強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第29話 生きし王子のためのパヴァーヌ

 流石に2週連続でレースに出たこともあって、休養は長めに取ることになった。次走は1ヶ月半くらい先の12月末ごろに入れようかな、って思っている。中5週から6週くらいになると思う。

 

 そんな週末。私はマヤノトップガンと遊び……もとい、彼女曰くデートに来ていた。

 

「サンデーライフちゃん! もっと寄って、それじゃあ写らないよっ!」

 

「あ、うん……」

 

 来ていたのは、トレセン学園から少し離れた都心のパンケーキ屋さん。オシャレというか、ともすればシックなイメージのお店。でもパンケーキなのでカップルとかが多いわけではなく、客層は私達と同じような学生のグループとか、大学生っぽい雰囲気の女子会とかが大多数だった。でも、男性客が居ないというわけではなく、明らかに女性向けなのにスーツを着た若めのサラリーマンっぽい人が1人パンケーキをウキウキで楽しんでいる姿などもあって、まあつまる所、甘いもの好きの楽園である。

 

 で私達が座った席は、壁側がソファーになっていてもう片方が椅子になっている場所で私が椅子の方に座っていた。2人用のテーブルとはいえ、そこそこゆったりとして広めである。

 だからパンケーキが届いてマヤノトップガンが私と一緒の写真を撮りたいと言って、写真を撮るために一旦マヤが座る反対側のソファーに一緒に座って今に至る。

 頬と頬がぶつかりかねないくらい近づくと、ようやくマヤは満足したのか、スマートフォンを虚空に掲げて、写真を撮る。

 

 撮れたものを見せてもらえば、私達2人と2人分のパンケーキがしっかりと画角に収まっている構図の写真が取れていた。私も自撮り出来るけどさ、少し距離の離れている4対象すべてをしっかりと全部入れるギリギリを攻めたこれは、圧巻というべき技量であり、ある意味では超絶技巧の類だ。

 自席に戻りながら感心していると、マヤノトップガンが私にこう話す。

 

「ねぇねぇ、サンデーライフちゃんっ! 今度は食べているのも撮りたいから、あーんってしてっ!」

 

 友達に食べさせて貰っている構図をSNSに上げるとかファンサービス凄いなあ、と思いながらも、別段断るものでもないので、彼女のパンケーキを切り分けてフォークに差す。

 なお、マヤノトップガンが注文したのは『ほうじ茶のパンケーキ』。生地にほうじ茶が練りこまれていてハチミツの代わりに黒糖と黒酢を混ぜ合わせたシロップがかかっているという、彼女の見た目に反して結構渋いものだ。

 

 そう言えば競走馬時代の好物ってウマ娘にまで反映されるのかな、って疑問がふと生じたが、目の前のマヤにそれを聞くことなく彼女の口元にパンケーキを運ぶ。

 史実マヤノトップガン号の好物は確か蓮根であったと記憶しているが、どうなんだろう。マヤも結構、和風っぽいものが好きなのだろうか。

 

 すると、写真がぱしゃり。構図のリテイクが2回挟まった後に、満足行く写真が撮れたことで、彼女は私が差しだしていたフォークをようやく口に入れたのであった。

 

「……で、どうして今日は私をこうして誘ったの?」

 

 オークスウマ娘であるマヤノトップガンは、正直に言って多忙である。特に今のマヤノトップガンは、ティアラ路線最後の冠である秋華賞に挑んだが、惜しくも入着という形で負けた後なのである。

 なお秋華賞で勝利を飾ったのはファインモーション。Pre-OP戦の阿寒湖特別から僅か2ヶ月でGⅠタイトルを獲得しているのだから凄まじい。それが史実準拠なのだけれども。

 もう1人の史実阿寒湖からのGⅠ勝者であるマンハッタンカフェは、あそこで阿寒湖特別で2着となったことで、菊花賞ローテに乗ることが出来ず、そもそも出走していない。つまりマンハッタンカフェは既に非史実ローテに突入していて阿寒湖特別の後に別の2勝クラスのレースに再挑戦してそこは悠々とレベルの違いを見せつけて突破していた。

 

 ちなみに菊花賞はスーパークリークが持って行った。アイネスフウジンも出走していたが着外。まあメジロデュレンとかナリタトップロード、そしてアグネスタキオンなども居る魔境だったから仕方ない気もするけどね。

