強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第37話 シニア級2月後半・ダイヤモンドステークス【GⅢ】(東京・芝3400m)

 次走、ダイヤモンドステークスの注視すべき出走メンバーの史実を再確認する。

 

 ホッカイルソー号。勝鞍は日経賞やオールカマーなど。中距離も走れるが、菊花賞・春の天皇賞にて3着と好走していることからステイヤータイプでもある。勝ちパターンは差し、次点で追込といったところか。

 

 そしてキンイロリョテイのモデルは毎度おなじみステイゴールド号。GⅠ勝利は香港ヴァーズのみでかつ、50戦7勝でありながら7億6000万円以上稼いだ化け物だ。脚質はそこそこ何でも出来るし距離も中長距離。

 

 少女・キンイロリョテイとしては、今まで一緒に走ったことも面識も無いはずなのにそこそこ一方的に印象が残っている相手だ。まあ大体『阿寒湖特別』に私が出走したせいなんだけどね。常勝ウマ娘であったり、1着か最下位かみたいな極端なタイプであったりした方が私は正直戦いやすいのだが、キンイロリョテイはどちらかと言えばむしろ私に近いタイプだからやりにくい。性格的な部分とかではなく戦績的な意味ね。

 ただシニア級3年目にしてダイヤモンドステークス発走は、史実外ローテである。史実なら大体京都記念とかの時期だっただろうか、でも少女・キンイロリョテイも現状は主な優勝歴の欄が『阿寒湖特別』のままだった。

 ……となると私は3勝クラスの『清津峡ステークス』が勝った中では一番高い格式のレースになるから2勝クラスの『阿寒湖特別』よりも地味に上なのか、うへえ。

 

 

 さて、その両名よりも問題のセイウンスカイである。

 黄金世代の一角でクラシック二冠の上で、菊花賞レコード勝ちというなんかもう笑うしかない経歴の持ち主である。そして史実セイウンスカイ号はこのシニア級2年目の時期は丸々屈腱炎の療養に費やしていたはずだが、ここに出てきているということは故障など露知らずの健康体であることを窺わせる。

 セイウンスカイ号は古馬になってから戦績がパっとしなくなったと言われるが、GⅡを2勝に、春秋の天皇賞はどちらも入着と『いやクラシック期が化け物だっただけで充分じゃん……』と思わせる成績はある。

 

 そしてそんなセイウンスカイが今回のレースでは私のことを名指しでマークしている宣言。否応なしに注目されるじゃん、それ。キンイロリョテイとはセイちゃんは対戦経験があるんだから、そっちに注視してくれれば良いのにわざわざ私を狙い撃ちするかな……。

 

 ただ少女・セイウンスカイが策謀を巡らし勝利を掴み取る『トリックスター』であることを踏まえれば、ターフの外での盤外戦術も使う私に対して同族でありながら異質の脅威を感じるというのは分からない話でもない。

 

 純粋な素質と能力の暴力で殴り掛かってくる相手にも私は弱いけど、一流ウマ娘でありながら策士、というセイウンスカイタイプも中々に相性が悪い。

 

「葵ちゃん、セイウンスカイさんが私に脅威を感じているのは一体どの辺りでしょうか?」

 

 私の視点には無い意見を持っているかの確認を込めて、葵ちゃんに対しても質問を重ねる。いつもの事前ブリーフィングである。

 

「私達がセイウンスカイさんの手の内が分からないように、向こうからすればサンデーライフが何を考えて出走したのかを完全には読み切れていない、という点が一番大きいと思いますよ?」

 

 状況証拠的に見れば超長距離レースに出走したいから選んだということは分かるはず。ただ一方でこのタイミングでの重賞挑戦は、私の考えでは思いつかなかったものだ。多分、私の思考プロセスをセイウンスカイがトレース出来ているのであれば、そこが疑問点となる。

 

