強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第52話 シニア級5月前半・かきつばた記念【JpnⅢ】(名古屋・ダ1400m)

 JpnⅢ・かきつばた記念の中央出走枠5名の中に私は無事滑り込むことができた。

 そして出走メンバーが発表された。

 

「……うわあ、マジですか」

 

 中央出走枠に書かれた名前は私を含めて4名。つまり中央からかきつばた記念に出走登録を行ったのはそれだけで、残り3人の名前がヤバかった。

 

 まずメイショウモトナリ。

 次にアグネスデジタル。

 ――最後に、スマートファルコン。

 

 

 これは久々に派手にやらかしたねえ。とりあえず1人ずつ戦績チェック。

 

 まず上に挙げた三者のうちメイショウモトナリとアグネスデジタルはシニア級3年目で2世代上。ハルウララとハッピーミークの同期の世代である……ってこの2つ上も地味にヤバいな。ダートの役者が滅茶苦茶揃っている。鳳雛ステークスで出会ったトウケイフリート・トウケイニセイ姉妹の所属する盛岡トレセンの生徒会長であるメイセイオペラもこの世代らしいし。

 

 で、史実メイショウモトナリ号は、地方交流重賞の勝ち星が4つにフェブラリーステークスでも2着に入着する実力馬。それに交流重賞ハンターとも言えるかも。ちなみに、こちらの世界線においてもクラシック級時代に北海道スプリントカップにてレコード勝利を飾っていることからダート短距離では要注意となるウマ娘だ。

 

 次に勇者・アグネスデジタル号は……説明要るのだろうか、デジたん。史実のGⅠは6勝なんだけどさ、この世界線においてはデジたん当時は全日本3歳優駿であったレースが『全日本ジュニア優駿』としてJpnⅠに昇格している都合上、史実戦績が完遂するとシンボリルドルフに比肩するGⅠ7勝というとんでもないことになりかねない。

 ……が、少女・デジたんとしては育成シナリオでも触れられていた『秋の天皇賞』にまだ出走していないし、安田記念も先の話なので、今のところGⅠ5勝……って充分化け物だよ。

 まあ、肝心のテイエムオペラオーが私と同期だから昨年の秋天に出走したところでメンバーが全然違ったからずれたというのもあるだろう。IFローテは日常茶飯事だし。

 

 そしてスマートファルコンは1世代上のシニア級2年目。ということは黄金世代同期に組み込まれている。黄金世代が芝で席巻している中でのダート路線ウマドルは相当キツいだろうに。

 史実スマートファルコン号についてはノーコメント。あれはダートのなろう主人公みたいなものである。東京大賞典レコードを良バ場で出した挙句、レースレコードでなら1.7秒、日本レコードとしても0.6秒更新というのは凄いを通り越してちょっとおかしい。

 少女・スマートファルコンとして見ればクラシック級の時に挑んだJBCスプリントではあの有の歳のハルウララと激突して2着。その前後辺りから地方巡業ウマドル公演がスタートして各地の交流重賞を次々と討ち取ってきたようで。同時に昨年のかきつばた記念の覇者でもあり、2連覇狙いでやってきたということだ。

 

 しかし、直近レースを見直せばセイウンスカイ、ダイタクヘリオスと来て今度はスマートファルコンか。何か『逃げ』のネームドとの激突率が高くない?

 

 

 そして。初の地方レース場なので、名古屋レース場のデータを確認する。

 まず基本的に地方レース場は坂などの起伏がほとんど無い。そして名古屋の最終直線はわずか194m。

 こういうときに比較対象に出しやすい中山の芝・直線が310m。

 あるいは最終直線の短さも含めて本来『大逃げ』が優位だと考えていた阿寒湖特別の札幌の直線だって269.1mだ。194mというのは正直、極端に短い。

 

 そして全長も1100mと結構小さ目なので、カーブもややキツめ。そこから導き出される結論は、脅威の前残り率の高さ。そしてダート短距離レースだから逃げ・先行型の子がほとんどというのも相まって1番人気が順当に勝ちやすい土壌が整っている。

 そりゃ、スマートファルコンが連覇を狙いに来るわけで。

 

