強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第33話 シニア級1月後半・白富士ステークス【OP】(東京・芝2000m)

 ゴーイングスズカ号。史実においてはサイレンススズカの1世代上でかつ同じ馬主が所有する僚馬。勝鞍はGⅡの目黒記念だが、宝塚記念で4着、UAEへの海外遠征となるドバイシーマクラシックでも入着するなどしている。

 トウカイポイント号。GⅠのマイルチャンピオンシップの覇者であり、海外遠征となるGⅠ・香港マイルでも3位。元々はオグリキャップやユキノビジンのように地方出身だが中央に転籍して実績を挙げている名マイラーなのである。

 コイントス号。生涯26戦4勝と勝鞍は伸びない一方で、2着・3着が実に12回。シルバーコレクター・ブロンズコレクターとしては歴代最高峰の実力を有する。なお重賞未勝利馬の中で馬券内着順回数は歴代1位タイの記録を持っていたり。

 

 

 ここまではアプリ実装キャラではないものの、中々の粒ぞろいの面々である。実装キャラとして見知った面々がいずれも超一流であることから、そこと比べてしまうと狙い目のように見えてしまうかもしれないが、この三者。

 いずれも私が目標としている賞金3億円を全員、史実では達成していると言えばその凄さが多少なりとも伝わるかもしれない。

 

 そう、ここまでは。

 

 問題なのはヤマトダマシイである。

 史実戦績は2戦のみでデビュー戦と1勝クラスだけ。しかも、その2戦目にして骨折し、そのまま予後不良となった競走馬である。確かにアイネスフウジンやアグネスタキオンが負傷引退することなくシニア級に入っても現役を続行している世界だから、こういうことがあるとは思っていた。それ自体は非常に喜ばしいことである。

 でも対戦相手としていざぶつかるとなると。史実戦績がたった2戦だから情報がまるでない。しかもデビュー戦で出遅れからの後方一気でマイル戦を3バ身圧倒勝利。

 

 脅威であることは間違いないが、遂に私の中にあるデータで全く想定が出来ない相手が出てきてしまった。

 

 ゴーイングスズカは中長距離の先行型。トウカイポイントがマイルが主戦の差しで、コイントスは幅広い距離適性と先行・差し気味のタイプ。

 競走馬としてもウマ娘としても、それはデータで分かる。だが。

 

「葵ちゃん、ヤマトダマシイさんのデータってあります?」

 

「あるには、ありますが……」

 

 そう言われて出されたデータに書かれていたのは、シニア級のこの時期なのにも関わらず『3戦3勝』というあまりにも少ない出走数。

 

「2戦目のPre-OP戦で勝利した際に負傷して、そのまま長期療養に入って丁度先月の12月に復帰したばかりです。

 そこでは2勝クラスの中距離戦で他の子を圧倒して勝利しております。だから3勝クラスを飛ばして格上挑戦を志すのは正しい戦略ですが、相手取るとなるとデータとして役立つものは殆ど無いですね」

 

 

 ウマ娘になった影響か何かでデビュー時期が若干早まっていて、2戦目での負傷から見るとほぼ1年は治療に充てていたと見える。そして1年のブランクをものともせずに2勝クラスを易々と突破か。戦術も1戦目が出遅れからの追込切り替え、2戦目が負傷しながらも差し勝利で、3戦目は先行、と来ている。

 もう予想も何も出来ないよ、そんなの。

 

 

 そしてアプリのメインストーリーにて『デビュー戦で圧巻の勝利をした後、期待されての2戦目――デビューしたばかりとは思えない絶好の手ごたえで最後の直線を駆け上がるも崩れ落ちるようにして転倒して競走中止』したウマ娘が居ることに言及されている。ヤマトダマシイ号は最終コーナーの時点で既に失速していたために一部該当しない部分もあるが、ここで言及されているウマ娘と近しい史実経歴を有している。

 と、いうことは。この世界はアプリのメインストーリー時空からもずれている……って、チーム・シリウス自体が存在しないから事実の再確認に過ぎないけれども。

 

 

 有力ウマ娘が先行から差しに多く集まっている以上は、通常のレース展開で私が高順位を記録することは難しい。もう、そういうレースしかない気もするけどさ。そして他の子だってネームドに引けを取らない水準の子たちが集まってきている。

 

「でも……白富士ステークスでは、『伸び脚』のチェックでしたよね? 葵ちゃん」

 

「はいっ! ……とはいえ、どうしてもレース展開に依存するかと思いますので、出せれば、で構いませんよ。無理ならば、それはそれでレースの推移とともにデータとして使えますので!」