 ということで五大クラシックに秋華賞をプラスしたクラシック王道路線&ティアラ路線の頂は、全部私が対戦したことのある相手になってしまった。いや、運悪すぎでしょ私。

 

 

 閑話休題。

 とにかくマヤノトップガンは遊んでいる暇が無い……とまでは言わないが、限られた息抜きの時間にわざわざ私を相手に選んだということは、ちょっと気になる。彼女は天才肌だから正直行動原理が掴めない。

 

 だからこそこうやって直接聞いてみたのだが、当のマヤノトップガンは一瞬目を丸くした後、溜め息を吐きながらこう話す。

 

「……サンデーライフちゃんって、自分のことになるとドンカン(・・・・)だよね……。

 本当に知らないの? 今のサンデーライフちゃん、後輩の子たちとかから『王子サマ』って呼ばれているんだよ?」

 

「……ふええっ!? え、何で王子……あ」

 

 

 いつの間にやら、フジキセキ寮長辺りがトレセン学園内で持っていそうな異名が何故か私に継承されていた。

 改めて、自分のやらかしたことを客観的に考え直してみる。

 

 まずは何といっても、先日の福島での障害レースにおけるメジロパーマーへのお姫様だっこ。レースで1着を取ったパーマーをお姫様だっこして一緒に退場、というシチュエーションは、ファンはおろか一部のウマ娘の趣味嗜好にぶっ刺さりそうだな……とは後から思った。しかもそれをトレーナーとか見に来ていた友達みたいな立場ではなく、2着という立場でやってしまったから騎士道精神溢れる私の虚像が流布されてしまっているのにも想像がついてしまう。

 ……まあ、何が悪いかと言えば。未勝利戦レースのくせして何故か凄腕の報道カメラマンが居たらしく、私がメジロパーマーを両手に乗せてターフを去る姿を実物以上にファインダーに捉えてしまっていること。しかも、あの時私はパーマーの容態を心配していたから、その表情が真剣でかつ憂いのあるものだったから余計にである。

 

 しかも、この上にガチのアイルランド王族であるファインモーションとの関係性が乗っかる。『公務の円滑化』という言葉を、裏に隠された社交辞令的文言を無視してそのまま鵜呑みにしてしまえば、それは私の『王子様』虚像を強化する補強材料になってしまう。

 

 更に、ここに資料室管理者とかいう個室持ちの特別感と、理知的なイメージが付加されることで、今の私の諸要素を統合すると『なんか学園モノの恋愛ゲームの攻略対象キャラ』っぽいイメージが外から見たときに張り付いていることに気付かされた。

 多分、例の『かにみそ』ウマートは無かったことになっているか、それ込みで上手いこと都合よく私の虚像の改竄処理が行われていると思う。

 

「……ちょっと待って。

 もしかして……今撮った自撮りって――」

 

 私がそう言えば、マヤノトップガンは『てへぺろ』って感じのポーズを見せながら、彼女のスマートフォンに表示されているウマスタの投稿を見せてくれた。

 

 そこには写真と無数のハッシュタグとともに『噂の王子サマとのデートっ♡』という彼女のコメントが記載されていた。

 

 つまり基本SNSにプライベートな情報をあまり出さない私でバズろうという魂胆と、今の外面の『王子様』像とマヤノトップガンだけが知る私のギャップを楽しもうということか。

 

 何かマヤに主導権を握られ続けるのもなあ……と思ったので、その後のマヤノトップガンとの遊び、いやデートは徹底的に彼女をお姫様扱いして王子様ロールプレイをすることにした。

 最初、セレクトショップで着せ替え人形にしてマヤに褒める言葉を囁きまくっていたときは楽しそうにしていたが、終盤には『何か思ってたサンデーライフちゃんと違う』と難しい顔をされて、最後にはマヤが根負けする形で折れて私は勝利した。

 結局、その日の『デート』の様子に関してはマヤノトップガンのSNSからは最初のパンケーキ屋さんでの出来事しか投稿されなかった。

 

 

 が。

 今、話題のウマ娘とオークスウマ娘が派手に『お姫様ごっこ』を街中でやっていたので、私の王子様イメージはかえって強化されることになってしまったのであった。

 

 マヤの興味を削ごうとちょっとふざけて遊んでいたら、私達が周りから知られているってことを完全に失念していた!

