強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第49話 ウマ娘のフェリスミーナ

 ダービー卿チャレンジトロフィーの2着。

 2着のレースはこれまでにも何回か存在したが、実装キャラを打ち破ったのは昨年2月のクラシック級未勝利戦でのマヤノトップガン戦以来であった。

 

 しかもあの時はダートの短距離というマヤノトップガンの本流では決してない路線であったけれども、ダイタクヘリオスもビコーペガサスも芝のマイル路線は得意とするところ。

 ダイワメジャーに届かなかったけれども、ダイタクヘリオスの爆逃げをマイルで差し切って、ビコーペガサスとも写真判定の末ギリギリで勝利したというのは、かなり大きな変化であると考えている。まあ史実ダイタクヘリオス号は『オッズを見る馬』と言われるくらい人気が高い時には馬券内に入らない競走馬であったけどさ。

 

 とはいえ勝負はあくまで相対的なもので、水物。今回のダービー卿チャレンジトロフィーで勝利したといえども、それが単純な強さ弱さの格付けに直結するわけでもない。まあ周囲からの評価ではそういう判断はされないことは自覚しているけれども、1回でも勝てば対等だとか上回っているって精神性は非常に危険なものだと思う。

 

 それに、確かに私から特に主導権を握るような仕掛けをしていないのは事実だが、ダイタクヘリオスの爆逃げに先行集団全部が無理やり付いていこうとしたこと自体は、そこそこの異常事態である。

 ダイワメジャーが地力で勝利をもぎ取ったが、逆に言えばそれ以外の先行集団は全部中山の坂で垂れた。ビコーペガサスだって仕掛けがかなり早かったから、差し脚の切れ味も若干伸び悩んだ側面もある。そういう要素込みでの2着だということは、肝に銘じなければならない。

 

 閑話休題。

 それで何だかんだで今年初となるウイニングライブをこなす。バックダンサーは毎レースでこなしてはいたけどもね。

 とはいえ平地のオープン戦クラスに挑戦し始めたのが今年からなのだから、4月の段階でここまで来れたというのは私の想定よりは全然早い。それに障害レースの方で12月末に自分がセンターのウイニングライブはやってるしね。

 ただこれまで私がバックダンサー以外で経験してきたライブと違うのは、ダービー卿チャレンジトロフィーは重賞であり、今日のメインレースであったということ。だからウイニングライブの中でも、今日の中山で一番の盛り上がりを魅せるライブの演者として私は出演することが叶ったのだ。

 

 ……まあ、正直な話をすれば。私の個人的な部分としてはライブをやる必要性ってあんまり感じていなかったりする。確かに色んなスポーツに勝利パフォーマンスがあると言えばあるけれども、流石にライブまでするのはかなり珍しいと思う。

 競馬だって元はウイニングランというパフォーマンスであったり興行合間のステージみたいな概念であって、別に騎手が歌って踊っていた訳じゃないし……いや騎手がCDリリースしている例はあるけどさ。

 確かモデルになったのは昭和の女子プロレスで、そこに着想を得たって話だったっけ。ウマ娘そのものの制作秘話的なものなので詳しいことは知らないが。でもそのモデルらしき女子プロレスこそ、そもそも異色のパフォーマンスである。

 

 

 ただ、これはあくまで私の個人的な意見であり、『競走』ウマ娘・サンデーライフとしての在り方――そして考え方で言えば180度変わって、ウイニングライブというのはやっぱり必要なものだとは思う。

 

 それは1つの側面としては『ファンサービス』という意味合い。私のここまでの道筋で決して少なくない数のファン、そして友人を得てきた。他者評価にほぼ依拠していない私はそれらのファンに支えられているという依存関係にはなっていないものの、それでも自身を好意的に見てくれている人達を無下にするまで割り切ることは出来ない。

 端的に言えば『感謝』を示したいということである。

 

 ただし。

 その『感謝』というのは『気持ち』や『誠意』で示すものではない。相手の文化的背景や社会通念・一般常識や価値観などに則った上で、相手が必要としているものを提供することこそが『感謝』の本質だと私は考えている。