 葵ちゃんの影響であることは間違いない。ただ『外から見たときの』ハッピーミークのトレーナーとしての葵ちゃんは、意図的にハルウララに競合するように出走させていたトレーナーにも見える。確かに全距離適性ウマ娘相手のトレーナーではあるけれども、ハッピーミーク育成時と私の育成時であまりにも行動原理が乖離しているから、外からそれを掴み取るのは容易ではないだろう。

 

 そして、セイウンスカイ視点でそこが見えてこない以上は『何らかの勝算があって』ダイヤモンドステークスに出走してきている可能性を捨てきれず、晴れて警戒対象入りという流れ……なのかもしれない。

 

 勿論、私を警戒するという話そのものがブラフであり本命が別であるとか、注目されている自分自身が敢えて告げることで他のウマ娘に私のことをマークさせてフロックを封じるのが狙いだとか、可能性の話をすればいくらでもあり得る。

 

 

 ただ……。私の懸念点を共有する。

 

「セイウンスカイさんの逃げに対して、私の今の実力では差せませんよね?」

 

「彼女にレースペースを握らせてしまうのは危険かもしれません。特に長丁場のレースですから、上手く息を抜いて最終直線でもそれほどペースを落とさずに完走することが予想できますね。

 東京レース場の最終直線が長いと言っても一昨年のダービーの舞台で出走していますし、対応策はあると思った方が良いでしょう」

 

 セイウンスカイに主導権を明け渡すことほど危険なことは無い。盤面を思いっきりかき乱さない限りは私にチャンスすら訪れない。

 

 でも、自分で主導権を掴むために私に取り得る方策は――『大逃げ』のみ。

 しかし私が『大逃げ』を選択した時点で、東京レース場の長い最終直線とそこにある坂、更には超長距離レースである事実自体が私に対して牙をむく。

 障害未勝利戦でビックフォルテ相手にやったような2番手につけての徹底マークをやったとして、セイウンスカイがそれで崩れるかと問われれば厳しい。というかビックフォルテも別にペースを大きく乱した様子は無かったしさ。

 

 うーん、着実に選択肢が摘まれていて取り得る方策そのものが減らされている感じがする。

 

 

「しかも。今のセイウンスカイさんには『これ(・・)』もあるのですよね……」

 

 そう私は言いながらタブレットで見ていた映像を再度再生する。

 それは、去年のGⅡ・札幌記念。このとき、セイウンスカイは逃げではなく『差し』を選択して勝利するという奇策を見せてきた。

 

「サンデーライフ、正直に言えば厳しい局面です。

 『大逃げ』を選択しないと逃げのセイウンスカイさん相手に主導権は握れませんが、一方で差しを彼女が選んだ場合には『大逃げ』はまず間違いなく悪手になるでしょう」

 

 ここまで考えると、改めてセイウンスカイが他の対戦相手に私のことを改めて印象付けたのが手痛いなあと思えてくる。

 脚質自在といえども、何だかんだ私は『大逃げ』でのフロック勝ちの印象は強いのだ。となれば『大逃げ』決め打ちの場合、順当に考えれば私を無視するのが定石だ。

 そして逃げウマ娘以外のスローペース展開は、セイウンスカイが逃げだったときには単純に先行有利の恩恵として享受できる。

 差しだったときにはセイウンスカイ自身もバ群に埋もれるリスクが生じるが、私が『大逃げ』だったらセイウンスカイは脚を溜めに来るだろうしそれが可能なレース場で、私が『大逃げ』以外なら策ではなく地力勝負の土俵へと持ち込まれかねない。

 

「……ぶっちゃけ、詰んでません?」

 

「相手はクラシック二冠ウマ娘ですからね、その上で『策士』と謳われる相手なのですから色々と謀略が巡らされてもいますよ」

 

 やっぱり、どう考えても戦略上の自由度はセイウンスカイのが高い。実力差もあるから策の講じやすさが段違いなのだ。

 勝ち筋が『大逃げ』だけ――って、この状況は前にもあったな。

 

