強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第46話 『サンデーライフ』の見た景色

 ヘイルトゥリーズンとダート6ハロン半――1300mでレースを行い……勝つ。

 現役であれば絶対に無理な条件だが、負傷引退した上に完治したとはいえ体幹のバランスは若干ではあるが崩れたまま。そして老婦人ともなれば負ける要素はほぼ無いようにも思える。

 まあヘイローも居たけど。それと『屋敷に気性難しか居ない』ってのもヒントだ。ヘイルトゥリーズン系のもう片割れのエースであるロベルトは気性は厳しくなかったことからロベルト関連のウマ娘はこの屋敷に居ない可能性がある。あるいは私がサンデーサイレンス産駒だとするとロベルト系は無関係だから、絡めないってことなのかもしれないが。

 

 しかし一方で、ヘイルトゥリーズンが上位存在である可能性も考慮しなければならない。

 

「……勝負して負けた場合は、どうなります?」

 

「別にどうもこうもしないよ。その時もただ目が覚めるだけさ」

 

 うーん……。条件だけ聞くと勝負を受けるメリットしかない。負けた時と勝負を放棄したときに何も得られないというのであれば、とりあえず受けといた方が得なようにしか思えない。

 

 加えてヘイルトゥリーズンに質問を出来るという見返りは大きい。この老婦人は先ほど私のことを『色々知っている』と言った。高確率で私に関して周囲には明かしていない情報も知っているとみて良いだろう。

 で、あれば、ある程度メタ的な問いに対しても回答を得られる可能性が高い。

 

 例えば、アプリ世界との違いに関わる根幹部分とか。

 因子継承ギミックであったり、適性の伸ばし方であったり、あるいはハルウララによって垣間見えた2410mの距離の処理方法など、気になる点はいくらでもある。

 そこについての新たな情報が入手できるのであれば、メタ的な視点という新たなリソースをレース戦略に組み込むことすらできるかもしれない。それだけのアドバンテージが作れるかもしれないという期待を内包している。

 

 あるいは、ハルウララの『勝利を希求しない』姿勢で強くなった理由。

 本人や彼女のトレーナーの立場から見えない視点からの情報があれば、もしかすればそれを私自身に転用できる可能性があり、パワーアップに繋がるかもしれない。

 

 

 成程、これは使い方次第では『私が今後楽をするため』に是非とも必要になりそうな情報が手に入るかも。どれを聞くかは取り敢えず一旦保留にするにしても、ともかく私はヘイルトゥリーズンが提示したレース勝負に挑み勝利する必要がある。

 

 

 ……んんっ?

 

 待って。

 今、私は……何て考えた?

 

 

 ――『レース勝負に挑み勝利する必要がある』……?

 

 それはつまり、私が勝たなければいけないレース……って! ヘイルトゥリーズン、まさか――。

 

 

 老婦人の目的は、この勝負の勝敗には無く。

 私に今まで存在しなかったウマ娘の生得的本能とも言える『勝利への渇望』を無理やりにでも引き出そうとしているんじゃない、これ!?

 

 

 

 *

 

 もう一度考え直す。

 ヘイルトゥリーズンの狙いが『私の闘争本能を引き出す』ことであった場合、この明らかに私に有利な申し出の意味がまるで変わる。

 

 私の最終目標は『楽して生きる』ことであって、レースはその目標を叶えるために『お金を集める』という手段の中の1つの手法でしかなかった。

 だからこそ私の根底の精神性とレースに勝利することが、ダイレクトに結びつくことは一度も無かった。

 

 けれど『勝利すればヘイルトゥリーズンに好きなことを質問出来る』という条件設定は、質問次第で今後の私のレースを楽にする(・・・・)可能性がある。

 つまり。

 ――今回に限れば私の根底的な在り方と、レースの勝利が結びつくのだ。

 

 それは今まで私の中で希薄であった『勝利への渇望』を発露させかねないレースとなり得る。

 

 一度『勝利への渇望』を引き出された場合、私はどうなるかは未知数だ。

 良い方向にも悪い方向にも転がる可能性を内包している。

 

 これはある側面で見ればチャンスでもある。

 だが……同時に。それを経験することで、二度と今の私の精神性や在り方に戻ってこれない恐れもある。

 

 

 そして。もう1つ考えないといけないのはヘイルトゥリーズンの目的だ。

 わざわざこんなことをして一体この老婦人に何のメリットがある、ということを考える。

 

