強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第42話 オルタナティブ・プラン

 エアグルーヴとやり取りをした1時間後、私は約束通り生徒会室へと足を運んでいた。

 

 何だかんだで、もうここを訪ねるのも3度目だ。昔は私には無縁の場所と考えていたけれども、先のことと言うのは全く分からないものである。

 本当に障害転向をすることになるとも思っていなかったし、自分自身が『王子様』なんて呼ばれ方をするなんて想定すらしていなかった。

 一寸先は闇であるとともに、眩しすぎて目を開けられないほどの強い光でもある。

 

 そして、そんな過去の置き土産であるところの『ポロ』すらもファン感謝祭を前にして起爆することとなる。

 かつてシンボリルドルフと勝負して勝つ方法として提示したポロ。『共に戦い、共に勝利』することを企図した4対4の団体戦であり、改めて簡単に説明するのであれば『マレット』と呼ばれるスティックを用いて球を打ち敵陣後方まで持っていくチームスポーツだ。

 

 で。生徒会室にはシンボリルドルフしか居なかった。なんか会長とは1対1で対面することが多い。いつものようにソファーへと案内される。

 

「サンデーライフ。紅茶とコーヒーのどちらが良いかな?」

 

「……紅茶でお願いいたします」

 

「そうか。エアグルーヴが『良い茶葉』が手に入ったと言って持って来てくれたものがあってね。私は専らコーヒー党だからエアグルーヴほど上手く淹れることは出来ないが――」

 

 そう言われてティーセットとお菓子が置かれる。今までここまで歓待されることは無かった。少しでも『ポロ』の件を私に押し通すための策か、それ以外に裏があるのかは分からないが。でも、取り敢えず出す言葉はこれになる。

 

「……紅茶はありがとうございます。ですがお菓子は……ちょっと、すみません。バレンタインの後にかなりの量を食べたから、しばらくは食指が全く動かなくてですね……」

 

「――おっと、これは失礼した。……そう言えばフジキセキもこの時期は『お菓子はちょっとね……』と口にしていたな……。いや、これは私の瑕疵だ……申し訳ない」

 

 菓子だけに瑕疵……。

 うん、このジョークには気付けたけれど、めちゃくちゃ言及しにくいタイミングでぶっこんできたね。

 

「……シンボリルドルフ会長は、バレンタインのチョコはどう処理しているのでしょうか? 『皇帝』相手ならば『華侈』な贈り物をする生徒もいるでしょうに」

 

「……!

 そこまで仰々しいものではないけれども、でもフジキセキやサンデーライフほどには貰っていないと思うよ」

 

 

 ……いや。アプリのシンボリルドルフのバレンタインだと段ボールが山積みになるくらいの量を生徒会室の前に置かれているって話があった。確か仕分けもしていたはずだが……と思って思い至る。

 生徒会室宛のバレンタインのプレゼントにはお菓子類以外に小物とかそういうものもあったな。目に見えて人気がある相手なのだから、逆に渡す側も大量に贈られることを理解して貰う側が大量に受け取っても困らないものを選定している、というのはあり得る。

 だったらフジキセキの方ももう少し考えてあげようよ……と思わないでもないが、あっちはガチのファンが多めだしねえ……。シンボリルドルフとは羨望されるにしても方向性が違うということであり、おそらく私もフジキセキサイドに近い憧れのされ方をされている。

 加えて言えば、私の場合は重賞を取っていないから気安さもあるし。

 

 

 そんなことを考えながら、紅茶を口元に持ってくると香りがかなり強い。ウマ娘の嗅覚だからというよりも、そもそもかなり強い香りを発する茶葉なのだろう。

 

 一口飲むと、感じるのはフレッシュさ。爽やかな印象を受ける感じで雑味をほとんど感じない。良い茶葉というのは本当なのだろう。ただ少々濃いというかコクがある感じ。

 後味に若干の苦みが残るものの、それは不快なものでは決してなく、紅茶を飲んだ満足感として転化されるものだ。

 

「……なんというか、ミルクティーに合いそうな茶葉ですね、これ。

 いえ、ストレートでも十分美味しいのですが……」

 

「おや、サンデーライフは紅茶にも知見があるのかい?」

 

「そういう訳では無いですが……。ちゃんとした茶葉の紅茶を飲んだのだって、それこそこの学園に来てからですし……」

 

 正確には、茶葉というものを意識して飲む機会が増えたのは、と言った方が良いかもしれない。ティーバッグやペットボトル飲料として紅茶を嗜むことの方が遥かに多かったが、紅茶をお店で頼んだこともある。

 けど、茶葉とか品種名まで気にして飲んだことは皆無と言ってよかった。セイロンとかアッサムみたいな名前は知っているけれども、名前だけって感じ。というかほとんどのお店で『紅茶』って名前で置かれている以上は気にしようがないし。

 

