強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第47話 シニア級4月前半・ダービー卿チャレンジトロフィー【GⅢ】(中山・芝1600m)

 なお『ウマ娘ボール』は前後半の合計20分の試合が終わったときに、普通に負けた。

 

 とはいえ経験者相手に、飛び入りの初心者で回していた私達が勝ったら、それはそれで『ウマ娘ボール』のレベルに関わる話でもある。

 それに多分大変だったのは相手チームの方だろうし。『ウマ娘ボール』の魅力をファンに伝えつつも、競走ウマ娘に見せ場は作ってあげて、その上で勝利して競技のレベルの高さを見せつける……これを、敵味方双方に負傷者が万が一にも出ないように配慮しつつやる、というのは相当神経質なプレーを要求されたことだろう。

 

 で、後は葵ちゃんから小耳に挟んだ程度だが、その『ウマ娘ボール』における競走ウマ娘チーム……つまり私達の敗戦が、そこそこSNSのトレンドに入ったらしい。最初はあくまでネタとして『敗北』が拡散されていたが、そのネットニュースを見た人が増えるにつれて、『ファン感謝祭』でのウマ娘ボールでのことを何故かレースと同一に捉える人が出てきて『トウカイテイオーとディープインパクトの無敗の三冠が消えた!』なんて話が拡散される事態になったらしい。

 詳しいことは私はSNSシャットアウトをしているので分からないが、最終的にはトレセン学園とURA広報部の双方で『ファン感謝祭でのイベントの勝ち負けは公式戦の戦績には影響しない』などという声明が出されていた。

 

 私としては、何というか大変だなあという感想しか出ない出来事であったが、騒動が終わってみれば、『ウマ娘ボール』という競技の名前の一般知名度の向上には貢献していたようである。怪我の功名ではあるが、ウマ娘のレースがエンターテインメントも背負っている以上はこういう形の延焼が起こるのかあ、とちょっとげんなりするものでもあった。

 

 とはいえ、私の人気は『王子様』人気であり。そういうルールや規則に詳しくないレース初心者層への求心力がそこそこ高い。学園内での私のファンもそこそこ居るけど、外部においては数と割合だけで見れば、普通の競走ウマ娘より私の場合は、レース愛好家層よりかはそういったトレンドウォッチャーなどからのライト層人気の比重が明らかに高いのである。

 

 競走ウマ娘やトレーナーなどのレース関係者といった層から見た私は『王子様』であるとともに『策略家』のイメージが先行する。実力不足にも関わらず格上を相手取っていることくらいはバレていると思うし。

 で、レースのことをほとんど知らない人たちからすれば、私のイメージはやっぱり障害戦におけるメジロパーマーのお姫様だっこのインパクトに尽きるのだろう。取材応対は相変わらず基本は拒絶で、書面やアンケート回答に限定している。

 

 そうすると、専門的なレースの話に関する質問の回答ってあまり出来ない。次のレースの戦術をどうするか? って聞かれたとしても、答えられないし実際レースをやってみてからの場当たり的対処も多い。

 あるいは恐らく最も欲しい情報であろう次走に関することも、私の場合は『隠しているわけではなく出走登録ギリギリになるまで決めてない』としか言えない。それが事実なので。

 

 一応話せなさそうなこと以外は、基本回答しているけれども、質問は圧倒的に『王子様』を欲する読者向けのものが多い。

 『好きな女の子のファッションは何ですか?』とか『3回目のデートで行く場所』とか、凄い所だと読者質問系企画の恋愛相談お便りをそのままこっちに投げつけてきた出版社すらあった。いや、全部書面送付の前に企画説明のアポイントはあって、私が承認した上でだけどさ。

 

 まあ、そんなこんなで巷に溢れている私のメディア情報ってそんな感じだ。

 それと、カメラの回っている現場であったり撮影系の話は基本断っているので、宣材用に撮った写真であったり、レースやライブの切り抜き写真であったり、あるいはずっとパーマーお姫様抱っこのときの1枚を使いまわし続けているところもある。

