強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第40話 シニア級3月前半・ホワイトデー

 セイウンスカイが開口一番に言っていた資料室をお昼寝スポットにしようと考えていたのはそこそこマジの話だったらしく、数回使用感を確認に来ていたものの『ちょっとここは人がたくさん来すぎですねー』と言ってお昼寝スポットとしての活用はやめたようだった。

 そう考えるとお昼寝スポットの選定って中々難しいんだなあって思ったが、でも何だかんだこの学園って使われていない部屋が結構ある。この資料室だって私が管理者になるまでは、ほぼ放置だったわけだしさ。いや、その時は埃まみれでとても寝られるような場所ではなかったけど。

 

 そしてこの3月の頭になって、ようやく1つ終わったことがある。

 

 バレンタインの贈り物を全部食べきることが出来た! ……いやー、長かったね。しかしホワイトデーがもう目前。

 

 今度は『王子様』の風評に乗っていただいた約50個の面識が無い子から貰ったチョコと、貰う想定ではなかったクラスメイトへのお返しを製造しなければならない。幸い葵ちゃんの人物特定作業のおかげで、ほとんどの子を特定することが出来ている。

 まあ渡す際に名乗った人物は全員捕捉して、名乗ってなくても8割程度は素性を調べ上げたのだからこれで勘弁してほしい。面識無く名乗らない子を全員見つけるのは無理なのよ。

 

 ……既製品を買って済ませても良いんだけど、面識の無い子からのチョコはかなりガチの本気で手の込んだものばかりだから、流石に100円、200円のチョコで返すわけにはいかない。仮に200円で失礼なお返しをしたとて50個で1万円はいくしなあ。

 

 幸いなのが、ここトレセン学園においてはホワイトデーはイベントとしては大分下火になっている、ということ。基本バレンタインって男性は男性で貰えないと苦痛を伴う一方で、沢山義理を貰うとホワイトデーの経済負担で死ぬという噂を耳にするくらいにはだけど、女子サイドも普通に負担がえげつない。

 トレセン学園の風習的にホワイトデーがバレンタインで一方的に貰った相手に返すのがメインの予備日程度の扱いになっているのも『流石に2ヶ月連続で2回もこんなイベントやってられるか』という思いが結実したものだろう。友チョコなんて、お返しの連続になると地獄の永久機関になりかねないし。

 

「……葵ちゃん、ホワイトデー用のお返し作るので、葵ちゃんの家のキッチンをお借りして良いですか? 今回は私1人なので」

 

「ええ、勿論構いませんが……。サンデーライフ、悲壮感がすごいですね」

 

 

 なお50人分プラスアルファのお返しはマドレーヌにすることにした。ただしフィナンシェのときとは異なり1人1個が基本で、クラスメイトなどの近しい人物は2個。

 ……まあ、それでも70個くらいマドレーヌを作ることになったんですけどね。葵ちゃんにも私の味をトレースしてもらう形で手伝ってもらったが、それでもやっぱり4時間以上かかった。

 

「来年は親しい子の分も含めて既製品にします。……経費で落とせないですかね、これ」

 

「……多分、正規でない用途で申請書類を書く知恵は、私よりもサンデーライフのが高いと思いますよ」

 

 うーん……。初対面とか接点が希薄な子に返すのは今年限りにしようかなあ……。今の人数でもかなりギリギリだから、もしこれ以上増えたら完全にオーバーフローになる。

 ここまで来ると、パティシエの期間限定雇用とかお菓子屋さんとの提携とかが私の脳裏に浮かんできているレベルなので。

 

 ともかく後は100円ショップで買ってきた透明な袋とマスキングテープを使ってラッピングするだけ。あんまりちゃんと梱包してしまうと逆に手作り感が損なわれるので、ハンドメイドの雰囲気を出すように。

 フィナンシェ同様マドレーヌもちゃんと包むと、買ってきたもの感がすごく出るところが難点だねえ。

 

「後は、夕ご飯を食べてからにしましょう」

 

「そうですね……いやあ、つかれました」

 

「あはは……私は楽しかったですけどねっ! サンデーライフと一緒にお菓子作りが出来て。

 それで、夕ご飯なんですが……家で食べます? それとも、どこかに食べに行きます?」

 

 マドレーヌ製造作業が長丁場になることは最初から分かっていたので外泊届は事前に出してある。だから今日は葵ちゃんのマンションに泊まるのは良いとして、夕食か。

 別に『葵ちゃんの料理が食べたい』って言っても良いし、多分彼女自身は喜ぶだろうけどさ。4時間も個人的なお菓子作りに付き合わせて、その直後に『夕飯作れ』はちょっとねえ……。

 

 かといって、葵ちゃんって部分部分で『アプリの桐生院トレーナー』らしさの片鱗も残しているから、彼女に外食の行き先まで全部委任すると、ちょっとどれくらいのグレードの所に行くのかが想定できない。『例の水族館の日』も結局カニの小料理屋さんの予約が入れてあったわけだし。

 2月後半で出走したから、まだ直近で出走予定も無くバレンタインチョコも全部食べ終わったから食事の管理体制も解除されている。だから、何を食べても問題は無いし、葵ちゃんが私の食事メニューを把握する分にはカロリーが高いものを選んでも別に構わないだろうが。

 

 でも洋食系は嫌かも。あれだけマドレーヌを焼きまくった後だから流石に気分転換したい。

 

「……回転寿司ってこの辺にありましたっけ?」

 

 こいついつも海産物食べてんな、と思われそうだが、でも葵ちゃんも私もマドレーヌの味確認のために試食しているから、葵ちゃんの今の満腹度合いが未知数なのだ。

 だからある程度食べられる量を自己判断で調節できるもの……って考えで思い至ったのがコレだった。

 

「あっ、私、回転寿司ってテレビで見たことありますっ!

