強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第43話 勝利とは(3)

 シンボリルドルフ・アイネスフウジン・ハルウララと私という面子で『ウマ娘ボール』のチームが組まれるらしい。

 

 一応正式なルールでは、更に交代選手2名を用意して、試合中は自由に交代が可能であるが、ファン感謝祭内での催し事ということで、飛び入りというか当日やってみたそうに見学している子が居たら積極的に参加させるという形にするようだ。

 相手チームは実際に『ウマ娘ボール』の経験者を出してくれるらしい。まあ、こっちが素人である以上はその方がありがたいかもねえ。

 

 まあ、それは別に良い。

 それよりも問題はこのメンバーである。

 

 シンボリルドルフは正直しょうがない。私の『ポロ』発言の延長線上にあるものだから、その実現に向けて動いていたからこうなる予感はあった。

 アイネスフウジンもまあ……うん。彼女とはそこそこ長い付き合いになってきたし、特にシニア級になってからは初詣に節分に田遊びなど行動を共にすることも増えて来ていた……ってなんだこの異色のラインナップ。

 

 ただ――ハルウララである。

 彼女とは初対面となるわけで。

 

「サンデーライフちゃん! よっろしくねえー!」

 

「あ、はい。よろしくお願いしますハルウララさん。……私の名前はどこで?」

 

「だって、ミークちゃんのトレーナーさんに教えてもらっているんでしょ? わたしのトレーナーさんも言ってたよー!」

 

 あー……そこで接続するのね。

 葵ちゃんとハルウララのトレーナーがどうも同期らしいからねえ。そこでハッピーミークとの交友関係が生まれて、その延長で私の名も出てきたって感じかな。

 

「……というか、ドバイシーマクラシックの出走を控えているのに、まだ出国しなくて大丈夫なんです?」

 

「……? 多分、大丈夫だよ!」

 

 後から葵ちゃんに聞いたけど、この初日顔合わせの後すぐ出国したようである。ドバイミーティングは3月末だから、ハルウララにとってファン感謝祭は帰国後すぐになってしまうので、少しでも顔を繋いでおきたかったとのことで。

 

 そして実際問題として、私もアイネスフウジンも会長もファン感謝祭の練習ばかりにかまけるわけにはいかないので、再びハルウララが帰国して当日を迎えるまでに集まったのは2、3回程度であった。

 

 

 

 *

 

 3月末のハルウララのドバイシーマクラシック。これは土曜日に行われたので葵ちゃんの部屋にお邪魔させてもらって見た。なお、ハッピーミークも一緒である。

 

「トレーナーの家……初めて……」

 

 やっべえ。でも隠し立てする方が不誠実なので2回来ている旨は告げる。そしたらハッピーミークが無表情になりむくれていじけてしまったので、リビングのソファーに座る際に、私の脚と脚の間にちょこんと座らせて私を背もたれにするようにした。

 葵ちゃんはこの姿を見て、ニコニコしかしていない。よくよく考えてみればこのミークと同期で付き合いの多いハルウララもスキンシップに関してはかなり多そうだから、これくらい近い距離感でも違和感ゼロなのかもしれない、この2人にとって。

 かくいう私もそれを是正するどころか、助長する側だから人のことは言えないんだけどさ。自覚無しに距離を詰める葵ちゃんとハッピーミークの2人には時折『指摘した方が良いのかなあ』と思ったりもする。

 

 ただ、そんな雰囲気を一変させるレース結果が、ノートパソコンの向こうから衛星中継でもたらされた。

 私は呟く。

 

「……ハルウララさん、16位……しかもぶっちぎりの最下位でしたね。

 タイムオーバーって海外競走では、どうなっていましたっけ葵ちゃん?」

 

「……いえ、競走体系が異なりますから、タイムオーバー制は適用されないかと。仮にURA規則に準じたとしても国際招待競走ですし、何より重賞競走ですから、この結果でハルウララさんに出走停止処分が科せられることは無いですが……」

 

 ――大差負け、とでも言えば良いのだろうか。ドバイシーマの舞台でハルウララはぶっちぎりの最下位でゴール板を駆け抜けていた。

 有記念の覇者、そしてステイヤーズミリオン挑戦ウマ娘としては、あまりにも想定外の走りであった。

 

「……でも、ウララさん……楽しそう……」

 

 ハッピーミークがポロっと零した一言に、モニターに写るハルウララの表情を注視すると確かに、圧倒的敗北を喫したのにも関わらずハルウララは楽しそうにしていた。

 

「葵ちゃん。怪我や不調の兆候は見えないですよね?」

 

