強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第48話 シニア級4月前半・ダービー卿チャレンジトロフィー【GⅢ】(中山・芝1600m)顛末

「さあ、スタート! 揃ったスタートか……んんっ? ちょっとサンデーライフが外の方でやや……出負けといった感じでしょうか。

 前に飛び出たのは勿論、この子――ダイタクヘリオスです」

 

「サンデーライフはどうでしょう、出遅れのようには見えませんでしたが……勝負を避けましたか? ダイタクヘリオスのペースに追いつけないと最初から見切りを付けているのかもしれませんね」

 

 当初の予定通りスタートしてから私は後方に付けつつ内に入っていく。差し集団の更に後方に入る……が、私よりも後ろを狙った子も居た。別に追込だからといって最後方に絶対ならなければいけないわけでもないので内に入ることを優先。後ろは……3人、ってことは16名フルゲートだったから13番手かな。取り敢えずこの位置をキープする。

 

「ダイタクヘリオスが先頭。ですが後ろとは1バ身も差はなく、レディアダマントが控えております。その外にアミサイクロン。そしてダイワメジャーはこの位置に居ます」

 

「200mから400m地点までのラップが……10秒8ですか。この区間は早くなりがちですがそれでも驚異的なペースです。しかし他の子も付いて行っておりますね。

 このペースでは持たないですからどこかで息を入れないとまずいですよ」

 

 後方からのレース展開なのに、あまり楽な感じは無い。前が速いのだろうか……きっと先頭がダイタクヘリオスだろうから多分そのせいかな。

 気になるのはそんな逃げや先行集団ではなく、目の前を走る中団・差しの子たちのペースだ。差し集団最後方には2人居て片方はビコーペガサスだ。でも差しの中で結構流動的に順位が変わっているからすぐ前に行くかもしれない。

 

 そして後方の追込組はそんな差しをあまり積極的に追わない。だから差しと追込の間にぽっかりとスペースが空いて、私はそこを走っている。

 ……少しペースを落として追込側に寄せるか。中途半端な位置に付けているのでスリップストリームの恩恵を受けることも出来ない。

 

 前走のダイヤモンドステークスでセイウンスカイが魅せたように、後方集団を巻き込んで全体が掛かるケースはある。私も自身で主導権を握っているときはそれを狙うのだから、逆に自分が後方になったときには全体ペースが狂っている可能性は考慮しないといけない。特に中山の1600mはハイペースになりやすい下り坂展開なのだから、余計にね。

 

「短い向こう正面から第3コーナーに入りまして緩やかな下り坂をダイタクヘリオス先頭で下っていきます。しかし外からじりじりとダイワメジャーが追走、そのすぐ後ろにアミサイクロン――」

 

「1ラップのペースは11秒5前後で推移しておりますね。依然ハイペースですが今日のレース展開を鑑みるに、このまま突っ切るかもしれないです」

 

 4ハロン、ちょうど半分が経過してようやく私はレースの展開がかなりのハイペースであると確信に至る。

 これ、前が垂れる可能性が高い。流石に追込で重賞レースであることを鑑みれば、バンブーメモリーと戦ったときのように最内をぶち抜くことはキツい。だから外に出るべきだが、この前の差し集団を迂回する以上、早めの仕掛けはそれだけ走行距離が伸びることになる。

 

 ダイタクヘリオスの爆逃げによって早いペースになるのは当初の想定通りであったが、カーブで前方を視認すれば既にそのダイタクヘリオスに後続が差し迫っているのが見て取れた。

 ダイタクヘリオスが逆噴射? いや、それだったら集団全体のペースも落ちるはず。ってことはダイタクヘリオスは遅くとも、通常の逃げくらいのペースは保っているはず。

 

 じゃあ、前方が既に仕掛けている? ……これでも無さそう。もしそうなら急激なペースの変化が中団にも波及したはずだ。しかし急に加速したみたいな感じは無かった。

 ……じゃあ、最初からダイタクヘリオスのペースに全体が影響していたってことか。そりゃあ、差しと追込の間に溝みたいにスペースが出来るわけだね。ただ私より後ろの追込集団にネームドウマ娘が居らず、おそらくは私と同じく先団垂れ狙いで一発を引き当てようとしている子たちでもある。誰がどこで仕掛けるのか、そして私はどこで仕掛けるかが難しい。

