強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

38 / 90
第38話 シニア級2月後半・ダイヤモンドステークス【GⅢ】(東京・芝3400m)顛末

 東京レース場・芝は最短コースならば全周2083.1mのコースである。つまり3400mのレースとは1.5~2周の間にあり、詰まる所バックストレッチからスタートして1周した後にもう一度ホームストレッチ側まで戻ってきてゴールとなる。

 

 そしてこれは前走からの確認にもなるが、坂はホームストレッチとバックストレッチ側の両方に1つずつ。しかも勾配2m程度あるかなり厳しい坂だ。

 3400mレースの場合、スタート直後に坂があることから、合計で4回の急峻な上り坂が待っていることになる。

 

 スキルでいえば『登山家』であったり、大逃げを打った今ならば『じゃじゃウマ娘』が刺さる環境だ。

 ただ、レースを17戦行っている今の私でもスキルという類のものを感じたことが無い。あるのは徹底してレース技術だけ。スリップストリームにしろ、例の『伸び脚』にしろ。

 

 実は大逃げと呼べるまでにはペースを上げていないが、今の私に追走してきているのはホッカイルソー。その後方には……セザンファイターが先頭の先行集団が見える。重点マークはしていないけれども、このセザンファイターも史実ネームドである。他にもネームドの子は出走しているが、もうマークする相手は絞らないとキリが無い。

 だが、そのマークしているネームドであるセイウンスカイとキンイロリョテイはここから捕捉することが出来ない。それが示す事実は中団よりも後方に付けているということ。

 

 まあ前向きに考えようか。少なくともセイウンスカイ相手に主導権争いをするよりは楽になった。ホッカイルソーも難敵ではあるが、策略家というわけではない。

 ひとまず最初の仕掛けは坂を上った後。コーナーで徐々にペースを上げたらホッカイルソーや後方のウマ娘はどう反応するかを見る。

 

「――各ウマ娘、第3コーナーから第4コーナーに入りまして、先頭はサンデーライフ、その差を広げて2バ身程度。2番手はホッカイルソー、ペースをキープ。そこからもう2バ身離れてセザンファイターが先頭の先行集団となっております」

 

「……これは、ややサンデーライフがペースを上げておりますか? それに勘付いたのでしょうかホッカイルソーは無理には追いませんね」

 

 ホッカイルソーは追ってこない。未だハイペースな逃げくらいのペースだが、ホッカイルソーは早々に私に追走することを断念した。追われない、となるとちょっとやりにくいのが『大逃げ』である。

 そして、カーブで加速した私と少しずつ距離が離れていることを鑑みるに、ほとんどホッカイルソーのラップタイムはずれていないはず。私との距離感ではなく、自分の感覚でペースを決めているとなると『大逃げ』する効果はどうしても半減してしまう。

 

 それでも視覚的情報から入ってくる私の姿による影響を完全に排することは難しいので一定の成果は見込めるが、集団全体を大きく掛からせるみたいなダイナミックな仕掛けはちょっと厳しくなる。

 

「第4コーナーの中ほど、前半3ハロンのタイムは36秒9。平均よりは早いペースで展開は推移しています」

 

「ハイペースではありますが『大逃げ』策も充分に取れるサンデーライフからすればまだ『逃げ』の範疇とも言えます。しかし既にホッカイルソーと3バ身以上の差をつけておりますので、後続はややスローペースで推移するかもしれませんよ」

 

 あまりペースを上げずに『大逃げ』と誤認してくれたのは基本的には私に有利になる一方で、同時にこの段階で誘いに乗って来ないということは私の小手先戦術に引っかからない可能性も高いということである。

 

「ホッカイルソーの後ろにはセザンファイター、その横にオーボエリズム。そのすぐ後ろの5番手に居ましたキンイロリョテイ。内にインテンスリマーク。

 ここから更に2バ身開いて中団に位置しておりますのがサムガーデンとアドマイヤバラード。そして1番人気、セイウンスカイはこの位置――」

 

