強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
桐生院トレーナーは流石に自身の自宅に招くことを渋りに渋ったが、私も断じてここは折れなかった。
今、私が言っていることが狂気の沙汰であることは充分に理解していたし、現在進行形で彼女に迷惑をかけていることも分かっていたが、それであっても自身の推論が正しければ退けない理由があった。
基本、ウマ娘ファーストな集団であるトレーナーという職業団体の中でも、筋金入りのウマ娘ファーストである桐生院葵だからこそ、最終的に私の意見を汲むという打算があったのは確かである。
だからこそポロっと零した『1人暮らし』という言葉に着目し、『どうしてもダメというならば私の実費でタクシー呼んで桐生院の本邸まで連れて行く』という恫喝紛いの私のセリフで遂に折れた。
「……わ、分かりました……。流石に実家は色々と面倒なことになりかねないので、それであれば、私の住むマンションの方がまだマシです……」
なお私達は車で来ていなかったので、やっぱりタクシーを急遽呼ぶことになって、支払いは、お互い全額支払おうとして揉めに揉めた上で結局折半になった。
*
そしてトレセン学園からそれなりに近いオートロックのマンション。トレセン学園にはトレーナーの寮も確か完備されていたはずであったが、そちらではなく自分でマンションを借りていたらしい。何というか桐生院本家の意向っぽさを感じる。
で、部屋の前にて桐生院トレーナーは最後の抵抗を試みる。
「あの……サンデーライフさん。10分! いや5分で構いません! 部屋を掃除する間、待っていてくれませんか!?」
多分、この申し出が桐生院トレーナーではなく、もっとズボラな人間の言葉であれば私は受け入れていた。
しかし、桐生院葵という人物を私はアプリの中で知っていた。彼女は一種の完璧超人である。
ウマ娘のトレーナーとして食事管理を行う必要から料理はマスターしていて、一度食べたスイーツバイキングのパフェのレシピをほぼパティシエ顔負けのクオリティで再現したりととにかく色々と規格外な人物なのである。
だからこそ、彼女の部屋が掃除をしなければならないほど散らかっているのだと言うのであれば、必ず理由はある。
そして。その理由は多分――私。
「……何を隠そうとしているのかは大体見当は付いていますが、それでも掃除をするというのであれば、私はきっと貴方に新しい玄関の鍵をプレゼントすることになるでしょうね……今のものが壊れた後でになりますが」
ここまでやってしまった時点で、強硬策を取り下げるつもりは皆無である。そして桐生院トレーナーも大人しく私が引き下がるとは本心からは思っていなかったようで、項垂れながらも確かに玄関の鍵を解錠したのであった。
――部屋の中には、無数の散乱した資料が転がっていた。
それは水族館のパンフレットや、その水族館の過去のイベントをまとめたもの。更には個人ブログの記事やウマスタでの感想などですら、あの水族館に関わるデータがご丁寧に印刷されファイリングされていた。
テーブルに置かれたA3サイズの用紙に印刷された館内マップには何度も修正された形跡がある想定コースのシミュレーションが数十パターンも記載されていて、それ以外にも水族館の周辺のお店なども事細かに調べ尽くされているのが見て分かった。
……やっぱりか。
「桐生院トレーナー」
「……はい」
「取り敢えず、寝て下さい。貴方が起きてから話は聞きますから」
誰がどう見てもオーバーワークの痕跡が、この家にはありありと残っていたのである。
*
桐生院トレーナーは、相当気が張っていたらしくほぼ気力と根性で頑張っていたようで、私に大体の絡繰りがバレたこともあり、ここまでの抵抗とは反面に存外あっさりとリビングの隣にあった寝室にて眠りについた。
今の時間は昼の12時過ぎ。この時間にこれだけあっさり意識を手放せるということは身体的には疲労が積み重なっていたであろうことは容易に想像がつく。絶対、お昼寝とかしない性質の人だろうからなあ、桐生院トレーナー。
ちらりと桐生院トレーナーの様子を窺うと首元がキツそうだったので、彼女の服のボウタイを外して腰のリボンも緩めておく。お出かけ用の服のまま寝かせちゃったけれども、部屋着か寝間着に着替えさせた方が良かったなあと今更ながら思ったりもするが、無理に起こしたときに二度寝する保証が全くないのでこのまま寝かしておく。
で、何だかんだ一段落がついたので、ほっと息を撫で下ろした瞬間に『うわー……やってしまった……』という後悔が襲う。