 ヘイルトゥリーズンにとって。私は取るに足らない存在でしかない。私がサンデーサイレンスの直系であったとしても、まるで無数のように連なるヘイルトゥリーズン系の中の1人でしかない。

 にも関わらず因子継承を利用してヘイルトゥリーズンは私を呼び寄せた、となると。私に何らかの特異性を見出していることとなる。……まあ上位存在でヘイルトゥリーズン系全員とこういうやり取りを並列処理出来るレベルの化け物だったら、その推察は外れてしまうけど。

 

 でも、どちらにせよだけど。善意100%の申し出であると考える方が危険だよね。推定サンデーサイレンスが今までああいう形で介入してきている以上、ヘイルトゥリーズンも私を観測する何らかの手段が存在して、それを上位から享楽として眺めている立場……と構図が一番納得がいくかもしれない。

 ただレースがしたいだけならば『勝負をしなくても構わない』ということを普通、発言はしない。となると、レースそのものの勝敗よりも、この時点で私がどういう判断を下すのかに興味・関心があるということに繋がる。

 

「……ここまで私が長考していること自体が『狙い』ということですか?」

 

「……ほう? そう思うならば、そう考えて貰っても構わないがね。

 ただ『良い着眼点』だ、とだけ言っておこうかの」

 

 

 ここで考えて悩むこと自体の方向性は合っている、ということなのかもしれない。

 

 もう一度、最後に見つめなおす。

 私が、ここまで歩んでこれたのは『絶対に勝つ』という意志を持たなかったからこそだ。勿論、葵ちゃんのサポートや、他の友達との繋がりという要素も不可欠ではあったけれども、多分『絶対に勝つ』という意志でレースに挑んで敗北を繰り返し精神と身体を摩耗したケースの私に葵ちゃんがトレーナーに付く未来や、アイネスフウジンを始めとするウマ娘たちがここまで私の周囲に集まっていたかは未知数だ。

 

 どういった影響があるにせよ。勝利を目標にしてレースに挑んだ時点で、私の精神性はきっと少なからず変わる。これは、理論的ではないと自分でも思うし、理屈も無い。完全に感情論だ。

 色々なことをそこそこ器用にやれているという自覚はあるけどさ。今回の一件に関しては自分の深い部分に根差した問題というか、自己確立を揺さぶりかねない要素だから『今の1回だけは勝とうと思うけど、別のレースは所詮別物だし』みたいな割り切り方が自分の中で出来ないように感じている。

 根本的な自分の深層意識にまで関わる部分では、私って結構不器用でかつ頑固だと思う。

 

 だから。私の結論は――こうなる。

 

 

「……まことに申し訳ありませんが、お断りいたします」

 

 

 長い沈黙が場を支配する。

 メリットデメリットで考えれば、受けた方が良かったとは思う。

 何かが変われるチャンスがあるのであれば、それを掴み取っても良かった気もする。

 

 ……だけど、私の。自分の中の意志に従うのであれば、受ける選択肢は無かった。

 

「――くっくっくっ。お前さんは中々酔狂であるのう。

 よもや、ウマ娘としての本能よりも。あるいは己が目標に通ずるものであろうと、拒むことを選ぼうとはな」

 

「……折角のお申し出を断ってしまい――」

 

「よいよい。

 ……でも。そうさな。これくらいは良かろう。

 お前さんの理性に敬意を表そう――」

 

 

 そんなヘイルトゥリーズンの言葉とともに私の意識は暗転した。

 

 その暗転した意識の中で私は次のような文字列を目にした……ような気がした。

 

 

 

 *

 

 賢さが20上がった

 スキルptが20上がった

 「鋼の意志」ヒントLvが1上がった

 

 

 

 *

 

 ――再び目を開けたときには、トレセン学園の中庭、三女神像の噴水の前であった。

 そう言えば、群衆に遠巻きに見られながら少々オーバーに祈りを捧げていたところだったっけ。実時間としてどれくらいの時間私が祈っていたかは分からないが、立ち上がり、そのまま校舎内へと去る。

 ファンの子から話しかけられたりするかなとも思ったが、私が校舎の入り口へと向かえば、そこに居た人たちは、皆、私に道を譲ってくれた。

 

 そして、ひとまず自分の資料室に戻って、施錠してソファーにぶっ倒れながら頭を抱える。

 

 

 うん。

 

 ……あんなに大変な思いをしたのに、汎用イベの代替だったのかいっ!?

