強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

30 / 90
第30話 クラシック級12月後半・障害未勝利(阪神・障ダ2970m)

 JBCスプリント→有記念→黒船賞→ステイヤーズミリオン→JBCスプリントというあまりにも常軌を逸したローテーションで戦うハルウララ。彼女はもう間もなくシニア級3年目だというのに全く衰えが見られない。

 タフさは史実ハルウララ号を引き継いでいる時点でヤバいし、ステイヤー路線においては『ワクワククライマックス』の回復効果が刺さっていそうという位にはスタミナ切れをすることもない。スキルの発動とか可視化されていないから想像の産物でしかないけどね。

 

 この世界におけるハルウララはヤバいということを再確認したが、現状ダートのスプリント路線と芝のステイヤー路線両方に顔を出すということが分かっただけでも収穫だ。そしてハルウララの情報については葵ちゃんが仲の良い女性トレーナーということもあって手に入りやすいだろう。

 

 ……というか、葵ちゃんの例の同期(・・)トレーナーが女性か。URAファイナルズシナリオとかサポートカードイベントを女性トレーナーと完遂していると考えれば、たまに感じていた『妙な女性慣れ』感というか距離感の近さは、そこに要因があったということだろう。

 もっともメジロパーマーの一件以後は、私に対しての周囲の認識も距離感バグ勢なのだろうが。

 

 

 

 *

 

 12月も半ばくらいに入った。練習は既に本格的に再開している。

 普段、私はGⅠの動向はそこそこどうでも良いと思っているからスルーしていたのだけれども、流石に看過できない名前がジュニア級で見えていたので着目せざるを得なかった。

 

 レースは去年はアイネスフウジンが獲った朝日杯フューチュリティステークス。そこに在った名前は――トウカイテイオーであった。

 

 史実・トウカイテイオー号のデビュー時期は12月なため、この時期にGⅠを狙いに行くことは難しかった。つまり、早期デビューの影響で既にトウカイテイオーのローテが非史実の動きになっている。

 というか、私の後ろの世代でコウハイテイオー(・・・・・・・・)だったのか。道理で今まで名前を聞かなかった訳だ。となるとナイスネイチャとかツインターボも後輩かもしれない。

 

 ただ、非史実とは言っても勝利後のインタビューで次の一幕があった。

 

「トウカイテイオーさん、朝日杯フューチュリティステークスの勝利おめでとうございます。これで最優秀ジュニア級ウマ娘としてURA賞を獲得する最有力候補となったわけですが、ここはズバリ! トウカイテイオーさんの目標や次走の方針などをお聞かせいただければ――」

 

「――ボクはカイチョーみたいな無敗の三冠ウマ娘に絶対なるよっ!」

 

 

 ……取り敢えずこれで来年のクラシック王道路線の主役がトウカイテイオーであることは確定した。若駒ステークスや若葉ステークス辺りに出るかどうかは分からないが、皐月賞には確実に出てくる。既に朝日杯でGⅠも獲っているから収得賞金が足りずに抽選外ということもまず起こり得ない。

 しかし、そうなると。来年の秋以降はこのトウカイテイオーも芝の中・長距離路線に鎮座する可能性が高いということか。アイネスフウジンもアグネスタキオンも、クラシック秋においてまだまだ現役続行しているこの世界線では故障しないトウカイテイオー、即ち本当に『無敗クラシック三冠ウマ娘』のテイオーが見られるかもしれない。

 そしてそのままの勢いでジャパンカップや有記念に乗り込んでくるかもしれない訳で。うーん、来年のことは気が早いけれども、更なるGⅠ戦線の混沌が発生しかねないなあ、これは。

 

 まあ、取り敢えず言えることは。トウカイテイオーが出てきた以上は、マックイーンは早く芝転向してくれ。

 

 

 とはいえ、平地のGⅠよりも目先の自身のレースもそろそろ考えないといけない。葵ちゃんとともに個室のトレーナー室で作戦会議を開く。

 

「……とは言ってもサンデーライフ。この時期の障害未勝利戦の選択肢はあまり多くないですよ?」

 

