強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第35話 シニア級2月前半・バレンタインデー

 バレンタインのお菓子作りのためにキッチンごとレンタルしました。

 家庭科室とかが借りられないから外部のキッチンを調達する、という考えのウマ娘は今まで中々居なかったようで、クラスの子たちに話したときには結構驚かれた。

 

 とはいえ、従来の事務手続き外のイレギュラーな申請書類の提出にトレーナー引率の確保というハードルの高さから、あまり後追いする子は出ない気がする。

 一応、申請書類のフォーマットは『合宿の申し込み』の転用だ。期間を日帰りにして、合宿の目的をレースの技術向上ではなく、料理スキルの習熟……もっとオブラートに包めば『勉強会合宿』としての方向性で強引に通した。だから公的には私のトレーナーとなっている葵ちゃんからの承認と全体トレーナーさんを引率で確保する必要があった。この時点で葵ちゃんにサプライズするとかは断念した。

 だから学園上層部には、『職能技能習熟のための1日合宿』くらいのお堅い文面で書類を通している。理事長もたづなさんやシンボリルドルフだって内心爆笑しながらその申請書類に目を通したに違いない。

 まさか合宿制度をバレンタインに悪用する生徒がいるなんて、想定していないと思うし。

 

 で、クラスの子たちや私のルームメイトも、キッチンの需要過多状態には困っていた子も多くて結局、いろいろあって十数人規模になった。結構広めの場所を借りたから多分何とかなるとは思う。それに1人で全部作業する子も居るけど、グループで役割を分担して作業するって子たちも居たので、全員バラバラで作ることにはならないから多分大丈夫だ。

 

 なおアイネスフウジンとかゴールドシチーにマヤノトップガンなどからも、いつの間にか私のレンタルキッチンの話を聞きつけて『一緒に作りたい!』って申し出はあったけれども、これは断った。

 いや私の感覚がバグっているだけで、普通の子はGⅠ級のウマ娘相手に気安く接せられないのよ。緊張でガチガチになって他の子がお菓子作りどころではなくなってしまったら本末転倒だと伝えたら、引き下がってくれた。

 

 ぶっちゃけ最近の私は知名度だけは伸びている。でもクラスメイトはメイクデビュー戦前からの付き合いだし、全距離・全脚質である点さえ除けば、能力的にもネームドよりかは手の届きそうな場所に私は居るしね。

 遊びのときの罰ゲームで壁ドンとかお姫様抱っこを私にだけ要求することが増えたことに目をつむれば、ほとんどメイクデビュー時と関係性に変化は無い。

 

 ……友達の中に私のガチファンだろうって子が居るのは、流石にバレバレだから分かるけどさ、それを私から突っ込むのは野暮ったいもん。

 

 

 そして大体はクラスメイトだけれども、別のクラスの子でも戦績がバグってなければ受け入れた、面識ない子は流石に遠慮してもらったけど。その中の1人にかつて審議ランプが灯った際に走行妨害の『加害ウマ娘』の疑いを向けられていたインディゴシュシュも一緒に来てくれた。

 

 と、いうことで。

 

「じゃあ、各々バレンタイン用のお菓子を作りましょー。まあ、何かあれば分かる範囲なら答えますので。

 あ、取り敢えず5時間貸切ですので、そこまでに作業を終わらせてくださいね」

 

 一応、後ろの予約が無いことと、もしかしたら延長するかもしれない旨はレンタルスペースの運営会社の事前連絡時に確認しているから実は大丈夫なのだけど、それは言わないでおく。あんまりだらだらやってもしょうがないしね。というか5時間もかなり余裕持っているはずだし。

 

 で、借りたキッチンは業務用でも使えるような場所で、キッチン以外にも簡単なダイニングスペースもあるから大人数でも大丈夫だ。当日になって欠席の連絡を入れた1人を除いて……13人か。何とかなるだろう。

 基本的な鍋とかフライパンとか、ボウルやバットなどは笑っちゃうくらいの量が備え付けで置いてあって、コンロやオーブン、レンジなども複数台設置されているから同時に全員使う! とかの事態さえ避けられれば問題は無いはず。

 オーブンシートやアルミホイルとか、竹串、割り箸みたいな消耗品は置いてないので事前に持ってくるように伝えているし、まあ……最悪足りなくなったとしても近くのスーパーとかに買いに行けば良い。貸しスペースだから立地条件は物凄くいい場所だしね。

 

 適当に駄弁りながら、皆が広げている材料を見ながら聞いていると作ろうとしているのが生チョコとか、ブラウニーとかオーソドックスなものからトリュフやアマンドショコラまで結構さまざま。というか、難易度高そうなのもあるけど大丈夫なのだろうか、知らないけど。

 

