強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第5話 中山の桜吹雪

 ここまで未勝利戦に出続けていて今更言うのもあれなのだけれども、この世界の未勝利戦は一律9人で行われる。だから、そこに重賞クラスのウマ娘が4人押し寄せたのは流石に想定外だ。

 

 史実のマックスビューティ号は、桜花賞とオークス勝利でティアラ路線で2冠を成し遂げた上に8連勝という記録も立てた『究極の美女』という綽名を有する女王。

 メジロモントレー号はオークス5着で重賞3勝。

 ダイナガリバー号は日本ダービーと有馬記念を取っている年度代表馬、まかり間違っても今の私が勝てる相手じゃない。

 そしてメジロパーマー号については最早説明不要と言って良いくらいの春秋グランプリ覇者。

 

 GⅠレースで相まみえても全くおかしくない面々なのに、どうして未勝利戦で激突するんだ……。というか百歩譲ってレースの格は目を瞑るとしても、芝1200mの短距離レースでぶつかる面子でも無いでしょう、これ。全世代バトルロイヤルがどれだけ魔境であるかを如実に表している。

 

 パーマーが逃げ適性なのは言うまでもないことだが、マックスビューティやダイナガリバーも逃げ・先行タイプである。しかしメジロモントレー号ってイメージとしては差し勝つ印象があったけど、今回のレースでは普通にマックスビューティの後ろを2番手で追走していた。

 つまりは、レース場の性質に合わせて作戦を変えてきている、ないしは得意戦術で挑める場所を選定しているように思える。というか、この世界線のメジロ家はどうして同家対決をこんなにしたがるのか、これが分からない。

 

 私が負けた4人のウマ娘が専属トレーナー持ちかどうかは不明だ。でも逃げに有利な場所では逃げを選択する子が多いといった戦術傾向はこれで確実と言って良いだろう。

 さて、それを踏まえて次期レースは……と思っていたら、スマホにメッセージが届いた。

 

 アイネスフウジンからで、内容としては『同室のメジロライアンが帰省して寂しいから一緒に動画配信で有見ない?』といった趣旨のお誘いであった。私の同室の子も既に帰省してしまっていたので快諾する。

 

 

 

 *

 

「サンデーライフちゃんが居て本当に良かったの! ほら、ライアンちゃんには友達連れ込むこと言ってあるから遠慮しないで、上がって上がって!」

 

「う、うん……、あっ! メッセージでは送ったけど改めて。

 朝日杯フューチュリティステークスでの1着、本当におめでとう!」

 

「えへへ、ありがとね、サンデーライフちゃん!」

 

 アイネスフウジンの部屋に来るまでにざっとアイネスフウジンとメジロライアンの2人の出走レースを見直していた。

 ライアンはどうやらPre-OP戦である1勝クラスを勝利したところで今年が終わったみたい。翌年からオープン戦に戦場を移して本格化していく予定……そんなことをインタビューで専属トレーナーとともに答えている姿が動画サイトに上がっていた。

 

 一方で朝日杯フューチュリティステークスの覇者となったアイネスフウジンは、どうやら私と激突した福島での未勝利戦の後に、そのまま朝日杯へ直行したみたい。それでGⅠを獲っちゃうのだから凄いよなあ。

 

 ちなみに、このアイネスフウジンが勝利した朝日杯フューチュリティステークスの1位賞金でも7000万円だ。私が目指す『楽をして生きる』ための『自分の手元に3億円』という目標は、このアイネスフウジンクラスのウマ娘になったとしてもまだまだ道半ばでしかない。

 当面の私の中期目標は、学費分を自弁することと、後は早々に未勝利戦で1勝を挙げて無利子奨学金の免除措置を獲得することだ。

 

 しかし、そんな未勝利ウマ娘の私が、アイネスフウジンと何故か仲良くなるなんて。何が起こるのか分からないとは、まさしくこのことである。

 

「でもサンデーライフちゃんが寮に残ってて本当に良かったの!」

 

「あー……まあ、最近レースに行っちゃったからね、クールダウンのためにもトレセン学園に居る方が楽ですし」

 

「えっと……函館だったよね? 凄いメンバーが揃ってたって話題だったのー」

 

 アイネスフウジンに把握されててびっくり。でもトレセン学園で話題になってたかー。

 

「あはは……、あ! ほらほら、もうそろそろホープフルステークス始まりますよ、アイネスさん!」

 

「わわわっ、本当なの……」

 

 

 ホープフルステークス。年末最後のジュニア級GⅠであり、アプリ的にはマックEーンことランクEのマックイーンが大量生産されることで有名なレースである。なお、このホープフルステークス、厳密ではないが概ね12月28日に開催されるため、12月の第4日曜日開催である本来の『有馬記念』よりも後に開催されることもしばしばあったはずだが、何の因果かこの世界線ではホープフルステークスと『有記念』は中山での同日開催という狂気を孕んだ日程組みがなされている。