 そう言って取り出された日程には、12月中の選択肢は2つ。

 中京レース場の芝・3000mの障害コースか、阪神レース場のダート・2970mの障害コースである。阪神の障害ダートは最終直線がダートであるだけで、障害専用コースは普通に芝が張ってあるけどね。

 一応年が明けるのを待てば1月には、中山と京都の障害レースも視野に入るものの正直そちらの方が遥かに難易度が高い。中山はコース取りが複雑な上に単純に障害物の難易度が最も高く、京都は障害物の数が多い。結局、メジロパーマーの登場によって苦戦となったが平地での競走能力ゴリ押しで解決するレース展開をやる予定だから、年明けレース組は考慮外となる。

 

「ちなみに葵ちゃんとしてはどちらをオススメします?」

 

「……正直に言えば悩ましいところです。

 中京レース場は福島と同じように平地競走用の芝コースに障害物を設置するタイプでハードルの規格もほとんど一緒ですが、一方で最終直線に障害が2つあります。

 逆に阪神レース場は最終コーナー手前のハードルが最後で、そこから平地競走ダートに出るので最終直線に一切の障害物がありません。しかしサンデーライフがまだ実戦で経験していない生垣と水濠(すいごう)障害があります。

 どちらもメリット・デメリットがありますから、私の意見でバイアスをかけるわけにはいきません」

 

 つまり福島での経験を応用できるが平地能力のゴリ押しが難しいコースか。

 実戦では初見となる障害が多いが、ゴリ押しには最適なコースか。

 

 ……そんなに面白いくらい綺麗にコースの差異が出ることってある?

 

 そして最終判断が私に依拠している以上、葵ちゃんは私に対して判断材料の提供はしてくれるが、どちらが良いという形での意見は提供しない。

 

 

 でも。葵ちゃんは私が理解しているとみて、話さなかったことが1つある。

 それは、阪神レース場のダート最終直線は、初めての1勝クラスの戦いであったバンブーメモリー戦において既に経験済みということだ。

 ダートコースとしてはかなり長い352.7mの最終直線と上り坂。ここだけ切り取れば差し・追込が優位となる戦場だ。ダートと障害レースという存在そのものが先行有利気味ではあるので相殺されている気がしないでもない。

 平地競走でも先行していたバンブーメモリーを差し切れなかったし。

 

 だから平地競走経験までひっくるめての総合的評価であれば、阪神の方が優位である。

 

「……阪神にしましょうか」

 

 12月の末、最後の週。

 阪神レース場、障害ダート・2970m。

 

 ――これが、私のクラシック級のラストのレースとなる。

 

 

 

 *

 

「1番人気は断トツでのサンデーライフ。彼女は障害競走3レース目ですが……、この人気はまず間違いなく前走の影響が絡んでおりますね?」

 

「ええ……本日は、中山レース場にて有記念並びにホープフルステークスが開催されているのにも関わらず、ここ阪神にも観客が集まっているのは『条件不問の王子様』とも称されている彼女を一目見ようとするファンの存在も少なからずあることでしょう。

 その異名の通り平地成績ではオープンクラスの彼女は、盤外での人気を排したとしても最も有力なウマ娘と言って差し支えないでしょう。飛越がやや高いのが難点ですが、それをねじ伏せるだけの実力はあります――」

 

 

 本日阪神レース場で発走するレースの中で最も格が高いレースは平地オープン戦のギャラクシーステークスで、後はPre-OP戦か未勝利戦かメイクデビュー戦しかない。勿論満員には程遠いが、それでも例年より多少観客動員数が多いという話を事前に伺った。

 何というか障害では未勝利なのに集客に貢献する、というのは明らかに実力ではないところで人気が出ているから申し訳なさを感じてしまう。

 

 だって『私のレース』ではなく、『王子様』を見に来ているファンだからねえ。実力ではなくパフォーマンスが期待されているとなってしまえば、勝利を絶対至上としておらず、自身の実力不足を痛感している私でも流石に思うところはある。