 で、私の材料。

 まず卵が2パック。そして無塩バターを3個。砂糖も袋ごとで後は薄力粉、ブラックの板チョコ6枚、ベーキングパウダー。そして何よりアーモンドプードル、これが一番大事。

 

「サンデーライフの量、業者みたいじゃん……そんな量、一体何を作るの?」

 

「ふふん……良くぞ聞いてくれました……これです!!」

 

 私はそう言って、取り出したのはシリコンの加工天板。既に四角形の型が10個縁どられている便利グッズ。これを3セット購入して持ってきた。

 

「もしかしてサンデーライフさん……フィナンシェ、ですか? でも、フィナンシェってそんなに材料使うものなのですか?」

 

「あー……えっと。90個作るつもりだから……うん」

 

 それを言ったらドン引きされた。しょうがないのよ、だって1人に2、3個入れて個包装して渡すとしても、私の交友関係考えたら20~30人分くらいは作らないとダメじゃん! それにオーブンの火加減のムラとかもあるから、ひび割れして見た目が悪いやつも出来ると思うので、その失敗作を味見用で振る舞うことも兼ねての量である。

 

 で、一応普通のフィナンシェとチョコ味のフィナンシェを半々で作ろうと思っている。普通のやつは実際のところお菓子作りの中でも大分簡単な方だと思う。生地が出来れば型に注ぎ込むだけだから、私個人としてはクッキーよりも楽だと感じている。

 大量生産を行う以上、手間なんてかけていられないし。でもその割には高級感が出るからお得なのよ、フィナンシェ。

 

 とりあえず私の最初の工程は焦がしバターの大量製造からスタートする。生地に使うやつだけど通常版とチョコ版のどっちでも必要になる上に、一度作っておけば放置ができるので。

 ただ、チョコの湯せん組とコンロが競合するから大丈夫かなと思ったら、皆が私にコンロの使用権を譲ってくれた。……まあ、個数を言ったらそりゃそうなるか。それに私が渡す相手のことまで考えが巡ったら譲りたくもなるよね。

 

「あはは……皆、ありがとうね。

 失敗作が出たら、食べさせてあげます」

 

 

 ――なお、私のガチファンと思しきお友達は、この発言をおすそ分けではなく『あーん』して食べさせてくれる権利と勘違いしていたらしく、実際におすそ分けする段階で自身の過ちに気付き露骨に狼狽えていたので、私も彼女が何を考えていたのか察して勘違いを現実にしたりしてふざけたりもしたが、それはまた別の話。

 

 

 

 *

 

「や、やっとできた……」

 

 お菓子作りと実験は計量が大事になるから似ている、というたとえ話がある。確かに普通の料理とお菓子作りで求められるセンスが違うのは確かだ。

 正しいレシピの再現をすれば料理もお菓子も美味しく作れるというのは一緒ではあるのだけれども、そのレシピからの僅かな誤差の許容点がお菓子はとんでもなく狭いのである。

 

 正直な話、料理であれば作り慣れてくれば醤油とか味噌とかをわざわざ計量せずに勘で何とかすることは出来るが、お菓子でその域までの難易度は段違いである……少なくとも私は無理。メジロ家に医療サポートチームに紛れてパティシエが居たのも、あれは全く誇張なく専門技術として抱え込むべき人材であることをこの上なく示している。

 例えばよくあるミスとして無塩バターの代わりに普通のバターを買う、みたいなのがあるけれども、あれをやるとお菓子が『塩でもぶち込んだのか!?』って思うほどしょっぱくなる。まあ塩クッキーとかそういう類のお菓子もあるからゴール地点次第では、これはこれでアリかもしれない、と偶然落ち着くこともあるけど稀だ。

 

 ……妙に詳しい? そりゃ、フィナンシェの大量生産を目論むやつがお菓子作り初経験なわけないでしょ。それなりに失敗を重ねてきて今ここに立っているってわけよ。

 

 実はフィナンシェ作りでも前にミスをしたことがあり、砂糖の計量を大きく間違えて作ってしまったことがあったが、そのときは何かドーナツの亜種のような食感のものが出来た。それは派手に間違えたときの例だけれども、ともかくレシピを遵守しないと同じ材料からでも全く別物が出来上がるというのがお菓子作り界隈なのである。

 

 後、お菓子作りに触れたことのある人間なら分かると思うけど、ぶっちゃけお菓子って砂糖の塊である。作る側に立つと、ドン引きするほど砂糖をぶち込むからある意味食欲が減退する。

 具体例を言えば、今日作った私の通常フィナンシェ。

 ――総重量の25%は砂糖だからね、これも。

 

 もしウマ娘の食欲で空腹から満腹になるまでスイーツだけを『パクパクですわ!』なんてしたら、太り気味どころか生命活動に支障が出るレベルだと思います、うん。

 

「うわあ……1kgの砂糖袋が半分以下になっているのを見ると――」

 

