走として実施。
なお清津峡ステークスの出走登録1回目は、通常の『特別競走』と同様に1週間前に行うこととする。
以上
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8月の第1週になって初めて明らかになった新設レースの登録期限は、その2週間後。
今まで存在しなかったレースに向けて、急遽対応する期限が2週間。連闘も辞さないPre-OP戦とはいえ、例年の予定に存在しないレースである。流石に他のウマ娘が即応することは難しい……そこを私は狙った。
結局このレースは比較的人気になるはずの『短距離』レースであったのにも関わらずフルゲート18名に対して、最終的な出走者は私を含めて8人――少しでもウマ娘を1勝クラスへ救い上げるために実施されるメイクデビュー・未勝利戦ですら9人であったことを考えれば、それが極端に少ないと分かるであろう。
勿論、アプリ実装ウマ娘などがここに登録してくるはずもなく、私は戦術・先行でそのまま強いレースをして勝利を飾ったのである。
格上相手の存在しないレース。それ自体は私も想定していたし『勝ちが狙えるなら勝つ』という自身の中での方針は定めていた。だから勝った。
まさかここまで上手くハマってしまうとは思わなかったけれども、それ自体は構わない。今までも『大逃げ』による博打狙いだとか、展開が荒れやすいレースを狙って出走とかそういうことは散々してきたのだ。
正攻法でない勝利自体への割り切りはもう付いていた。
……流石に『興行規則』を利用した勝利というのは覚悟している形とは違ったので私の中でも動揺があることは自覚しているが、でもその心理的動揺は新たに浮上した問題と比較してしまえば些細なものに過ぎない。
であれば問題は何かと言えば。
――オープン戦を戦える実力を備えていない状態で、私はPre-OP戦を通過してオープンウマ娘になってしまったのである。