 例えばいくら感謝されているといっても、いきなり『これは神への貢物に等しい』からと動物の生き血を渡されても困ってしまう。ある程度相手の価値観に寄り添わないとそういう齟齬が発生しかねないのだ。

 ……もっとも動物の生き血を欲する場面というのも、中にはあるかもしれないけどさ。でもその時だって、贈り物を貰う人がそういうサプライズをある一面では欲しているという価値観に則っている前提の下で、はじめて受け入れられる行動だとは思う。

 

 そうしたときに『ウイニングライブ』というのは、多くのファンが競走ウマ娘に望む一般的なファンサービスであり、同時に競走ウマ娘からすれば社会通念に則った最も普遍的なファンへの感謝の還元方法の1つと言えるだろう。勿論、ライブだけがファンへの感謝の返し方ということではなく方法は無数にあるけどね。

 単純に言えば、ファンが『ウイニングライブ』を望んでいて、私がファンに感謝を示したいというのであれば、結局ライブで示すのが最も丸く収まるということである。

 

 ただし。忘れてはいけないのは今日の『ウイニングライブ』はダイワメジャーのライブであるということ。私に私のファンが居るように、ダイワメジャーにもダイワメジャーのファンが居て、そして今日は彼女の舞台だ。

 そこの線引きはしっかりとしつつ、私のソロパートなどでファンサービスは限定して行う。その辺はこれまでと一緒だけども、今日のメインレースだしやっぱり熱量というのは段違いであった。

 

 

 そして。

 私が。競走ウマ娘として、ウイニングライブを必要と考えるもう1つの側面――それは。

 

 ステージが終わって、舞台からバックヤードに戻ってきたときの葵ちゃんの第一声からして、既に葵ちゃんは答えを知っていたようであった。

 

「……お疲れ様ですっ! サンデーライフ、どうでしたか?

 ――楽しかった、ですか?」

 

 私は告げられた質問に一瞬きょとんとしながらも、身体を巡るを歓喜を隠すことも出来ずに次の言葉を紡いだ。

 

「……はいっ! 楽しかったです!!」

 

 私は、その衝動的な感情に身を委ねたまま葵ちゃんに抱き着いたのであった。

 

 

 ……自分が楽しいっていう気持ちを、他の人とも共有したいから。私は競走ウマ娘としてレースと共にあるウイニングライブが必要だと考えている。

 

 

 

 *

 

 それから数日後。

 どうもバックヤードでの一部始終はファインダーに収められていたようで、郵送で私が葵ちゃんに抱き着いているシーンを切り抜いた写真のデータ用の時限式のクラウド共有URLが添付されたメールが届いた。曰く、この写真の掲載許可の可否を事前に問うてきた、ということらしい。

 こうした写真掲載に関する権利問題は、汎用のものはトレセン学園側で既に用意されており、私もテレビや新聞などといった大手報道機関とのモデルリリースについてはトレセン学園側のフォーマットを利用している。まあ基本的には一々チェックはしないがこっちから不満を出したときには即座に対応してね、みたいな契約条項が並んでいるやつだ。二次利用についても同様の契約を結んでいる報道機関の間であれば融通が利く感じ。CMなどの宣伝等で商用利用するとかになったらまた話は変わるのだけど。

 

 ただ私の場合、一般的な競走ウマ娘とは違って『王子様』というイメージ戦略による売り出しにメディアも乗っかっているので、その通常の競走者用の契約条項では収まらない付帯契約を求める出版社などもあって、そういうところとはいくつか別枠で契約を結んでいるところもある。

 トレセン学園には考え方次第ではあるが芸能事務所的な側面もあることはあるので、顧問弁護士が常駐しており、基本は葵ちゃんベースで常駐の弁護士さんと契約内容を相談しつつ、私も一応契約のチェックに混ぜてもらって特殊な契約を結んでいる企業もある。

