強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
トップスピード勝負になった場合、アイネスフウジン相手に勝ち目は無い。だからこそスタミナ消耗戦に持ち込む必要があるのだが、これが難しい。
大逃げと一口に言っても、己のフルパワーを使ってリードを作りすぎれば「こいつは後で垂れる」と思われて足を溜められてしまう。そして終盤で垂れること自体は全く正しいために、末脚の類が全く伸びない状態であっても逃げ切れるように、ある程度のリードは必須なのである。
言わばハッタリだ。
相手に「もしかしたらこいつは逃げ切ってしまうかもしれない」と思わせることである程度追従させる。しかし終盤のためにセーフティーリードは保っておかないといけない。
それで初めてスタミナ消耗戦の土俵に上げることが出来る。
幸い逃げ・先行が多いレースだ。引っかかる相手は居るはず。ただ、問題はこれがアイネスフウジンにどこまで通用するのかという点に尽きる。
ちらりと後ろを窺う。
私が大逃げだと分かった時点で、逃げウマ娘は私から少し距離を置き始めているが、それでもかなり早いレース展開に己のペースを見失っていてただ私との距離にてペースを推し量っているようにも思える。
実はペースを上げたり落としていたりするのだが、2着との間にある差は縮んでいない。ちなみにペースを上げているのは私が坂を上り切った直後だ。距離を一定に保とうとするのであれば、後続は坂道での加速を余儀なくされる、という算段である。
最初私が大逃げだと判断出来るまでのホームストレッチでの坂でも加速を強要しているので、仕掛けは合わせて2回。……これをマイル戦で出来るからこそ福島を選んだのである。
第3コーナーから第4コーナーにかけては勾配は無い。後は最終直線に入って緩やかな下り坂の後にラスト1ハロンで登って終わる。
最後の上り坂で私は間違いなく失速する。で、あれば仕掛けは早い方が良い。
ただ大逃げをとっている私にとって今更ロングスパートも何も無い。ここからは如何に速度を落とさないか、それが大事となる。
残り3ハロン。
まだ第3コーナーの中ほどだ。後続との差は詰まらず、一定距離が保たれている。
そのまま残り2ハロン。
この辺りで第4コーナーが終わりへと差し掛かる。福島の直線は中山よりも18m短い。だからこそこのコーナーから後続はスパートをかけてくる。
残り何バ身の余裕があるか、私にはもう分からない。後ろを振り向く余裕はとうに無くなっていた。ただ足音が近づいてくる感覚がある。それが実際の音なのか心理的圧迫感が生み出す幻聴なのかすらも分からない。
そして、最後のハロン棒。
と、同時にここから上り坂である。
坂を上る。まだ後続は来ない。
坂を上る。足音はずっと耳にこびりついている。
この坂の高低差は1.2メートル。勾配も特筆するほどではない。
わずか数秒で上りきる距離。にも関わらず、今の私には随分と長く感じた。
ようやく坂を上りきる。残り50メートル。
後続は来ている。が、まだ私が先頭であった。
勝利が眼前に迫り、ようやく手が届くところまでやってきた。
……はずだった。
*
「サンデーライフ逃げ切るか! いや、後続の脚色も良い! アイネスフウジン更に加速する! サンデーライフ、アイネスフウジン同時にゴール板を駆け抜ける! ……僅かにアイネスフウジンが体勢有利のようにこちらからは見えましたが……」
……ゴールの目前で、私は風神の暴風を確かに感じた。
ゴールした私はその場に倒れこみ、電光掲示板へと視線を向ける。
――確定。
サンデーライフ――クビ差で2着。
……現在の獲得賞金に180万円が加算され890万円となった瞬間であった。
*
「……嘘、でしょう。アイネスフウジンさんのラップタイム、私の大逃げでも全然崩れていないじゃない……」
あの福島でのレースの後、アイネスフウジンから「最後まで追い付けないと思ってヒヤってしたの!」と言われ、そのまま連絡先を交換することとなった。それ自体はとても良いことだったのだけれども、トレセン学園に帰還した後にレース映像を分析し直してみれば、アイネスフウジンが私の大逃げに全くかかることなくほぼ正確にタイムを刻んでいたことが判明。厳密に言えば第1,2ハロンで僅かに乱れが見られるものの、第3ハロン以降のラップタイムはすべて0.5秒以内に収まっている。
確かに言われてみれば、最終直線まで彼女の姿を視認することは無かったけれども、掛からずに自分のペースを刻むことが出来ているのはとんでもないことである。