 

 

 

 *

 

 葵ちゃんとペアを組んでから2ヶ月以上が経過したが、ハッピーミークと会ってはいない。当初の方針通り、ハッピーミークと私が万が一に合わなかった場合に契約解除する可能性を排除するためだ。

 でも流石に同じ葵ちゃんの下に居るのに一切の関係が無いのもどうなのだろうか、ということを葵ちゃんに伝えたら、ハッピーミークとの文通が始まった。てっきりメッセージアプリの連絡先を渡されたりするのかと思っていたら、予想以上に古風な手法で驚いた。まあハッピーミークがそれでいいなら良いけどさ。

 

 その手紙のやり取りも含めて、ちょっと気になったことを葵ちゃんに聞く。

 

「……そういえば、どうしてハッピーミークさんをJBCスプリントに出走させたのですか?」

 

 福島障害の初戦の週にハッピーミークはJBCスプリントに出走していた。ローカル・シリーズのレースであり、特にJBCは11月3日固定でもし当該日が休日ならば前後の平日に移行される以上、休日に開催される中央レースと日程は基本的には重複しない。だから私の障害応援に来ていたからハッピーミークがおざなりになっていた……なんてことは無い。

 

 結果は、フルゲート12名の中で7着。まあGⅠレースだし結果についてはしょうがないと思うのだけれども、では勝者が誰かと言えば――ハルウララ。彼女が2連覇を成し遂げていた。

 つまり葵ちゃんはハッピーミークに対して彼女の世代最強のダートスプリンターと化したハルウララと競合することが分かっていたのにも関わらず、JBCスプリントの中央ウマ娘出走枠にねじ込んだ。私はその理由が気になったのである。

 

「そう言えばサンデーライフには言っておりませんでしたねっ! 実はハルウララさんのトレーナーさんとは同期……みたいな親近感を勝手に感じていてですね、それから彼女(・・)にはミークの育成に関しても色々と手助けしてもらっていたのですよ!

 その関係でミークもハルウララさんと仲良くなって……ミークが一緒のレースに出たいと言っていたので、確実に連覇を狙いに来るであろうJBCスプリントを選んだということです!」

 

 

 想定外に重大な情報が転がり込んだ。そうか、ハルウララのトレーナーが『アプリトレーナー』に一番近しい存在だったのか。……もっとも有獲っているから納得ではある。

 ただしそれは他のトレーナーを軽視して良いと言うわけでは無い。基本ネームドには規格外のトレーナーが揃っていたし。ローテ外未勝利戦すら完全把握していたマヤノトップガンのトレーナーに、ダート魔改造のマックイーントレーナー、そしてアイネスフウジンを育成する傍らの片手間で私の意図を概ね掴みつつあったアイネスさんのトレーナーと、手腕を薄々把握しているだけでもこれだけの敏腕揃いである。

 

 でも。

 ――ハルウララはその中でも特異点ということだ。少なくともハッピーミークの出走レースに影響が波及している以上、ハルウララを無視してはいけない。

 

 そんなハルウララの今年の出走レースを改めて確認する。

 まず3月にJpnⅢのダート1400m・黒船賞で1着。フェブラリーステークスを回避して地元の重賞に凱旋というのは随分と粋なことをしている。

 

 まあ、うん。ここまでは良かった。

 このレースだけは私も理解が出来る。ただ、問題は次走からJBCスプリントまでの出走レース。

 

 

「……5月、ヘンリー2世ステークス1着。

 6月、ゴールドカップ4着。7月、グッドウッドカップ7着。8月、ロンズデールカップ2着……。

 何でウェザビーズ・ハミルトン・ステイヤーズミリオンシリーズを狙っているのですか!? しかも結構成績悪くないですし!」

 

 この4走はすべてイギリスのレースであり。

 ヘンリー2世ステークスは芝3200mのGⅢ。

 ゴールドカップ、芝4000mのGⅠ。

 グッドウッドカップ、芝3200mのGⅠ。

 ロンズデールカップ、芝3200mのGⅡ。

 

 ウェザビーズ・ハミルトン・ステイヤーズミリオンシリーズは3月から5月までにヨーロッパから中東にかけてで開催されている対象のレースに勝利したウマ娘が、当該の3レースを全勝した場合に賞金が出る、というものだ。

 正気の沙汰ではない制度だが、史実では2017年に開始されてから既に2回完全制覇がなされている。しかも同一馬による2連覇という形で。

 

 でもさ。

 芝・長距離の有記念を獲ったからって、ダートのスプリンターに世界最高峰の芝の長距離シリーズに殴り込みをかけさせるトレーナーとか絶対まともじゃないな!?


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