 ……って、この考え方はなんかゴールドシチーみたいな不満だ。虚像ではなく、競技者である私を見て欲しいって思うところまで、私もファンに『求める』ようになっていたのかと苦笑する。

 

 ただその想いを私はレースにぶつけることはしない。あくまで『勝てるなら勝つ』だ。

 

 ましてや、障害レースにおいては『勝利よりも完走』が鉄則なのだから。

 

 

 そして今日対峙する相手の中でマークすべきは彼女。

 

「2番人気、シニア級ウマ娘のビックフォルテ――」

 

「彼女が本来1番人気であってもおかしくないウマ娘です。今年の1月のレースで競走中止してから長らく療養していましたが10月より戦線に復帰、そこからは3着と2着が3回と後一歩で昇格を逃しております。障害ウマ娘としての完成度は素晴らしいですね」

 

 史実・ビックフォルテ号は障害重賞の京都ジャンプステークスの前身レースでの勝鞍がある。障害レースでこれまで出会ってきたネームドの中では脅威度は相対的に見れば低いかもしれない。が、パンフレットもサイコーホークもメジロパーマーも史実での本格化はもっと後であったのに対して、ビックフォルテについてはシニア級であることも踏まえれば本格化してきているのは疑いようがない。

 

 素直に戦ったら強敵であるのは間違いない。ゲートインしながらそんなことを考える。

 

 

 でもさ。

 私がそんな『教科書通り』の真っ向勝負をする訳……無いよね?

 

 

「各ウマ娘……スタートしました。……ほぼ、スタートは揃いましたね。好スタートを切ったのはビックフォルテでしょうか。向こう正面、最初の生垣障害をステップ――ジャンプしました! そのまま勢いを活かしてビックフォルテがハナを進みます」

 

「……これは、大方の予想を裏切るレース展開になりそうです。てっきり福島の舞台で派手な大逃げを魅せたサンデーライフがその自慢の快足を活かしてハイペースなレース展開に持ち込むかと思われましたが――」

 

 

 誰だってメジロパーマーとの障害爆逃げ対決を見せられた後では、私の大逃げを警戒する。勿論、平地競走時代に脚質滅茶苦茶で走っていることくらいは周知の事実であろうが、障害レースという盤面をぶち壊す破滅的ペースの展開こそ障害初心者である私が取り得る最善の策だと思うだろう。

 

 それは事実。けれども、やっぱり1人で大逃げするとリスクがあるわけで。後ろでどっしりと構えられて脅威の末脚で差されるみたいな展開はやっぱり避けたい。もう何度もそれを喰らっているから余計にね。

 

「第2、第1コーナーを回って正面スタンド前にでてきました。1着はビックフォルテ、そのすぐ外側に2番手サンデーライフが追走。そこから少し間が開いて3番手――」

 

 障害レースでスリップストリームは極力使わない。真後ろに付いて万が一前の子が飛越失敗したら確実に巻き込まれる。そして今日は後ろに付くことよりも横に付いて視界の隅に入ったり、足音が気になるような場所に居続けることを優先。

 常時、2番手で追走するという形の逃げ――これが私の今日の作戦だ。

 

 私が『大逃げ』ではないことは既に見切られているだろう。その上で最前を走るビックフォルテをマンマークすると彼女は一体どのような判断を下すだろう。掛かったり振り切ろうとして前に出るか、それとも私のペースに合わせないように下がるか、あるいはペースを維持するのか。

 

 そして今の私には戦略的自由度があった。

 そのどれを取られても対応が可能である。スローペースなら逃げ優位展開、ハイペースならばどんなに高速化したとしても私がパーマーと共に経験済みの『爆逃げ』展開の踏襲に過ぎず、ペースを維持ならばこのまま追走で負荷をかけ続ける。

 

 

「正面スタンド前、最初の飛越を――ジャンプ! おっと、ここでビックフォルテとサンデーライフの差が開きます」

 

「……サンデーライフの飛越はやはり大分高いですね。生垣障害なのに飛び越えてしまっていますね」

 

「さて、そしてすぐ次の水濠障害をステップして、ジャンプしました!