 

 

「第3、第4コーナー中間の残り600m標識を通過して、依然先頭はダイタクヘリオス。そのすぐ後ろにダイワメジャー。外に持ち出して盛り返すはレディアダマント――」

 

「中団も動きが早くなってきました。ビコーペガサスを筆頭にじわりじわりと先行集団を射程距離に収めて前を狙って上がっていきます」

 

 差しの子たちの中には既にスパートをかけている子たちも居た。ちらりと後方を見やる。まだ後ろはペースが上がっていない。動き出したのは前の子たちだけ。

 だったらまだ仕掛けない。中山の最後の直線――アプリで短い短いと再三言われ続けたあの310mの直線の勝負に全てを賭ける。

 

 ただ、すぐに抜け出せるように第4コーナーのカーブで膨らむようにして意識的に外へと位置取りを調節する。

 

 ――そして。

 第4コーナーが終わる頃には、私の眼前は誰も居ない大外の景色が広がっていた。

 

 

 

 *

 

「さあ早くも第4コーナーカーブから直線へ向いたところ! 中山の直線は短い、後ろの娘たちは間に合うか? 先頭は激戦になりそうだ――ダービー卿チャレンジトロフィー、さあダイタクヘリオスをダイワメジャーが躱して先頭に躍り出る!」

 

 ここからギアを一気に入れる。既に2人抜いて11番手。

 坂までは100m少しある。そこまでの平坦な部分で垂れるウマ娘はそれほど多くないだろう。

 

「ダイタクヘリオスはちょっと苦しい。ダイワメジャーが先頭! ですが後続の上がりも目を見張るものがあります! 内からビコーペガサス、ビコーペガサスが既に5番手……いや、レディアダマントを抜き去り4番手まで上がった!

 しかし、ここから坂――中山の急勾配の坂が各ウマ娘を襲います!」

 

 

 中山レース場の坂の高低差は2.2mを僅か110mで駆け上がる。

 この坂はトゥインクル・レース全平地レース場の中でも最大の勾配を有している。そして坂の後は僅か70mで勝負が決まる。

 

 ――坂での攻防はもう何度もやってきた。

 坂は私の味方になることもあったし、敵になることもあった。

 例えば直近ではダイヤモンドステークス。あの場では私とセイウンスカイで他のウマ娘のスタミナを散らした後だったので、坂は私に有利に働いた。

 そして最初期まで辿ればアイネスフウジンとの競り合いをした福島の未勝利戦だって坂があった。あの時の私の大逃げは未完成で。坂で僅かに失速した後に、最後の最後でアイネスフウジンに差し切られた。

 

 

 でもさ。

 

 私は障害レースを経験しているんだよね。

 福島の障害(たすき)コースのバンケット障害。あそこでは40m程度で高さ2.76mの坂を登ったのだから、それに比べてしまえば中山レース場の最終直線の坂ですらもう、私にとって障害物にはなりはしない所詮は平地の坂である。

 

 

 それに『伸び脚』も健在である。

 ――私は、どこまで届くのだろうか。

 

 

 

 *

 

「ダイワメジャーがハナを進む! その脚色は一歩一歩踏みしめる度に、後続を突き放していく! そして2番手はまだ何人か粘っているが、外からビコーペガサス、ビコーペガサスが上がってくる! あと50m。さあダイワメジャーはもうセーフティーリード! 2着はどうなる!? ……いや、大外からサンデーライフ! 大外からサンデーライフが飛び込んだっ! そのままゴールイン、2着接戦!

 ……1着、ダイワメジャーは快勝! 堂々とダイワメジャー、先行押し切り、そして突き放す、素晴らしいレースを見せてくれました――」

 

 

 1着はダイワメジャー。

 そして。

 

 

 ――2着、3着が番号灯らず写真判定で、4着ダイタクヘリオス。

 

 

 えっ。

 これ、もしかして。私の順位が写真判定……?