 この辺についてはモデルリリースはちゃんとトレセン学園が結んでいるので、あんまり問題になることは無いし、万が一問題になってもその利用許諾契約条項から即時対応を要求することが出来る。

 

 ついでに言えば、多分これからは『ファン感謝祭』の三女神像に祈りを捧げている写真が出回ると思う。身から出た錆な上、私としてもそれが拡散される分には別に構わない。

 

 

 だから、まあライト層向けの人気は悪くないと思っている。

 

 ただ問題は中堅層への働きかけがまるで無い。つまりレースをちゃんと見て応援する子が居るくらいのレベルのファン層辺りには、多分戦術論とかも軽くかじっているからこそ彼等からすれば「ミーハー層向けアピールの『王子様』キャラのやつが、『大逃げ』フロック勝ちで勝ち進んできた」と如何にも嫌われる要素に満ちている。

 素人に見栄えするものばかりで、そもそも適性不問などという理外のローテーションで来ているし。そういうそこそこレースを見て齧っているファンは、基本『こういう戦術が好き』とか『こういうレースが好き』みたいな自論を持っているので、その法則からあまりに逸脱している私に対してのアンチも多いとは思う。

 

 

 というか、そういう傾向があるだろうなとは最初期の頃から分かっていた。その辺は私のSNS関心が低い理由の一因であったりする。

 好いてくれる相手には好かれたいし悪印象を持たれないようにはしたいという気持ち程度はあるけれども、無理に嫌いな人に向けて働きかける気も、そもそも視界に入れる気も毛頭なかったので。……元々他者評価にそこまで興味が無い、というのもあるんだけどさ。

 

 でも私のアンチって結構大変だよなあ、とも思う。何だかんだ一流ウマ娘との関わりが否応なしにある訳だから、ファン目線だと誰かの推しになって詳しく調べているうちに私が出走したレースにぶつかることも多いと思うし。それに私が自己発信していないけれども、他の子のSNSから私が写った写真とかはよくアップロードされているなんてこともあるからね。

 

 

 

 *

 

 次走、GⅢ・ダービー卿チャレンジトロフィーはファン感謝祭の週の週末の第11レース。

 

 中山レース場1600mのこのレースは外回りコース……おにぎりみたいな形をしている。なので第1コーナー辺りからスタートして直線とも緩やかな第2カーブとも解釈のしようがあるところを進んでいく。ただし位置的には第2カーブであることには間違いなく、序盤・中盤に外を走らされやすい外枠が圧倒的不利となるコースである。

 

 ということでまずは枠番ガチャの時間は――7枠14番。16名フルゲートなので……外枠確定である。まあ運ゲーだし、これ。

 

 じゃあ、次のガチャ要素。

 現地に赴いての当日ガチャだが、天候とバ場状態は……晴れの、良。

 つまりはスピードが出やすい。これが良いことか悪いことかを考える。

 

 中山1600mはスタートからずっと下り坂で、最終直線の急勾配の坂以外は下り続ける。スタートから始まった下り坂は、第2コーナー・向こう正面と続き、何と第3コーナーの中ほどまでずっと続き、高低差5m程度を駆け降りることとなる。

 だから否応なしに高速化しやすい舞台と言える。

 

 中山の直線は短い、というフレーズ自体はアプリで有名なものであるが、その短い最終直線には先に述べたが急な坂がある以上は、それまでの高速化展開と相まって前を行くウマ娘が捕まりやすいという……短い直線に反して後方有利となる条件が重なっているイレギュラーなコース。

 

 スピードフロックではなく、総合的な技術力、ウマ娘としての全般的な強さが求められる中山は否応なしに高難易度コースである。一応、経験という意味では未勝利時代のリトルココン戦があるが、あれは芝2000m――つまり内回りだったので、最終直線を除き役立つことはあまり多くない。