 前に話した読者質問企画の恋愛相談を送りつけてきた雑誌のところも、そういう付帯契約を結んでいる出版社の1つだ。だから実のところ賞金以外でも私の収入はあったりはする。

 そうした別途副収入についてで他にあるのはグッズ販売。実はURA公式からは私のものは出ていない。まあ許諾を得てライセンス生産しているグッズショップは既に数社あるため、URAのオフィシャルショップには並んでいないが一部店頭の限定販売とかで私のグッズは既に売られている。この辺りの契約もちゃんと私のチェックが入るようにしてもらっている。事前に顧問弁護士の方と相談してどういう条件にするかの話し合いとかもやってはいるんだけどね。

 

 

 閑話休題。

 送られてきた写真、私が葵ちゃんへ抱き着くシーンが高解像度で収められた1枚。

 

「……これ、私こんなに満面の笑みをしていたんですね」

 

 それとウマ娘の抱き着きを真正面から受け止めている葵ちゃんの運動センスの良さにも改めて驚く。何枚か送られてきたいずれの写真の葵ちゃんも体幹がしっかりとして重心がぶれずに受け止めていた。運動神経は抜群だからなあ、葵ちゃん。

 

「だからこそ、この写真を撮影した出版社の方も確認を求めてきたのだと思います。捉え方によってはサンデーライフの『王子様』イメージを損なうものかもしれないですので」

 

 念のため葵ちゃんに当該の出版社と結んだモデルリリースの書類を出してもらってそちらも確認したが、本来であれば私やトレセン学園の許可なくこの写真を掲載しても問題ない立場であった。ただし出回ることでの影響範囲を気にして私……というか先方としては葵ちゃんに問うてきたわけである。

 律儀だとは思うが、私達が許可を出して掲載したとなれば、いざという時の批判避けも出来るという戦略込みでの提案なのだろう。解釈違いの写真を掲載してファンがブチギレても『これ公式からちゃんと許可貰っているんで』と言えればファンは矛を収めるしかない……もしそこで公式と対立した瞬間に私のアンチと同一になるので。

 

 ということで、私が満面の笑みで葵ちゃんに抱き着く写真。

 

「……自分が被写体の立場で言うのもアレなのですが。

 これ、滅茶苦茶良い写真ですよね?」

 

「はいっ! それはもう!」

 

 どう返信するかは別として葵ちゃんの業務用PCに落とされた写真データをUSBメモリに移してもらい、自分用にも入手する。ちなみにメール文にも「掲載不可であった場合でもそちらの写真ファイルはご自由に使用して頂いて結構です。商用利用の場合のみ撮影者を併記して頂ければ」と書かれていたので、相手先もこの写真に絶対の自信があるということだろう。

 

「……葵ちゃんの意見はどう思います?」

 

「私個人としては絶対に公開した方が良いと思いますっ! サンデーライフの魅力が詰まっている写真なのですから!」

 

「へえ……葵ちゃんは、私のことを『王子様』ではなく、こういう『少女』として捉えていたのですね……?」

 

「はいっ! どちらもサンデーライフの素敵な一面だと思っておりますけれども。

 でも、この写真は、それこそその『王子様』イメージを決定づけた例の『お姫様抱っこ』に比肩するほどの奇跡の写真ですよっ!」

 

 ……まあ、プロのカメラマンだからこそ引き出せるものなのは間違いない。今更ながらよくこれを捉えたよ。パーマーお姫様抱っことは別の会社だけども、どこでも凄いカメラマンが居るものだね。

 私としてはファンの間で『王子様』イメージが固定化すること自体は別に構わなかったけれども、逆に言えばそれに固執する必要もあんまり無い。まあ何だかんだ気質には合っているから、続けると思うけどさ。

 それに『トレーナーに満面の笑みで抱き着いている』写真で今までの印象が覆されたところで、悪影響というのはそれほど無いだろう。

 

「……葵ちゃん、この写真に掲載許可を出しましょう」

 

 