 一度是非行ってみたかったのですよね! ええと、お店は……」

 

「……ちょっとノートパソコンお借りしますね」

 

 リビングに置いてあるノートパソコンで検索をかけてみると、一番最寄りが車で10分くらいのところにあった。ウマ娘的には全然走って行ける距離だけど、それをする意味が無いので普通に葵ちゃんの運転する車に同乗して行くことにした。

 

 ……というか意外かもしれないが、葵ちゃんは普通に運転が出来る。

 まあ障害レース出走時には福島や阪神レース場まで葵ちゃんの運転で行っていたから今更ではあるんだけどさ。

 

 流石に新幹線移動で現地入りするにはちょっと私の知名度が上がり過ぎた。

 いや、別に電車に乗っても話しかけられたり勝手にカメラ向けられて写真を撮られることはあんまり無いんだけどさ、ほら新幹線だと座席が隣同士になるかもしれないわけで。

 他の乗客にむしろプレッシャーがかかりかねないので、今は専ら葵ちゃんの運転での遠征になった。

 

 でもこの世界のファンの民度はとんでもなく高いから、普通に街を歩いているくらいじゃ特に話しかけられたりはされない。『あっ』って気付いて驚く人も居たりするが、それくらいだ。

 まあカレンチャンみたいなクラスのインフルエンサーになれば話は別だろうが。加えて言えば、私自身は仮に『人気』はあっても情報発信はほぼ最小限だから、あんまりファンと接点を持つのが得意ではない方だと思われている節もあるようだ。

 

 だから回転寿司みたいなチェーン店のお店にも行ける。

 

「あっ、電子パネルで席を取るのですね! やってみたいです!」

 

「葵ちゃん、何だか子供みたいですよ」

 

「ボックス席とカウンターってどちらを選べばいいですか!? カウンターならすぐに案内されるみたいですが――」

 

「ボックス席でお願いします……私はウマ娘ですので」

 

 ウマ娘は人間の何倍も食べるので、カウンター席だと食べたお皿がスペース的にかなり邪魔になってくる。

 多分、私も頑張れば50皿くらいは食べられるとは思うが、トレセン学園には200皿、300皿くらいは優に食べられそうなフードファイター顔負けの逸材が揃っているから、それに比べると私の全力も霞んでしまう。

 あと、私は満腹になるまで食べなくても満足出来るタイプなので、回転寿司も20皿くらいで実は何とかなったり。人間女子と比較してしまえばかなり多い方だが、ウマ娘でこの量はむしろ少食と言ってもいいくらいなのである。

 

 レースに出るとか、速く走るとか、そういうところよりも、こういうところで自分がウマ娘であることを実感する……って、前に似たようなことを思った気もする。ソファーを資料室に1人で搬入したときだっけ。

 

 そんなことを考えていると、少しだけ待った後に席に案内された。まあ、葵ちゃんにタッチパネルの使い方を教えつつも、初来店の人のための『ヘルプ』ボタンみたいなのがあったので、それに全部丸投げした。

 というか、タッチパネル内にちゃんとそういう対応できるボタンがあったとは。電子化されたマニュアル万々歳である。

 

「……ねえ、サンデーライフ。思ったことを言っても?」

 

「……? ええ、別に良いですけれど……」

 

「注文したお寿司が席に届くのは楽しそうですが……回転要素はどこに?」

 

 

 ……回転するレーンは犠牲になった。

 お寿司を回転させる必要は別にそんなに無いことに回転寿司店は気付いてしまったのだから。

 

 

 

 *

 

 回転しない回転寿司という哲学的命題を食した私達は帰路に着き、葵ちゃんハウスに戻ってきた後はマドレーヌの梱包作業に取り掛かっていた。

 葵ちゃんは5、6皿食べていた。数があやふやなのは、私とシェアして食べたものもあったからお互いの何皿食べたかが分からなくなったからである。カニは食べてない。

 

 

「葵ちゃん。お風呂あがりましたけど、バスタオルはどこに置いておけば……?」

 

「あ、洗濯機のそばのカゴに置いておいてください、黄色のやつです」

 

 洗面台のあるサニタリーには確かに空のカゴがあったから、多分これかなと思いそこにバスタオルを入れてリビングへと戻る。

 しかしリビングには葵ちゃんはおらず、どこに居るのか探してみると寝室にその姿はあった。

 