 

 

 

 *

 

 写真判定自体は、2勝クラスの阿寒湖特別のときに一度あった。

 ファインモーションとマンハッタンカフェのどちらが1着かという形で、私の着順には無関係なやつが。

 

 今回の2着はおそらく、私とビコーペガサスの争い。

 取り敢えず葵ちゃんの下に行く。

 

「……どうでしたかね?」

 

「……そうですね……ここからですとゴールから角度がありますので、私からは確定的なことは何も言えないですよ、サンデーライフ」

 

 ハッピーミークも横で頭を縦に動かして頷いている。

 

 ……あー、何となくだけど葵ちゃんはどっちが先着したか分かっている雰囲気だなこれ。ハッピーミークはどっちか分からん。

 とはいえそれは葵ちゃんの意見であって、決勝審判がどう下すのかとは別次元の問題だから、今この瞬間に葵ちゃんが教えてくれることは無いだろう。

 

 写真判定は僅差であれば僅差である程判定に時間を要する。

 あまり時間がかかるようであればバックヤードに退避して結果を待つ必要がある。それならこの観客席前からも動かなきゃいけないと思って、どうしようか迷っていたら、不意に私の左の手のひらに感触を覚えた――葵ちゃんの両手が重ねられていた。

 

「――サンデーライフ。……手が震えてますよ?」

 

 

 言われて初めて気が付いた。

 私の手は震えていた。

 

 

 するとハッピーミークが右手を出すように促してきて、それに素直に従うと右手はハッピーミークが握ってくれた。

 

「……ミークちゃんも」

 

「……ぶい」

 

 2人の暖かさを感じつつ、そのまま握られているといつの間にか私の手の震えは収まっていた。

 

 

 ……そっか。2着か3着かの写真判定。

 それはこのレースの勝ち負けを左右する判定ではもう無い。どちらに転んでもダイワメジャーが勝者なのは変わりない。

 にも関わらず、私は緊張していた。

 

 この感情はどういうことなんだろう。自覚すると確かに心臓の鼓動はレースを走った後とはいえ、ずっと治まっていない。

 たとえ2着と3着の違いであっても勝ちたいから? ……でも、そうじゃないと思うんだよね。もっとそういう『血を躍らせる』みたいなレースは私はたくさんしてきた。この場面でそういう気持ちが今更出てくるのも変な話だ。

 

 じゃあ2着と3着の賞金額の違い? まあ、これが理由なら確かに勝ちたいとは思う。2着と3着の賞金差はこのダービー卿チャレンジトロフィーだと600万円以上になる。コインの表裏を当てるみたいな『2択で当てたら600万円!』って言われたらそりゃ心臓もバクバクするし緊張もするけどさ。

 そういう想いも含まれているとは思うが、多分これは副次的要素だ。

 

 

「じゃあ、どうして……」

 

 その私の独白は葵ちゃんの言葉に遮られた。

 

「きっと、ですが。

 ……サンデーライフは、レースが好き――だからだと思いますよ。確かに貴方にとっての『競走』とは目的を満たすための数ある手段の中の1つでしかありませんが……。

 でも、レース前からこれだけ頭を悩ませて、そしてレース中も考えて臨んでいるサンデーライフは、少なからずレースという存在そのものに愛着を抱きつつある……ということではないでしょうか」

 

 

 ――それは、とても綺麗な言葉であった。

 まるでおとぎ話のお姫様がメルヘンな世界の中で紡ぐような話。

 

 でも、どうだろう。

 私はもしかしたらレースのこと好き……なのだろうか。

 

 

 ――その瞬間、葵ちゃんとハッピーミークの後ろの観客席から歓声が上がった。

 

 

 

 確定。

 2着、サンデーライフ。

 3着、アタマ差でビコーペガサス。

 

 

 そして。

 重賞2着ということは収得賞金というレース出走に関わる条件の積み重ねもできた。つまり以後のレースでは全員が上位層みたいな魔境レースに出ない限りは、今後は出走登録時に除外される可能性が大きく減るのである。そんな副次効果もこの――ダービー卿チャレンジトロフィーで私は手に入れることができたのであった。

 

 ――現在の獲得賞金、7991万円。


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