強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第36話 黄金の一片

 結局バレンタインは終わったけれども、実際固有スキルレベルの上昇とかスキルptの付与とかがあったのかは全く分からない。

 それで終わってみれば積み上げられたお菓子群。トレセン学園の生徒から貰った分だけでもかなりの量だ。一度に食べようとしたら『太り気味』どころか糖尿病まっしぐらである。外部からのプレゼントはトレセン学園の方針で生徒個人の手元には絶対に届かないので、そこはSNSで感謝のメッセージを告げてからは考慮外のこととなる。

 

 まず最初にやったのがデータ管理。一通り事務作業能力はある私だけど、ここは素直に葵ちゃんにも泣きついた。

 まず包装状態の写真と中のチョコやお菓子を撮影して、これを表計算ソフト上で生徒名との紐付けを行う。名前の分からない生徒から貰ったものに関しては、極力その生徒の特徴を覚えている範囲で書き出した。

 例えばウマ娘の耳飾りは結構特徴的で個性があるものだから、上手くすればそこから生徒を特定することも可能かもしれない。トレセン学園の生徒名簿は機密情報の塊なので私は見られないが、トレーナーである葵ちゃんには閲覧権限があるので特定作業に関しては葵ちゃんにお願いする。

 

 で、出来た名簿に対して実際に食べていき、味に関してプロファイルを行う。とはいえ『美味しい』『美味しくない』みたいな指標で評価を行うのではなく、甘さ・苦さや、食感の硬さ、口当たりや香りといった情報を残していき、特記事項があればそれも併記する……といったまとめ方だ。端的に言えば、食べ物のレビューではなく『食品の品質管理』のようなデータの残し方である。

 で、その最終的に品質管理名簿が大体出揃ってきたら、今度はその名簿に書かれている情報を私は暗記してインプットする予定。これで急に『私のあげたチョコは美味しかったですか?』と突然迫られたとしても対応できるようになる……うーん、友チョコ自体は貰う経験はあったけど、流石にこの量は想定外だし。

 

 加えて、食べる際の優先順位も付ける。最優先は仲の良い子から貰った方。あまりにも日持ちがしなさそうものについては、初対面の子から貰ったものを優先したりもしたが、それはごく僅かだったので、基本知らない子からの贈り物は後回しである。

 また後回し群で冷凍できそうなものは容赦なく冷凍保存を選択。こういうとき市販のものだと賞味期限が付いていて助かるけど、一方的に知っているという状態で渡されるチョコって本命……とまでは言わないが『憧れの人』に贈るみたいなパターンなので、かなりガチ目に手が込んであるものばかりで、ほぼ手作りである。市販であってももうブランド品だ。

 うーん、『王子様』への愛が重い。

 

「……すみません、葵ちゃん。ちょっと失礼なことお伺いします」

 

「どうしました、サンデーライフ?」

 

「ハッピーミークさんってここまでチョコを貰っていたりしました? ……それか、トレーナーの技能講習などでウマ娘のバレンタインチョコの対処方法とかって学んでいます?」

 

「あー……すみません。その、どちらも無いですね。

 桐生院家の教えでは、人気の高い担当ウマ娘への過剰な贈り物は『廃棄』となっていますが……」

 

 いや、桐生院の家訓でバレンタイン貰いすぎ系ウマ娘の対処法はあるんかい。

 無慈悲であるが合理性の塊でもある。実際トレーナー命令で捨てたとなればヘイトはトレーナーに集中するから、その方が担当ウマ娘の負担を軽減できてかつ生徒同士での諍いには発展しにくいのかもしれない。

 

 でも、流石に捨てるというのは忍びない。

 ――ということで。

 

 

「……え? 私がポニーちゃんたちの贈り物をどうしているか知りたいだって、サンデーライフ?」

 

「はい……今年から急に『王子様』と呼ばれるようになって、沢山貰ってしまってどうすれば良いのか悩んでいるのです……フジキセキ寮長」

 