 いや、そのスケジューリングはホープフルはホープフルでもオープン戦特別競走だったかつて存在した同名の別レースなんだよね。

 国際GⅠの同日開催とかURAは正気なのか? ……まあ、国外に目を向ければアメリカのBCとか、凱旋門ウイークエンド、香港特別競走にドバイワールドカップナイトとかあるけどさ。

 

 そりゃファン目線で見れば同日にデカいレースが2個もあれば嬉しい……いや? 嬉しいのか? ウマ娘レースが国民的行事となっているこの世界でなら有だけでも異次元の混雑になるのに、そこにホープフルステークスも重なるとなれば中山に入場出来ないファンが大量発生するだけなんじゃ……って、そっか。

 中山レース場の周辺地域への迷惑を少しでも減らすための措置なのかもしれない。どうせホープフルステークスだけでも大人気なのだから年末に2日間も公共交通機関の混乱などを招くなら同時にやってしまえ、という強硬策なのだろう。

 

 付け加えればこれらのGⅠを『レース』としてではなく『ライブイベント』として見るならば、ジュニア級中距離の王者と有の覇者のウイニングライブが同じ日に見られるとかチートセトリすぎる。

 

 

 *

 

「――アグネスタキオンが、ここは悠々とゴールインしてレコード! ジュニア級ながらも日本レコードに0.1秒まで迫りましたコースレコード。アグネスタキオンが勝ちました――」

 

 ホープフルステークスはアグネスタキオンのレコード勝利だった。そこの世代も同期ということはマンハッタンカフェも後々競合してくるかもしれないなー……。

 

「やっぱりタキオンさんってすごいのー……」

 

 あ、そういえばアグネスタキオンってトレセン学園自体にはずっと所属しているけれども、生徒である以前に研究者だ。生徒会には問題児として認識されて保護者としてマンハッタンカフェが付けられているけれども、彼女の資質自体はメイクデビュー以前から隔絶したものである……確か、マンハッタンカフェの育成シナリオの文脈に沿えばそんな感じだった気がする。

 だからアイネスフウジンがタキオンのことを認識していてもおかしくない。……良くも悪くも有名人だろうし、タキオン。

 

 そして、この学費が莫大なトレセン学園で己のデビュー時期を大きく遅らせているというのは既に研究者として名声を得ているタキオンならではのことだろう。実際の競走馬であれば中央におけるデビュー時期というのは年齢によって定められてしまうが、そもそも一切のレースに出ないという判断をするのであれば別の年に出走することも可能なのだろう。その判断が出来るのはお金に困っていないからという側面はあるだろうが、そうでないとクラシック級において中等部生と高等部生の対決などという狂気の沙汰は発生しないからね。高等部からの入学も大いにあるとは思うが、人間で考えたらインターミドルとインターハイを同じ土壌で戦わせているのだから中々にURAはヤバいことをしている。ま、その辺りはウマ娘個々人の成熟性が人間よりもムラがある部分なのだろう。

 

 それこそタキオンがアプリの中で言っていた『ウマ娘は、存在自体が深淵』であることに繋がる一要素とも言い替えることが出来る。

 

 

 閑話休題。

 そんなタキオンの走りに魅了されたように呆然としているアイネスフウジンが私に語り掛けてくる。

 

「ね、サンデーライフちゃんは、来年はクラシック路線を目指すの? それともティアラ路線?」

 

「いや、私まだ未勝利ウマ娘なんですけど……」

 

「あたしが自分で言うのもあれだけど、朝日杯フューチュリティステークスの勝者にクビ差まで迫ったサンデーライフちゃん、滅茶苦茶注目されているからねっ!」

 

 

 え……マジですか。

 改めて客観視して考えてみる。

 朝日杯フューチュリティステークスの勝者アイネスフウジンにはクビ差2着。

 阪神ジュベナイルフィリーズの勝者ゴールドシチーにもボロ負けしているがそこでも2着で、ついでに全日本ジュニア優駿に勝ったジュニア級ダートの覇者メジロマックイーンとも対戦経験があるわけで……あれ?

 

 タキオン以外のジュニアGⅠ勝者と競走経験があるじゃん私! そりゃ注目もされるよね。だからアイネスフウジンは私がクラシック級で春の重賞戦線に躍り出ることを微塵も疑っていない。

 

 そして加えて言うのであれば。重賞レースは基本的に出走登録を行うのに1勝することが必要要件となることが多いが、クラシック級春のGⅠレース5種――皐月賞、日本ダービー、桜花賞、オークス、NHKマイルカップ――に対して優先出走権が与えられるトライアル競走に関して言えば、実は1勝すらも必要なく登録自体は可能である……はずだ。定員を超えれば真っ先に除外されると思うがそれらGⅡ、GⅢレースは合計で8レース存在する。

 もっともアプリの育成システム的には無理だから、確実なことはこの世界における細則を洗い直す必要があるが。

 

「……でも。私、今のところ格上挑戦するつもりは無いからね」

 

「ええー、勿体ないの! それじゃあ、オープン戦に出れるまでに2勝しなきゃじゃん! 皐月賞までにギリギリになっちゃうの!」

 

「……いや、だから出るつもりないって……」

 