 

 確かにトレーナー白書のイベントは、葵ちゃんを自分のトレーナーに据えちゃったから起きないのは分かるけど!

 それに、ヘイルトゥリーズンの申し出を断ったのは確かに『鋼の意志』と言えるかもしれないけど……ねえ。納得いかない。

 

 なお先のことになるがファン感謝祭の翌日に、一応タイムを葵ちゃんに測ってもらったらほんの少しだけ良くなっていた。なので『鋼の意志』や賢さアップだけではなく、因子継承関連のステータスなどの底上げもあったようだけれども、どうも釈然としない気持ちだけが残った。

 

 

 

 *

 

 夕方。指定の時間の10分くらい前にグラウンドへと向かうと、既に多くの観客が集まっていた。65m×25mのダートコート……通常のダートコースは感謝祭のレースで使っているため、実は臨時新設である。よく作ったよ。

 

 グラウンドには既にシンボリルドルフ、アイネスフウジン、ハルウララの3名が集まっていた。

 

「私が最後でしたか、すみませんお待たせしたようで……。

 というか、すごいファンの数ですね……」

 

「まだ試合どころか準備運動もしていないから大丈夫なの!

 お客さんがいっぱいいるのは会長さんが参加するからだと思うの」

 

 そりゃ、シンボリルドルフがレース以外のことをするなら誰だって見たいか。私だって見たい。

 

「……それは光栄なことだがアイネスフウジン、ハルウララ、そしてサンデーライフ。

 君たちのことを見に来ているファンだって、沢山いるのは間違いないだろう?」

 

「えへへっー! みんなに良いとこ、見せよーねっ!」

 

 レースではないけれども、ハルウララは楽しそうである。そっか、一緒に走ることが目的なのだから、その舞台は特段レースに固執する必要はないもんね。

 

 

「……では、行きましょうか」

 

「はいなのっ!」

「行くよー!」

「では――率先励行といこうか」

 

 

 

 *

 

「……これは、中々勝手が違いますね……」

 

「そうだね……。レースじゃここまで身体をぶつけ合って競り合うことは無いから、つい避けちゃうの……」

 

 ゴールに向かって走ることはあっても、1個のボールに向かって走るのはどうしても勝手が違う。事前練習はしたけれども、ここまで強く当たってくるとは思わなかった。

 

「……ふっ、と。

 アイネスフウジン! サンデーライフ! 相手のが上手(うわて)なのだから、己の脚を活かせ! 相手が居ないところにボールを出せばいい!」

 

「はい、会長!」

「分かったのっ!」

 

 シンボリルドルフは早々と攻略の基点を見つけていた。『ウマ娘ボール』の技術力で相手が上なのは当然だ。であれば、自らの強みを活かすしかなく、それは競走者としての脚の早さと加速力。

 

 ――そして。

 

「ナイスパス、カイチョーさんっ! ……とりゃああっ!」

 

 ハルウララの放ったシュートがゴールに入る。曲がりなりにもダートコートである。ハルウララにとってはホームグラウンドであった。

 

 

 

 *

 

 試合時間4、5分が経過して、シンボリルドルフが動く。

 観客席の方に目を向けて、その最前線に居るウマ娘に向かってこう告げた。

 

「……テイオー。やってみたいと言っていただろう? 私と代わるか?」

 

「カイチョーとやりたいってボクは言ったのにー! ……でも、カイチョーがどうしてもって言うならボクが入ってあげても良いよ? にひひ、ちょっとやってみたかったしさ」

 

 

 ……うわあ。トウカイテイオーじゃん。

 そりゃ、確かに飛び入り参加で交代枠作るって話はしたけどさ。そのままコートの中に入ってきたので、無視するのはあまりにも非道すぎるので話しかける。

 

「ええと、トウカイテイオーさんですね? 今年の朝日杯フューチュリティステークスを優勝した……」

 

「おっ、先輩詳しいね?」

 

「あ、キミも朝日杯勝ったの? よろしくなのっ!」

 

 そういえばアイネスフウジンがテイオーの前の勝者だったね、ダービーの印象が強いがそっちも勝っていた。

 考えてみればハルウララが有の覇者だから、基本今のトウカイテイオーにとって私以外は格上ばっかりである。

 

 

 で、試合が再開してすぐ分かったが、やっぱりトウカイテイオーはトウカイテイオーである。運動センスが抜群に良い。アニメだとウイニングライブのダンス指導もしていたし、初見のスポーツなのに対応が早い。これが天才か。