 だから1着を狙う想定だとぶっちゃけこの『かきつばた記念』出走登録は正直悪手に限りなく近い。とはいえ同じのゴールデンウイーク開催日程の中にJpnⅠのかしわ記念もあるのだから、有力ウマ娘はそっちに行ってくれても良いじゃん、と思わなくもない。

 

 昨年のスマートファルコンが勝利した『かきつばた記念』の映像を葵ちゃんとともに確認する。そして私はこう結論付けた。

 

「あ、これ勝てませんね。同じことをされたら勝負になる以前の問題です」

 

「……サンデーライフでも勝ち筋を見出せませんか」

 

 ダート短距離レースでの5バ身差勝利の圧勝。1400mのレースでつけていい着差ではない。

 というか地方レースだし重賞競走だからタイムオーバー制度は存在しないけれども、もしトゥインクル・シリーズOP戦以下のレースで適用されるタイムオーバーをそのまま導入したら3人が引っかかりかねないという、とんでもない事態である。

 タイムオーバーというものがあまり聞きなれないと思うが、これは本義的にはあまりにも準備不足で出てきたウマ娘に対して『君は遅すぎるからトレーニングし直して出直してくるように』という勧告のための制度である。勿論、重賞では適用されないことは百も承知だが、スマートファルコン基準で考えてしまうと重賞出走ウマ娘ですら複数人をそのレベルまで落とし込んでしまうくらいには実力差があるということなのだ。しかも速度の出にくい良バ場でこれである。

 

 唯一の対抗策は『大逃げ』で無理やり並走すること。じゃないと『逃げて差す』をダートでやってのけるスマートファルコンの走りに介入してデバフをかけられる余地がマジで無い。ただ去年のレースでは重賞1着を獲れるような地方ウマ娘が無理に追走した結果、着外にまで大きく順位を落としている。

 つまりスマートファルコンには誰も追いつけない、もしくは逃げ並走に対しての更なるカウンター策が多段式で用意されている可能性が高いということ。

 

 後は、地味に厄介なのがダート転向後はトゥインクル・シリーズレースを徹底的に避けて走っているせいで、データのフォーマットが中央向けのものではない。手に入れたスマートファルコンの素記録データが、その地方ごとの独自の管理手法によって採用されているために地味に見づらい。勿論、中央のフォーマットに書き換えた葵ちゃん自作の統一データも用意してくれているが、地方ごとに計測しないデータなどがあって部分部分欠損が見られるので、比較検討がやりにくくなっている。

 ……地方レースだけに出走することで、データ崩しをしてくるなんて方法があったなんて。これは完全に盲点だった。

 

 

 だから結論を言えば対策不能である。余程スマートファルコンが調子を落としていたりしない限りは勝ち筋が見当たらない。

 

 ――でも。

 私は自身の考えを声に出す。

 

「逆に勝ち筋が無いなら無いで、かえって他の子よりは立ち回りがしやすくなりますよ。どうあってもレースのペースはスマートファルコンさんがぶっ壊してくれますので、私がやることは無理なく走って、最終直線に脚を残しておくことですね。

 それでスマートファルコンさんを何とかしようとして彼女のペースに合わせようとしていた子たちを抜き去る、というのが理想形でしょうか。ただ前残りもしやすいレース場ですので、やや逃げ気味に走ってようやく先行集団の真ん中くらいみたいな感じでしょうが」

 

 取り得る作戦としては、位置的には先行を狙う。それも『伸び脚』を活かせるような形で体力温存しつつの最終直線勝負。直線距離も足らなければ坂も無いから他の子が垂れるかどうかは微妙なところだけどね。

 

 ただメイショウモトナリもアグネスデジタルもきっと似たような先行策で来ることは容易に想像できる。もっとも彼女たちの場合はスマートファルコンに勝とうとしての先行策だろう。

 『逃げて差す』とはいえ、後半のタイムの方が遅くなるという部分はあるからだ。

 とはいえそれが弱点というわけではなく、ただ前半のタイムも早いからってだけだし、逆に前半に楽をさせてしまうと後半の伸びが増えてタイム差が逆転するというチート性能ではあるんだけどさ。

