強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第50話 夢現

 今年の皐月賞は寮の共用スペースのテレビで見た。トウカイテイオーもディープインパクトも栗東寮の所属なので寮対抗という形では無かったが、大方の予想でもこの両名のどちらかが勝つだろうという見方が大勢を占めていたので、その2着までの着順はともかく並ぶ名前自体には大きな驚きの声は挙がらなかった。

 無敗の朝日杯フューチュリティステークス優勝ウマ娘、トウカイテイオーと。

 同じく無敗のホープフルステークス優勝ウマ娘、ディープインパクトの無敗同士の皐月賞一騎討ち。

 

 その結果は、ディープインパクトの勝利で幕を閉じた。皐月賞同着などという珍事が起きない限りはどちらかが敗退するのだから仕方ないと言えば仕方無かった。

 

 ディープインパクトとトウカイテイオーの差は1/4バ身差。しっかりとディープインパクトに肉薄できていたのはやはりテイオーだなと思う一方で、着差は出ている。

 アニメの2期が前提から全部崩れたので流石に思うことが全くないわけではない、けれども所詮は他人事――あるいは言い方を変えれば、これは『トウカイテイオーの物語』である。

 私としてはこの2人の勝負の行く末がどうなるとて、傍観するしかない。

 

 そもそもシニア級のGⅠだってほとんど気にせずレースに出てるしね。春の天皇賞はこの先で既にダートの名優・メジロマックイーンが出走表明したことで話題になっていたり、先月のGⅠの舞台では高松宮記念でキングヘイローが勝利していたり、あるいは大阪杯はテイエムオペラオーが皐月賞ぶりにGⅠ勝利を成し遂げるなど色々と上の方では動きがあるものの、そんなGⅠの魔境に自分から踏み入れるつもりは毛頭なかった。

 

 

 なお、そんな順当でもあり波乱でもあった皐月賞から大体1週間程度経過した後に、トウカイテイオー陣営が記者会見を開き『日本ダービーへの出走取り止めとオークスへの路線転換』を発表したことで世論もトレセン学園も騒然となる。

 『ディープインパクトから逃げた』などと心無いファンからの暴言も飛び出たが、記者会見の様子を見る限りトウカイテイオーはびっくりするほど落ち着いていて、破れかぶれの苦肉の策やただトレーナーに言われたからみたいな消極的な形で路線を変えたわけでは断じて無かった。

 むしろ、記者会見映像の画面越しでも分かるレベルでその目には闘志が宿っている。早すぎるトウカイテイオーの挫折は、このクラシック級の春の段階で彼女を確実に精神的な成熟へと導きつつあった。

 

 それはディープインパクトにも伝わっていたようで、レースの外では明らかに内向的っぽい性格をしていた彼女がテイオーの世論沸騰を受けて、わざわざ数日後に会見を開いた。

 

「トウカイテイオーさんは私から逃げたわけでは断じてありません。きっと再戦は挑戦ではなく、対等な形でと思ったのでしょう。

 彼女と共に走れないのは残念ですが、再び同じレースで相まみえる日を楽しみにしております」

 

 そのようなことを発表した結果、テイオーを巡る話題はようやく鎮静化した。

 ここまで来たことで、トウカイテイオーだけではなくてディープインパクトも強化される謎のIFルートか何かに入った感じがあったけれども……うん。ついでに言えばテイオーのオークス出走ってことは、コースこそ一緒ではあるが、地味にダービー骨折フラグすら消えたかもしれない。

 

 とはいえ。2個上にハルウララで、1個上には黄金世代、そして1個下がコレなのだから、結局どこ行っても魔境じゃないか……。

 

 

 

 *

 

 例の『トゥインクル増刊号』が発刊された後、私の葵ちゃんに抱き着く写真は瞬く間に出回った。あの雑誌、ゲームではチャンピオンズミーティング用の競馬新聞兼ウマ娘インタビュー記事みたいな媒体で出回っていたが、そもそもこの世界にはチャンミ自体が存在しないので、間口広めの競走ウマ娘雑誌になったようである。

 メインはレースに関することなので、皐月賞に関する話題も大々的に取り扱っていたが、私の独占インタビューが書かれた『ウマ娘のフェリスミーナ』が特集記事として6ページ分も割かれていた……いや、特集とはいえ比率おかしいでしょ。しかも見開きの左右2ページ分の限界ギリギリまで例の写真は引き伸ばす始末。そこまで扱いが良いのはなんかむしろ申し訳ない。