 プロの『王子様』を頼ることにした。フジキセキとはレースでの対戦は無いものの、寮長なので係わりは希薄ながらもあった。

 

「勿論、全部頂いているよ。可愛いポニーちゃんの愛がこもっているものを無下にはできないだろう?」

 

 えっ……すご……。

 

「失礼な言い方にはなりますが、よくそれで……体型を維持できますね……」

 

「ああ、それには実は絡繰りがあるのさ、サンデーライフ。2月はトレーナーさんに頼んでトレーニングメニューや食事ごと変えているという……タネはそんなものだね」

 

 そう言いながら彼女は胸元からバラを出して私に手渡してくる。今、普通に私達は制服だけど、もしかしてこういう事態を想定してずっと仕込んでいたのだろうか。

 とはいえ、バレンタインのためにフジキセキのトレーナーさんは育成プランごと変えているというのは思い至らなかった。そしてそれを実施するフジキセキも隠された涙ぐましい努力である。

 

「……私も葵ちゃん、いえ自分のトレーナーと相談してみます」

 

「僅かばかりでも力になれたなら何よりだよ、サンデーライフ。しかし君は随分とトレーナーさんと仲が良いみたいだね、名前呼びかい?」

 

「あー……まあ、仲は悪くは無いと思います。でも名前で呼んでいるのは、親愛の情があるという理由以上に私達の関係性をトレーナーと担当という形に規定しないと決めたからですね」

 

「……その言い方は、何というか勘違いを生みかねないものな気がするよ」

 

 確かにこの言い回しだと、捉えようによっては、ただならぬ関係のようにも思えてしまうか。でも結構説明しにくいのよね、私と葵ちゃんの関係って。

 いや、一言でいえば私が自分自身のトレーナーで、葵ちゃんがサブトレーナーなんだけどさ。じゃあ、どうしてそうなったのかを説明すると長くなる。

 

 セルフプロデュースのサポートに正規の実績あるトレーナーを利用している時点で大分異質な関係性だからね、これ。

 

「……ちょっと一言で形容するのが難しい……ってこの言い方もまずいですよね? うーん、何と言えば良いんでしょう? 私をプロデュースする私というトレーナーと同期? ……ちょっとしっくりは来ないですけれども、そういう感じかもしれないです」

 

「何というか……そうだね。サンデーライフ。君が『王子様』と呼ばれる片鱗が私も少し分かったかもしれない。まあ、それはいいさ。

 あまりみだりに私の2月の特別メニューに関しては口外しないでくれると助かる。隠しているわけじゃないけれどもね」

 

 ……ファン目線からしたら自分のプレゼントで推しのスケジュールを変えてしまっていることを知るのは嫌だろう。先の言葉は、そういう悲しい気持ちを産み出させないようにフジキセキ寮長は頑張っている、ということでもあった。

 

 

 

 *

 

 一般的なアスリートのイメージとしてスイーツは天敵のように思える。糖分や脂質というのはいかにも身体に悪そうだからだ。

 実際、これでもかという程に砂糖をぶち込んでフィナンシェを作ったわけだし。フジキセキ寮長から伺った話を翌日の土曜日、葵ちゃんにぶつけてみたら、次のような答えが返ってきた。

 

「確かにお菓子に含まれる脂質量は注視する必要がありますが、砂糖自体は吸収の早さからエネルギー補給に優れてはいます。……だから食べ過ぎると肥満に直結するわけですが」

 

 おおよそトレーニングの1、2時間くらい前に糖分を補給することは悪くはないのである。タイミングとしてはその日の最後の授業が始まる直前の休み時間、そこでお菓子を食べる。するとトレーニング中のエネルギーとして上手く変換されやすい。

 ただし普通にご飯を食べていると、ただ食べる量が増えただけで意味は無い。

 

 

 ということで、食事メニューが大幅に変更となるものを葵ちゃんは提案してきた。

 

