強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
「やりましたね! サンデーライフ!」
コースを後にした私を待ち構えていたのは葵ちゃんだった。終わってみれば最終直線での競り合いで圧倒した。
実は絡繰りはあって。
障害の未勝利戦で高速レースが出来る者は実はそれほど多くない。それが可能なら基本的に早い段階で未勝利戦を突破している。あるいは平地のトゥインクルレースで歯が立たないが速い子は地方トレセンへの転向を選択しているから。私やメジロパーマーみたいな存在の方が遥かにおかしいのだ。
これは障害競走が平地よりもレベルがどうこうという話では無くて。単純に未勝利ウマ娘を相手取るならば私が格上になってきたというだけの話である。
平地競走を合算してしまうとメイクデビューから数えて16戦。その中で4度目の勝利。公的記録においては平地13戦3勝、障害3戦1勝みたいな書き方になるだろうが、細かいことは取り敢えずおいておく。
初勝利のマヤノトップガン相手には、こちらの戦術は完璧に読まれてしまっていたがレース場とコースに救われた。
2勝利目の三条特別。こちらの差し戦術が読まれつつも概ね想定通りのレースが出来て接戦を掴み取った。けれども審議ランプの点灯により勝利の余韻を噛み締める時間は無かった。
3勝目の清津峡ステークス。格上挑戦にも関わらずレース展開ではなく盤外の『興行日程』で勝った。
そう。やっと。
障害レースに来て、ようやく私は自身の描いていたレース展開をレースの中の戦略だけで再現することに成功した。
そして、大事なのは。
「良かった……本当に……。これで葵ちゃんの隣に立つ資格が――」
私の言葉は、葵ちゃんの左手の人差し指が私の唇に触れることで中断させられた。
「サンデーライフ、そういう言い方はあまり良くないですよ。
……確かに、サンデーライフと私が組んでから初めての勝利ですが、私が欲しい言葉がそういうものではないことは、賢い貴方なら分かっていますよね?」
そんなことを言いながら葵ちゃんは私に目配せをする。
何というか多分、状況に即した言葉なら何を言っても喜びそうだからかえって困ってしまう。
おあつらえ向きに場を整えられてしまうと、その思惑に乗るものかって意識がどうしても生まれるのよね。
ということで。
「葵ちゃん、ちょっと手を借りますね……」
そう言って私は葵ちゃんの左手首に触れ、私の唇に置かれていた人差し指を両手で掴んでその指を離す。
そして彼女の親指に持ち替えて、そのまま――唇で軽く触れる。
「ひゃっ!? ……サンデーライフ!? 急に私の親指を……びっくりするじゃないですか!」
これが『びっくり』で済む辺り、葵ちゃんも大概だよなあ……と思いつつも、私は言葉で告げる。
「……古来より親指には、望みや意志を叶える力がある、と言われています。
その中で左手の親指には『目標実現』のパワーが宿っているとのこと、らしいです。……これからもよろしくお願いしますね、葵ちゃん?」
そう言われた葵ちゃんは満面の笑みで頷き返した。
「――あ、でもー。こういう古来からの言い伝えみたいなのって、きっと指輪を販売したいメーカーさんが言い出した作り話だと思うのですよねー」
「……そういうところで妙に現実的なところは、やっぱりサンデーライフって感じがしますね……」
なお親指が願いを叶える云々は古代ローマまで遡れて、弓を射るときに親指を保護する『サムリング』が由来になっているらしいけれど、事実は知らない。
*
葵ちゃんと控え室に戻ると、改めて別の話を切り出された。
「……恐らくインタビューで質問されることですので、改めてサンデーライフの意志を聞いておきたいのですが。
この後、障害のオープンに進むのか、それとも平地競走に戻るのか……どちらにするつもりだったりします?
……ああ、いえ! 現時点で決めていないのであれば、未定でも構いませんよ!」
次のレース。即ち、シニア級になってからの路線をどうするのか。このまま障害競走に残るのか、平地競走に再転向するのか。
前にシンボリルドルフに障害転向を伝えたときは『手応えを掴めたら平地競走に戻る』と私は話した。それを葵ちゃんが知っているか否かは別問題としても。確かに節目としては良いタイミングである。
ただ大前提としてこれは聞かないといけない。
「私が障害転向をしたのは、実力不足からでしたが……どうです? 現在の私は平地のオープン戦で戦っていけるだけの実力がついてますかね?」
葵ちゃんは即答した。
「概ねは。
長い滑空の飛越を可能とする脚の踏み切りのために重点的に脚部強化をしましたので以前よりパワーは出せるようになっているかと思います。……と言ってもサンデーライフに楽観的な意見だけお伝えしても信用してくれないと思うので、懸念点も。
強化した脚部に対してのフォームの最適化が完了していないので、速度については直ちに大きな上昇を見込むのは少々厳しいでしょう。レースに出走しながら平地用に戻していく必要もあるでしょう」
「今すぐの復帰戦だと勝利は難しい……ということですね?」
「基本的にはそうなりますが……。ですが冬季レースのタイミングで戻るメリットもありますよ!