彼女が身体的に無理をしていると察しがついた段階で、正攻法で休むことを勧めても絶対大丈夫と言い張るだろうという確信と、無理に解散した場合逆に桐生院トレーナーのメンタルにダメージが入るのが明らかだったため強硬策に出てしまったが、起きた後にどうしようかという悩みも大きい。
ただ、もうこうなっては後の祭りでしかない。それに、まだ何も解決していない。
だってさ。ここまで緻密に計画を練ってくる以上は、私に何か伝えなきゃいけないことがあるってことでしょう。仲良くするだけだったらいくら桐生院トレーナーであってもここまですることは無いはず。
でもこれだけ根を詰めていたのだから、それはきっと私にとって不都合な話なのだろう。うん……どんな話が出てくるのか分からないけれども、ここまでやった以上は覚悟が出来た。
でも……まあ。桐生院トレーナーが起きるまでの間。私は何をしていようか。
*
やることも特になかった私は、散乱していた今日の遊びのスケジュールプラン資料の片付けをしていた。ちらっと寝室を見た限りでは、そちらには紙が放置されていたりはしなかったので、仕事の資料を寝室まで持ち込まないタイプなのだろう。……いや、今回の場合、一切寝室に立ち寄らずにここ数日リビングで過ごしていた可能性すらあるか。このリビングにノートパソコンやプリンター、寝られなくもない大きさのソファーと、ちょっとサイズの大きいひざ掛けも置いてあるし下手したら後者の可能性のが高いかもしれない。
一応、他に部屋もあるかどうか確認したけれども、多分1LDKだ。でもキッチンがI型の広々としたキッチンでリビングも1人暮らしにしてはそこそこ広いと思う。バス・トイレ別で洗面台まで完備されていたから、ぶっちゃけ滅茶苦茶良いマンションだ。
あ、お手洗いついでで洗面台を使ったときに歯ブラシは1個しか無かったから、多分ハッピーミークも泊まり込むことはほとんど無いのだろう。そんな場所に関わって1週間程度の私がずかずかと入り込んだのだから、ちょっと冷や汗が出てくるね。
それと、本当のことを言えばドラッグストアに行って内服液とか買ってきたいところなんだけれども、このマンションってオートロックだったから出るに出られない。まあ恐らく寝不足なだけだろうとは思うけど、仮に体調不良があったとしても隠してくるだろうしなあ。
ただ実際病気でも何でもなかったのに、私が病気を心配していたってバレるとそれはそれで責任感じて落ち込みそうなタイプでもある。起きたときに軽く聞くくらいで良いか。
で、冷蔵庫を開けて食器棚からコップを取り出してジュースを開けておく。家主の許可を得ずにこういう場所を漁るのは良くないとは思うけど、だからといって私が飲まず食わずでいたらむしろそっちのが罪悪感を抱かせてしまいそうなので、多少は傍若無人に振る舞っておこう。飲み物とお菓子を少し摘まむくらいだけど。
リビングの掃除、と言うか書類を片付けて部屋の隅に置いておく程度のことはものの数分で終わってしまって、やることが無くなってしまったので適当に本棚にある本でも読んで起きるのを待つことにした。
……全部、トレーニング関係の本じゃんこれ……。
*
ウマ娘の聴力は優れている。
だから桐生院トレーナーが発した明らかに寝返りとは違う質の衣擦れの音を私の耳は感知する。時間潰しのために読んでいたトレーニング教本を脇に置き、寝室へと入る。
「……起きました? 身体がだるいとか、そういう感じは特に無いですか?」
「いえ……特には……って! サンデーライフさんっ!? ……え、あ、いや。そうでしたね……私は、まだ契約していないウマ娘を自分の部屋に招いてしまうなんて、トレーナー失格です……」
「うーん、流石に私の方から強引に詰め寄った自覚はありますので、桐生院トレーナーは別に悪くないとは思いますが……。あ、そうでした。勝手に冷蔵庫開けてしまって申し訳ありません。時間も時間ですし、起きたらすぐ食べられるものを作ってしまおうと思っていたのですけれども、食欲あります?」
「冷蔵庫は別に構いませんが……って! トレーナーたる者、ウマ娘に料理を作らせる訳にはいきません! というか、そもそもここ、私の家ですからお客人にもてなしをさせるなんて――」
多分私が逆の立場でも同じようなことは言うと思う。いや『家に連れて行け』って脅迫された相手にこういう反応は出来ないかもしれないけど。
私が厚意でやっていると伝えてもおそらく桐生院トレーナーは退かないので、強めの言葉を使う。
「……寝不足のまま一緒に遊びに来た人に、起きたばかりで火元を任せられると思います? 買い置きの乾麺のスパゲティがありましたから、それで良いですよね?