 今度はサンデーライフ着地点をやや誤ったか、着水! 大きな水しぶきを上げ、ややよろけながらも体勢を何とか戻します」

 

 

 ……作戦通りに推移しているから飛越があまり上手くないのは見なかったことにしてください。

 

 

 

 *

 

 そこからホームストレッチの最後の生垣を飛越して、第4・第3コーナー中間点の145cmの少し高めな生垣も越え、ビックフォルテに追走する形で(たすき)コースへと入っていき、グリーンウォールと竹柵障害をクリアしてから第2コーナーを今度は右回りになるように脱出してスタート直後に飛越した生垣を逆側から飛び、そこから少し走って更にバックストレッチ側の高めの生垣をジャンプ。

 

 ……改めて実際に通ってみると、コースが複雑過ぎる。これでもまだ未勝利戦だから障害レースにしては短い距離のレースだし、障害最難関の中山はもっと意味が分からないことになったりもする。

 

「先頭依然ビックフォルテ、そのすぐ外側を走るサンデーライフ。この2人が逃げて3番手との差は5バ身から6バ身といったところ」

 

「少々気になるのはビックフォルテのペースがやや上がってきているところでしょうか。掛かっているのか、それとも作戦なのかは判断し難いところですが……」

 

 ビックフォルテはかなり走り辛そうな印象をこちらからだと受ける。逃げウマ娘にとってペースを変えても常に他のウマ娘が視界にちらつくというのは相当なストレスであろう。

 後方との差が徐々に開きつつあり、目視で確認してもかなり縦長の展開になっていそう。この時点で最後方辺りが差し返せるかどうかは正直微妙なレベルで差がある。

 

 つまりビックフォルテは明らかにペースを上げている。ただし、それが全部が全部私の思惑に従ったものではないだろう。

 どうにも障害飛越直後に若干の加速を入れているっぽい。つまり追走する私に対しての加速を強要するなどの、小手先戦術も加味した上でのペースアップであった。

 

「前の2人が、平均よりやや早いペースを保ちながら3、4コーナー中間障害をジャンプ! ……ちょっとサンデーライフがふらついて、勢い削がれてビックフォルテとの差が開きました」

 

 ここで広がる差の分は、私の飛越が下手なだけではない。確実に少しずつペースを上げて私のスタミナ損耗を狙っていた。

 

「ビックフォルテ、1バ身あるかどうかの差をサンデーライフに付けながら、最後の障害を……ジャンプ! それを追うようにしてサンデーライフも飛越していきます」

 

 

 最後の障害を越えてビックフォルテとの差は、大きく見積もって2バ身に届くかどうか。

 ここから先は障害専用の芝コースからダートに入っての最終直線。

 

 ハイペースなレース展開であったが、パーマーとの『爆逃げ』対決を経た私にとっては、それは許容範囲内のペースであった。

 

 

 ――思えば、初めてかもしれなかった。

 ここまで、しっかりと自分の策がすべて上手く行ったのは。

 

 

 ……いや。もう多くの言葉は必要無いだろう。

 今、必要なのは、ただ1つ。

 

 勝利を――拾いに。

 

 

 

 *

 

「さあ最終直線に入って、先頭は完全にビックフォルテとサンデーライフとの争いだ! どちらがハナに出るか!? ビックフォルテか? ――しかしサンデーライフが、また加速しますっ! サンデーライフ先頭、サンデーライフ先頭です! リードを1バ身から1バ身半とすぐに広げる! その後ビックフォルテ、3番手は遥か後方、こちらはもう届きそうにありません!

 サンデーライフ、先頭です! 更にリードを4バ身、5バ身と増やして悠々とゴールイン! サンデーライフ圧勝! 格の違いを魅せ付けるレースとなりました――」

 

 

 確定。

 1着、サンデーライフ。

 2着、6バ身差でビックフォルテ。

 3着は更に7バ身後方、4着は3着から9バ身後方。

 

 

 誰が見ても文句無しの勝利で未勝利クラスを突破し、私は障害競走でもオープンウマ娘へと昇格したのである。

 

 ――現在の獲得賞金、5771万円。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。