 

 

 となると、作戦は先行だね。練習はフォーム調整を続けた方が良いから特にレース用に準備するとかはしないで突っ込もう。

 

 

 

 *

 

 東京レース場・芝2000m。天気は晴れで良バ場。

 オープン戦・白富士ステークスは第11レース――本日のメインレースとなる。

 

 去年出たオープン戦の鳳雛ステークスもメインレースではあったけれども、あれは第10レースだった。

 

 あの時は期間限定のオープンウマ娘というお情けのような形で出させてもらったと私は認識しているが、今回は正真正銘のオープンウマ娘としてのレースだ。

 そしてメインレースということは、今日東京レース場で出走しているあらゆるウマ娘の中で最も格式が高い面々が集結していると言っても過言ではない。

 

 アプリではGⅠレース以外は大したことない印象であったけれども、オープン戦というのは本来はかなりの上澄みなのだ。平地競走のオープン戦昇格割合は一説には中央所属のうち3%ととも言われている。もうずっと前から私はその上位3%に仲間入りしているのだ。

 

 フルゲート18名のうち出走するのは17人。

 

「7番人気は3枠6番サンデーライフ。……障害からの再転向、ということを踏まえるとこの人気は高いと見るべきでしょうか、低いと見るべきでしょうか」

 

「難しいところですね。彼女は話題性で人気が投じられることもあり得ますから。平地13戦、障害3戦ですが、まだまだ未知数な部分も多いです。好走に期待したいところですよ」

 

 人気は……まあ、実況・解説も言う通りあるのか無いのか良く分からない状態。それよりも大事なことは3枠ということでギリギリ内枠ということ。

 というのも、2000mの東京だとコーナー奥のポケットスタートになることから第2コーナーまでの距離が極めて短く、先行するなら内枠が圧倒的優位に立てるからだ。運ゲーには勝った。

 

 そしてトレセン学園からも程近い東京レース場だが、私は初めてここを走る。

 簡単に東京レース場を見ると、向こう正面と最終直線に2つ上り坂がある。坂が2個あるところは福島と一緒だが、問題は福島よりも起伏が激しく高低差2m前後あるという点。数あるレース場の中でもかなりハードである。

 

 これに加えて最終直線が圧巻の525.9m。新潟レース場外回りを除けば最長である。しかも新潟のようにカーブが急ではなく緩やかな上に、コースそのものの幅員も広々としている。加えてコースの使い分けで、夕方のレースにありがちな内枠側がボコボコみたいな影響も最小限に抑えられている。

 

 まとめると、純粋な素の実力がそのまま勝敗に直結しやすくジャイアントキリングが起きにくくなるような工夫がされている。

 つまり、私にとって好ましくないレース場ということだ。小手先戦術に対して実力でぶん殴れるタイプのコースだから相性は正直、絶望的である。

 

 そういう王道コースだから、目と鼻の先にトレセン学園があるのだろう。

 だから、こういうことが起こる。

 

 

「サンデーライフちゃん!! 頑張るのー!!」

 

「あの……なんで、アイネスさんが応援に来ているんですかね……」

 

「行きたいって思ったからなの! でもライアンちゃんを誘ったら大所帯になったの!」

 

「アイネスから話は伺っていましたよ、サンデーライフさん! あ、メジロライアンです……って何だか初対面って気がしませんね……?」

 

「そうですね……アイネスさん繋がりでライアンさんのことは私も聞いていましたからね……」

 

 

 土曜日の夕方のレースで学園すぐそばだから、今までと違って応援に来ようと思えば行ける距離なのだ。で、今日は白富士ステークスがメインレースだから重賞レースがある日ほどには混雑していない。

 ただアイネスフウジンの付き添いで同室のメジロライアンが来て。ライアンの付き添いでメジロ家で私と関わりが深いメジロパーマーも来て。パーマーの友達繋がりでゴールドシチーが予定を合わせて来て、ゴールドシチーと同室のバンブーメモリーが来るという始末。

 いや、応援に大物ばっかり来すぎでしょ。

 

 まあ百歩譲って友達の平地競走復帰レースが近場でやっていて、暇だから来たということはあり得る話だから認めよう。

 

 でも7番人気の下に来て良い応援組じゃないよ!?