ただし彼女が掛かっていなかったということは逆に考えれば、私が最終直線で思ったよりも失速していないことを示しているとも言える。
ただしタイム自体はそこまで速いわけでもない。そこを切り取ればアイネスフウジンが思うようにラストスパートで速度を出せていなかったと取ることも出来て、その場合では私の作戦は効果があったのかもしれない。
専属トレーナーが居ないから、全部憶測の話にしかならないところがつらいところだ。
それでも私なりに結論付けるのであれば、大逃げは有効、だけど決定打にするにはもうひと手間要る……といったところだろうか。
しかも一度手札を見せてしまった以上は、奇襲効果は次走以後では半減する。
ただ……次のレースが事実上ジュニア級最後のレースになるだろう。休養を挟み12月の後半に登録する次の予定レースで勝っても負けても、その更に次走はクラシック級のレースとなる。
クラシック級の未勝利戦になれば、強いウマ娘達は先に1勝を上げているから段々とレベルが低くなる……ということは残念ながら無い。アプリ育成だと一律ジュニア級6月でメイクデビューを飾るものの、実際にはそちらの方が日程的にはかなりハードスケジュールだからだ。私も何も考えずに6月メイクデビューにしちゃったけどさ。
なのでジュニア級の間にしっかりと実力を付けたいウマ娘や、実際に出走してみてのレース勘などよりもトレーニングを重視する子などは早期のデビューを見送ることもある。ただレースに出ても出なくても、月70万円の学費は発生し続けるし、メイクデビュー・未勝利戦の終了はクラシック級の夏であることは変わりない。
経済的な余裕と長期的な計画立案能力、更には短い未勝利戦期間中に勝利を挙げられると判断出来るだけの潜在能力が無い限りはその決断は出来ない。だからこそ、ここまでデビューを遅らせてきたウマ娘の実力は決して先んじてデビューした者らに劣ることは無く、それはメイクデビューに敗れて未勝利戦にやってきたウマ娘であっても同様だ。
あるいは脚部不安などの身体上の不安要素がある場合も、調整期間を長くとってデビューを遅らせる可能性はあるけどね。
……本来それら前者の要素を全て兼ね備えるはずの大器晩成タイプのメジロマックイーンがダートで早期デビューを果たしている以上は、ネームドのウマ娘がジュニア級時点で才能が開花しきっていない訳でも無さそうなのが怖い。
『一番速いウマ娘が勝つ』と言われる皐月賞――この『速さ』には速度の意味も勿論含まれるが、同時に『早熟性』という成長スピードの速さも勝敗を決定しうる要素となる。けれど、この世界がネームドウマ娘たちにアプリのごとく専属トレーナーが付いている以上は、大器晩成型のウマ娘であっても皐月賞までに仕上げてくることもあると考えるべきだろう。ジュニア級年末で未勝利の私は皐月賞などというGⅠレースを語ることの出来る場所には立っていないけどね。その頃までには1勝出来たらいいなあ……と思うくらいである。
*
さて、ジュニア級12月と言えば、最初のGⅠが執り行われるタイミングである。ホープフルステークスは本当に年の末であるために、まだ行われていないが、私の出走レースが来る前にそれ以外のジュニア級GⅠレースの結果が出たようだ。
とはいえ結果だけ見れば順当と言えば順当だ。
阪神ジュベナイルフィリーズの勝者がゴールドシチー。そして朝日杯フューチュリティステークスはアイネスフウジン。どちらも未勝利戦でぶつかり敗北した相手である。
一応着目すべき点としては阪神ジュベナイルフィリーズの方にニシノフラワー、ウオッカ、ヒシアマゾン、メジロドーベルなどといった名前が出ておらず、朝日杯フューチュリティステークスにもマルゼンスキー、ナリタブライアン、ミホノブルボン、グラスワンダーなどの名前が無い。
確定ではないがこれらのウマ娘は同期ではないのかもしれない。
ただ朝日杯の方には2着ハナ差でフジキセキ、3着サクラチヨノオー、5着ヴァイスストーンなどといった錚々たる面々が名を連ねていた。栗東の寮長も同期だし、割とあっさり無敗神話が崩されている辺り、無慈悲に結果が変わるのだと驚愕。
このガチ面子の中で勝ったアイネスフウジンは、多分勝利後でウイニングライブをする前のタイミングで私にメッセージが送られてきていた。
いや、凄く嬉しいしすぐに返信したけど、アイネスフウジンにとって高々未勝利戦で戦った私のことってそんな大事なタイミングでメッセージする相手になっているのは意外と言えば意外である。