「食事を……そうですね、分かりやすく言えば1日5食にして、各食事量を減らして全体を調整します」

 

 食事回数を増やして1回に摂取する食事量を減らす。

 つまり朝昼夕の食事以外に、朝練1時間前と午後の最終授業直前にお菓子やチョコを食べる時間を設ける。

 ただチョコは特に脂肪分の塊でもあるので、その分通常の食事メニューから脂質と糖分を減らすことで調節を行う。カロリーなども全体のバランスを見て適宜減らしていく。

 

 正直ここまで来ると管理栄養士の仕事な気もするが、そこは前期トレーナーライセンス試験トップ合格者のエリートトレーナー・葵ちゃんである。アプリでハッピーミークへパフェ製作もしていたし、きっと栄養士資格に類する免許も持っているのだろう。バレンタインチョコを消費しきるまでは食事管理体制に移行することとなった。

 

「で、トレーニングメニューなのですが、折角エネルギー補給が十全に行われているタイミングで実施できるのでウッドチップコースでの『インターバル走』を試してみてもよろしいでしょうか?」

 

 『インターバル走』はハイペースとスローペースを一定距離ごとに交互に繰り返す反復トレーニングだ。一般的には坂路調教で用いられるトレーニング手法の一種ではあるが、葵ちゃんはどうやら坂路は使わないようである。もっとも坂路もウッドチップなのだけど、平地コースを使うみたい。

 狙いは心肺機能の強化と、速度変化時における走行フォームチェック。端的に言ってしまえば、メインはスピード・スタミナトレーニングである。とはいえ、単純なキツさもある点で見れば根性とも取れるし、走行ペースの変化の制御であればパワーや賢さの要素もある。これはインターバル走が様々なトレーニング包括する万能最強手法というわけではなく、ただ単にゲームのように簡略化されておらず、あらゆる練習は複合的に噛み合って成長に繋がることの証左であろう。

 

 

 ――ただし。

 

「……このタイミングで、心肺機能のトレーニングを推奨してくるということは……葵ちゃん、さては前走の白富士ステークスから仕組みましたね?」

 

「えっ!? えっと……あのー、白富士ステークスをサンデーライフが選ぶか否かは未知数でしたので……。それにバレンタインでのトレーニングメニュー変更なんて予想出来るわけ無いじゃないですか」

 

「確かに……そうですね、って。

 ――仕組んでいること自体は否定しませんでしたね?」

 

「……あっ」

 

 仕組んでいるという人聞きの悪い言い方をしたが、実際のところ葵ちゃんが何か悪さをしているわけではない。が、この抽象的な言い回しで心当たりがある時点で私の想像は的中していると言って良い。

 

 心肺機能の強化。これがどの能力向上に最も寄与するのかと言えば、結局スタミナである。

 そして白富士ステークス。これも葵ちゃんからの提案であった東京レース場・芝2000mのレース。

 

 その2つは別個で考えれば全く不自然なことは無いんだけど。

 

 

「……東京レース場・芝3400mの超長距離のダイヤモンドステークス。

 確か、これって丁度2月の末にありましたよね?」

 

 葵ちゃんは曖昧な笑みのまま頷いた。

 ダイヤモンドステークスに出走させるために、東京レース場を一度経験させる。その為に前走・白富士ステークスを進言してきた可能性が浮上する。

 確かに。有力ウマ娘の多い中距離路線で愚直に戦う必要は私には無い。しかも春の天皇賞すら凌駕する3400mという距離であれば適性が合致するウマ娘も激減する。一方で私は障害レースで3000m前後を障害有のコースで経験している以上、スタミナなどにはあまり不安が無い。

 

 条件的にはほぼ完璧である……ただ1点を除けば。

 ダイヤモンドステークス。このレースは、GⅢ――つまり重賞レースだ。

 

 となれば。まず間違いなく、この冬のレースにおいて葵ちゃんが主軸に据えようとしているレースがこれだ。

 