 

 

 他のレース出ている子が明らかに、こちらをビビりながら見ているし……。

 

「……サンデーライフは今日のレースで誰が一番ヤバいと思っているっスか?」

 

「うーん、やっぱり情報が全然無いヤマトダマシイさんですね。

 5番人気ではありますし格上挑戦ですけれども、下手すればGⅠクラスの実力はあると思いますよ」

 

 そんなことを出走直前にバンブーメモリーと話していたら、ゴールドシチーにこう突っ込まれた。

 

「いや……レース直前で良くそこまで、いつも通りでいられるよねアンタ……」

 

 それに苦笑いしつつ、ゲート周りの職員さんたちが慌ただしくし始めたので、雑談も適当に切り上げてゲートへと向かうことにした。

 

 めっちゃ他の出走者に見られてるよ……そりゃ逆の立場なら絶対気になるけどさ。

 

 

 

 *

 

「ゲートイン完了……スタートします! ……ちょっと、ヤマトダマシイのスタートが良くなかった、他はまずまずのスタートです。

 しかしヤマトダマシイは強引に前へ行きまして、ハナを3名で争っています」

 

 17人居るから、8番手から9番手くらいが真ん中になる。先行策をとるとはいえハナを進む逃げ集団は考慮外。先団後方から差し集団の間くらいに潜り込んで、そこでスリップストリームの恩恵を受けるのがベストだが、最終直線の長い東京レース場では差し・追込が優位なのは確か。

 だから前の集団は少なめになると思う。ただ、早くも第2コーナーに差し掛かるので、向こう正面に入るまでは一旦判断を保留する。

 

「各ウマ娘、ポケットから向こう正面へと進んでいきます。先行組は4人が固まっている形で横一列に並んでおります。その後ろにコイントス、その外を行きますのはサンデーライフ」

 

 私の隣にいつの間にかいたコイントスを除くと、前には7人。そのうち1人はヤマトダマシイだが、どうやらゴーイングスズカは自身の得意戦術である先行ではなく差しか追込を選択した模様。で、トウカイポイントは前に居なそうなので恐らく差しだろう。

 

 うーん、コイントス相手にスリップストリームを使っても、それを嫌って躱してくるかもしれないので、前を走っている先行集団のすぐ後方に付こう。

 そう思って少しだけ加速したら、横並びだった4人の中からちょうど良く1人が垂れてきてくれたので、その子の背後にぴったりと付く。

 ひとまず、これで風除けは完成。多少前の子が垂れてコイントスに抜かされたとしても、このまま風除けとして活用するつもりだ。流石に差し集団の位置まで落ちるようなら考え直すけど。

 

 

「3ハロンを通過してのタイムは……36秒5。ほぼ平均ペースと言って差し支えないでしょう。この辺りから向こう正面の坂に入ります」

 

 ペースはやや早いかな。ただし大きな動きはない。現状維持で様子を見る。

 

 そのまま長いバックストレッチの直線では特に何も起きずに第3コーナーに入る。そのときコイントスがややペースを上げて先行集団前方の子たちに並ぼうとする……が、そのコイントスのペースに気付いたのか先行集団全体のペースが上がった。

 

「逃げ集団と先行集団先頭の間の差はおよそ2バ身まで縮まってきたところで第3コーナーの中ほど。先行集団は6人が混戦気味ですね」

 

 コイントスは一旦順位を上げていたが、先行集団のペースが上がったことで順位を下げる。その隙に私の後方で外側に回るのを足音で感じた。

 ただペースが上がっているのは見える範囲だと先行集団だけかな、逃げとの距離が縮まっているからレース全体でみればペースはそこまで上がっていないかも。コイントスがロングスパート準備の構えを見せてきたので私もちょっと考えるが、流石に最終直線500mオーバーで第4コーナーに入るかどうかという場所からスパートはかけられない。

 

 ちらりと後方も確認してみると、差しの中団も先行に迫ろうかという勢いでペースを上げていて、その中団先頭はゴーイングスズカだった。

 

 ……ってことは、先行以上に差し全体が掛かっている?

 ペースアップするタイミングが早い気がする。

 

「各ウマ娘、第4コーナーから最終直線に差し掛かろうとしておりますが、依然先頭は変わりません! 後方集団はペースを上げており、このコーナーで順位を3つ、4つと上げたのはトウカイポイント! 前を走るゴーイングスズカとサンデーライフを抜き去り9番手にまで上がってきました」

 

「これは早い仕掛けですね。平均ペースでのレース展開でしたので、恐らくどの子にもまだチャンスはあることでしょう。最終直線の攻防に期待です――」

 

 

 これから長い長い最終直線での競り合いが始まる。


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