「……もしかして、セイウンスカイさんは。

 私が『大逃げ』を選択しない(・・・・・)ように策を講じてきている……? そっちが正しいのでしょうか?」

 

 『大逃げ』か否かの選択を強要されるレースは『阿寒湖特別』がそうだった。あの時は札幌レース場のコース形状と格上相手からの勝利を希求する場合の最適解が大逃げであったが、私はそれを選ばなかった。

 そして、今回はセイウンスカイの策略から逃れて勝負をする場合の消去法の解が大逃げ。

 

 葵ちゃんは、小さく首を振る。

 もうここまで来ると、ただの考えすぎなのか、本当にそこまでセイウンスカイが考えているのかの判断がつかない。

 裏の裏を考え始めるとキリが無くなってくる。

 

 

 こういうときに何を信じれば良いか。

 

「――葵ちゃん」

 

「はい……サンデーライフ、何でしょう?」

 

 葵ちゃん、彼女の様子は終始楽しそうであった。……まあ、それはそうかも。こうやって担当ウマ娘とトレーナー目線を交えて戦術論を語らうことが出来るとは思わなかったって前に言っていたしね。

 そんな葵ちゃんに今一度私は尋ねる。

 

「……私達は『順位』を目標にしてレースに出走しない――それは今回も……ですよね?」

 

「はいっ! 勿論です、サンデーライフ。

 そこが私達の関係の原点の1つでもあるのですから――」

 

「……なら、取り得る作戦は自明です。

 ――『大逃げ』を。セイウンスカイさん相手に真っ向からレース展開の掌握……ひいては頭脳戦を挑みましょう」

 

 フロック狙いで紛れに期待する戦い方である。

 今までずっと味方に付けていたレース場やコース形状を敵に回す戦い方である。

 一見、セイウンスカイの術中にハマったような戦い方でもある。

 

 

 無理をして勝つ気概は私には全く無いけど……さ。

 『勝ちが狙えるなら勝つ』という私の基本方針は全くぶれてない。

 

 そして、私が『勝ちを狙える』ところまで策を巡らすのであれば、今回は戦術的不利を許容してでも大逃げをする必要がある――ただ、それだけのこと。

 

 

 

 *

 

 東京レース場の本日のメインレース。

 GⅢ・ダイヤモンドステークス。晴れの良バ場。

 バ場状態が荒れれば荒れる程私には有利に働くから、雨でも雪でもドンとこいという心構えであったが、流石に天候操作は出来ない。

 アプリトレーナーはてるてる坊主で自然現象すら操るから、やっぱりあれ神様か何かだよねえ。森羅万象を使役している。

 

 で、芝・3400mのレースともなると、もう内枠・外枠で有利不利がほぼ無くなる。長い距離を走るからどこからスタートしても大して変わらなくなってしまうのだ。

 1番人気はもちろんセイウンスカイ。2番人気がホッカイルソーで、3番人気にキンイロリョテイという順番になっている。

 

 私の同期でもあるホッカイルソーの方がキンイロリョテイよりも人気なのは少し意外に思ったが、ホッカイルソーの前走が中山金杯での入着であり、彼女も私と同じく前走東京レース場のウマ娘である。ちゃんとその辺りもファンが考慮するとは驚きだ。後、キンイロリョテイはパドックで調子の良しあしが全然分からないのもあると思う。

 ただセイウンスカイが圧倒的であり、キンイロリョテイとの差はほんのわずかな人気差だけどね。

 で、私は6番人気。出走人数16名であることを踏まえればそこそこ高い。まあいつもの『王子様』ブーストと、セイウンスカイ名指しボーナスが入っている気がするけどね。

 

 それと東京レース場なんで、また知り合いが応援に駆けつけてくれている。

 

「……サンデーライフさん、前よりも『お友だち』の気配が強くなっていますね……」

 

「ちょっと心当たりはないですねー……あはは……」

 

