強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
「……葵ちゃんから見て、パーマーさんってどういう印象なんです?」
メジロパーマーの出走が決定してから私は葵ちゃんとのブリーフィングタイムに突入した……外に漏れるとまずい話なのでトレーナー用に与えられた個室で。
正直、現時点でのメジロパーマーの戦績自体は後々春秋グランプリ制覇をするとは思えないようなものである。ジュニア級時代にオープン戦で1勝上げているが、それ以外は未勝利戦の勝利のみだ。後はギリギリ着内に入れるか着外かというラインで推移している。
皐月賞、日本ダービーと出走しているメジロライアンや、クラシック級のダートの名優となりつつあるメジロマックイーンと比較するとどうしても期待値が異なるとは思う。なにせ史実競走馬の異名が『遅れてきた逃亡者』なのだから、マックイーン以上の大器晩成タイプである。
「平地では前に付けている方が良い成績を残しているので逃げ・先行型で……一応、中距離中心でレースが組まれていますが……多分、私の印象としてはステイヤータイプかなという気がします。
そういう子の障害転向初戦ということは、ハイペースなレース展開になるかもしれませんね」
ほぼ、読みとしては私と一緒だ。
でも確か史実メジロパーマー号の障害レースは2戦だけだったけれども、障害で爆逃げはしたこと無かったはず。なんだけど、1年ずれてるから何が起こるのかもう分からない。
そんなことを考えていたら、葵ちゃんが私のことを見てにこにこしていた。
「……?」
無言で首を傾げると、葵ちゃんは楽しそうに話す。
「トレーナーの方々と戦術論を交わすことはミークを育成しているときに何度かありましたが、まさか自分の担当とこういうところで深い話が出来るなんて夢にも思っていませんでした! とっても楽しいですっ!」
「……葵ちゃん、口開けてください」
なんか気恥ずかしいことを言ってきたので、この個室に最近常備している飴を葵ちゃんの口に突っ込んだ。ちょっと減っているところをみると、多分ハッピーミークも私の知らない間にこの飴を舐めているっぽい。
で、葵ちゃんは顔を少しだけ赤くするが、絶対に拒絶はしないので餌付けしているみたいな楽しさがある。
改めて考え直す。ジュニア級時代だがメジロパーマーとは1戦しており着順では負けている。だから福島の短い障害飛越後の1ハロンの争いにしてしまうと不利なのは多分、私。
逆に数少ない私の優位点は、連闘だからコースについての把握は私の方が上、ということ。他の障害ウマ娘については大きく秀でた者はおらず、パーマー以外をマークしようとするとかなりの人数に気を遣う感じになってしまうから、パーマーのことだけを考える。
となると、やっぱりパーマーよりも先行する形で動くのがベストだ。やっぱり作戦は変えない方が良いかな。
「サンデーライフ」
「どうしましたか、葵ちゃん……むぐっ」
私の口にも飴が入れられた。ここで私の思考を妨げてくるということは、あんまり1人で抱え込むなということだろうか。
「……私達は順位を目標にしていないのですから、もっと気楽にレースに臨みましょう! 折角の再戦なのですから、もっと楽しんだ方が良いですよっ!」
「……そうですね」
「でも、何も課題が無いというのもアレですので……。
バ場状態が良バ場なら、前走よりも良い走りを出来るようにしてみる! ……というのはどうでしょうか?」
うーん、漠然としているなあ、と思っていたら葵ちゃんも同様のことを考えていたらしく、視線が交差してお互い軽く笑い合ったりした。
*
――と、そんなことを思い出しつつゲートインする。今回1番人気はメジロパーマーで、2番人気が私だった。ただし結構僅差。
向こうが障害初挑戦という大きなビハインドを背負っているものの、私は一回直接対決で負けている上に、前走重賞7着のパーマーと、オープン戦戦績は鳳雛ステークスの11着しかない私では平地戦績では明らかに分が悪いからだ。
障害では私のが有利とは言っても、実際今日が障害レース2回目だしね。
「……各ウマ娘、スタートしました! 9名のウマ娘がまず最初のハードル障害へと向かいます! 先頭はサンデーライフとメジロパーマー、この両名がぐんぐんと上がっていきますね。これはもしや……」
「平地でも活躍しておりました2人がレース展開を作る……となりますと、かなり早いペースで推移するかもしれません。注目です」
パーマーがどこまで追ってくるのか分からないのでスタートから徐々にペースを上げて様子を見る。最初の飛越があるので、この時点では『大逃げ』と呼ぶべきペースにするつもりは無い……が。パーマーも動き出しが速い。
「さあ、最初のハードル障害。各ウマ娘、踏み切って飛越しまし――おっとメジロパーマー飛越がかなり低い! 殆ど引っかかっているように見えましたが、これは――」
「隣のサンデーライフはかなり高く飛越を行う子ですので、余計そう見えるというのもありますが……いえ。メジロパーマーやや失速していますね、これは竹柵を無理やり掻き分けたと見て良いでしょう」
――何か障害飛び越えるときに、ズガガガガって明らかにヤバい音が隣からしたんだけど!?