「……モニター越しなので確実なことは言えませんが、この映像から分かる範囲では何も無さそうだと思います。何よりこの笑顔ですからね……それに、ハルウララさんのトレーナーならば国際GⅠでも不安要素があれば出走取消するでしょうし……」

 

 そして見たところ何らかの不調や故障による順位でも無さそうである。

 

 

「葵ちゃん、これまでのハルウララさんの戦績ってあります?」

 

「あ、はい。確かこちらにファイリングしたものが……」

 

 聞いた私もあれだけど、自宅に普通にデータあるんかい。それを見てみれば、出走歴にあったレース名は重賞クラスの名を挙げれば、根岸ステークスやエルムステークス、そしてGⅠのフェブラリーステークスの名もあった。

 ……有記念までの出走ローテーションは、完全にウマ娘アプリローテだ。

 

「……私も、……出たレースが、いっぱい……」

 

 そして脚の間に挟まっているハッピーミークも出走したということでフェブラリーステークスなどを指さしていた。地味に結構GⅠ競走出てるんだな、ハッピーミーク。

 

 で、出走レース名とその距離を1つ1つ確認していく。

 

 ――やっぱり。

 

 

「……ハルウララさん。芝でもダートでも、中距離でのレース経験が一度も無いですよ」

 

「えっ!? 本当ですか、サンデーライフ。少し見せて貰えますか……スプリントから超長距離まで出ていましたから、完全にジュニア級やクラシック前半辺りで出ていらっしゃると思っていました……」

 

 

 ……多分。これまでの徹底した中距離路線避けを見るに、ハルウララのトレーナーさんはハルウララが中距離を不得意とすることを知っていたはず。にも関わらずドバイシーマの芝2410mに出走させた。

 同日に開催されるドバイミーティングの国際重賞レースには、ステイヤー路線ならば芝3200mのGⅡ・ドバイゴールドカップがある。一方スプリント路線ならば、芝のアルクォズスプリント、ダートのドバイゴールデンシャヒーンどちらもあって、こちらはいずれもGⅠなのに。

 ダート1600mのゴドルフィンマイルという選択肢もあったはず。

 

 なのに、ハルウララのトレーナーさんはわざわざドバイシーマを選択した。賞金が高いとか知名度狙いであればドバイシーマの倍額の賞金が出るダート2000mのドバイワールドカップに出した方が良いから、それ目当てでもない。

 

 

 ……私はこのレースが、アプリ的な側面がどこまでこの世界に影響を与えているかという意味で意義があるレースだと考えていた。

 そしてその意味においては、ウマ娘アプリ的には2401m以上が長距離と区分されるという点においてはセオリーが崩されたが、一方でハルウララの中距離適性Gという部分はゲーム的に反映されているかもしれないという結果を得ることができた。

 

 ただ、それをどう解釈するのかは結構難しい。2410mなんて実質中距離だからアプリの適性って概念はやっぱり大事! と読み解くのか、それともアプリでは長距離のはずのレースで大きく落ちたのだから、そもそもアプリ的に考えない方が良いと捉えるべきなのか微妙なラインである。

 

 まあ実際の競走馬であれば『ステイヤーズミリオンとドバイシーマの間にJBCスプリントを挟むな』がおそらく正解なのだけど、その距離・バ場無視ローテは私が自分でやっていて特に何も感じていない以上は、私は完全に人のことを言えない立場である。

 

「……でもハルウララさんのトレーナーは何故、わざわざドバイシーマに出走させたのでしょうか? 中距離レースにこれまで出していなかった以上は何か理由がある気もしますが……」

 

 この疑問に対しては葵ちゃんは思い当たる節が無かったのか考え込んでしまう。しかし、ハッピーミークがぽつりとこう呟いた。

 

「……ウララさんが、出たかった……から……とか?」

 

 

 ……。

 あ、あり得そう……。ハッピーミークの抑揚のない言葉にはかなりの説得力があった。

 

 なお、この日も外泊届は出してあったのでハッピーミークと一緒に泊った。というか、地味に布団1セット増えてるね……。

 

 

 

 *

 

 ファン感謝祭当日。

 『ウマ娘ボール』の試合は夕方からだということで、午前中は自由時間ということになった。

 

 私が今どこに居るのかと言えば……体育館の関係者バックヤードである。最初から私がファン感謝祭で『ウマ娘ボール』をやること自体は周知されているが、じゃあ夕方まで暇だしどこかに居るだろうということもバレることとなる。

 血眼になって探すファンもいるかもしれないが、偶然でエンカウントしてしまえばバレるわけで。その辺りの対策に一番詳しい知り合いはフジキセキ寮長だが、彼女の場合は『フジキセキの会』というファン組織が統率を担っている現状がある。