 後は過去の写真なんかもちゃっかり使い回ししていて、ほとんどそこだけ写真集みたいな感じになっていた。でもインタビュー内容もちゃんと載せている。

 

 ぶっちゃけ大したことは話してないんだよね。葵ちゃんとの関係については『頼りになるトレーナー』、目標は『名古屋グランプリへの出走』、後はファン感謝祭の『ウマ娘ボール』についての話やそこから付随して広がった『ポロ』の話とか。

 それ以外にはあの写真を効果的に使うために『等身大のサンデーライフ』を魅せるための質問がいくつかされたくらいだ。

 

 

 しかし、この雑誌発刊後に明らかに増えたことが1つある。……学園内で他のウマ娘に告白される回数が増えた。

 告白と言っても『応援しています!』とか『これからも頑張ってください!』みたいな感じの言葉で締められていて、私と本当に恋仲になりたいと言うよりも、ただ感情の発露先を求めたというか、記念でやっとくみたいな意味合いが強いものだった。私としても断るフィールドが用意されていたことには助かったけれどもさ。

 恋に恋しているのか、それとも本当に私に恋しているのかまでは読み取れなかったが、でも明確に向けられる矢印の強さが今まで以上になったことは明白であった。

 

 『王子様』イメージと、資料室の生徒管理者だったり生徒会やファインモーションとの関係性といった部分からの理知的な印象があったから憧れで収まっていた部分が、ウイニングライブの共通衣装を着て年相応の表情をしていたとなれば、一気に親近感みたいなものが湧いたという風にも考えられる。

 そしてその告白の場には、以前バレンタインチョコを貰った相手も……というか殆どはその子たちだった。

 

 

 ……あと、それと。同じクラスの友達に居たガチファン勢だった子にも告白されました、うん。あのチョコ作りイベントにて、私のフィナンシェをおすそ分けするときにあーんってした相手。

 ぶっちゃけバレバレだったけれども、それでも想いを言葉にして相手に伝えるというのは勇気の必要なことである……その気持ちは痛いほどに伝わってきたし、入学以来の友達でもあったから、これを断るのには正直、心苦しさもあった。

 

 流石にこれまで『王子様』ムーブを続けてきて、これだけ告白されると私の中の恋愛に対する倫理観や価値観も段々とぶち壊されてもいる。なので、一瞬マジで女の子同士ででもこの子となら付き合っても良いんじゃないか、というところまで魔が差したけれども、最終的にはそうしなかった。

 ――だって、私がそこまで考えていたのは友達という関係性を崩したくなかったからであって、彼女もそれを看破していたから。明らかに気持ちのズレがそこには存在していた。

 

 だから断った。だけど、今の気持ちは全部言葉にして伝えたつもりだ。……友達で居続けるために一瞬本気で告白を受けようとしたことまで。

 その後の彼女の言葉はこれだった。

 

「……だって。私やクラスの友達しか知らない『サンデーライフ』が……皆に、知られちゃうって思ったから……! そしたら居ても立っても居られなくて……」

 

 そっか。この子は、私が『王子様』になったから、友情から恋愛感情に変わったんじゃなかったんだ。もしかすれば行動にして分かりやすく出る前からずっと……。

 

 それを思うと決定的に拒むことは私には出来なかった。

 正直、場の雰囲気でそのまま抱きしめてしまいたかった。それをすれば全部曖昧に終わらせることも出来たけど……私が選び取った選択は、こうだった。

 

「……ね? 顔をあげて私の顔を見て?」

 

 そうして目が合った彼女の顔はくしゃくしゃであった。そんな彼女に向けて、私は本心からの満面の笑みを浮かべた。

 

「……確かにあの雑誌に載っていたのは良い写真だったけどさ。

 それくらいの表情なんて、いつでも見せてあげるから。そんなに焦らないで、ね?

 ……ううん、やっぱり焦ってもいいかも。そうやって気持ちが抑えられなくなったら、私にまたこうやって気持ちを伝えてくれても良いし、他の子に相談しても良いから。ずっと気持ちを溜め込むのは辛いから、今後はそうやって吐き出していこう? ……頑張ったね、ありがとう」

 

 

 そこまで告げたら、教室の扉の方からどたどたっと大きい音がした。

 見てみたら興味半分と心配半分って感じでひっそりと隠れて忍んでいたらしい私達の友達の姿が……ってめっちゃ居るじゃん! 10人近く居るじゃん!