流石に音にビビって隣を反射で見ちゃったけれども、パーマーが竹柵にほとんど突っ込んでいるみたいな有様で強引に突破した様子が見えた。
視界の端に映った後方のウマ娘たちも、その音と様子にビビって完全に委縮してしまっている。私を含めてパーマー以外の子が『大丈夫なのこれ……?』という不安の表情で、レース中にも関わらず視線を交わしているという異常事態。
私の飛越は高さはどうしようもないものの、踏み切り位置については大分改善されたはずなのに、そこに意識が向かないくらいは衝撃的なものだった。
そう言えば史実のメジロパーマー号も飛越が下手だったっけ。それならそれで好都合だと、ここから一気にペースを上げる。
「さあ一番手のサンデーライフ。第4コーナーから第3コーナーに入りながら徐々に加速していきます。『逃げ』にしてもかなり早いペースですね。これは、もしかして――」
「ええ、彼女の『大逃げ』は久しぶりですね。ですが福島レース場での『大逃げ』は平地競走で一度見せております。ただ……1人追走しておりますね」
「メジロパーマー、大逃げするサンデーライフに追走しております! 速力勝負なら受けて立つ、といった心意気で前を行くサンデーライフに迫り……外から並走しております! 3番手とは5バ身、6バ身と刻一刻と差が開いていく!」
ダートコースを横切り襷コースに入る際に後ろをちらりと見る。かなり縦長の展開になったな。このペースなら後方からの差し返しは気にしなくても良さそうだ。
「先頭2人の前方にはグリーンウォール。踏み切って飛越しました。――いや、ここもメジロパーマー、ひやりとする飛越でした」
人工竹柵は、普通の竹柵ハードルよりももっとぶつかったら痛いのに、結構ギリギリな感じでメジロパーマーは突っ込んでいた。ちょっとちょっと、これ対戦相手のことながら怖いって! そういうタイプのデバフの掛け方があるとは。
しかし、3番手以降に大きく差を付けている私達2人が、揃って障害ヘタクソと来た。片やメジロパーマーは単純にジャンプが下手で、片や私は障害物の目測が下手で飛越が高すぎ。
こんな1番人気と2番人気で良いのかな……。
*
「サンデーライフとメジロパーマーの2人が作る超ハイペースなレース展開に3番手以降との差は……飛越時に迫るもののその後の走りで再度突き放していく!」
「メジロパーマーは障害にぶつかっているので大きく速度低下をしながらも強引にペースを上げておりますし、サンデーライフも飛越が長いので踏み込みと着地でのロスが大きいですが、両名ともにそれを物ともせず先へ先へ進んでおりますね。
これだけ後続と距離が空いてしまうと、最終直線で取り戻すのは余程この2人が失速しない限りは難しいかもしれません」
とりあえず中盤まででレースの破壊には成功した。メジロパーマーが喰らいついてくること自体は想定通りであったが、まさか障害にぶつかりながら加減速を繰り返し私に追いすがるとまでは思っていなかった。
私も私で結構、飛越時に速度をロスしながら走っているわけだが、それは大げさに回避しているからで障害物衝突によるエネルギー損失は無い。無意味に長い滑空と、着地時にかかるロスはあるが、それでも前走みたいな踏み切り位置が近すぎるときの急激なブレーキのような飛越から比べれば格段に滑らかだ。
……まあ、後方で数バ身突き放している子たちに比べればヘタクソもいいところなのだけれど。
そして残りの障害は1つ――最終直線にあるハードル竹柵のみ。そしてこの第3カーブから第4カーブにおいて障害は存在しない。
正直、私の走りもめちゃくちゃだが、それ以上にパーマーの方が障害掻き分けによる減速分が激しいからスタミナもパワーも消費を強要出来ているはず。
