強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

45 / 90
第45話 4月の転生者

 ここが恐らく因子継承空間なのだろうとは予想が付いたが、しかしこの景色には何か元になったものがあるのだろうか……と頭を悩ませながら、私は半ば恫喝気味に勧められた洋館へと向かうことにした。

 

 頻度は高くないが定期的に私に何だかんだ構ってくる黒い靄のことを、ここに来てからは今のところ直接的に目視したわけではない。まあプラカードを空からぶっ刺してきた以上はどこかにはいる気がするけど、とはいえこの空間がその推定サンデーサイレンスのゆかりの地であったところで私にはそれを判別する手立てはない。

 

 20分から30分くらい歩いただろうか。如何せんレースのラップ刻みを把握するための体感的な時間で推し測ったものだから正確ではない。スマートフォンは電源が切れているから時計としても使えないし、レース用の時間感覚なんて精々2、3分しか使わない。その上そもそも私はラップ刻みで正確に時間を把握することについてはそこまで自信は無い。

 レースのときは全体の雰囲気からの感覚的な定性把握が主で、200mをコンマ何秒単位で走っているのかみたいな数値的な推測はあんまりレース中も考えていないしねえ。

 

 で、門前までたどり着いて改めて見ると大きな館である。窓の並びを鑑みるに3階建てだろうか? ただ建物の入り口までの間に庭園が広がっていることが外からでも分かる。

 正門に当たる部分は開かれており自由に入れるようになっている。

 塀は高い上に頑丈そうだ。障害競走で飛越をしてきた私も自分の背丈よりも高い壁を飛び越えようという気にはならないし、しかも上の方には有刺鉄線が張り巡らされていて痛そう。

 ただ異様なほどに分厚い塀には、ところどころ外壁がはがれかけていたり、ひび割れしている部分もあったり、あるいは小さな円状の溝が出来ていたりと、端的に言えば敵の襲撃を退けた後みたいなイメージである。

 

 

 ヤバいところの雰囲気が漂ってきたが、覚悟して入る。

 庭を見回してみると奥には池もあり、その池の手前には植木の剪定をしているらしい黒髪の壮年の女性の姿があった。尻尾とウマ耳があることから成人のウマ娘っぽい。

 

「すみませーん……」

 

「……」

 

 振り返った女性は黒いマスクを付けていた。距離は離れているものの、高枝を切るハサミのようなものをこちらに向けた状態で鋭い眼光で、話しかけてきた私のことを睨みつけてきた。……こわい。

 

 声をかけてしまった以上は何か会話を続けようと思うも、流石に異様な風格のある女性相手で、しかも地雷を避けないと危険な雰囲気がぷんぷんしているだけに一瞬の誤りが命取りになる危険性もある。

 辺りを見回して打開を試みようとすると、ふと畑のような土が耕されたスペースが目に入った。

 

「……ここでは、何か栽培しているのですか?」

 

「……」

 

 しかし、それに対しても返答が無かった……もしかして言葉が通じていない? いや、でもこちらのニュアンスは伝わっていそうだから無視されているだけ?

 

 どう意思疎通を取ろうか頭を悩ませていると、上空から鳥がさえずる鳴き声がした。ふと見上げれば空を飛ぶ鳥が――。

 

 

 ――次の瞬間、大きな炸裂音がする。

 慌てて音の発生源を探すと、それは私が話しかけていた女性から発せられたもの……いや。正確に言えば、その女性の両手にいつの間にか収まっている『猟銃』の発砲音であった。高枝バサミは無造作に地面に投げ捨てられていた。

 

 そして若干のタイムラグの後に、鳥の遺骸が私と黒髪の女性の間にぼとりと音を立てて地面に落ちる。それを一切表情を変えずに拾った女性は特に私にリアクションをするまでもなく、後ろの池の方に鳥を持って行きそのまま懐に仕込んでいたのだろう調理用ナイフで解体と血抜き作業を始めた。

 

 