 ホームストレッチの坂を登る。この坂を越えてもまだ1000mという序盤も序盤なので、無理にペースを維持せず速度を落として突き進む。そして坂を越えたらペースを戻す。

 この動きにホッカイルソー以下後続がどう対応するのかをチェックしよう。

 

 

「坂を越えて1000mのタイムは1分2秒から3秒といったペース。ホッカイルソーとの差は……少し縮まりましたでしょうか?」

 

「そうですね、サンデーライフが前半3ハロンを越えたときよりも若干ペースを落としているからでしょう。……おっと、サンデーライフが坂を越えたらペースが戻りましたが、ホッカイルソーはやはり追いませんね」

 

「サンデーライフは再び後続との差をつけて2バ身半――」

 

 

 うーん、流石に重賞レベルのウマ娘は中々引っかからない。こちらのペースは殆ど意に介していない様子だ。

 ……じゃあ、少し強引な手を使ってみますか。

 

 1400mを通過して第1コーナーに差し掛かるところで、私は本格的に動いた。

 

 

 

 *

 

「各ウマ娘、第1コーナーから第2コーナーに入りまして……先頭がサンデーライフからホッカイルソーに入れ替わりました! サンデーライフはペースをかなり落としてホッカイルソーにハナを譲ります!」

 

 ホッカイルソーに先頭の景色を譲る。

 ただし、私は常にホッカイルソーの視界に入り続ける。障害未勝利戦にてビックフォルテ相手に行った戦術に近いプレッシャーを与え続ける走法だ。

 しかも、あの時は相手にペースの主導権を渡したが、今回は後方にセイウンスカイが控えている以上は2番手で主導権を握り続ける。

 

「さて、向こう正面に入りまして依然先頭はホッカイルソーで、そのすぐ隣をサンデーライフが並走します。3番手以降とは大きく差が空いておりますが、これは一体……?」

 

「第9ハロンと第10ハロンのラップタイムが11秒9。先ほどまでとは一転してかなりハイペースになってきましたね」

 

「サンデーライフがハナを譲ったことでかえってペースを乱したか、ホッカイルソー! 後続を突き放していきます!」

 

 

 先頭を追うのと、並走されるのでは心理的な印象が全く変わる。

 前者では一定のペースが保てる子でも、後者ではペースを乱してしまう子も多い。何故か。

 

 ウマ娘の『闘争心』という本能に直接語りかけているからである。先頭を追う展開であれば、長期的な視野になって最終的な勝利を見据えることが出来ても、並走されてしまうと、今真横に居る子を突き放したいという欲求が一般にはどうしても生じるみたい。

 

 更にレースペースの主導権自体は私が掌握し続けていることで、障害戦のときとは段違いに相手にかかる負担は違う。

 

 そちらの本能の制御にリソースを少なからず割くので、結果的にペースを乱す策が決まりやすくなる。

 

 

 ホッカイルソー。あなたはネームドウマ娘だけどね。

 私と一緒に地獄の大逃げの旅路にご招待いたしましょう。『王子様』らしくエスコートをして……ね?

 

 

 

 *

 

 6番人気の私が単走するよりも、2番人気であるホッカイルソーが一緒に『大逃げ』に出るというのは、後方のウマ娘にとっても心理的な圧迫感が段違いである。

 正直、私だけだと『あいついつも大逃げしてるな』で終わってしまうが、ホッカイルソーはハナを進むタイプでは無い以上『何か急がなければいけない理由があるのでは』と邪推させる効果もあるはず。

 

 つまりホッカイルソーへの大逃げエスコートを起点として、全体へこの影響を波及させることを企図している。

 バックストレッチ2度目の坂ではペースは落とさず上げ続ける。ただしホッカイルソーに悟られないように少しずつだ。

 

「坂を越えての先頭はホッカイルソーとサンデーライフの2人。僅かにホッカイルソーが前に行く展開は変わりませんが、3番手オーボエリズムとの差は7バ身から8バ身といったところでしょうか。

 さてこの高速展開に後方はどう動く――おっと! 大外から一気にセイウンスカイが進出! 順位を大きく上げて5、6番手まで上がってきて、先行集団の前が見えてきた!」

 

「まだ1000m以上ありますよ。ロングスパートにしても、ここで動くのはあまりにも早計です。……セイウンスカイともあろうウマ娘がかかったとは考えにくいですが――」

 

「しかし、そのセイウンスカイに引き寄せられるように、先行から中団がペースを上げ一塊となっていきます!」

 

 

 ちらりと後方を確認したら、後方のかなり大外に居るセイウンスカイを視認できた。

 ……えっ。何で差しのセイウンスカイがこの位置からでも見えるの?