GⅠでタイトル争いをするウマ娘は、この期間はトレーニングやコンディション調整に使うことが多いですので、サンデーライフの調整レースとして出やすいですね。
……まあ、逆に言えば他のウマ娘にとっても調整目的で出してくることはあるのですが」
つまり冬のレースは調整期間と割り切る。スピードの向上という目標に対しての実戦形式でのトレーニングとして出走してしまおうという考え方だ。
「……逆に、障害に残る場合はどうなります?」
「現状、基礎能力の違いで勝負をしていましたが、障害オープン路線だと流石に今の滑空飛越は改善する必要があります。
以前は強く進言しませんでしたが、今後のレースレベルになると障害物ギリギリでのジャンプは不可欠な要素になるかなと――」
それはそうかもしれない。高い打点での飛越の改善は必須事項となる。今日だってそれで着地でよろけたり、速度が損なわれるシーンがあった。
今のレベルでは実力差で振り切ったが、オープン戦レベルとなるとJ・GⅠを獲得しているウマ娘も出走する。しかも障害重賞は平地に比べて遥かに少ないから有力ウマ娘と激突する危険性は相対的に高い。
となれば、怪我のリスクを背負って障害物ギリギリでの飛越に挑戦しないと、恐らくこちらのルートは先が無い。
まあ……後、考慮するとすれば賞金額かな。平地競走のオープン戦だと大体2000~2600万円程度が1着時の賞金なのに対して、障害競走だと1350~1650万円。重賞まで視野に入れれば稼ぎやすいのは平地競走だ。ただ、入着出来ないと賞金貰えないけれどもね。
今すぐに決める必要は確かに無いが、練習メニューが大きく変わりそうだからなるべく早めに決めるに越したことは無い。
でも――
「帰りましょうか――平地競走に」
お金、練習、レース数……色々理由はあったけれども。
今日のレースは間違いなく『手応え』はあった。そして葵ちゃんがすぐは無理でも『概ね戦える』と言ってくれるならば、私はそれを信じたい。
葵ちゃんのために勝利を捧げる……なんて他者本位的な考えではなくて。勝利への渇望でもなくて。
なんて言えば良いのかな……興味? 知的好奇心? と言うべきかな。まだまだ自分に伸びしろがあるというのならば、飛越よりもスピードを伸ばしてみたい、そんな気持ちになった……って感じ。
ウマ娘なら、当たり前の感情なのかもしれないけれども、何というか自分の成長が楽しみに思えるようになってきた。
そんなことを葵ちゃんに告げたら、こんな言葉が返ってきた。
「サンデーライフ、貴方はまだまだ成長できますよ! シニア級になると徐々に成長が頭打ちになる子も出てくるのですが、全くそんな兆候は見られません!
……成長速度はトップクラスの子と比較してしまえば少し遅いかもしれないですが、ここまでの記録を鑑みるに相当長い期間、現役でパフォーマンスを発揮し続けられるかと思いますよ」
大器晩成型のウマ娘。恐らくそれに私も該当しているということなのかもしれない。上の層は厚いけれども、私だって停滞している訳ではないことが分かった。
オープン戦ではまだ実力を伸ばす必要があるかもしれない。
だけど。確実に歩みは進められている。現状、ネームドの成長速度には追い付かないかもしれないが、同時に私の成長ピークはまだまだ先。
長い目で見れば展望が開けてきた瞬間であった。
――こうして、私のクラシック級の1年は終わった。
*
同日の中山レース場。
「――ホープフルステークスの勝利……おめでとうございます! 前年度のアグネスタキオンさんの勝利を彷彿とさせるかのような力強い走りでの素晴らしい快勝で、無敗でGⅠを制覇致しましたが、まずはその感想を一言お願いいたします!」
「……全ては私に走る環境を提供してくれた、家族とトレーナー、そして学園の関係者に感謝を。GⅠという晴れ舞台を手にしたことは光栄ですが、私は前を走るのみです」
「なるほど、まだまだ発展途上である、と。それではクラシック級での目標をお聞かせいただけますでしょうか?」
「――無論。
『無敗の三冠』……まずは、これを掴み取ります」
「……おおっと! 奇しくも朝日杯フューチュリティステークスの勝利で同じくGⅠウマ娘となりました連勝中のトウカイテイオーさんと同じ目標が出てきましたね。
最優秀ジュニア級ウマ娘の最有力候補と見られているトウカイテイオーさんにもし一言あれば、この場でお聞かせください」
「……私、トウカイテイオーさんと面識無い……まあ、いっか。
ええと……じゃあ、皐月賞で会いましょう、トウカイテイオーさん」
「大胆不敵な宣戦布告を頂きました、ありがとうございます!
――『無敗の帝王』に対して、『無敗の英雄』が皐月賞でぶつかります!! これは来年のクラシック戦線も目が離せない展開になりそうですね!」
「……えっ? 私って『英雄』って呼ばれてるの? ……ただ走っているだけなのに、そんな異名付けられても、困る、かも……」
「いえいえ貴方の圧巻の走りは既に来年のクラシックの2枚看板として躍り出ること間違いなし、です! もっと自信を持ってください!
……そろそろインタビューの時間も終わりに近付いてきました。
では、改めまして。
本日のホープフルステークスの覇者――『ディープインパクト』さんでした! ありがとうございました!」
――そして、新たな年が始まる。