強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第34話 戦える材料

 東京レース場の最終直線には勾配2mのキツめの坂がある。それは2ハロン棒の手前から始まり、大体100mくらいは続く坂。

 福島では坂を上り切った後に50mも無いが、東京では坂の後にさらに約1ハロン半――300m近くある。

 

 長い直線。逃げの子たちは垂れてきている……訳ではないが、既に先行・差しのペースアップに飲まれつつある。まだ辛うじて先頭をキープしているものの、逃げから差しまでの集団はほぼひとかたまりになったと言って差し支えないだろう。

 で、トウカイポイントが早めのスパートをかけたことで、差しの全体ペースはもうスパートに近い状態になっている。

 

 追従しなければ、抜かれる。が、まだ500m以上残っているからスパートには早い。

 ……見送るか。私は加速も減速もせずにスリップストリームから脱した。

 

「おっと、先頭はヤマトダマシイが1足先に抜ける形となりました。他2人はバ群に沈んでいきます! ヤマトダマシイの後ろは一塊となって大きく横に広がっております」

 

「これは後方のウマ娘はこの前の集団を抜きにくいですね」

 

 ――差しの子たちが、1人、また1人とスパートをかけ私を抜かしていく。前が多いので後ろをもう一度確認すると後方には4人――だから13番手。

 横に大きく広がっているから、順位ほどには先頭のヤマトダマシイから離れているというわけでもない。6人くらい広がっている感じだねこれ。

 流石に内からは抜けないので、外に大きく膨らむしかない。幸い後ろのことはあまり気にせずに進路を変えられるから、ここで外へと開いていく。

 

 ラストスパートの掛けどころは――坂。

 そして『伸び脚』は、その坂の後、ギリギリまで取っておく。

 

 さあ……どこまで行けるだろうか。

 

 

「さあ、坂に入り順位は大きく揺れ動いていきます! 先頭は変わらずヤマトダマシイ! ですが、トウカイポイントとゴーイングスズカがすごい勢いで先頭集団を躱していく! その後ろからコイントスも上がってきた!

 そして更に大外の後方からは、サンデーライフ! 一度沈んだサンデーライフも坂で大きく順位を上げていきます!」

 

 すぐ前に居る子たちのペースが坂でもほとんど落ちない。とはいえペースアップしているわけでもないから、坂でスパートをかけ始めた私は1人、2人と抜くことが出来ている。

 が、もう先頭集団の失速は期待できないだろう。

 

 坂を越えても尚――10番手。前は遠い。

 

「ラスト1ハロンの攻防ですが、コイントスのペースが早い!? 前を行くトウカイポイントとゴーイングスズカの2人の間をすり抜けて3番手までやってきました! 先頭ヤマトダマシイも粘ります!」

 

 ラスト100m。

 ――ここで温存していた『伸び脚』を使う。

 

「トウカイポイントがゴーイングスズカを躱して前に出ましたが、そこから先が厳しいか!? 一方、コイントスはまだまだ上がっていきます! また1人抜かして遂に先頭のヤマトダマシイとの一騎打ちです!

 追うコイントスか!? それとも、逃げるヤマトダマシイか!? 並んだ、完全に並んだぞ! あと50mも無いが――いや! 抜き去る! コイントス抜き去ってそのままゴールイン!

 

 紙一重の勝負を制したのはコイントス! 見事、ターフの上で表裏をはっきりと示しました――」

 

 

 

 *

 

 1着がコイントスで、2着がヤマトダマシイ。

 4着にトウカイポイントが入り、5着ゴーイングスズカ。ここまでが入着組。

 

 私の順位は――8着だった。

 

 

 ――そう。17人中の8着だ。

 

 前のなんちゃってオープンウマ娘であったときの鳳雛ステークス、あの時は16人中の11着であったことを踏まえれば、クラシック級だった頃よりは戦えるようにはなってきている。

 

 応援しに来てくれたファンの方々は落胆の色を見せているのは分かったけれども、とりあえず一礼だけして。後は来てくれたアイネスフウジンたちにも軽く言葉を交わす。

 

「いやー、負けましたねえ。流石にまだまだ厳しいですねー……って難しい顔してどうしましたゴールドシチーさん?」

 

「……負けた直後でも普段通りとか大物だよ、アンタは」

 

「あー……えっと、普段はもうちょっと悔しくはありますけれども……流石に不利が重なっているとこれくらいが限度ですね、障害からのフォーム修正も終わっていませんし。それに着順こそ8番手ですが、結構混戦だったようで前との差は多分順位程には大きくないですよ――ほら」

 

 電光掲示板に出ている5着まででも2バ身以下の差しかない。ヤマトダマシイなんてコイントスにクビ差まで迫っている。

 

 そして、このタイミングで丁度良く葵ちゃんが合流する。

 

「……葵ちゃん、コイントスさんとの差はどのくらいですか?」

 

「えっ!? あ、はい。サンデーライフが他の子とのタイムの差を気にするのは珍しいですね。

 ……目分量ですが、こちらから見たときは4バ身を少し超えるくらいで5バ身に届かないかと。正確な数字は記録まで待ってもらいたいですが――」

 

