強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
「じゃあ、トレーナーとサンデーライフちゃん! 行ってくるねっ!」
あの後、ハルウララの話を聞いているうちに、いつの間やら結構時間は経っていたようで、気が付いたらハルウララの出番の時間がやってきていたようだ。
そしてこの場には私とハルウララの女性トレーナーが残される。彼女は舞台上のハルウララから視線を外さないものの、無言で居るのもアレなので話しかける。
「……ハルウララさんのトレーナーさんですね。葵ちゃんがお世話になっているようで――」
「桐生院トレーナー……あの人はトレーナーとしては同期である私も尊敬できる部分はありますが……大分世間知らずな部分もあるでしょう? だから、どうにも放っておくことが出来なくて……それから仲良くして貰っています」
何というか……ありありと想像が出来る光景である。そして推定アプリトレーナーにもっとも近い動きをしているハルウララのトレーナーさん、なのだけど。こうして話してみた印象はどうにも普通の社会人っぽさがある人だ。
でも、この人が多分、葵ちゃんと一緒に温泉旅館泊まりに行っているんだよね。聞いてみたいけど、万が一行っていないパターンのときに上手い言い訳が出来ないのでやめておく。
「……そうですね。この前一緒に回転寿司に行ったときなどは『初めて来た』って言っておりましたし」
「……ふふっ、それでもハッピーミークさんを育成し始めた頃に比べたら、今はすっかり『頼れるトレーナー』みたいになっちゃって……。
……とにかく、サンデーライフさんのことも、桐生院トレーナーを始めとする様々な方からお話として伺っております。……ここで私に話しかけるってことは何か聞きたいことがあるということですね?」
空気感が変わる。バレていたか。
「……先日のドバイシーマクラシックですが……負けると分かっていてハルウララさんを出走させましたね?」
「……同じことを桐生院トレーナーからも聞かれましたよ。ウララたっての希望でしたし、実は――」
そう言われて語られたのは、全く想定すらしていなかったシナリオである。
昨年。ハルウララはシニア級2年目、黄金世代がシニア級1年目だったときのジャパンカップにブロワイエが来日していた。私は完全に障害競走にシフトしていたときでほとんど平地競走から意識を離していたけれども、基本的な部分はアニメ1期に準じているようだ。
ただ大きな相違点として、ブロワイエ自身がハルウララのことを知っていて、ハルウララ自身はジャパンカップに出走していないものの、ブロワイエはハルウララにわざわざ会いに来たとのこと。
……まあ、話としては分からなくもない。ブロワイエとしては自身がクラシック級のときに、急に極東からステイヤーズミリオンを狙ってきたウマ娘として映るのだから、印象がデカいに決まっている。しかも当該3レースのうち2回は入着しているのだから。
だからアニメとの相違点として凱旋門賞の時点でエルコンドルパサーを普通に警戒していたみたいだし、そもそもこのエルコンドルパサー自身もレースでの対決経験こそ無いものの学園生活の上ではハルウララとそれなりに近しいところに居るわけで。キングヘイローと同室だしね、ウララ。
「――だからジャパンカップで勝利したスペシャルウィークさんやエルコンドルパサーさんらとともに、ブロワイエさんとウララも良くお話をしていたのですよ。
そこで、そう言えば……という話で名前が出てきたのが――『ファンタスティックライト』さんでした」
――ブロワイエとエルコンドルパサーの凱旋門賞で11着だったはずのファンタスティックライト。まさかここで関係してくるのか。その名前は想定外であった。
確かにブロワイエと同期ではあるが、凱旋門賞以前の戦線は国レベルで全然違うし、そもそも史実・ファンタスティックライト号の活躍は古馬になってからだ。
一応ファンタスティックライト号は翌年のジャパンカップにてテイエムオペラオーとメイショウドトウとともにクビ、ハナ差3着という結果を残しているのでジャパンカップ繋がりでかつ凱旋門賞出走という関係性はあるから、ブロワイエとファンタスティックライトの間に繋がりがあるのは『言われてみれば確かにそうかも』って形ではあるんだけどさ。
で、そのファンタスティックライトが『ドバイシーマクラシック』への出走を表明していて、丁度良く『ドバイミーティング』への招待が届いたから……という顛末らしい。
……日本総大将となったスペシャルウィークのジャパンカップ2着にひっそりと居たインディジェナスともし仲良くなっていれば、インディジェナスの次走はドバイワールドカップでそこに居合わせた『ドバイミレニアム』と激突というIFストーリーもあった訳だが、巡り合わせというのは分からないものである。
というかハルウララがドバイで『ウマ娘ボール』を一緒にやった相手は自身の出走レースメンバーではなく
*
ハルウララのファンミーティング中に私は体育館のバックヤードから退出した。終わるまで待っていた方が良いかなと思ったけれども、少し考えをまとめるために外の風に当たりたかったし、ハルウララのトレーナーさんも私のことを止めることはしなかったので、正直に離席する旨とハルウララに申し訳ないと伝えてほしいと伝言だけ頼んで外に出た。
体育館でイベントの真っ最中だから、その周囲にはあまり多くの人は居なかったものの、それでもファン感謝祭ということもあって、ちらほらとファンの人が行き来しているのが見える。
そんな人の動きを尻目に見つつも、私はあてもなく歩きながら考えていた。
ハルウララは勝利するためではなくレースを楽しむことに主眼が置かれていて、それでこの世界においては輝かしい成績を残してきている。
結果的に大敗を喫したドバイシーマクラシックだって、ハルウララからすれば『ブロワイエから聞いたファンタスティックライトという子と一緒に走ってみたい』という精神性からの出走だ。
根本的な部分では勝利を希求していない、という一点においては私とハルウララは同一であると言えるかもしれない。
けれど、将来楽をするための手段としてレースに出走する私と、一緒に走るという目的のためにレースに出走するハルウララ。ここが大きく違う。
どういうことかと言えば、私は自己の存在意義をレースの中に全く見出していないが、ハルウララは自己の目的からしてレースの中にあらゆるものを見出している。しかし、それでいて順位などの『相対的要素』を完全に分離して『競走』ではなく『
レースが『競走』であることをまるで忘却したかのような彼女の在り方は、恐らく最も自然であり、そしてウマ娘としては最も異質なものであろう。
――『勝利への渇望』は言わば『競走寿命の前借り』であるという私の持論は今でも変わらない。
命を賭してレースをしている姿は、誰の目にも輝いて写り、美しく尊くかけがえのないものとして人々の感情を根底から揺さぶる。
しかし、ハルウララはそのようなウマ娘としての在り方からは真っ向から刃向かっている。では勝利を希求しない彼女の姿は、くすんでいて、醜く卑しい塵芥に等しきものなのかと問われれば――断じて、否である。
では何故、真逆なのに人々へ魅せる印象も反転しないのだろうか?