 そしてその友達のほとんどが目に涙を浮かべていた。

 

 ……まあ、そりゃそうか。結果次第ではこれで友達関係が終わったかもしれなければ、そりゃ心配で見に来るよね。逆の立場なら私もそうすると思うし。

 それにこれだけの人数で潜んでいたら音で普通はすぐ気付けるものだが、私も告白してきた友達も、それどころじゃないくらいには切羽詰まっていたということで、ウマ娘聴力がある身としては、それはそれでこっちに非もある。

 

 最終的には、この出来事の以後で何も変わることは……いや、1個だけ変わったか。

 私のガチ恋の子が今までよりも軽率に向こうからスキンシップを取ってくるようになったり、私に向かって『好き』という言葉を多用するようになった。

 まあ風紀的にはあまり健全ではないかもしれないけれど、でも気持ちを溜め込むよりかはずっと良いと思う。

 

 

 

 *

 

 さて学校生活の話ばかりではなく、トレーニングについても触れておく。

 今やっているものは――プールトレーニング。

 それは競走馬の調教でも行われることも多いトレーニング手法の1つであり、狙う効果は調教師によってさまざまだ。怪我で負傷した競走馬が治りかけの段階で、まだコースを走らせられるまで回復には至っていないが、さりとてずっと動かないままだと筋肉やスタミナが衰えてしまうので、リハビリや体力維持の観点から行う場合が1つ。

 あるいは健康体であっても、心肺機能の強化のためというのが1つ。アプリだとスタミナトレーニングになっていたから一般的なアプリユーザー的には基本このイメージだろう。

 後は同じ調教ばかりを課しているとどうしても馬体のバランスが悪くなるが水中でのトレーニングは左右均等に関節を動かすので身体バランスの調節にも役立つし、馬の場合水辺を苦手とすることも多いので、そういう場合には人を頼ることで人馬の信頼関係を育むなんて副次効果もある。

 勿論、リフレッシュ効果を狙ってプールトレーニングを入れることだってある。

 

 

 翻って、ウマ娘の場合はどうであろうか。

 私とハッピーミークは、週に数回というペースでプールトレーニングを導入していた。しかしタイミングは週ごとに結構違う。連続する日で入ることもあるし、そうでないこともある。

 

 これは主としてはハッピーミークのトレーニングのためによるところが大きい。5月末に香港チャンピオンズ&チャターカップを控えているハッピーミークは5月の初旬くらいには現地入りして3週間程度の調整を行うつもりだ。だからこそ出国を前にしてハッピーミークの練習メニューは少しずつ負荷を落としながらやっている。だからこそプールなのだ。

 では、私はどうなのかと言うと、多分一番はリフレッシュ効果なんだろうなあ、とは思う。私自身の特性として、外的要因によってトレーニングのパフォーマンスが向上することはほぼ無い一方で、逆に低下することも少ない。だから理論的には徹底的に効率化して必要なトレーニングだけを取捨選択して集中することも出来ると言えば出来る。単調作業でも反復作業でも飽きたりとかで集中力が落ちることはそんなに無い。

 

 ただし、その一方で私には特に目標レースとかが無い。名目上『名古屋グランプリ』の名を挙げているがあれだって張りぼてだし。なので、集中的にトレーニングをすること自体がまず必要性が薄い。だったら多少遠回りでも色々なトレーニングを入れて気分転換をしつつ気持ちの切り替えもする、というのが葵ちゃんの方針みたい。私もそれを受け入れている。

 

 ……でも、多分。今の時期のプールトレーニングの気分転換とは、私のメンタル面のフォローもきっとあるのだろう。葵ちゃんも私に対しての告白が増えたことは当然掴んでいる。向こうが断りやすいスタンスで来てくれているとはいえ、やっぱり人の好意を無下にしていることには変わりない。だからこそ私が余計な神経を使わないようにとわざわざ貸切で利用申請を出していた。

 競走ウマ娘とはアスリートだから、プライベートをトレーニングに持ち込んではいけないのは事実だけれども、さりとてメンタル面は調子にダイレクトに影響する以上は、葵ちゃんも早期フォローを入れているという側面は確実にあるはずだ。

 水着を着て、全身から水を浴びれるのってそれなりに気持ちいいからね。

 

 で、ハッピーミークは負荷をかけないことが目的なので水中ウォーキングとビート板を持って仰向けでぷかぷか浮かんでいるのがほとんどで、そのビート板状態で背泳ぎみたいに泳いだりもする。傍から見たら『練習してるの、これ?』という光景だけれども、見ていると滅茶苦茶癒される。

 