 

 ――そう。4バ身差まで迫っていた。

 

 

「……覚えてます? ゴールドシチーさん。

 私は新潟であなたと未勝利戦で戦ったときに、たった1000mの直線で6バ身の差があったのですよ……スプリンターでも何でもないゴールドシチーさんに――」

 

「……っ! サンデーライフ、まさか――」

 

 

 一緒にレースに出ていないメジロライアン、それとアイネスフウジンを除いた、ゴールドシチー、バンブーメモリー、メジロパーマーは全員彼女らが本来主戦とする戦場の外で戦っていて。

 アイネスフウジンに関しては初見の大逃げを強要させた相手。

 

 しかし今日のレースはチャンピオンディスタンスの2000m。この距離を得意とするウマ娘はかなり多い中で、純粋に地力が出やすいレースで、奇策をほぼ使わずにネームドと4バ身差まで詰め寄った。

 

 

 4バ身の差は確かに1つのレースとしてみれば大きいかもしれない。

 けれど……ね?

 

 

 有力ウマ娘がひしめく芝・中距離での差と見れば――?

 

 そして私は中距離路線に固執する必要が全くないのだから、この数字の意味は大きく変わる。

 

 

 ……戦える材料は――揃ってきている。

 

 

 

 *

 

 2月に入った。

 2月と言えばアプリ的にも、というかウマ娘関係なくすべての女子にとって大事な一大イベントが待ち受けている。

 

 

 ――そう。

 

「サンデーライフちゃん! 鬼は外なのー! ……ほら、ファイン殿下も一緒に投げるの!」

 

「どうやって投げれば良いのでしょう……? 取り敢えず、やってみますね。サンデーライフちゃん、お覚悟っ! えいっ!」

 

「……ひぎゃっ! ちょっとちょっとファインさん……人に向けて良い弾速じゃないですって、それ!」

 

 それは、節分である――って違うよっ!

 ファインモーションが日本の文化交流名目でアイネスフウジンと私に節分体験を誘ってきて断ることでも無いので受け入れたら、何故か鬼役にされた。そりゃファインモーションにやらせるわけにはいかないから二者択一だったけどさ。

 で、ファインモーションは滅茶苦茶綺麗な投球フォームで私に向かって投げてきた。めっちゃ球速早くてビビった。大豆じゃなくてもっと大きい物体投げていたら、物理攻撃で鬼倒せるよ、あれ。

 

「はあ……はあ……、ひどい目に遭いました……」

 

「サンデーライフちゃん、ごめんなさいー。

 私、全力で投げないと『節分』の呪術的効果が無くなっちゃう、と思ったから……」

 

 うーん、どうなんだろうね、実際。鬼を払うなら全力投球した方が良さそうな気もするけれども、あんまり節分の『呪術効果』に期待することって無いから分からない。

 

 

 ……って! 節分も大事だけどっ!

 2月の乙女の行事と言えば、もっと別のものがあるでしょう!

 

 

 

 *

 

「――よーよなんぞうどの」

『よう』

「町を数え候、東の町に一万町、西、北、中――」

 

 

「あの……ファインさん、これは?」

 

「田遊びって日本の伝統行事なんでしょう? 節分と一緒に2月を代表する行事だって聞いていたから、楽しそう! って思って――」

 

 別の日に同じアイネスフウジンとファインモーションというメンバーでとある神社を夜に訪れていた。境内の中央には米俵や田んぼで使う農具などが積まれていて、それを和装をした人たちが囲み、言葉を唱えたり、踊りを奉納していた。

 私達以外にも結構見物のお客さんは居たけれどさ。

 

 ――これ、節分のときとは違ってガチの日本文化交流じゃん!!

 

 田遊びって行事、全然知らなかったよ私。どこからファインモーションはこれを仕入れてきたんだ……。

 

「……寒いの……。すっごく寒くて指がかじかむのー……」

 

 そして一緒に来ていたアイネスフウジンは行事をやっている中央から離れて隅の方にあった焚火? どんど焼き? とにかくその炎で暖を取っていた。

 

 見るとお客さんの半分くらいは行事よりも、そちらで暖を取っている。そりゃあ、2月の夜ですからね、寒いよ。

 

 

 ……まあ。これはこれで得難い経験ではあるんだけどさ。

 もう流石に突っ込んで良いよね?

 

 

 2月と言ったらバレンタインでしょ、普通!?