 

 ただ、やっぱり体格差の問題はあるから、ステップでそれを回避する……みたいな動きが多い。

 

 そんなテイオーに対して、動きを読んでパスを出す方がちょっと難しい。だから周囲を見渡しながらプレイしていたら……ふと、観客席に映る小柄な長髪のウマ娘の姿が見えた。

 

 ――そして、私はその姿に見覚えがあった。

 まあ、気付いちゃったし……話しかけるか。私は観客席に近寄ってその目当ての子に話す。

 

 

「……もしかして貴方もやってみたいのでしたら変わります?」

 

「えっ!? ……わ、私ですか……? え、でも……」

 

「レースで走るのとは、また感覚が違いますしこれはこれで楽しいですよ?

 ……それに」

 

 私は、横目でトウカイテイオーを見やると、今話している目の前の少女は身体をびくっと動かした。

 その所作を認識しながら私は言葉を続ける。

 

「――あなたのご活躍は、テレビからですが見ていましたよ。

 ……トウカイテイオーさんとレースでぶつかる前に、ここで『一緒に』戦うというのも良いんじゃないですかね? まあ、無理に強要はしませんが」

 

「……ありがとうございます、ええと――」

 

「私はサンデーライフと言います――ディープインパクトさん?」

 

「……! はい、ありがとうございます!」

 

 

 ……ディープインパクトは駆けて行ってコートの中に入っていった。

 こんな小動物みたいな子が、日本の全てのレースを過去にするとは、ねえ。いや、まだ決まったわけじゃないけどさ。

 

 

「……おや? サンデーライフ。君も交代が早いね。

 こんなに早く飛び入りが出てくるなら、テイオーにお願いしなくても良かったかな」

 

「いえ。彼女はトウカイテイオーさんが居たからこそ、あの場所に立ったのだと思いますよ」

 

 シンボリルドルフが会話しつつ、私はコートの中を見る。

 

「……あ! ディープインパクト! ボクと同じ『無敗の三冠』を掲げる不届き者めっ!」

 

「……えっ!? あ、ごめんなさいそんなつもりじゃ」

 

「……あー、キミそういうタイプ? てっきりもっと好戦的な子だと思って、つい。

 分かってると思うけど、ボクはテイオー。キミを破ってカイチョーと同じ無敗の三冠ウマ娘になるのは、このボクだから!」

 

 

 ――皐月賞の2週間前にこの2人を引き合わせたことには意味がきっとあると思う。

 

「……サンデーライフ、1つ良いかな?」

 

「はい……シンボリルドルフ会長、一体なんです?」

 

「この『ウマ娘ボール』にしろ。君には色々と迷惑をかけている。

 生徒会長として1つ謝礼でもしたいと思っているのだが――」

 

「いえ」

 

 私は会長の言葉を遮る。

 

 シンボリルドルフも……この場に居る全ての人が今、目の前に広がる景色にどれほどの価値があるのか知らない。

 

 度重なる骨折から何度も何度も復活を成し遂げた『奇跡の名馬』――トウカイテイオー号。

 日本競馬史を文字通り一変させ、全てを過去にして現代競馬を新たに打ち立てた――ディープインパクト号。

 『競馬』という存在そのものを、ただ1度の勝利もなく社会現象を引き起こし『競馬ファン』の中にあった『競馬』を一般に広めた最大の功労馬――ハルウララ号。

 

 この3者から見れば、流石に知名度は劣るかもしれないがアイネスフウジン号は。史実では競馬場観客の世界記録保持者。

 

 

 だからこそ、その言葉は自然と出てきた。

 

「私には、この景色が見れただけで充分ですよ――」

 

 シンボリルドルフが言葉を飲むのを感じたが、私は気にせずコートへと目を戻した。

 

 

「あっ! オグリさんなの! どうせなら、オグリさんもやってみるのー!」

 

「わぁーっ、スペちゃん来てたんだっ!! ウララ、もうヘトヘトだから代わってー……」

 

 

 所詮、ファン感謝祭のお遊びでしかない。それは分かっている。

 けれど。歴史に名を残してきた数々の魂が、勝利という頂を目指して『全員が協力』する光景にどれだけの価値があるのか、それを――本当の意味で理解できるのが私だけなのだとしたら。

 

 この眼前に広がる情景が見れたということは、何事にも代えがたい価値があったのではないだろうか。


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