 もし未勝利戦に勝利できた場合、格上のレースを狙わないのであればPre-OP戦が待っているが、これはクラシック級の春までは1勝クラスしか実は存在せず、その上はもうオープン戦が待ち受けている。

 その一方で夏以降は2勝、3勝クラスが出来るからオープン戦までの緩衝材が増える。……まあ、夏のPre-OP戦からはシニア級のウマ娘の子たちとの混成レースになるから、痛し痒しである。

 

 とはいえ皐月賞は4月。この際事務手続きの問題は度外視するとして、格上挑戦せずに出るのであれば未勝利戦・1勝クラスと勝ち上がり、更には皐月賞トライアル競走にも出走しておきたい。こう考えると連勝でも最低3レースは皐月賞までにこなす必要がある。アイネスフウジンが言うようにやるなら相当ギリギリなスケジュールだ。

 私にとってはクラシック級GⅠ出走よりも、賞金の方が遥かに大事。いかにGⅠレースであっても出ても6着以下なら賞金は出ない。であれば無理して格上挑戦はせず、着実に賞金を稼いでいきたい。

 

「……というか、アイネスさんは……その、どちらに進むつもりなんです?」

 

 言葉を濁してしまったが、牝馬限定戦という概念の無いウマ娘世界においてはティアラ路線も射程圏内となる。史実アイネスフウジン号は日本ダービーを最後にして引退している。その実力は指折りであったものの、同じく隔絶しているタキオンが居る以上はクラシック路線で楽勝とはいかないだろう。……まあ、この目の前のアイネスフウジンはフジキセキに勝っているからタキオン相手にも決して分の悪い勝負にはならないとは思う。

 

 が、しかし……。アイネスフウジンは私の質問に対して表情を曇らせてこう答えた。

 

「……迷っているの。トレーナーさんとも相談はしているけど、やっぱりクラシック路線だと不安要素が――」

 

「――菊花賞ですか」

 

 無言で頷くアイネスフウジン。

 京都レース場・芝3000m。正直、私の知識としてのアイネスフウジンが長距離を走れるかについては全くの未知数である。アプリでも長距離適性はFだった。

 それを考えれば、最長でもオークス2400mのティアラ路線の方が安全策のように思えるのは確かだ。

 

 ただ菊花賞は秋だからまだまだ先。現時点で長距離が厳しいからと言っても、実際にどうなるかはその時まで分からない。マックイーンがジュニアダートの覇者として君臨しているのだから、適性云々の話は度外視してもトレーナーの魔改造によって何とかなるかもしれない訳で。

 

「それに、レコードのタキオンさんまで居るとなったら、トレーナーにまた相談しなきゃ……」

 

 色々と考えて気付く。多分、アイネスフウジンは私に背を押して欲しかったのではないのかな、と。

 『皐月賞でアイネスさんとバトルだ!』みたいなテンションで私が宣言してしまえば、アイネスフウジンもそれに応じる形できっと、王道路線への挑戦を決心していただろう。

 

 

「……というか、私。アイネスさんとは、もう2度と戦うつもりないですからね」

 

「えー!? そんなの絶対、嫌なの! またサンデーライフちゃんと走るのずっと楽しみにしてるのにー!」

 

「まともに戦って勝負になるわけないじゃないですか……」

 

 これはまごうことなき本心だ。レース場と完全初見の大逃げという奇策。これだけ私に有利な土俵を整えた上で敗北しているのだ。もし次にアイネスフウジンと戦うとなったらその舞台は重賞レース、最低でもオープン戦なのだから未勝利戦のように自分に有利なレース場を選ぶのは難しい。

 そしてこれらのやり取りは、言外に『お前がどのレースを選択するとしても私は絶対出ないぞ』という意図が込められている発言なわけで、逆説的にアイネスフウジンがどういったローテーションを選択しようとも私とは戦えない……つまり、アイネスフウジンのレース選択に『サンデーライフとの再戦』という要素が排除されることとなる。

 

「むむむー! サンデーライフちゃん、ずるいのー! 私に勝ち逃げさせる気なのー!?」

 

「いや、勝ち逃げ出来るんだから良いんじゃないかな、アイネスフウジンさん……って、クッション投げな……ぐへぇ!」

 

 

 へ、変な声出た……。

 

 

 

 *

 

「――では改めて今年の有記念を振り返ってみましょう。

 6着セイウンスカイ。5着キンイロリョテイ。セイウンスカイとキンイロリョテイの間はクビ差……その差が掲示板入りの是非を分けましたね。その前に居ました、4着メジロブライト。

 そして3着にエルコンドルパサー、惜しくも2着はグラスワンダーでした」

 

「いずれの5名も、十分に1着を獲れる資質はあったと思いましたが……今年の有には、彼女が居りました」

 

「……ええ、この結果を予想出来た者はそれほど多くなかったことでしょう。

 1着――ハルウララ! 今年最後のトゥインクル・シリーズGⅠレースを勝利で飾ったのは、JBCスプリントの覇者であるハルウララですっ!

 暮れの中山に桜吹雪を吹かせました――」

 


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