 でもトレセン学園って何だかんだで上流階級の子が多い。タマモクロスとかアイネスフウジンみたいな苦学生タイプは割と例外に位置する。

 

 

「エアグルーヴからの受け売りにはなるが、その茶葉は『ケニア』と言うらしい。名が体を表すようにそのまま原産国名だそうだ」

 

 アフリカで紅茶の茶葉生産ってやっていたんだ、知らなかった。私がケニアという国名で知っていることは、この国にもレース場があってレースが興行されていることくらいだ。これは、私の管理する資料室からの情報である。

 トレセン学園に入学するウマ娘が限られているようで、少数先鋭な上で南アフリカからの留学生も積極的に受け入れているらしい。レース場が国内に1か所しかないが、だからこそ一極集中で集客することが出来ていて盛り上がっているとのこと。ただ何分、こちらから関係がある訳でもないので、ごくごく基本的な情報に留まっていた。まあ英語資料だったから私の翻訳抜けもあるだろうけどね。

 

 ……でも、エアグルーヴは何で『ケニア』なんてメジャーどころからちょっと外れた茶葉を持っていたのだろう。あの副会長、そんなに紅茶にハマっているほどの愛好家だったっけ。

 

 

「……それで『ポロ』の件で、私に声を掛けたとエアグルーヴ副会長からは伺いましたが――」

 

「……そうだ。

 君も知っている通り、4月には『ファン感謝祭』がある。ウマ娘にとってレースは最重要事項だが、同時に私達のトレセン学園は国内最大のウマ娘の教育機関でもある。

 だからこそ文化を学ぶ機会を生徒とファンの双方に提供することも大事だ。伝統奉納儀式については『駿大祭』があるが、国外の文化発信には一段劣っていると生徒会長として考えている。

 ……そこで、サンデーライフに白羽の矢が立ったということだ。君から前に聞いた『ポロ』のことは今でも私の中に金言名句として残っている。

 どうかね? 是非、その『ポロ』の普及に力を貸してくれないだろうか?」

 

 

 放たれた言葉は概ね想定通りのものであった。

 

「……それは『強制』ということでしょうか?」

 

 これにもし肯定的な返答が返ってきたら、逆に全力で反抗できる。『ファン感謝祭』自体の参加はともかく、そこでやることの中身に関して生徒会はあまりファン交流に望ましくない物事に対する拒否権はあれど、誰が何をするかを決定する権限まではおそらく付与されていない。

 

「……いや。あくまで私個人の『お願い』に過ぎないよ。

 『ポロ』をやってみたいというのは、あくまで私の個人的な『願望』に過ぎないからね」

 

 生徒会としてではなくシンボリルドルフ個人の『願望』と来たか。実に嫌らしい言い回しである。

 個人的なお願いなのだから、断ったところで何ら問題はない。けれども断ることで私は『シンボリルドルフの願いを無下にしたウマ娘』という烙印を押される恐れがある。まあ会長がそうした風説の流布を行うとは全く思えないが、最悪の可能性でこうなるかもしれないね、という形の恫喝カードには使えるものにはなる。

 ついでに言えば『清津峡ステークス』の際に、『URA上層への非公式の抗議』という名の私の『お願い』をシンボリルドルフは既に叶えている。

 

 『王子様』名声を悪用して『皇帝』に盾突いてみる? いや、そこまでするほどのことでは無いし、何より私のことを慕ってくれている人の関係性を利用するにしても蛮勇に突っ込むのは違うだろう。

 

 

 ……ちょっと待った。

 

 『関係性を利用』……?

 

 『ポロ』の話をしたタイミングと今の私の交友関係の広さは全然違う。

 そして『ポロ』の国際大会はイギリスでも開かれていて、『欧州』においてはウマ娘の習い事の1つとして選ばれることもある球技だ。

 ということは。

 

「……正直、気乗りはしませんね。

 私がファインモーションさんと関係が出来たからの提案で。結局は、エアグルーヴ副会長の負担軽減のために私が利用されている、と分かってしまうと。

 何より……ファインモーションの『お姉上』を副会長が苦手にしているからこそ、私に投げた、ということなのでしょう?」

 

 シンボリルドルフは一旦は押し黙ったが、多分そういうことだ。

 ファインモーションの伝手を頼れば『ポロ』実施の障壁は大いに下がることは間違いない。そして会長自身が私ならその交渉を纏め上げることが出来ると確信していることまでは分かった。

 ただ、それは本来ファインモーションのルームメイトであるエアグルーヴに投げても良い話ではある。それをしない建前としてはファン感謝祭の準備の負担軽減のために役割を私に分散させること。しかし真意はピルサドスキーを苦手とするエアグルーヴへの配慮だ。

 

 美しい会長・副会長の主従愛である。が、それに巻き込まれる私としては流石に不快感程度は表明しておく必要があった。

 