 ほぼ初見と言って差し支えないだろうし、そもそもそのリトルココン戦ですら9人中6着という成績でこれは未勝利戦時代で最も悪かった戦績だ。……いや未勝利時代の入着逃しが1回だけというのは改めて考えれば充分普通に強いよね、私。

 

 そしてその16名の中には勿論何人かネームドが紛れているのは毎度恒例のことで。

 その中で今回マークすべきだと、葵ちゃんとともに選出したのは3人。とにもかくにも先に名前だけ挙げる。

 

 ダイタクヘリオス、ビコーペガサス、ここまでがアプリ実装組で。

 あともう1人がダイワメジャーである。

 

 

 ……うん。ダイタクヘリオスが居る以上、高速化はほぼ必定と言って良いかもしれない。結局、爆逃げコンビの両方と当たることになるのかいっ!

 

 

 まあ、取り敢えず1人ずつ見ていく。

 

「1番人気は3枠6番ダイタクヘリオス。前走中山記念では見事1着となって、同じマイル路線・同じ中山ですのでそのまま1番人気に躍り出ていますね」

 

 ダイタクヘリオス号は、マイルチャンピオンシップ2連覇にGⅡ・マイラーズカップも2連覇の上、その両レースともにレコード勝利を飾っているマイル路線においてはガチの脅威と言って差し支えない相手である。

 パーマーとの爆逃げコンビで失速している印象が強いが、それはあくまで中距離以上の路線での話であり。マイルの舞台においては、普通に逃げ切ってしまう強力な『爆逃げ』ウマ娘だ。そんな少女・ダイタクヘリオスは、私と同期のシニア級1年目。今まで目にしなかったのって未勝利戦を越えた後は、私って芝のスプリント・マイル路線で出走したレースってあの『清津峡ステークス』だけだし、これまで競合する余地が無かっただけだと思う。まず間違いなく難敵であることは疑いようが無いが、一方でセイウンスカイのように急に差しで来るみたいな戦略行動は考慮しなくて良いと思う。

 

 中山記念は確か史実出走歴は無かったはずだが、これは恐らく本来のダイタクヘリオスの前走である読売マイラーズカップが4月後半に移動しているためだ。

 だからその代替として同じ2月のマイルGⅡである中山記念がローテの代替になったと事前に推測していた。同じ中山の舞台ではあるものの、ただ中山記念の芝・1800mは内回りである。

 

 

「――2番人気に4枠7番のビコーペガサスが入っております。調子は悪くなさそうですが、前走は昨年度になりますから人気はダイタクヘリオスに一歩譲っておりますね」

 

 次にビコーペガサス号。勝鞍こそ重賞はGⅢ2勝のみだが、芝のスプリンター&マイラーとして常に高順位をマークし続けた競走馬である。しかも、ダートのフェブラリーステークスでも何故か4着を取っている。というか8歳まで出走しているからかなり息が長い。ついでに言えばGⅢ2勝で3億円オーバー勢でもある。

 

 少女・ビコーペガサスとしては、既に主流路線からは退いているらしく、ハッピーミークや生徒会組などがやっているような年間1、2戦程度の出走に偶然噛み合ったらしい。これは私の悪運……というか重賞レースはそれくらい日常茶飯事かも。

 

 

「3番人気、3枠5番のダイワメジャー。ビコーペガサスと同じく上の世代からの出走登録となっております」

 

「ほぼ1年ぶりのレースになりますので人気は他の子に譲っておりますね」

 

 最後にダイワメジャー号。ダイワスカーレットの兄で通算GⅠ勝利5勝のマイル・中距離路線の優駿である。元々は呼吸疾患持ちであったが手術で克服して以降は、活躍を続け最優秀短距離馬を2年連続で受賞しているなど、その戦績はアプリ実装ウマ娘と比較しても全く引けを取らない。