 一方私も最初はハッピーミークと一緒に水中ウォーキングから始めるが、早々と泳ぐことに切り替える。基本自由に泳いでいるけれども、一番得意なのは平泳ぎ。スタミナを使わずに長く泳げるところが好き。

 平泳ぎは特に腰回りから臀部にかけてと脚の内側の筋肉アップが期待できる。キック動作だけを推進力とする都合上、脚の動きがメインとなるが上半身も肩の周辺を中心に水の抵抗を受けることとなる泳法だ。

 

 ぷかぷか浮かんでいるハッピーミークを尻目に平泳ぎで泳ぐ。負荷はそれほど高くないのでトレーニングが終わっても、それほど疲労感は無い。まあ人間アスリートでも1時間で2000~3000mくらいはトレーニングで泳ぐらしいし、心肺機能が段違いのウマ娘では思いっきり負荷をかけるか遠泳をしない限りは然程でもない。

 

「お疲れ様です、ミーク、サンデーライフ。

 ちょっと休憩にしましょう。20分ほど休んだら再開ですよっ!」

 

「……わかった、トレーナー」

 

「……はい、分かりました葵ちゃん。

 あ、そういえば――」

 

 私はふと思いついたことがあった。

 

「何ですか、サンデーライフ?」

 

「葵ちゃんも確か、泳げるのですよね?」

 

「……ええ、まあ。一応一通りのスポーツは経験しているつもりですので!

 ――って、サンデーライフまさか!?」

 

 葵ちゃんも察しが良くなった。

 

「休憩終わったら葵ちゃんも一緒に泳いでみませんか?」

 

「……! トレーナーも……一緒……楽しそう」

 

 よし、ハッピーミークの援護も入った。

 

 

「ええと……でも、自分用の水着なんて持ってきていないですよ?」

 

 そう葵ちゃんは言ってきたので、一旦葵ちゃん自身の身体を上から下まで見直す……多分、大丈夫だ。

 私達は更衣室まで赴き、私はその隅に置かれている段ボール箱を取り出した。

 

「トレセン学園の学園指定の水着――今、私やミークちゃんが着ている競泳用の水着ですが。

 これってトレーニング中に破れたりした際の新品の予備が保管されているはずで……うん、大丈夫です。結構新しめですし、インナーもちゃんとありますね。

 サイズも何種類かありますし、葵ちゃんも身体が細いので多分サイズが合わない、ってことは無いと思いますよ。こちらを使えば差し支えないかと」

 

「ええっ!? サンデーライフ、本気ですか!? それ、学生用の水着じゃないですか! それを、私に着せる、と……」

 

「……一応、水着はトレーニング用の備品扱いになりますので、ストップウォッチとかホワイトボード用の油性マーカーみたいにトレーナーが使用しても経費で落ちますよ?」

 

「……サンデーライフがそういうところに手抜かりが無いのは知っていますけどっ!

 はあ……。まさか大人になって学生用の水着を着るなんて――」

 

 

 そうは言いながらも断らない辺り、葵ちゃんの人の良さが出ている。

 まあハッピーミークが目を輝かせて一緒に泳ぎたそうにしているのが多分主要因だろうが。

 

 それで、着替える前に葵ちゃんが恥ずかしそうに、ハッピーミークに聞こえないように本当にか細い声で私に聞こえるようにぼそっと呟いた。

 

「……あの、サンデーライフ。化粧品、貸してもらえます?」

 

「……あー、良いですよ。ごめんなさい、そこ完全に失念していました」

 

 そりゃ幾らプールサイドでトレーニングを監督するとは言っても、ウォータープルーフの化粧品を常備はしてないか。この時期じゃそれほど汗もかかないしねえ。

 これは完全に私の過失なので素直に謝ってから、私の手荷物の中から化粧ポーチを取り出す。

 

 

 ……それから15分くらい後。

 そのまま更衣室に居ても邪魔になるだけだからとプールサイドに戻ってハッピーミークとともにじゃれ合っていたら、顔を真っ赤にして学園指定の水着を着た葵ちゃんがやってきた。

 

「……あの、これ。

 尻尾を通す穴が空いているから、背中に妙な違和感が……」

 

 

 ……あっ。

 

「……ちょっと葵ちゃん後ろ向いてください。

 これ、尻尾通した後に閉めることが出来るので、葵ちゃんならこのまま閉じてしまえば――」

 

 

 もうウマ娘としての完全にルーチンになっていて忘れていたけれども、この水着。

 尻尾を通す穴があったね……。確かに言われてみれば人間の水着には無い機構だった。




水着の尻尾の通し方については本作独自の設定です。

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