 まずマンハッタンカフェとファインモーションが日程を合わせて来てくれていた。ターフの上にはキンイロリョテイも居るからこの空間、滅茶苦茶『阿寒湖』の占有率が高いな。

 『お友だち』に関しては、うん。初詣で会っちゃってるからなあ。そりゃ気配も濃くなるよ。

 ファインモーションはそんな私とマンハッタンカフェの会話をニコニコとしながら眺めていた。曰く『カフェにしか見えないものがサンデーライフに強く出るって面白いことだね』とのこと。彼女は洞察力がずば抜けているから、ひやりとすることを言う。

 

「サンデーライフちゃん、頑張るのー!」

 

「むむっ、アイネスさんよりもマヤの方が応援しちゃうんだからっ!」

 

 それとアイネスフウジンとマヤノトップガンという謎のコンビが結成されていた。この2人面識あったっけ……? 分からないが、でも相性はかなり良い……というかアイネスフウジンがほぼマヤノトップガンを妹みたいに扱っているから、旧来からの間柄のように見えるくらい息ぴったりだ。2人とも距離感バグ勢の筆頭候補だし。

 

 というかアイネスフウジンは、前走・白富士ステークスに続き2連戦で見に来てくれている。どれだけ私に注目しているんだ、この子は。

 

 

 そして時間が迫りゲートの方に戻ると、私に話しかけてくる人影があった。

 

「おやおや……ダービー・オークス・秋華賞ウマ娘の応援団とは随分と豪華ですねー。セイちゃん怖くなってきましたよー」

 

「セイウンスカイさんですね、本日はよろしくお願いいたします。

 ……というか記者会見のときからずっと思っていたのですが、よく私のことをご存じでしたね?」

 

 ……まあ、突っ込みどころがあるとするならば。

 セイウンスカイ陣営は、黄金世代勢ぞろいで応援に駆けつけてきているので、向こうは向こうでとんでもない陣容である。アニメ1期時空のモブになった気分だ。しかも時系列的にエルコンドルパサーの凱旋門賞も、日本総大将・スペシャルウィークのジャパンカップも終わった後だし。

 

「まあまあ、可愛い後輩ちゃんですからねえ。

 それに『脚質自在の王子様』――なんて、乙女なセイちゃんにはドキドキしちゃう相手かも?」

 

 まあセイウンスカイの場合、ドキドキしているのはきっと『王子様』の方では無く『脚質自在』の方になのだろうが。

 

 ちょっと揺さぶりをかけてみるかな。

 

「今日は最終直線で、パパっとセイウンスカイさんのことを抜いて見せますよ?」

 

「……ふむふむー、となると戦術は追込ないしは差しということですねー。

 しかし、どうでしょう? この『逃げ』のセイちゃんを捉えられますかねー?」

 

 

 そんな会話を周囲にも聞こえるくらいの声量で交わした後にゲート入りをする。

 

 

「ファンファーレが終わりまして、東京レース場今日のメイン競走11レースはダイヤモンドステークス、GⅢ。芝の3400mの舞台にシニア級ウマ娘が16名揃いました。

 各ウマ娘ゲートイン完了……スタートしました!

 まず1周目、第3コーナーを目指して先行争いはホッカイルソーかサンデーライフ――間からサンデーライフが行きました。ホッカイルソーは一旦控えて2番手でサンデーライフを追走します。その間に先頭のサンデーライフ、その差を1バ身といったところでしょうか。これはもしかすると――」

 

「……どうでしょう。ペース配分次第ではありますが『大逃げ』を狙っているかもしれませんよ」

 

 

 ――全然前に来ないじゃん、セイウンスカイ!

 

 あー……これは間違いなく、差しのセイウンスカイだね。

 お互いレース開始直前で大嘘の会話をするとか、何というか徹底した嫌がらせすぎる……主に私達以外の出走者への。

 

 示し合わせているならまだしも、アレが初対面の会話だと言うのだから、何というかお互いのやり口がにじみ出ている。


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