「メジロパーマーまだ加速していきます! 彼女のスタミナは無尽蔵なのか!? サンデーライフも懸命に追いすがり、しっかりとすぐ後方に付けておりますが僅かにメジロパーマーの方が前か!?」
「……しかし、レースの序盤にこのコーナーを反対側から通過した際の勢いは両名ともにありませんね。体力が削れているのは間違いないですが……しかしそんなペースが下がったはずの今でも、障害の無い区間では後方との差を広げておりますね。見事です。勝負の行く末はこの2人に委ねられたものと見て、ほぼ間違いないでしょう」
ここでスリップストリームを利用してスタミナ消費を軽減する。
パーマーのペースも依然ハイペースなものの、先行させて勝負が終わるようなペースではなくなったので、ここは一旦ハナを譲る。
流石に最終直線での『伸び脚』は端から考慮外だ。あれは体力消費の多い『逃げ』では余程スローペースで推移させないと使用機会が無い。
スリップストリームは最終直線での失速緩和のためのスタミナ温存として利用する。……まあ障害飛越時にパーマーの真後ろは怖すぎるからすぐに移動するけど。
「さて、最終直線に入り、メジロパーマーの外側に回り再び先頭に立とうとするサンデーライフ! しかし、両者競り合いのまま最後のハードル障害へ……踏み切って、飛越します! やはりメジロパーマーの飛越が低く竹柵に脚をとられて減速しますが、この間にサンデーライフ先行! 後は、何もない直線200mを残すのみ!」
福島レース場。最後の200m。
大逃げで1.2mの上り坂。
そして後方から迫る逃げウマ娘。
このレースは障害競走なのに、全ての条件があのときと――アイネスフウジンとの戦いとリンクした瞬間であった。
全てはこの時のため。この時のためのスリップストリーム。
あの時は枯渇したスタミナが今は残っていた。
メジロパーマーとの差はそこまで大きくない。が、彼女は飛越で速度を私よりも大きく落としている。
そう。あの感覚。
――勝利が手に届くところまでやってきたのである。
*
「サンデーライフ先行していますが、その差は僅か! メジロパーマーも登り坂をものともせずに勢い任せで速度を戻していきますっ! これは素晴らしい二の脚です!
残り50。ほぼサンデーライフとメジロパーマー並んだ! サンデーライフか、メジロパーマーか!? 両者ゴール板を同時に駆け抜けた!
これは……どうでしょう? こちらからでは全くの同時にしか見えませんでしたが――」
「……私もここからでは、どちらが先か分かりませんでした――」
ゴール板を駆け抜けた後、少し流して私もメジロパーマーも芝に倒れこむ。
……これは、どっちだ? 自分自身の感覚では勝ったのか負けたのか全然分からない。メジロパーマーも無言で掲示板のただ一点を見つめている。
――確定。
サンデーライフ――アタマ差で2着。
……現在の獲得賞金、4981万円。
*
「サンデーライフ! 君とは2度目のレースだったけど、こんなに楽しい逃げになるとは思わなかったあ! ……全力でぶつかってきてくれて、ありがとね」
横に一緒に倒れていたメジロパーマーが私に握手を求めるように手を伸ばしてきた。私はその手を握り締めて話す。
「……まさかパーマーさんも障害に来るなんて、って思っていましたけど。
私も楽しかったです」
楽しかった……うん。その気持ちは本心だ。
でも、悔しいよね、やっぱり。
「シチーから君のことはよく話を聞いていたしね。後はライアンも。直接面識は無いみたいだけど、同室のアイネスが良くライアンに君のことを話しているみたい」
あー……それじゃあもうメジロ家面子には私の存在しっかり認識されているのね。ゴールドシチーもアイネスフウジンも、どっちも交友関係めちゃくちゃ広いなあ、ほんと。
「……あはは、次が無いことを祈りますが、もし当たったら今度は――って!