 だから前半には圧迫感は与えておく必要があるのと、基本スマートファルコンは垂れないので、前に付けていないと終盤で抜かそうとしたときに全く届かないから、結局は逃げか先行しか選択の余地はほぼ無い。

 

 ……まあ、それは脚質がある程度選べるウマ娘の意見であって、基本は自身の最も適性のある脚質で挑むことにはなるし、その上で実際に出走したらその場で調節もするけどね。

 

 あ、ダート魔改造マックイーンとかなら、また話は別だ。中長距離ダートでスマートファルコンを迎え撃ち、スタミナ勝負に持ち込むみたいな素能力の荒業が出来るので。

 

 

 

 *

 

「1番人気はもちろん、この子です――スマートファルコン、4枠4番からの出走です」

 

「前走・浦和記念からおよそ半年ぶりの復帰レースになります。その浦和記念では入着を逃してしまいましたが、ダート転向後12戦の内1着は実に9回! そして残りの3戦も全て2着という脅威の成績をマークしていたウマ娘です。人気はその頃から比べると流石に落ちてはいますが、それでもファンは1番人気に彼女を指名しました」

 

「半年間レースに出走しなかったのは、どういうことなのでしょうか?」

 

「トレセン学園等からの情報によれば怪我などによるものではない、とのことでしたので、昨年の浦和記念で最後の最後で失速してしまった点の対策を重点的に行ってきたと見るべきでしょうか、期待ですね」

 

 ファンの大歓声に包まれる中、パドックでお披露目をしているスマートファルコンの人気は流石に圧倒的だ。解説の言葉によればこれでも昨年の連勝街道の頃よりは人気が低迷しているというのだから末恐ろしい。……というか史実スマートファルコン号の例の東京大賞典2連覇&レコードは今年の冬から来年にかけてで、そこから判断すると、これでもまだまだスマートファルコンは全盛期ではないということになる。

 

 

「2番人気を紹介しましょう。7枠9番のサンデーライフ。ダートのレースは1年ぶり……でしょうか? それにも関わらずファンは2番人気にまで押し上げました」

 

「一応昨年末に障害レースにて阪神のダートコースを走っておりますし、ファン感謝祭においてもダート関係の競技を行っておりましたので支障は無いかと思われます。

 勿論、このところ上り調子というのもありますが……それ以上に彼女の人気が2番となったのは目標レースを『名古屋グランプリ』に設定しているところが大きいでしょう」

 

 そして2番人気には、最近ダートを走っていない私がマークしていた。何故かと言えば絡繰りは単純で解説が言っている通り、地元票が流れ込んできたから。別に私自身は出生なども東海地方に無関係だし、中央所属ではあるけれども、昨年からずっと一貫して目標レースを『名古屋グランプリ』にしていたことが、地元からの好評に繋がったようである。

 ……そりゃ中央のウマ娘でJpnⅡを目標にする子はほぼ居ないもんねえ。

 

 そういえば地元繋がりの話で1つ。ここは名古屋レース場なので、東海地区のウマ娘――つまりは笠松トレセンの子も同地方枠で参加できるレースだが、出走メンバーの中にシンデレラグレイ組は居なかった。

 ……まあ、このかきつばた記念。JpnⅢという国内限定ダートグレードの1番低い格付けではあるけれども、現時点においては地方重賞のSPⅠである東海ダービーよりも格式は高いレースだからなあ。

 東海ダービーも一時期は中央と地方の交流重賞指定されていてJpnⅡが与えられていたこともあったけれども、史実2020年をベースとするこの世界においては東海所属ウマ娘限定レース扱いである。

 ……とはいえ中央に門戸が開かれていたときには東海ダービーは史実・アグネスデジタル号が1着をかっさらったりしているんだけどさ。

 

 

「3番人気はメイショウモトナリ。3枠3番からの出走です」

 

「前走・阪神レース場での重賞・プロキオンステークスにおいては末脚が伸びず10着という結果でした。やや坂が苦手な傾向が見えるウマ娘ですが、ここ名古屋はフラットなコースですからファンも期待を込めての3番人気ということなのでしょう」

 