 

 

 

 *

 

 バレンタインデー。

 ウマ娘のアプリ的で言えば固有スキルレベルを上げてくれる日。以上。

 

 いや、人の心とか無いのかって話になってしまうが、一旦そこだけで考えたときに問題点が2つある。

 まず、そもそも私って固有スキルは多分無いよね。あの最終直線の『伸び脚』が疑わしいけど、まるでゾーンみたいなのに入っていないし。

 え? 推定サンデーサイレンスから貰っているかもしれない気性難の固有スキルっぽいやつ? ……あれは他人の固有スキルだから関係ないでしょ。仮に貰っているとしても、セイウンスカイの『アングリング×スキーミング』を他の逃げウマ娘に因子継承させているようなイメージだし。

 バレンタインで気性難上がるとかやだよ私。

 

 で、何が上がるにせよもう1つの問題がファン数。芝路線だと6万人でダート路線では4万人必要だったけれども、私のファン数ってこれを超えているのだろうか。

 何となく、あの『王子様』扱いの一件とかでいってる気もしないでもないのが怖い。でもレース分だけだと、そこまで届いていないとは思う。だからその辺りも未知数だ。

 

 足りてないなら足りてないでスキルptを貰えると考えれば、それはそれで良いかもしれない。いや、実際どこまでアプリの出来事を現実で発生すると信じて良いのかは分からないけどさ。

 

 ということで、いざチョコをつくろう! となっても早速問題が浮上した。

 

 

 作る場所が無い。

 

 いや、考えてみれば当たり前の話なのだけれども、このトレセン学園には数千人規模で生徒が在籍しているわけで。『バレンタイン』みたいな分かり切っている行事が目の前に差し掛かっていたのだから、既に食堂とか寮の共用キッチンとか家庭科室などは軒並み貸し出されていた。キャンセル待ちですら膨大に予約が入っている。

 

 まさか寮暮らしであることがこういうところでデバフとして降りかかるとは。もしかしてチョコ作るためだけに実家に帰ったりしているのだろうか、みんな。行動力の化身か。

 

 かくなる上は、大人げない手段を使う。

 

 

「……え? レンタルキッチンを借りて友達同士でお菓子作りをする、ですか?」

 

「はい、葵ちゃん。一応監督役の大人の方も確保しているので、学園提出用の説明書類に瑕疵が無いかをチェックして頂ければ」

 

 よくテレビ番組やYouTuberなどが撮影で使っているキッチンを私の名義で借りてしまおうというわけである。

 まあ内々での利用で売ったりするわけじゃないから、特に必要も無いのだけれども『菓子製造業許可』の認可が下りているスペースを使うことにした。この辺は、衛生面に関しての私の気持ちの問題である。それでも1時間5000円くらい。余裕を見て4、5時間くらいは取っておこうかな。

 当然、無駄遣いではあるし、こういう生活をしているようじゃ3億円貯めたってすぐに無くなってしまうという自覚はあるけどさ。でも現役で稼げるうちは、こういう散財をしても良いでしょ、多分。

 そもそも、あまりお金使ってないからね私。カニだって全部奢ってもらっていたわけだし。大きな買い物って資料室のソファーくらいだ。

 

「……サンデーライフ。別にそんなことをしなくても、言ってくれれば私の家のキッチンくらいなら貸しますし、スペースが足りないなら本家の厨房が使えるか掛け合いますよ?」

 

 そして、葵ちゃんならこういう反応するかもなあ、とも思っていた。

 

「主に私の『クラスメイト』のお友達などを誘う予定でしたが本当に大丈夫ですか? 彼女らに葵ちゃんを紹介すると多分、お菓子作りどころじゃなくなってしまいますが……」

 

「あー……すみません、それは私が軽率でしたね。

 ありがとうございます、サンデーライフ。そこは見逃していました……」

 

 レースで仲良くなった子たち以外にも、普通に私の友達は居る。だけど彼女たちのほとんどはPre-OP戦で四苦八苦している子たちだったり障害未勝利で燻っていたりする子だ。オープンウマ娘は基本少数派である。

 その状況で葵ちゃんと会わせてしまえば、逆スカウトを熱望する子が出ることだってあり得るわけで。だって『桐生院葵トレーナー』としてならば、ハッピーミークを見れば有記念やJBCスプリントといったGⅠ、JpnⅠへの出走をさせる手腕があって、私の障害転向にも付き合えて、しかも両者の全距離・全脚質適性に付き合えるだけのノウハウがあるのだから、そりゃ誰だって彼女に指導してもらいたくもなる。

 

 だけど、今のところ葵ちゃんが私とハッピーミーク以外を受け持つつもりは無いようで。というか、もしかしなくても私のサポートをすることの負担がデカすぎるからが最大の原因なんだけどさ。

 

 だからそんなことで不用意に友人関係に亀裂が走るくらいなら私費を投じるよ、それくらい。2万円、3万円をケチって友達失うとか無いでしょ。で、学生だけだと不安もあると思うので引率には私がずっとお世話になっていた全体監督のトレーナーさんのスケジュールを融通させていただいた。

 あの全体トレーナーさんも、注目度だけは異様に高い私のことを葵ちゃんが来るまでは管理していたことになるので、実は評価が上がっているらしい。だから休日出勤を強要するくらいは要求できる力関係にあった。

 

 そういう訳で、葵ちゃんに書類を見てもらって、多少の修正と『トレーナー』としての承認の印を貰って無事私はレンタルキッチンを借りることが出来た。

 

 

 つまり。

 バレンタインを戦えるだけの材料は――揃ってきている。


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