強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第25話 指導は常に改良せよ

 カニの料理屋さん自体は予約していたって話だから結局行きました。でも、今更だけど水族館見に行ってからのカニというローテーションは本来だったら中々にえげつないものだと思う。多分その間に色々と仕込んで印象を薄くしていたとは思うけどさ。

 色々ぶっ壊したおかげで、完全に結果論だけど水族館に行ったことが今日の出来事とは思えないくらい濃密さがあって気にならないから全然良いけどね。

 

 最大の懸念点が伝え終わったこともあって、お互いにどこか肩の力を抜いて話すことができるようになったと言うか、それまで配慮という形で存在した、見えないけれども、しかし厚い障壁が1枚取り払われたかのような感覚があった。

 だからこそお互い話が尽きることは無かった……まあ、遠慮が薄れたということで8割くらいは私のことについての話なのだけど。

 

「……サンデーライフさんの最終目標って『とにかく楽をして生きる』ことだったのですね……。それで現役引退後遊んで暮らせるだけのお金を賞金で集めようと……。

 なるほど! だから、競走ウマ娘以外の道にあまり興味が無いご様子で!」

 

 聞けば、生徒同士では分からないが、トレーナー同士の間で私を認知しているものからすれば、色々有形無形の様々な進路を提示されつつあるのに、そのどれに対しても興味・関心が薄いことが気になっていたらしいとのこと。

 ただ多くの競走ウマ娘が、引退後のことは考えていなかったり、棚上げにしていたりするので私もそのタイプだと思われていたが、『自分自身のヒモになる』という引退後プランがあることで、それまでの態度に納得がいったみたい。いや、これをプランと言って良いのかは知らない。

 

 

 他にもウマッターが非稼働の理由を聞かれて、フォロワー増えすぎていて怖いって答えたら、

 

「ウマートは返信出来る人を限定したり出来ますし、もっと広い範囲で情報をシャットアウトしたいならば、携帯端末側のフィルタリング機能などに競技ウマ娘用のプランがありますね! 有料ですがトレセン学園経由で出せば補助金もあったはずです……確か、それくらいなら全体のトレーナーでも頼めばやってくれると思いますが……すみません、周知が行き届いてないかもしれませんね。

 専属のトレーナーが居る娘たちだと、トレーナーに管理を任せる人も居ますね。ミークは、自分で文面を考えて投稿前のチェックだけ私にお願いしていましたが……」

 

 いやあ、知らない情報がどんどん出てくる。まさかSNS対応についてもトレーナーに相談して全然問題ないとか、そんなの分からないよね。

 

 それと真面目な契約後の話もした。

 

「桐生院トレーナーのスカウトを私が受け入れた場合って、その後どんなトレーニングメニューを考えていましたか?」

 

「ああ、そのことなのですが。確かに制度上、私はサンデーライフさんのトレーナーという形にはなりますが、実際は……そうですね、サブトレーナーのようなものだと考えて頂ければ。

 色々と私の方からご提案はするかもしれませんが、それを取り入れるかどうかの判断はサンデーライフさん。貴方の自己判断に一切お任せいたします!

 貴方が競技者であり、同時に自身のトレーナーでもある……なるべくこれまで通りでありつつも、負担が大きくなりすぎないように出来れば! ……って思っています」

 

「……自分でこう言うのもアレですが、物凄い譲歩されているような……」

 

「いえ! トレーナーとウマ娘は一心同体ですから!

 不本意なことを押し付けては、成功するものも成功しませんよ!」

 

 

 改めて、こういうバックアップ体制を桐生院トレーナーに選択させている現状を省みると、私って実は因子継承でスキルを貰うまでも無く、とんでもなく気性難だったのかもしれない……という結論しか出てこなかった。

 

「その前提の下で、貴方のことをスカウトするまでは色々とご提案する内容を他のトレーナーさんにも話を伺って考えていたのですが……。正直、障害転向という選択肢は想定外でした――」

 

 障害転向は、本来であればもっと平地競走で負けが込んでから決定するものだ。だから、前走で曲がりなりにも勝利している私が選び取るものだとは普通考えない。なので度外視して考えた――というかそもそも発想の外側にあったものだろう。

 ということで障害転向ではなく、平地競走継続時に想定していたプランが発表される。

 

「……私達トレーナーの内々で考えられていたプランは主に3つです。

 1つは、恐らくこれがかなり一般的であり大多数のトレーナーが貴方を担当する場合に、課したであろうもので――長期間のトレーニング期間を設けるというものです。

 まあ、今日伺った話の限りですと、どうやらこれは最も悪手であったみたいですけどね……」

 

 オープン戦で戦える実力が付いていないという共通理解の下で、話を進めるならば『勝てないなら練習に専念しよう』という発想になること自体は、確かにあり得ると思う。

 しかも新規でトレーナーが付いた段階なのだから、お互いのスタンスを理解して徐々に擦り合わせていくという意味でも、腰を据えて二人三脚でやるという判断は納得のものだ。

 更に加えて、私がほぼ1ヶ月1レースペースでレースに出走していたことを鑑みれば、普通に考えれば身体に負荷がかかっている可能性も考えられ、トレーニングと並行しつつ休養も挟むことで、身体バランスを整えるという方針でもある。