 このメイショウモトナリは史実競走馬としてはJpnⅢ・名古屋大賞典にも勝鞍があったはずだが、この世界においてはそこでスマートファルコンとの競合が発生し2着になっている。その後に浦和記念にてスマートファルコンと再戦があり、順位的にはスマートファルコンを上回ったものの3着。リベンジマッチとしては些か消化不良ともいえる結果だったので、満を持してここでスマートファルコンを破り1着を取りたいと考えているところなのだろう。

 

 

「4番人気にはGⅠ5勝、8枠10番アグネスデジタル――この評価はどうなのでしょう?」

 

「前走が香港でのクイーンエリザベス2世カップで2着でしたが、これは芝で1年前ですからね。大きな怪我ではなく『慢性的な疲労蓄積の解消のため』ということでしたが、長らく休養に充てていましてその復帰戦となります。

 流石に復帰初戦で当たる面子としては厳しいということで、人気もやや落ち込んでいるようです。それでも4番人気な辺りはこの娘が慕われている由縁でもありますよ!」

 

 アグネスデジタルは、前走のダイワメジャー・ビコーペガサスであったり、ハッピーミークや生徒会組のように、第一線から退いて年間レース数を減らしていたわけではないものの、しばらく長期離脱していたようである。

 まあ5ヶ月で香港→東京→ドバイ→香港というローテをしていればそりゃ疲れるとは思うけど。それでも1着、1着、6着、2着と好成績をGⅠの舞台で残し続けていたから、休養を入れる判断が非常に難しいのも理解できる。

 となるとアグネスデジタル陣営としてもここでのスマートファルコン衝突はあまり好ましくないかもしれない。せめて療養明けでもう1、2戦叩きあげてから万全の状態でぶつかりたかった相手だろう。

 いくらスマートファルコンが昨年優勝ウマ娘とはいえ半年間レース出ていないから復帰タイミングなんて分からないし、仮に今年のこのタイミングで出走するとしてもJpnⅠのかしわ記念に行くだろうって思うもん、仕方ないよね。

 

 

 さて、初めての地方レース。トゥインクル・シリーズ開催レース場と比較して真っ先に違うと感じるのが客席のキャパシティである。特に今日はスマートファルコンとアグネスデジタルの復帰戦が重なっていることもあり超満員に見えるが、元々の広さも相まってその熱気は圧巻の一言である。

 後は、私の初の名古屋ってのも一応集客に影響あるのかな。中京レース場でのレースすら一度も出走したこと無かったから、今まで本当に東海地域のレースに出てないからね。いや、偶然だけども。小倉も行ったことないし。

 

 なお今日はハッピーミークはお留守番で一緒に来たのは葵ちゃんだけである。流石に名古屋はちょっと見学だけでついてくるにはちょっと遠いし、それ以上にハッピーミークは香港遠征が控えている。

 数週間滞在の海外旅行の準備をしている最中に、急に2泊3日の旅行に行くぞ! って言われても、荷物ごちゃごちゃになるしね。

 

 なおトレーナーである葵ちゃんにはそういう泣き言は許されない。でも慣れているっぽいけどね。

 

 

 そんなことを考えながら、ゲートインをする。

 最初が直線から引き込んだ部分からの短めだがポケットからのスタートなので、スタートの直線が一番長くなる。だから枠番による有利不利は短距離戦であるがほぼ無きに等しい。12人中の9番だから良かった。

 

 天気は晴れで良バ場。そして勿論メインレース――

 

 

「……あ、あのっ! 王子様……じゃ、じゃなくて……サンデーライフしゃん!!」

 

「――えっと、私ですか? アグネスデジタルさん」

 

 隣の枠に入ろうとしていたアグネスデジタルが急に私に話しかけてきた。

 

 え、多分初対面だよね? このタイミングでデジたんが話しかけてくるというのはちょっと不自然だけど、何かあったのだろうか。

 

 

「……あのー、あたしがこんな大事な場面で声をお掛けするなんて、畏れ多くて断罪に値することなのですが――でも、すみません!

 ……もしかしたら王子様が気付いていないかもしれないので、一応! 一応言っておきますけれども――」


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