 

 スパート? いや、流石のセイウンスカイでもスタミナ切れを起こすはず。もし東京レース場でバックストレッチの直線からゴールまで加速し続けられるなら、黄金世代の中でも一強になれるだろう。

 

 

 ええと、じゃあ。ホッカイルソーの大逃げでセイウンスカイが焦ってペースを上げてきた? 私の狙っていた策が、上手くセイウンスカイにハマったのだろうか?

 

 ――いや、それは無い。

 『大逃げ』を見て焦るのは3番手、4番手辺りでホッカイルソーの変化を真っ先に視認出来るウマ娘のはず。私の狙いは先行集団が掛かり気味にして、それに引きずられる形で中団以降にも波及させること。後方に居たはずのセイウンスカイが真っ先に掛かるというのは理屈としておかしい。

 

 だったら、何故。

 もう一度セイウンスカイの位置を確認するために、後方を振り向く。すると彼女と完全に目が合った。距離があるので表情までは読み取れなかったが、まず間違いなくセイウンスカイは私に目を合わせてきた。

 

 

 ――まさか。

 後方から私の『大逃げ』の仕掛けを見切った……? そして私の策を看破した上で、潰すのではなく増幅させる(・・・・・)ためにわざとペースを上げたのだろうか。

 

 大逃げに対してのカウンターは追込。ハイペースで逃げれば逃げるほど最終的には垂れるので、序盤・中盤のペースの早さなんて無視して脚を溜めておくのが最適解であり常道である。

 だから本来セイウンスカイにとっての最適解は大逃げなんて無視すること。

 

 ここまでが基本的な考えだ。

 

 

 しかし脚を溜めると有利になるのは、セイウンスカイだけではなく『後方のウマ娘全員』だ。

 だったら、多少の不利は許容しても後方集団丸ごと掛からせて優位を消し去ってしまい。そしてハイペース化によって先行・差しを混在させることで、大きなバ群を形成して後方からの進出を阻害してしまえば。セイウンスカイは悠々と前の集団と勝負が出来る。

 

 自身の優位性を投げ捨ててまで、そして大逃げウマ娘に有利を譲渡してまで、最後の直線での競合相手を減らす方向にシフトしてきた……そう考えられないだろうか。

 

 

 ――私もセイウンスカイも策略によって戦うが、しかし明確に異なる点がある。

 私は弱者の策なのに対して。

 セイウンスカイは黄金世代不在のこの場では強者として策を繰り出せる。

 

 

 となると、あり得る可能性は。

 セイウンスカイの勝ち筋と、私の策略が完全に一致している……いや、一致させられた、のではないか。

 だからセイウンスカイが動けば動くほど私は有利になる。となるとセイウンスカイの策を止める理由が私には無い。

 

 

 ――それは策の共存という形で、セイウンスカイが主導権を握ることなく戦略的フリーハンドを獲得した瞬間であった。

 

 

 

 *

 

「大ケヤキを越えて第4コーナーへ。先頭のホッカイルソーはペースを落とすことなくそのまま最終直線へ突っ込んできそうです。その3バ身後方にサンデーライフ、そこから2バ身後ろにセザンファイター、インステリマークが率いる大きな集団があります」

 

「これだけ固まっていると紛れがありそうです。しかし、セイウンスカイは下がりましたね。ですが相変わらず大外につけています」

 

「さあ長い長い東京の最終直線は、まだまだ分かりません――」

 

 