「……ここで、重賞挑戦ですか」

 

 確かに私達はレースの順位を目標にしていない。だから果敢に挑んでも別に構わないのだが。流石に重賞ともなればネームドの見逃しは効かなくなるだろう。今までも見逃されていた気は全くしないけれども……うん、正直に言おう。

 

 ――現時点で重賞に挑むところまでは覚悟していなかった。

 

 確かに、白富士ステークスで手応えがあったのは確かだ。けれども、まだ早いのではないかという疑念が私の中にある。もう1戦、2戦はオープン戦に専念して徐々にステップアップを図るべきではないかと考える自分が居る。

 

 自己の中の意見と違えている以上は、葵ちゃんの言葉を傾聴する。

 

「まず芝の長距離路線ですが、ハルウララさんとの競合は恐らく無いでしょう。

 ハルウララさんのトレーナーから伺った話ですが、どうやら先の予想とは異なり、3月末のドバイミーティングのレースに名指しで勧誘されていたらしく、そちらへの調整に専念するかと」

 

 いや、初っ端からヤバい話が出てきたね!? ステイヤーズミリオンの後はドバイかい。え、でもどれに出るんだ……ってそこは今は関係ないか。ともかくハルウララ路線との衝突は無い。これは助かる。なおドバイの話が無ければフェブラリーステークスに出走予定だったらしい。

 

「ただ……出ない子を類推することは出来ても、誰が出るかを予想することは難しいです。なので、そちらは一旦度外視しますね。

 とはいえ、このレースを選定した理由は単純です。芝の3000m超のオープンレースはサンデーライフもご存じかとは思いますが、ここを逃したら今年は阪神大賞典かステイヤーズステークス、あとは春の天皇賞しかありませんよ」

 

 ――事実であった。

 そして阪神大賞典もステイヤーズステークスもGⅡだ。

 ダイヤモンドステークスは確かに重賞ではある。されど芝・3000m以上のオープン戦レースは万葉ステークスただ1戦のみ。しかしその万葉ステークスは1月の初週に執り行われるので、既にチャンスは翌年まで先延ばしである。

 

 だからこそ、全距離適性のウマ娘にとって最も狙い目である超長距離路線を逃すな、というメッセージである。

 それこそ重賞挑戦を行ってまでするほどの価値があるという。

 

 私としてはフェブラリーステークスが直近にあるためやや空きが出やすいダートレースである総武ステークスとか、芝でも北九州短距離ステークスのようなスプリント路線を一考していたが。

 でもハナから選択肢から除外していた重賞を含めるのなら、ダイヤモンドステークスはアリかもしれない。

 

 

「……分かりました。私も覚悟を決めました。

 ダイヤモンドステークス……重賞の舞台へ行きましょう」

 

 

 そして抽選は無事通過して16名の出走メンバーの1人に私の名は刻まれることとなる。

 

 

 ――対戦相手の名簿が出て。やはり他にもいくつかネームドの名前は散見されたが、その中でも気を付けなければいけないのは次の3名に絞った。

 

 それは。

 まず私と同期からホッカイルソー。

 次に2年上の世代、シニア級3年目からは、キンイロリョテイ。

 

 

 そしてシニア級2年目である最後の1人は――セイウンスカイ。

 

 

 ま、まあ……もうこれくらいの面子は慣れっこだから……。

 

 

 

 *

 

「――ではセイウンスカイさん。ダイヤモンドステークス出走にあたって、一番警戒している相手はどなたでしょう?」

 

「うーん……やっぱり出走する子たちみんな怖いなーって思ってますよ? でも、そーですね。しいて言うなら……セイちゃん的には、サンデーライフちゃんですかねー?

 後輩ですけど、だからこそ未知数な部分があってイヤだなーって思いますねー」

 

 ……。

 セイウンスカイがインタビューにて名指しで私のことを警戒してるじゃん!?


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