 ……えぇ。

 

 何の警告も無しにいきなり銃が取り出されて、しかも躊躇いも無く発砲して流れ作業で鳥を水辺で解体とか……あまりにも現実離れした光景にリアクションが一切取れなかった。

 

 どうしようか色々と考えたが。下手に刺激するのは良くないなと思い、鳥の解体に夢中になっている隙に屋敷の中へ進むことにした。

 ……私だって庭先でこれを見せられて中に入りたくは無いんだけどさ、これが因子継承空間かもしれない以上は、多分先に進まないと帰れない気がしたので。

 というか、現状因子要素が全然無いけど、大丈夫なのかこれ。

 

 

 

 *

 

 屋敷の中に入ったら、眼前には荘厳なエントランスホールと豪奢な階段が広がっていた。しかし目に見える範囲においては人の姿を捉えることができない。

 ……しかし聴覚に意識を集中すれば。ほんの僅かに最上階から物音がするのが聴こえた。部屋は大量にありそうだが、音源はおそらく一ヶ所のみ。

 

 私は、その物音のする方向へ向かう。しかし、その間もなるべく情報収集を行うことは忘れない。

 まず、エントランスホールから圧倒されたのは、巨大な絵画や写真がいくつも飾られているという点だ。

 個々に共通点はまるでないが、全体として見ていくと政治、戦争、宇宙開発、飢餓、環境問題……そんなエッセンスが散りばめられた作品がエントランスにも、階段にも、そして最上階から音のする最奥の部屋に至る廊下にまで美観を損なわない程度に配置されていた。

 

 何か意図を感じさせる調度品の数々ではある。基本的に社会問題に関わるものばかりだ。人間の文明社会に対して関心の高い競走馬がモチーフ……って、そんなの居る? ちょっと心当たりがない。

 

 何だろう。でもこの先に待つ人物のヒントではあるはず。少し捻ったものだろうかと頭を悩ませる。

 どれも見極めるのには見識や教養が必要とか?

 あるいは、良心だとか良識に期待しないとそれらの問題を解決できないとか……あっ。

 

 

 ――そういうことかっ!?

 

 分かってしまえば、一気に繋がる。

 庭先で出会った壮年の黒髪ウマ娘。マスク……口に拘束具を付けていて、鳥と水辺……。

 そして推定サンデーサイレンスの放り投げた杭の付いたプラカード……つまり、この世界にサンデーサイレンスが介入できるという事実。

 

 ……でも。この推測が本当ならば、今から私が出会う人物は恐らく相応の覚悟が必要だ。気を引き締める必要……どころか、恐らく素では駄目かもしれない。

 ――『王子様』としての仮面。これを交渉用のポーカーフェイスとして利用するしかない。

 

 そんなことを考えて、私は最奥の部屋へとたどり着いた。

 今の私は『モブウマ娘』ではなく『王子様』。虚勢ではあるが、そうでもしなければ雰囲気に飲まれかねない。

 

 意を決してノックすれば、『入りなさい』と威厳ある声が響く。

 

「失礼します」

 

 私はそう前置きして部屋に入ると、そこにはウマ娘の老婦人が立っていた。部屋に置かれたアンティーク調の椅子を指差してそこに座るように言われる。

 その言葉に従いつつ、目の前の老婦人の様子を確認する。年老いている姿こそあるものの眼光は精彩を欠くことなく見る者すべてを射抜くような視線があり、ドレスから見え隠れする脚は現役を退いたウマ娘とは思えないほどに壮健でありながら、数え切れないほどの古傷が見え隠れする。

 老婦人ではあるが、正直、女海賊とかマフィアの長だと言われても納得してしまうだけの畏怖を与えるだけの威圧感があった。

 

 そして僅か数歩だけであったが、その老婦人の歩行フォームには僅かな重心のぶれが見えた。左脚をかばう……まではいかないがバランスの悪さを感じさせる動きに見えた。

 ……そして、その『左脚』の違和感こそが。私にとってはキーピースとなった。

 