「サンデーライフ、それ以上口に出すのは犯罪だよ?」

 

 

 ちなみに、これは私の自作フィナンシェ分だけの話である。

 ここに居る全員の作った分の砂糖量は……いや、考えるのをやめよう。

 

 

 

 *

 

 ――そして、バレンタイン当日。

 私と一緒にレンタルキッチンでお菓子を作った子たちと引率の全体トレーナーさんには、当日はあげないことを言ってある。あれだけの量を作っていて足りない恐れがあることを伝えたら、可哀そうな目で見られたから同意は取れたと思っている。

 ちょっと全体監督のトレーナーさんには申し訳ないとは思ったが、一応あの日に失敗作の試食会には参加してもらったし、何より5時間の作業で量が足りるか瀬戸際のラインなんだこっちは。

 

 で、まずはそれ以外のクラスメイトの仲の良い子。事前に渡そうと考えていた子以外からチョコを受け取ってもその場で返すことはできないので、ホワイトデー組リストに書き加える。

 そして放課後は仲良くなったネームドウマ娘たちへのバラマキ攻勢。ひやりとしたのは渡しに行ったほぼ全員が私のためのお返しを事前準備していたということ。

 

 その中から一番ヤバそうなのを1つだけピックアップすると、ファインモーションからお返しで貰ったチョコは、青一色の箱には一切のブランド名が書かれておらず、裏側にハープの紋章だけが描かれていた。逆にブランド名が未記載でここまでのオーラを放つ箱というのも中々無い。

 

 そしてネームドを探している最中に、私に声を掛けてくる見知らぬウマ娘の子も数人居て、その子たちからもチョコを貰った。取り敢えず最低限名前だけは聞いて、後でこっそりメモしているが、たまに渡すだけ渡して逃げるように去っていく子も居る。

 自分自身が推されていることに関して現実逃避して考えれば、確かに推しと自分が会話するのが解釈違いってタイプの子も居るのは分かるからなあ……でも、受け取る側としては何も情報無いとお返しが渡せないのよ。

 

 その脚で、葵ちゃんの個室のトレーナー室を訪れる。

 

「随分とチョコを頂いているようですね、サンデーライフ?」

 

「あ、この紙袋の片方は自分のチョコを入れていた袋ですよ、葵ちゃん。

 そうそう、葵ちゃんにも渡しておきますね。ハッピーミークさんの分と2個渡しておくので渡しておいてくれますか?」

 

「はいっ、ありがとうございます! 私とミークからもサンデーライフにお返しを用意していますよっ!」

 

 そして渡されたのは1つの小包。というか連名なんだ。まあ、ハッピーミークからしたら私がどんな相手かさっぱりだし、逆にハッピーミークが何を選んでくるのかも全く読めないから、そこで不用意なすれ違いを葵ちゃんが避けた、ということなのだろう。

 

「……それで、あの。

 実はサンデーライフ宛に他の生徒から預かりものがありまして――」

 

「マジですか……」

 

 思った以上に外面『王子様』扱いの波及効果がヤバいな!?

 それと同時に思い至って、急いで私の管理する資料室に戻ってみれば、端によけてあった机の上にいくつか綺麗に梱包された箱が置いてあった。

 

 この資料室、大事なものが何もないから開けっ放しだったけれども、今日はとりあえず施錠しておこう。それとなく葵ちゃんのトレーナー室の方に誘導する張り紙付きで。

 

 結局、今日のトレーニングを終えて、寮の門限の時刻までに積み上げられたチョコの数は、一筋縄では食べ終わらない量になってしまった。私が渡した知り合い関係から貰ったのが30個くらいで、このほかにもう50個くらいあるのが初対面かほぼ面識の無い子から貰ったものだ。

 

「……どうしましょう、葵ちゃん」

 

「まあ学園の方からのは、一旦全部開けて、賞味期限の短そうなものから優先していくしか無いでしょうね。

 あと恐らくは本日の夜には、学園外から届いたプレゼントについての数の集計が終わると思いますので、そちらについてのSNSでの対応も後でお話しましょう」

 

「ごめんなさい……具体的な数は怖くて聞けないです、葵ちゃん……」

 

 そうだ。そりゃウイニングライブをやっている以上は、アイドル的な側面もあるもんね、ウマ娘。外部のプレゼントは本人の手の届くところまで来ることは防犯上の観点で無いものの、反応をするのが普通みたい。まあ去年はそもそもSNSやっていなかったからしょうがないと思ってくれ、古参ファンの皆さん。

 

 

 ……なお、外部から届いたバレンタインプレゼントの総数は結局聞かなかったが、集計に当初の想定よりも大幅に時間がかかって夜には終わらず一旦休憩を入れて15日の朝までかかったらしい――という話を聞いて、私は震えた。

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