 私に見えていた光景はホッカイルソーにも見えている。だからこそセイウンスカイの追い上げを見てホッカイルソーが更にペースを上げた。ここで、私は追走をせず2番手の位置で留まる選択をした。

 脚を溜めるならもっとペースを落とした方が良いんだけど、集団で固まっているから、その前には付いておきたい。

 

 でも『大逃げ』で単走するよりかは遥かに有利な形で最終直線に入った。

 セイウンスカイが野放しになったが、それでも彼女自身も仕掛けのために大外をずっと走っているので走行距離の面でも不利を背負っている。

 

 一方で、私は。

 この先行・差し集団が一塊になる現象には心当たりがあった。

 ――前走、白富士ステークスである。

 

 あの時と違い私の位置は2番手だが、白富士ステークスも同じ東京レース場。

 既視感のある形で最後の勝負に挑めるというのは途方もないアドバンテージだ。

 

 

 私にとって有利な条件が、これでもかと積み上げられた最終直線。

 上振れのレース展開が作り上げられていたのである。

 

 

 ――セイウンスカイによって。

 

 

 

 *

 

「先頭、ホッカイルソーは坂で苦しいながらもペースを落とさず粘っております! そのすぐ後ろをサンデーライフが追走、サンデーライフもペースを上げてきているが、後続集団の伸びも素晴らしい!

 おっと、団子状態からまず抜け出したのはキンイロリョテイ、キンイロリョテイが3番手! バ群を中からぶち抜いてキンイロリョテイが前を狙う! そのキンイロリョテイを追うのはセザンファイターにサムガーデン!」

 

 

 3400mのレース。大逃げによるハイペース展開。4度の坂。セイウンスカイによる全体ペース操作の援護。

 

 その全ての結実は、この坂を越えたラスト1ハロンのため。

 

 ――最後の私の仕掛けが発動する。

 

「坂を越えた最後の攻防ですが……おっと前を狙うインステリマーク、サムガーデン、いや他の娘も伸びない!? ホッカイルソーとサンデーライフ、ペースが落ちつつもまだ粘ります――」

 

 先行・差しのスタミナ切れ。流石に最後の最後のこの2mの急勾配の坂で明確にペースが崩れる子が続出した。

 

 となれば、有利なのは前に残った私とホッカイルソー。勝負は私達2人に絞られる……ことはなく。

 

 そこに参加資格があるのは――もう1つ。

 理を覆させるだけの力とスタミナを持つ者。

 

 

「……大外からセイウンスカイ! セイウンスカイが脅威の差し脚で上がってきています! そしてキンイロリョテイも脚色は衰えません! ホッカイルソーの先頭はここまで、キンイロリョテイとセイウンスカイが颯爽と抜き去ります!

 どちらも末脚が伸びる! 伸びております……が、セイウンスカイが僅かに先行! そのままゴール板を通過しますっ!

 セイウンスカイ1着! セイウンスカイがGⅢ・ダイヤモンドステークス、宝石の輝きを掴み取りました――」

 

 

 確定。

 1着、セイウンスカイ。

 2着、キンイロリョテイ。

 3着にホッカイルソー。

 

 

 そして。

 私の名前は4着にあった。

 

 ――現在の獲得賞金、6391万円。

 

 

 

 *

 

 3400mの超長距離レース。ゴールして流した後、私はターフに倒れこむようにして横になった。周りの子もほとんど同じかそれ以上の疲弊状況だ。

 

 

 ――GⅢで入着できた。

 間違いない。私のレース運びは重賞クラスでも通用する。自信が確信へと変わった瞬間であった。

 

 セイウンスカイに上手いように利用された感は否めない。彼女の手のひらの上であったことについては思うところがないわけではないけども。

 

 けれど、それは同時にあの『黄金世代』の中で戦ってきたセイウンスカイをもってしても、私の策が『重賞で通用する』と判断しているからこそ、彼女は私を利用したのだ。

 

 

 実力では圧倒的格上。策略家としても一枚上。

 そんなセイウンスカイに私は負けた。けど。

 

 他ならぬそのセイウンスカイによって、私の能力の裏付けがなされたレースだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。