パーマーさん、脚が傷だらけじゃないですかっ!? ちょっと血も滲んでますよ!!」
脚だけではなく体操服にも何か引っかき傷みたいなのがあるし、靴なんてボロボロだ。
よくよく考えてみれば、あれだけ障害にぶつかりながらレースしていたのだから当然と言えば当然である。
「いやー、こればっかりは逃げガッツで何とかならないからねえ。大丈夫、痛みはさほどではないから……っとと、サンデーライフ、君もレースが終わった後でしょ? 少し休憩すればすぐに回復するから、無理に私のことを運ぼうとしなくても――」
「こんな傷だらけの脚を見せられて平常心でいられるわけが無いでしょう! すぐに、お医者さんに見てもらいますよ、パーマーさん!!」
流石に引っかき傷とはいえ、血の滲む脚を目の前にしてそのまま放置してターフを去る真似は私には出来なかった。
だからメジロパーマーのことを両手に抱えて、早く医務室へ向かわなきゃ……の一心でターフを後にしたが、その時観客席から大きな歓声が沸いていたことには、いっぱいいっぱいだった私は気付かなかったのである。
*
メジロパーマーの脚の傷は見た目こそ派手に見えたが、実際のところ広い範囲でこすった傷ということで消毒をして軟膏を塗るくらいの処置で済んだ。多分ウイニングライブでもそんなに目立たないと思う。
その場の流れでパーマーの治療に付き添ってしまったが、彼女が派手に障害物にぶつかっていたことは周知の事実だったので、一緒にレースを走った子たちも様子を見に来ていた。
次いでURAの職員の方も来て、医師に異常が無いかどうかの確認を取っていた。まあ、私が抱えて退場しちゃったから、無事なら無事とファンに向けて放送を流さないと不味いか。
で、処置も終わったので控え室に戻ることになるが、大丈夫と言われても不安だったので控え室まで付き添うことにした。まあ彼女のトレーナーも居たから余計なお世話だったかもしれないけどね。なお男性トレーナーで結構スーツでガッチリ決めているタイプだった。
それから数分もしないうちに、アナウンスが流れてファンの喜びの声がこのパーマーの控え室まで届いた。
「パーマーさん、なんか大げさにしちゃってごめんなさい……」
「大丈夫。私のことを心配してくれたからでしょ、サンデーライフ?」
パーマーとともに彼女のトレーナーも私に対して続けて感謝の言葉を告げた。そして、その控え室に申し訳なさそうに入ってきたのは葵ちゃんであった。
「……あー、すみません。葵ちゃん。貴方のことを放っておいてパーマーさんに付いていっちゃいました」
「いえ、それは良いのですが……。って人前でも『ちゃん』呼びなのですか……。
あの多分、些細なことではあるのですけれども……一応サンデーライフと、それとメジロパーマーさんにもお伝えしておこうと思いまして……」
「え、私も?」
レース後に葵ちゃんが私はともかくメジロパーマーにも用があるなんて珍しい。ハッピーミークと関わりあったっけ、パーマー? いや、多分無いよね。今のハッピーミークはシニア級2年目で2年離れてるし、今年はほとんどレース出ていないから接点が出来る気がしない。
それで。葵ちゃんが言い出したことは、かなり予想外のことだった。
「あの……。
『パーマー』『お姫様だっこ』『サンデーライフ』の3単語がウマッターでトレンド入りしていますが……この状況でどうします?
どういうウマートしますか?」
「――えっ、サンデーライフさんのトレーナーさん、本当に? このレースがバズったってことだよね? ちょっと、トレーナーさん私のスマホ取って……ありがと。
……わあお、本当じゃん。すごいね~!」
――結局、この件はこのままパーマーと彼女のトレーナーさんも交えて4人で相談することに。
最終的に良い案が浮かばずに、メジロパーマー案で残った『逆構図の写真をウマッターとウマスタに上げよう!』という提案を鵜呑みすることで私がメジロパーマーにお姫様だっこされている写真を撮ることになったのであった。
ゴールドシチー㋹ @goldcity0416・11分前 ︙
ホント、話題性の塊ってカンジ
186 リウマート 2 引用リウマート 2,328 ウマいね
ゴールドシチーさんがリウマートしました
トゥインクル!Web公式㋹ @twinkle_web_official・1時間前 ︙
【福島・障害未勝利戦にて……】
news.twinkle_web.co.jp/pickup/44773
本日の福島レース場第5レース・障害未勝利戦にて1着になった、飛越時に脚に軽く足を擦りむいたメジロパーマーさんを、2着・サンデーライフさんが『お姫様だっこ』をする形で退場した。
1,499 リウマート 441 引用リウマート 3.1万 ウマいね
ゴールドシチーさんがリウマートしました
サンデーライフ @sundaylife_honmono・4時間前 ︙
本日のレースお疲れさまでした。福島レース場のファンの皆様もありがとうございます。
パーマーさんを持ち上げたアレは無我夢中で衝動的だったと言いますか……でも改めて逆に自分がされる立場になったらすっごい恥ずかしいですね。反省です。
2,016 リウマート 874 引用リウマート 2.4万 ウマいね
ゴールドシチーさんがリウマートしました
メジロパーマー @Mejiro_Palmer・4時間前 ︙
おかえし!!
(控え室にてメジロパーマーにお姫様だっこされるサンデーライフの写真)
1.2万 リウマート 991 引用リウマート 9.7万 ウマいね