「……まさか、そこまで読まれるとは思っていなかったよ、サンデーライフ」

 

「――加えて言えば『ポロ』は『マレット』を使用する球技であり、URAにノウハウがほとんど蓄積されておらず国内での実績は民間団体が細々と開催している程度です。

 ……ファン感謝祭までに習熟度という点において懸念点が残ります。まあそのためにアイルランドから技術団か何かを招聘する算段なのでしょうが。

 

 ただ、それでも素人の付け焼き刃であることは拭えません。である以上は、参加者の怪我のリスクが高いかと」

 

 

 気に入らないから嫌だ、と駄々をこねるだけではなく一応リスクには言及しておく。

 

「……では、サンデーライフ。君はファン感謝祭において、『ポロ』の実施には一切協力をしない、という立場でよろしいかな?」

 

 

 ……正直、ここで断ったとしても泥縄的だ。

 結局、私が『ファン感謝祭』で何をするかが白紙に戻るだけだし、そうなれば生徒会にとって都合の良い『余剰人員』であることには変わりない。

 『ポロ』自体の要請は予測の範疇であったが、これを断ると次に私に頼まれるものは予測不可能となる。何より、もしかすれば目の前の『皇帝』は既に次善の策を仕込んでいるかもしれない。

 

 

 そんなときにどうすれば閉塞した状況を打破できるか? ……今まで私が打破してきたか?

 答えは単純――奇策を用いる。

 

 ポロを告げたときと、僅かに言葉を入れ替えて。

 同じニュアンスの発言をする。

 

「ええ。ですのでポロではなく。

 ――『ウマ娘ボール』はどうでしょう?」

 

 

 

 *

 

 『ウマ娘ボール』もまた、元は馬術球技であり『ホースボール』と言う。『乗馬したラグビー』とでも呼ぶべき競技なのだが、実は端的に表せるイメージが近い競技が存在する。

 

 ――ハリーポッターの『クィディッチ』。

 あれを箒ではなく馬に乗って行うのが概ね『ホースボール』の大雑把な解説として適当であろう。まあ、シーカーは居ないんだけど。

 

 サッカーボールに皮の取っ手をいくつも巻き付けた球を投げ合い相手のゴールを狙う様は、一見するとバスケットボールにも近いかもしれない。

 これをウマ娘ナイズしたときには、ほとんど既存の球技体系に近付く。

 

 ただし、『ポロ』と同じくウマ娘を競技母体となる意味で会長が先に告げた『伝統性』や『国外文化発信』の用件は満たしている。

 ……この『ウマ娘ボール』の本場はアルゼンチンだからね。体系化したのはフランスのようであるが。

 

 というかホースボール自体は元を辿れば源流にポロが居る。競技性が全然違うが、その関係性を無理に既存のスポーツに当てはめるのであればサッカーからフットサルが派生したのに似ている。『ポロ』よりも『ウマ娘ボール』のが気楽に出来る競技なのだ。

 

 その上で、正直五十歩百歩ではあるが国内に『ポロ』よりは競技人口を有していて、しかもその主な競技者は『レースを引退したウマ娘』である。

 そして『ウマ娘ボール』の競技協会組織自体が最初からレース引退ウマ娘を支援する目的で誕生しているから、URAやトレセン学園からの連携が遥かに取りやすい。この辺は資料室情報である。

 

 

 何より『ウマ娘ボール』ならば『ポロ』のようにマレットを使用せずに素手でのボールの受け渡しとなる。既存の球技体系に近いことはそれだけ別のスポーツの経験を転化することが出来、同時に怪我のリスクの軽減に直結する。

 

 これらのことを一通りシンボリルドルフへ説明した。

 

「……ウマ娘ボールの競技協会への連絡、そしてトレセン学園側の参加希望者の選定に、審判団の招聘や競技スペースの設営などは、伝手の無い私がやるより生徒会でやった方が効率良いですよね?」

 

「……ふふっ、そうだねサンデーライフ。

 つまり君は競技者として『ウマ娘ボール』に参加する、ということだね?」

 

 

 代替案は提示した。だからそれを形にするのは生徒会でどうぞご自由に、ということである。

 アイルランドとの交渉という未知数な部分に頼るよりかは具体化しているとは思う。

 

 アイデアボックスとしての役割は果たしたのだから、これで手打ちにしろ、という私のサインをシンボリルドルフは正確に汲み取った。

 

 

 

 

 *

 

 なお後日談というか、その後の顛末。

 

「サンデーライフちゃん、会長さん! よろしくなのっ!」

 

「うむ、共に頑張ろう、アイネスフウジン。

 そして――ハルウララ」

 

「はい、カイチョーさん、よろしくねー!」

 

 

 『ウマ娘ボール』のフィールドプレイヤーの人数はポロと同じく――4名。

 

 

 ……え?

 マジでこのメンバーにプラス私?


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