あと、お化粧そのままで寝かせてしまったので、多分そちらを優先した方が良い気はしますが……お洋服についても部屋着か何かに着替えた方が良いかと」
ぶっちゃけそこまで酷いことにはなっていないが、とりあえずなし崩し的に料理の時間を確保するための方便である。
寝返りとかもあまり打っていなかったし、色移りとかはしていないはずだけれども、まあ本人からしてみれば鏡を見るまで分からないしね。案の定、そちらを直しに寝室のドレッサーと洗面台とを慌ただしく往復することとなっていた。
*
幸い桐生院トレーナーは料理をするタイプの人間の冷蔵庫の中身であったので、私も困らずに作ることが出来た。
コンソメ味のスープスパゲティ。ベーコンと玉ねぎと冷凍食品のミックスベジタブルが具材のシンプルなもの。深皿にパスタを盛り付けて事前に作ったコンソメスープを注ぐだけという簡単なものだけれども、ミックスベジタブル効果で結構色鮮やかに見える料理だ。
味は薄めにしておいた。桐生院トレーナーの味覚が全然分からないから濃い味が好きなら塩コショウで調節してもらえるように。あと、寝起きでガツンとした味はキツそうというのもある。
時計は既に夕方の4時を回っていた。お昼ご飯というか、遅めのおやつのような時間である。桐生院トレーナーが寝ていたのは4時間弱くらいか。
「……サンデーライフさん。本当に、何から何まですみません……。部屋の片付けもしてもらったみたいで……って、凄いっ! 美味しそうですねっ! よくあれだけの短時間でここまで……」
この人、自分の料理のスキルもかなりあるはずなのに、それを棚に上げて他者を褒めることが出来るのだから凄いと思う。自分でも出来ることで相手を評価するというのは意識してても中々難しいのに、それを容易くこなせるというだけでもトレーナーという職が天職なのだろうということがありありと伝わってくる。
それで『冷めないうちに食べよう』なんて照れ隠しの定型句を私は口から出して。
2人の『いただきます』という声が、1人では広すぎるリビングに響いた。
……食レポ? イヤだよ、自分が作った料理を自分で解説するなんて恥ずかしいし。
*
「――それで、結局。今日の『本題』は一体何だったのですか、桐生院トレーナー?」
「……流石に気が付いていますか」
「ええ。ですが、何か私にとって不都合な事実を伝えるために用意された場であることまでは分かりましたが、内容までは分かりませんでした」
最後の最後の詰めだけはしっかりと直球勝負の言葉をぶつける。あれだけの予定を立ててまで伝えたかった言葉が何か、というのが私は気になった。
桐生院トレーナーは案の定沈黙した。が、それでも、
「そこまで分かっていらっしゃいますか……」
という小声はしっかりとキャッチする。けれども、私から特にアクションはせずに、彼女が話すのを待った。
ほんの数秒だったかもしれないし、もしかしたら1分以上の長い長考だったかもしれない。それだけの時間感覚を狂わせる緊張感がそこにあった。
そして桐生院トレーナーは口を開く。
「――サンデーライフさん。
貴方には『トレーナー不信』になりかねない要因が溢れかえっています。もし通常の育成方針を取った場合、きっとそのトレーナーと契約を解消することになるでしょう。……完全放任型のトレーナーでようやく不満を持ちながらも関係維持、といったところになると予想されています」
「……えっと? どういうことでしょうか。
与えられたトレーニングを満足にこなすレベルにない、ということですか。それとも、現状の私の自主トレーニング手法が致命的に一般の指導方針と乖離しているということでしょうか」
「……ううん、そうじゃないのです。むしろ、逆、と言いますか――」
そこで桐生院トレーナーは一旦言葉を区切って、ひと呼吸おいた。
「サンデーライフさんは、もし。
『これ以上やったら危険』だとか『怪我をする』という自己判断がある身体状態で、もしトレーナーがトレーニング続行を要求した際に、その指導を遵守することが出来ますか?」
「……」