それと、5着のヴァイスストーンってアニメ準拠のホワイトストーン号のことだったような気がするが……。節々から感じていたことではあったが、この世界を完全にアプリ時空と同一と考えるのは時期尚早かもしれない。全世代バトルロイヤルなことくらいにとどめておいた方が良いかも。
なお、メジロマックイーンは12月中旬に川崎レース場で実施された地方で開かれるトゥインクル・シリーズとの交流重賞レースである『全日本ジュニア優駿』に勝利していた。
いや、レース格付けJpn1で日本国内ではGⅠ勝利と同等の意義を持っているから上述の2人に並ぶ栄誉ではあるんだけどさ、うん。
『全日本ジュニア優駿』ってダート1600mなんだよね……。本格的にダート路線進んでいるけど、正規の春天連覇ルートに戻ってこれるのかなこのマックイーン。
*
さて。肝心なのはGⅠレースではなく、自分のレースだ。
12月の寒空の中で、私が選択した今年最後の舞台は――函館レース場。前に一度マックイーンとメジロマーシャスの2人と戦ったレース場である。
しかし、今回は芝の1200mを選択。もちろん理由はある。函館の芝は他の多くの国内レース場と芝質が決定的に異なり、ヨーロッパのレース場に近しい。理由としてはそんなに難しい話ではなく北海道の生育環境では日本の芝は寒すぎて不向きだからだ。なので同様の理由で札幌レース場にもヨーロッパ由来の芝が利用されている。
芝質の違いは、ウマ娘にとって決定的な勝敗を左右する要因になりかねない。もちろん函館や札幌の芝にマッチングする子もいるだろうが、中央トレセン学園に通うウマ娘にとっては未知の芝質に近い。ぶっちゃけ私も初挑戦だ。
一般的な傾向としてはそもそも使用されている芝が違うことから植物としての性質が全く異なるために、根の張り方が異なる。それがレースにおいてはバ場の柔らかさへと繋がり、脚が持っていかれやすく良いタイムが出にくい。
坂などは少ないものの、短距離でもパワーとスタミナを要求されるコースだということだ。そしてかつて負けた中山のように難しいアップダウンは無くほぼ平坦であることから、技術云々よりもスタミナごり押し戦術が有効だと私は考えた。
そして仕込みのもう1つが実況席からもたらされる。
「――雪の降る函館レース場。バ場状態は『重』と発表されております」
「今朝から降り続いていますからねえ、遠目からですが芝の状態は水分を多く含んでいるようにも見えますね」
この悪天候こそ、狙っていた。雪の重バ場。函館の12月の雪日数が過去30年平均でおよそ25日。つまり1ヶ月のうちほとんどは雪が降っている。実際レース中に雪が降るか否かについては運の要素も多分に含まれていたが、これで更にスタミナを必要とする環境を用意することが出来た。バ場状態だけではなく出走までに身体を冷やして体力を消耗する子もいるだろうし、体温低下を嫌って念入りにアップを行って日ごろと違うコンディションで望むことで調子を崩す子も出てくるかもしれない。
そのリスクは当然私にも降り注ぐが、しかしメイクデビューから数えて7戦目である私にとってそれくらいのハプニングは織り込み済みのものであった。
……いや、うん。今更だけど冬の北海道レースとかよくやるよ。確かにアプリのルームマッチで雪降らして遊んだりしていたけど、本当にこの時期に興行するんかい。
そしてもう1つ。
最終直線は福島よりも更に短い。ということは先行型が有利。
スタミナが必要で逃げ・先行が有利な舞台。そして前走で大逃げでGⅠ勝利ウマ娘に迫ったとなれば、誰しもが再びの大逃げ戦術を取る……と考えるだろう。
そう思っているところを――差す。先行集団の後方に位置付けてカーブから加速してロングスパートをかけて、勝つ。
そのために、これだけ高速化しないような舞台を選択したのだから。
「……さあ、本日の5番人気。サンデーライフの登場です」
――え? 5番人気?
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「――確定いたしました。
1着にマックスビューティ、2着はメジロモントレー、3着ダイナガリバー、4着メジロパーマー……ここまでが大混戦の模様でした。
そして5着にサンデーライフ」
未勝利戦で、重賞レース並みの豪華メンバーが揃うのは駄目でしょ!! 策を練って勝てる次元を超えてるじゃん!
――現在の獲得賞金、958万円。