 

 成程、客観視すれば、それがベストに見える。私の出走データと、そこから導き出される実力。それを両天秤にかければ、この結論を出す気もする。

 ――ただ、そこに私という個は存在しない。

 

 長期トレーニングを行った場合、レース出走経験の多さという私の強みが確実に損なわれる。基礎能力不足を実戦経験でも補っていた私にとって、その点で他の子と差異が無くなるというのはそこそこ致命的なことだと思うし。

 

 何より、このプラン。長期トレーニングで思った成果が上がらなければ、そのまま引退だ。トレーニングで実力が補えなければ実力不足・実戦不足のウマ娘が完成し、更には長期未出走でレース出走抽選で基準となる収得賞金の積み重ねも出来ていないから、出走選択肢が限られてしまう。

 私の現役期間中にとにかくお金を稼ぐ、という目標にこの方針は全く沿っていないのである。

 

「それと、サンデーライフさんの身体には、ほとんど疲労の蓄積は見られませんでした。だから身体を休める必要も――」

 

 付け加えられるように言われたこの言葉。……これを調べるために桐生院トレーナーは、最初に様々な検査とかをやったのか。

 レース頻度が高いのに疲労が蓄積していなかったのは、私が比較的健康体である事実以上に、レース後、1週間程度のクールダウン期間をしっかりと設けていたのが大きいようであった。数日の完全休養と、元のトレーニングに戻すのにしっかりと時間をかけていたが、実際、自己管理のウマ娘はその休養期間に焦れてどうしても疲れが取り切れないままトレーニングを再開する子が多かったり、あるいは専属トレーナー持ちでも自主トレーニングの量の多寡に左右されたりするようで。

 

 私の場合、闘争心自体が希薄だから、そういうライバルの成長とかの焦燥感みたいなものに無縁だったから多分のびのび休んでいただけだとは思うけども、これって結構なレアケースなようだ。

 

 

 そして次の仮想プランの説明に移る。

 

「2つ目は、ダートのスプリンター路線を主戦に切り替える、というものですね」

 

 これは戦績からだろう。どういう状況で勝利したのかを無視すれば、私が勝っているのは短距離戦のみ。であれば、そこを主戦にすれば良いという考え方だ。

 ただダートのスプリントというのが、この世界線における最強の一角となりつつあるハルウララの本来の戦場であり、ハルウララを回避しようとした他のウマ娘との競合があり得るというのが危惧要素である。

 

 実際、私に短距離路線が向いているかどうかというのは分からない。というか適性は平準化されているはずだから多分違いは無いと思うが。

 けれども、逆にトレーナー側の育成方針に向き・不向きという傾向もあるので、そこを踏まえるのであればトレーナー都合による路線の固定化という選択肢はあり得る。

 

 ……まあ私が短距離戦を多く選んでいたのって、短い距離のコースに前残りの傾向が強くて、出走ウマ娘自身の能力がそれほど高くない状況では、戦術の強弱が明瞭化されているから、それを基幹として作戦が練りやすいからという理由が多くを占める。

 だからオープン戦以降のハイレベルになったレースにおいては、これまであった逃げ・先行の優位性は低下していき、各々の脚質で対応してくるようになってくる。

 だからこの路線も別段、私にとって心を揺るがすものではない。悪くはないけどだったら現状維持の方が良いかなってレベルの話だ。

 

「3つ目は、アイネスフウジンさんのトレーナーがおっしゃっていたことになりますが……。

 『阿寒湖特別』で魅せた末脚が気になるから、もう一度同じ距離の札幌・芝2600mを試したい、という短期方針ですね。

 この場合、少々近いですが9月前半の『丹頂ステークス』に出走登録することになるでしょう。

 ――そして、私も本来はこの路線を提案するつもりでした。まあ、サンデーライフさんが、障害転向するということで今となってはあまり意味の無い話ですけれどもね……」

 

「いや、物凄い考えてきてくれていたのに申し訳ないですね……」

 

 

 この3つ目の提案は、多分。桐生院トレーナーが立候補しなければ、アイネスフウジンのトレーナーさんが私を引き受ける手はずになっていたことをも示しているだろう。とはいえ同期ウマ娘2人という負担は大きいから、きっと私の方は補助的な指導になったと思う。ダービーウマ娘云々を抜きにしてもメイクデビュー前からの付き合いだろうし、あの2人。

 確かに、スリップストリームによるスタミナ消費の軽減と、それによる最終直線での僅かな伸び脚については今後も実戦において試したいものであった。その辺りの意図をしっかりと汲んでいる辺りは、成程、確かに障害転向以外ならば、札幌レース場再挑戦というのもアリな選択肢である。

 

 これの問題点はあくまで短期目標なので、結局『丹頂ステークス』が終わるまで問題を先送りにしているだけという点。

 