 

 震える心を抑えつつ、私は芝居がかった口調と大袈裟な身振り手振りでこう伝える。

 

 

「――貴公の良識に敬意を(・・・・・・)表します」

 

「……そうだったねえ。お前さんは、そういう言い回しが出来る奴だったねえ。

 この屋敷には気性がおかしい阿呆共しか居ないから忘れていたよ」

 

 

 この老婦人の名は――ヘイルトゥリーズン。

 史実では日本の血統を根底から捻じ曲げ、競走の在り方から変えた……そんな競走馬がモチーフの御仁である。

 

 

 

 *

 

 ヘイルトゥリーズン系の家祖・ヘイルトゥリーズン。

 そしてヘイルトゥリーズンの産駒としては、ウマ娘実装キャラに関わる部分ではヘイローとロベルトの2頭だろう。

 

 ヘイローと言われると、脳死では『キングヘイロー』のことを想起するが、キングヘイローは母親がこのヘイローの子であるグッバイヘイローであることに由来している。母方からの接続なのでキングヘイローはヘイロー系ではない。

 ではヘイロー系に誰が属するのかと言えば――サンデーサイレンス。だからこそサンデーサイレンス産駒全員がこのヘイルトゥリーズンに収束する。そしてサンデーサイレンス以外にもヘイローはタイキシャトルの祖父である。

 

 そしてロベルト。ロベルト系に属する実装ウマ娘はナリタブライアン、マヤノトップガン、グラスワンダー、ウオッカ、そしてライスシャワーとこちらも錚々たる面子が並ぶ。

 

 

 加えて言えば、庭先であった黒髪の女性は多分……ヘイローだ。サンデーサイレンスもヘイルトゥリーズン自身も気性難であったが、このヘイローはその気性難一族家系の中でも群を抜いて気性が激しかったと言われている。

 

 

 あながちマフィアだとか女海賊だとかというヘイルトゥリーズンへの第一印象も間違っていないかもしれない。『系統』というファミリーの長であることには違いないのだから。

 

「私も回りくどいことは好きじゃ無いんでね。とっとと本題に入らさせてもらうよ。

 お前さんは三女神に祈りを捧げたら、こんなところまで飛ばされた……それで合っているかい?」

 

「はい……ご推察の通りですが……よく――」

 

 目当ては因子継承による能力やら適性アップだけど、それは胸中にとどめておく。

 

「……まあ、ウチの阿呆が散々迷惑をかけているらしいからね、その迷惑料分くらいは私も侘びを入れねばとは考えていたさ。

 ……それに、お前さんはどうやら『色々と知っている』――ようだしねえ」

 

「……恐れ入ります」

 

 

 実体として存在して会話が出来ている以上は同じウマ娘の延長線上で判断していたが、よくよく考えてみればサンデーサイレンスが怪奇現象のような姿形をしているのに、その2代上であるヘイルトゥリーズンがただの老婦人であるというのはちょっと矛盾が生じている。

 

 『シラオキ様』のような神格化パターンが既に示されている以上は、このヘイルトゥリーズンがそもそも上位存在的な立ち位置である可能性は充分にあり得る。というか世代と史実におけるリーディングを鑑みればそっちの方が自然だ。

 人ならざる存在であることを常に考慮せねばならない。ただし『会話』を行っている時点で意思疎通の意志があることと、読心までには至っていないことは留保しておこう。

 

 ついでに言えば『侘び』を入れることが目的だとするならば、ヘイルトゥリーズンの意志によって私はここに呼び出されたと見て良いだろう。

 

 

「で、だ。

 私とダート6ハロン半で勝負して勝ったら、どのようなことでも好きな質問を1つして良い。私が知っている限りのことを話そう。

 別に勝負しなくても構わないよ、ただしその場合はお前さんはそのまま何も得ず意識を覚醒するだろうがね」

 

 

 ……は、はいぃっ!?


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。