私は答えに窮した。……多分、守れないだろうし、それをされた瞬間にそのトレーナーに対しての信頼度が下がるだろうと想像できたからである。
「トレーナーは全知全能の神ではなく、一切の過ちを犯さない上位存在などではありません……ただの人間なのです。
だからこそ判断ミスをする場合もありますし、時には貴方の判断の方が上回ることだって起こり得ます。あるいは、それが危険であるという貴方の直感も正しい上で、多少のリスクを許容して負荷をかけるトレーニングを選択することだってあるでしょう。
でも。いずれの理由であったとしても。
サンデーライフさんの判断能力と異なった結論を出したトレーナー判断によって、万が一貴方が怪我をした場合、きっと二度と。貴方はトレーナーという存在を望まなくなるでしょう」
その桐生院トレーナーの推察はかなり高い確率で事実だと言えるだろう。もし私が同じ状況に置かれたとしたら、きっと……ううん。絶対に『トレーナーなんて必要ない』って思ったはず。
あるいは私が下した判断とトレーナー判断が同一だったとして、両者ともに誤っていた場合でも、きっと私はトレーナーに不信感を抱く。
――そう。先ほど桐生院トレーナーに対して使った表現だ。
『自分が出来ることで相手を評価する』というのは難しい。
今まで私が1人で出来ていたこと。それと同等のことをトレーナーと共に成し遂げたとしてもきっと私はそれを当然のことと捉えるし、自己判断よりも劣っていれば不要だと考える。自分の判断と完全に同一であったとしたら、有っても無くてもどちらでも良い存在にしかならない。
だって。私にとってのトレーナー像というのは。
……アプリのトレーナーであり、生身の人間では無かったのだから。
『目覚まし時計』という
そして、そのアプリトレーナーですら、友情トレーニングなどのシチュエーション次第では怪我の可能性があるトレーニングに突っ込ませたりもする。
にも関わらず。私の中でトレーナーとは『成功へと導いてくれる存在』といった願いを叶える神のような相手だと漠然と捉えていた節がある。そして、それがトレーナーに求める基準となっていて、中央のトレーナーならばそれなりの実力があれば出来ることだと無意識で考えてしまっていた。
もしその認識のまま専属トレーナーが付いたら、きっと私は――大変なことになっていただろう。
……なるほど。確かに、この事実を私にどう伝えるかは悩むに決まっている。
それは寝不足にもなる。
「……でも。むしろ、だったらどうして、そんな私のトレーナーになろうと……桐生院トレーナーは私をスカウトしようと考えたのですか――」
「そうですね……。理論立った言葉と、甘い言葉……今、どちらが欲しいですか?」
ほんの少しの茶目っ気が乗せられた言葉。
その2択であれば、私が選択するものは決まっていた。
「……甘い言葉で」
「えっ!? そちらを選ぶのですか!? ……でも私が言い出したことですしね、分かりました。
――サンデーライフさんの見ている夢を、私にもちょっとだけ見せて貰えたら嬉しいなって気持ちになったからですね。
一応、形ばかりはトレーナーとしてスカウトはしましたが、別に私のことをトレーナーだとは思わなくて構いません。
……でも。
貴方が夢を叶えるそのときにもし隣に誰かが居たら、もっと素敵なことだと思いませんか?」
それは、確かに――うん。
『日曜日のような毎日を過ごす人生を謳歌する』ことと同じくらい、素敵で楽しそうで……そしてそれ以上に甘い甘い夢のような話だった。
*
「――さて! 甘い話の後にはお口直しが必要ですよね! サンデーライフさん、今日の夜はカニ尽くしですよ!
遠方の料理屋さんを予約していますから、さぁ行きましょう!」
「カニ? ……え、どうしてですか?」
「えっ? 一番の好物なのでは?」
どうも桐生院トレーナーは、バンブーメモリーやゴールドシチーとの一件で何か勘違いしているらしかった。
あー……カニね。好きか嫌いかの2択だったら、まあ好きになるけどさ。
でも一番って言える程、食べるものでもないよね、カニ……。