 

「――でも。桐生院トレーナー。

 貴方はきっと。私が障害転向するという話を聞いて、たった1週間でそのプランについても検討しているのですよね?」

 

 多分、これも彼女が寝不足であった理由の1つ。

 

「……あはは。まだあくまでも私案に過ぎないものでよろしければ。

 障害競走初挑戦ということですので、最低でも2ヶ月程度はトレーニングに注力せざるを得ないでしょう」

 

 ――2ヶ月。

 まあ大体それくらいかなと目星は自分でも付けていた。ここまでは予想通り。

 

 

 しかし、次の発言は度肝を抜くものであった。

 

「……しかし、障害転向初戦の勝率は極めて低いです。

 ですので初戦は馴らしと割り切って捨てます。そして、翌週に同じコースでもう一度障害未勝利戦に挑戦しましょう!

 ……つまり、『連闘』ということですね」

 

 

 平地競走の長距離レベルが短めの距離となる障害競走においての連闘――2週連続レース日程の提案。

 

 それは、私の感覚からでは導き出すことのできない判断。

 それこそ、桐生院トレーナー自身が言っていた、私が危険だと自己判断する内容であった。

 

 

 

 *

 

 理由を求めるよりも早く、桐生院トレーナーはデータを出してきた。

 

 それは未勝利戦障害競走の5年間の累積データ。

 前走が平地競走であるウマ娘と障害競走であるウマ娘の勝率を比較すると後者の方が3倍高い。障害経験者の方が圧倒的有利になるのである。

 これは直感的にも分かる話だ。

 

 そして同じコース。これも別のコースを前走で走ったウマ娘よりもやや高く1.4倍程度。経験したレース場の方が有利となると思えば、それも納得のいく話である。

 

 ――最後に連闘。

 そこにはとんでもない数字が記載されていた。

 

「……連闘ウマ娘の連対率約25%……。これ、本当ですか?」

 

 桐生院トレーナーを疑うつもりは無かったものの、障害未勝利を連闘したウマ娘はおよそ4分の1の確率で2着以内を取る……という驚愕のデータがそこにはあった。

 

「あはは……でも一応裏付ける理由はちゃんとあるのですよ?

 まず何よりも出走判断をしている時点でそのウマ娘自身がタフであることの証明になっております。身体上の不安を抱えながらレースを強行する方も残念ながら存在するのが今の現状ですが、そういう健康に支障のある方は本人もトレーナーも含めて絶対に連闘の判断はしません。だから逆説的に連闘で出てきている時点で身体の調子は優れているのです。

 レースの開催日程から言えば連続した週になりますので同一コースになる可能性が高いですし、それと連闘が『可能』ということは未勝利戦の抽選を勝ち取っていることになりますので前走で入着している方が多いのですよ」

 

 健康面と興行日程上の優位性、そして更には抽選制度から見える前走好走率の高さ。それらが連闘ウマ娘の勝率に直結していた。

 

 ――何より。これらの判断の価値基準は疑いようも無く、私の思考プロセスに合わせたものであることが明らかだ。

 

 

 『指導は常に改良せよ』

 

 確かに桐生院葵という指導者は、その心得に忠実に従って、ハッピーミーク育成時とはまるで異なる育成プランを私に提案してきている。

 

 これ程のものを見せつけられてしまっては、彼女以外に私はトレーナーの選択肢は無く。

 

 翌日トレセン学園に戻った際に、日曜日でありながらトレーナー契約に必要な書類は全部書き上げて、翌々日の月曜日には書面上は正式なトレーナーにスカウトを受ける形で、私の専属トレーナーが生まれたのであった。

 

「――では、桐生院トレーナー。これからよろし――」

 

「うーん……、やめましょう! そのトレーナーと言うのは。

 私はあくまでも貴方のサポート役でサブトレーナーに過ぎません。例え形だけであっても『トレーナー』と呼び合うのは私達の間では不適切かもしれないです」

 

 

「……じゃあ、葵ちゃんで良いですか?」

 

「えっ!? ちゃん付けですか!? ……まあ、それが良いなら良いですけれども。

 ではサンデーライフさん……ううん、サンデーライフ。貴方のこともこれからはパートナーとして接します。

 

 あ、サンデーとか、ライフとか略して呼んだ方が良いですか?」

 

 

「あー……フルネームでお願いします。多分他だと呼ばれても対応できないので……」

 

 

 名前に『サンデー』が入る子も『ライフ』が入る子も結構いるからね、この学園。

 それ単体で呼ぶと何人も振り向くと思う。何より『ライフ』は、ライスシャワーの『ライス』と発音がかなり近いから聞き間違えてスルーする気がするし……。

 

 それを思うとマヤノトップガンの『マヤノ』呼びとか、サイレンススズカの『スズカさん』呼びで良く彼女たちは反応出来ていると思うよ。あれらは冠名だから、言うなれば『おはよう、メジロ!』って呼びかけているのと一緒なのに。

 


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