 ウマ娘となったダイワメジャーもまたビコーペガサス同様上の世代からの出走登録だ。全世代だから本当に世代が滅茶苦茶になってるね。ダイワメジャー世代もきっとクラシック時代は地獄絵図だっただろうなあ、ほぼ怪我を克服するウマ娘ばっかりのこの世界では特に。

 

 脚質としてはダイタクヘリオスは爆逃げで決め打ちして構わなく、ビコーペガサスは差しを中核として先行も追込も出来るバランス型、そしてダイワメジャーは序盤から最先頭に付けることはあまりなかったので先行と判断して良いだろう。

 

 ……この際大事になるのはダイタクヘリオスの『爆逃げ』である。

 前に障害レースでパーマー相手に『大逃げ』対決を挑んだときや、あるいは前走・ダイヤモンドステークスから続けてもう1回『大逃げ』をすることはしない。

 まあ、あれは相手がセイウンスカイという『トリックスター』相手だったから無理に主導権を握ることでしか勝ち筋が見えなかったのが原因だし。

 

 後方有利なレースなのだから無理に前に付ける理由が無ければ、普通に後ろに付く。ついでに言えばダイタクヘリオスが3枠6番で結構内寄りで、枠番的にも逃げで競り合うのがキツいというのもある。

 

 

 だから、今日の私が取り得る作戦は――『追込』。これなら外枠スタートでも内側を確保しやすい。

 

「4番人気、7枠14番サンデーライフ。前走ダイヤモンドステークスでは初の重賞挑戦で4着という成績を収めております」

 

「さあ、今日の彼女から再び『大逃げ』が炸裂するのか、それとも別の戦術でレースを進めるのかは注目です。3400mのレースの後に距離が半分以下のマイル戦に出走しているのは私としても驚きがありますが、彼女は阿寒湖特別から清津峡ステークスの2600mから1200mのローテーションで勝利を掴んでおりますからね」

 

 

 今日は中山レース場。千葉県船橋市であるために、流石に前走、前々走のように応援団が駆けつけることはない。東京レース場は学園から凄く近いけれども、流石に船橋はウマ娘の脚力でも行くのは骨が折れる距離だ。50kmくらいはあるし。

 でも、葵ちゃんとハッピーミークは来ていた。ハッピーミークは何か旗みたいのをぶんぶん振っている。

 

「……がんばれ」

 

「あはは……ミークちゃん、出来る限りのことはやってみます」

 

 旗を持っていない方の手を握る。というか、この旗なんなの? URAのマークが入っているだけだから、多分本来は私のための応援グッズとかじゃないよね。

 

「――で、葵ちゃんからは何かありますか?」

 

「……そうですね。結構サンデーライフへの激励って難しいのですが……おそらく分かって言ってますよね?」

 

「あー、バレちゃいますよねー葵ちゃんには」

 

 お互い軽口を叩きながらも、葵ちゃんは多分私の現在のコンディションを把握しつつかける言葉を見繕っていた。

 

「まあ緊張もしていないようなので、一言だけ――楽しんできてください」

 

 

「……。

 いやあ、やっぱり敵いませんね葵ちゃんには。私がハルウララさんのことを気にしていたのをここで出してきますか」

 

「ファン感謝祭の前後から、サンデーライフ、ちょっと雰囲気が変わりましたからね。

 良い変化だと私は考えていますし……レースが楽しめるに越したことはないと思いますよ!」

 

 

 ヘイルトゥリーズンのお屋敷訪問と、ファン感謝祭を経て私の心境がちょっとだけ変わったことを葵ちゃんは見逃していなかった。ちゃんとしっかり私のことを見てくれていて、それをこの場面で話題に出してくるのだからやっぱり素直に葵ちゃんって凄いと思う。

 

 それからは、ウインクだけして葵ちゃんとハッピーミークに微笑んでゲートへと向かい、そのままゲートインする。

 

 

「さあ、各ウマ娘出走の準備が整いました。

 まもなく発走です――」


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