その答えは、おそらく――。
と、いったところでふと思考の海から意識を引き上げる。
すると、私はいつの間にか中庭まで考え事をしながら歩いていたようだ。
今はファン感謝祭の最中だけど、考えてみれば4月の前半。
……因子継承のタイミングでもあった。
考え事をしながら歩いた先が中庭――三女神像の目の前というのは何かしらの因果を感じざるを得ない。
そして中庭の噴水の周囲には、誰も居らず……いや、渡り廊下の周りには人だかりが出来ているから、考え事をしながら噴水に来た私を見て避けてくれたのかもしれない。
うーん、ちょっとおあつらえ向きに状況が整いすぎているのが気がかりなんだけど……まあ、良いかな。
ファンサービスも兼ねて、私は仰々しく三女神像に向けて片膝を地につけて祈りを捧げるポーズを取ったところで意識が暗転した。
*
次に意識が目覚めたとき。私の瞳には広い広い青空が見えていた。
その吸い込まれるような空に心を奪われ空がどこまで続くのか顔を上げようとすると――
「……痛っ」
後頭部と地面が激突した。それで気付いたが、私はどうやら仰向けに地面に寝そべっていたらしい。ただ長い時間そのような体勢を取っていたわけではないようで起き上がったときには、さきほどぶつけた頭以外に身体の痛む場所は無かった。
空から降り注ぐ陽光が草原を照らしていて、私はどうやら舗装されていない道の上で寝そべっていたようである。
太陽の位置から見て右側のずっと向こうに深い森のような情景が広がり、他の大部分は草原で、ただ1本の道が通っている。そして辺りを見回して唯一見える人工物と言えば、その道の片方の先に見える洋館のような塀のある建物のみであった。
土の道にはタイヤ痕がなく、中央部が踏み固められたように硬くなっているのとその両隣に細い線のような轍がずっと伸びていた。自転車のタイヤくらいの幅だろうか、ともかく車が往来している気配は無かった。
と、そこまで様子を窺ったところで思い出す。
あれ? 私ってあのタイミングで意識を失ったから、多分今って因子継承の時間だよね?
それにしては前みたいなピンク色とか紫色というかなんとも言えない色味をしていて奇妙な浮遊感のある謎空間ではない。
今立っている道路を強く踏みしめてみても、しっかりと『地面』の感触と反発が返ってくる。道から外れて草原に恐る恐る脚を踏み入れてみても、しっかりと草を踏みしめた感触だ。
今の私はトレセン学園の制服で、荷物は特に持っていない……あ、スマートフォンとか財布はポケットに入っている。
一応、スマートフォンの画面を付ける。電池残量は充分に残っているが、こんな場所だ。電波などは通じていな……え、入ってるじゃん。
何なら意味分からないが、すごい弱いけどWi-Fiスポットもあるみたい。ここ大草原の真っただ中よ。
連絡が取れるなら取り敢えず、葵ちゃん辺りに電話をかけて現状把握をしようと思って電話をかけようとした瞬間、携帯電話が電源ごと落ちた。
えっ、電源を付けなおそうとしてもダメなんだけど。……いや、不自然すぎでしょ。
身に起きたのは怪奇現象であったが、何というか私ではない第三者のご都合主義感の強いスマートフォンの電源の落ち方だった。
うーん……。取り敢えず悩むが、どう考えても一本道だし、あの見えている館に行けってことなんだろうなあ。館の反対側にも一応道は続いているので気持ち的には逆張りもしたくなるけど……。
今、履いているシューズが結構履き慣らしたものだから、多分そんなに長い距離の走行には耐えられないと思う。
200から300kmくらいなら大丈夫だけれども、500kmとか1000km走るとなったら耐久度に不安が残る。まあウマ娘のパフォーマンスで無理なく移動するとしても、靴の消耗まで考えた大移動は、きっと水分や食糧の問題の方が先にやってくるから度外視していいかも。
そんなことを考えていたら、私の耳は上空からの飛翔音を拾う。
え……上から何か降ってくる! と思うと避ける間もなく、私が立っていた場所から少し離れた草原に何かが落下してきて大きな衝撃音とともに土煙が舞う。
「――ひゃっ! ……一体なにが」
待っていた土埃が拡散すると、見えたのは――杭の付いたプラカードが地面に深々と刺さっている様子であった。
「……えー」
そして、そのプラカードには『←順路』とだけ書かれていた。その矢印が指し示す先には案の定というか
あー……はい。これ完全にしびれを切らされましたね……。
そして
……でも。どうして、今回は異世界転生チックな演出なんだろう。