 

 私のファンクラブも……多分、存在自体はするだろうなあと思いつつも、新興の団体であることには違いないので、指揮統率に関してはあまり期待しない方が良いだろう。おそらく葵ちゃんなら細かいことは把握しているだろうが、ぶっちゃけ私としてはそこまで興味が無い部分ではある。

 

 ということで、フジキセキの次にファン層の厚みが凄そうな知り合いはと考えて真っ先に思いついたのがゴールドシチーだった。まあ、現役モデルだしね彼女。

 

「……だったら、ファンミ用に取ってある体育館の舞台裏にでも居る? バンブー先輩がその辺りの管理はやってくれているし、サンデーライフなら多分大丈夫でしょ」

 

 その厚意に甘えることにしたものの、一応バンブーメモリーに対してもメッセージアプリを使って確認を取ったら『一応アタシからも言っておきますが、多分サンデーライフなら何も言わなくても顔パスでいけるっスよ』と返ってきた。

 ……そっかあ、一般生徒の認識だと私って感謝祭の実行委員くらいのポジションだと誤認されているのか。

 

 そんな感じで体育館の舞台裏に居たが、これが結構面白い。

 アプリ同様にゴールドシチーのファンミーティングではバンブーメモリーが引っ張り出されて対談っぽくなっていたし、ゴールドシチー以外の子の話も色々と聞けたりして普通に一観客として楽しめた。

 

「……あれ、サンデーライフちゃんだ! サンデーライフちゃんもファンの子とお話するのー?」

 

「いえ、私は暇つぶしみたいなものですよ、ハルウララさん。

 というか、ハルウララさんはファンミーティングをするってことで?」

 

「うんっ! ファンの子といっぱいおしゃべりするんだー!」

 

 『ウマ娘ボール』前に予想外にハルウララと遭遇した。まあドバイシーマで負けたとはいえ、現役ダートスプリンター&芝ステイヤーで最強説があるからねハルウララ。そりゃあ人気も出るよ。

 

 ……うーん。聞かないのも逆に気を遣っている感じになっちゃうし、聞いちゃうか。

 

「……ドバイは、どうでした?」

 

 この質問に対してハルウララの答えは即答だった。

 

「すっっごく楽しかったよっ! レースに出た子はみんな強かったし、同じ日にレースしていた子たちとも仲良くなって『帰ったらウマ娘ボールっていうのをやるんだー!』って言ったら、みんなも出来るみたいで一緒に遊んだりもしたんだよ!? そっちでも強くてびっくりしちゃったー!」

 

 

 ドバイミーティングに集まる面々を考えれば、そりゃあ国際色豊かなのも当然で、海外勢なら『ウマ娘ボール』を幼少期から習っていたりする子も居るかもしれない。そこで一足先に国際試合……もとい国際遊びをするというのは完全に盲点だった。

 それ以外にも短い時間を利用してラクダに乗ったりとか、観光用の食堂で『シャワルマ』っていう串焼き料理を食べたとか、遠征を楽しんでいる様子がありありと伝わってきた。まあシニア級3年目だし、海外渡航は2度目でダート路線で地方遠征も重ねてきているだろうから、流石にその辺りの息抜きの仕方はプロだなあと感じた。

 

 

 ただ、どうしても気になったことがある。私自身があまり共感をすることができない一般論だからこそ、このハルウララにもぶつけたかった。

 

 

「……レースに負けて悔しいとか、そういう感じでは無さそうですね」

 

「……? どういうこと?

 みんなと一緒に走るのってすっごく楽しいよ? 次は負けないぞーってなるけど、サンデーライフちゃんはレース楽しくないの?」

 

「……いえ。私もレースを楽しませてもらっていますよ。

 うん、とっても楽しいです」

 

「だよね、だよねー!」

 

 

 ……ああ。この子はハルウララだ。有に勝っても、イギリスの重賞を勝っても、あるいはドバイで負けても――どこまでもハルウララであった。

 

 そして。私以外にようやく出会った。

 『勝利』に全く執着していない子。少女・ハルウララにとっての目標はおそらく『たくさんのレースに出て、いろいろな子と楽しむ(・・・)こと』だ。

 

 

 勝利へのマインドセットを全く積み上げていないからこそ、派手に勝つこともあれば、派手に負けることもある。しかし勝敗に関係なくレースに出た時点で彼女の目標は達成されているのだ。

 

 

 ……今まで『勝利への渇望』で負けた相手は幾らでも居たけれど。

 

 ハルウララは『勝利に重きを置かない』ことで、ハルウララ(・・・・・)でありながら頂へと上り詰めていた。


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