 ただこれだけの写真を撮る出版社が、これを使ってどんな記事を書くのか気になった。

 そして、この出版社は強気にも対面インタビューを要求してきた。これまで断固として私が断ってきたそれを敢えて進言してくるというのは、それだけ本気の姿勢が伺えて、同時に軽々しくこの写真を使わないことの意志表示でもあった。

 

 そして掲載予定誌の変更も同時に伝えてきた。

 その雑誌名は――『月刊トゥインクル増刊号』。

 

 どこかで聞いたことあるような……と思ったら、チャンピオンズミーティングの際に左上の雑誌アイコンを押すと見れたやつと同名だった。

 

 

「……サンデーライフ。対面の取材はこれまでずっと断っていましたが、今回もお断りします?」

 

「いえ――これは、受けましょう。

 先方が本気で私の記事を作る意志を見せた以上は、それに真摯に向き合いたいと思います――」

 

 

 それから月刊トゥインクルからは乙名史記者ではない別の人が取材応対に来て、私も質問に答える。

 そして更に後日。出来た記事案のタイトルとしてメールで送付されたものには『ウマ娘のフェリスミーナ』と記載されていた。

 

 

「フェリスミーナ? 葵ちゃん、分かります?」

 

「――確か、スペイン語で書かれたラテン地域のロマンス劇である『ダイアナの七冊の本』に出てくるヒロインの名前ですね。

 ほら、シェイクスピアの喜劇である『ヴェローナの二紳士』の題材となった作品ですよ」

 

 

 シェイクスピアの方の話は知っていた……とは言っても、トレセン学園の授業でだが。ここはお嬢様学園の側面もあるし、何よりウイニングライブをやる以上は、座学の講義としてそうした舞台史にも触れる機会がある。

 ……そして、本物の箱入りお嬢様である葵ちゃんはそんな私の付け焼き刃教養を遥かに上回っていく。

 

 その『ダイアナの七冊の本』に出てくるフェリスミーナとは葵ちゃんの話によれば、羊飼いの少年風の異性装をした戦乙女の名である。主人公のダイアナと直接関わることがほぼ無く、登場シーンもその七冊のうちの一部だったりするのだが、愛を誓った相手の不貞を知ったフェリスミーナは男装して自身の恋人の男性使用人として雇用されて不貞相手への使者として潜伏するという人物だ。最終的には不貞相手とも和解する上に、自分の恋人も愛を思い出して結婚するという話。

 ただ不貞相手の女性自身は男装していたフェリスミーナに恋をしてしまって、その悲しみを負ったまま死んでいく、という中々えげつないストーリーラインの話らしい。

 

 それを私の雑誌記事の表題にオマージュして付けるというのは、結構挑戦的なセンスである。

 つまりファンを『不貞相手』になぞらえて、私の『王子様』という男性イメージ的偶像に溺れたままだと解釈違いで死ぬ、という意味合いが暗喩されている。これを読み解けるファンがどこまで居るのかは果たして未知数だが、つまりは私の新しい魅力を知ってもらうのをロマンス劇になぞらえるという、それだけの凝った技巧をするほど力の入った力作の記事であった。

 

 

 中身の出来についてもチェックして、問題無いとゴーサインを出す。

 今月発売の『トゥインクル増刊号』の特集記事にはまとめられることが確定した。後は実際に発売される日を待つだけである。

 

 

 

 *

 

 それから、1週間後の週末の話。

 

「――一気にディープインパクトとトウカイテイオー! この2人があっという間に他の子を抜き去って先頭! 2人の独走! 無敗の帝王か!? それとも無敗の英雄か!? どちらが勝ってもいずれかの無敗の叙事詩は崩されます!

 さあ、どっちだ! ……いや、ディープインパクト僅かに抜け出した! ディープインパクト1着! 僅かに届かずトウカイテイオー2着でした!

 

 ……まずは1冠! ディープインパクトが無敗の帝王を討ち取って、クラシックの冠を1つ自らの手中に収めました!」

 

 

 皐月賞で勝利を飾ったのは……ディープインパクト。

 トウカイテイオーの三冠の夢も、無敗の夢も、同時に皐月賞で断たれることとなったのである。


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