「……あっ! サンデーライフ来ましたね! お風呂上りのマッサージをするのでベッドに横になってください!」

 

 葵ちゃんのシングルベッドには足元側には大き目のバスタオルが敷かれていた。あー……脚のケアってことね。

 急と言えば急だけど、まあいっかと思って、特に抵抗もせずに葵ちゃんのベッドにうつ伏せで横になる。

 

 競走馬でも脚のケアにマイクロ波を照射するなど整骨院ばりのケアを日常的に行うこともある。怪我などをするとレーザー治療などもする。ブラシによるケアなどは初歩中の初歩だし、馬専門のマッサージセラピストなども居るくらいだ。

 しかも競走馬に対するマッサージ施術は、そこまで強い力をかけずとも目に見えてリラックスするそうで、競走成績にどこまで関わるかは微妙なところだが少なくとも乗馬には有意な差が出るらしい。

 

 で、ウマ娘はそんな競走馬よりも人間に近い整体施術を行うことが出来る。……人間のアスリート相手のマッサージだと『あん摩マッサージ指圧師』の資格が必要なはずで、これは国家資格だ。

 少なくとも葵ちゃんはその国家資格に準ずるものを有しているか、そもそも中央トレセン学園のトレーナー免許資格に内包される技能なのかもしれない。

 そりゃあ、人手も足りなくなるわ。トレーナーへの要求水準が高すぎる。

 

「サンデーライフ、その体勢のままでいいので聞いてください」

 

「はい、葵ちゃんなんでしょうか?」

 

 私は葵ちゃんの枕にうずめていた顔を横にして、彼女の方に耳を向ける。

 

「……本当はサプライズ的に紹介しようかと思いましたが、一応サンデーライフの意見も聞いておきたいので今話しますね。

 実はホワイトデー辺りのタイミングからミークと貴方を引き合わせようと思っていますが……どうです?」

 

 私がハッピーミークと未だに直接顔を合わせていないのは、もしハッピーミークと私の相性が悪ければ、私が遠慮する形でトレーナー契約を解除する恐れがあったから。

 だけど、ここに来てそれを翻してきた。

 

「……つまり。もう葵ちゃん無しでは私は生きていけないほど虜になっている……と、葵ちゃんはそう考えているわけですね?」

 

「……なっ! ……たまにサンデーライフは予想外の言い回しをしますよね。

 ですが、そこまで自惚れての意見じゃないですよ。

 私がトレーナーとして教示できることは大体貴方にお教えしたつもりですし……、今であれば貴方は1人立ちしてもやっていけると思います――」

 

 

 ……ここで、『私はもうあなた以外のトレーナーを考えられない』とか『嘘偽りなく葵ちゃんの虜になっている』みたいな甘い言葉を囁いてうやむやにすることは出来た。多分、トレーナーとウマ娘の関係として、そういうドロドロの共依存の在り方もあるとは思う。

 

 

 ――でも。違うよね、私と葵ちゃんの関係性は……そうじゃない。

 

 

「……はあ、葵ちゃん。何か大きな勘違いをしているようですが……。

 葵ちゃんのことを『桐生院トレーナー』と呼ばなくなった頃からですかね……別に葵ちゃんのことを『役立つトレーナー』だから付き従えていたわけではないんですよ。最初からそういう関係では無かったじゃないですか――『勝利を目指すウマ娘』と『それを教導し啓蒙するトレーナー』という関係図では。

 

 私にとって確かに葵ちゃんの存在は究極的には必要無いですし。それは逆に言えば、葵ちゃんが私というウマ娘だけに固執する理由もありませんよね?

 ……でも。精神的に深い部分での繋がりの有無だとか、利害関係だとか、そんなもので私は自分の交友関係を規定はしていませんよ……ね?」

 

 ――だって、友達ってそういうものじゃない?

 という言葉は飲み込む。多分私達の関係性を言葉として落とし込んだときに最も近いのは『友達』だと思う。違う言葉で規定することも勿論できるだろう。

 

 だが現実とは複合的なものだ。決して関係性というのは一意に決まるものではない。物事をカテゴライズするのに分かりやすくラベル付けをするための標本としてそれらの関係を決定付ける言葉があるだけだ。

 

 それでも私にとって彼女を『言葉』という形に落とし込めて、矮小化するしか無いのであれば、私は彼女のことを『葵ちゃん』と呼ぶ。

 ……その関係性を形容する語句を私は他に持たないから。

 

 

 

 *

 

 そしてホワイトデー当日。

 

「……ハッピーミークです。……よろしく、ぶい」

 

「サンデーライフです、よろしくお願いしますね。ええと、何とお呼びすれば……」

 

「……手紙みたいにミークって呼んで」

 

「じゃあ、ミークさんで」

 

「……駄目。トレーナーのこと『ちゃん』付けなんだから……呼び捨てか……せめて『ちゃん』にして」

 

「……。

 分かりましたよ、ミークちゃん! でもあなたのが先輩なんですよ、2年も!」

 

 

 ハッピーミークも距離感バグ勢かい!?


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