強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第55話 新たな線引き

 夜が明ける。

 起きたときに真っ先に感じたのは人肌の暖かさであった。ぽかぽかしてて気持ちいいなー……と目も開けずに寝ぼけながら考えていたら、頭を撫でられる感触がした。

 

「……葵ちゃん。おはようございます。

 でも、朝から人の寝顔を見て楽しむなんて趣味が悪いですねー」

 

「――いえ、すみません。こんなに至近距離でまじまじとサンデーライフの顔を見る機会があまり無くてつい……。

 あっ、それとおはようございますっ!」

 

 

 どうやら葵ちゃんの調子はいつも通りに……というか、いつも以上になっているように見えた。普段なら動揺するだろうなあ、って言い回しの私の言葉に対して照れも臆面もなく『見たいから私の顔を見ていた』という趣旨の発言をすることは珍しかった。

 

 もっとも、これに関しては私が全面的に悪いか。関係性に関して言えば変化は無いとはいえ、お互い恋人と言って差し支えないほど近いパーソナルスペースに入ってきても問題が無いことを証明してしまったのだから。

 ただ葵ちゃんは多分ハッピーミークが同じ距離感にあっても普通に受け入れると思うし、逆に言えば私だって別に友達と昨日みたいな距離感で寝ることがあっても多分平気だ。というか去年にアイネスフウジンの夏合宿にお邪魔したときに、普通にアイネスフウジンの抱き枕と化していたからこのくらいの距離感は日常茶飯事ではないけれど、全くの未経験というわけでもない。

 

 ……あ、でも。葵ちゃんの恋人になれば『葵ちゃんのヒモ』という形で私の『楽して生きる』目標は達成できるのか。元担当のヒモ娘って最悪の響きだけど。

 けれど、実際にそうするつもりって実は私の中にほとんど皆無なんだよね。

 

「葵ちゃん、調子はどうですか?」

 

「一晩寝たらすっごい絶好調になりましたっ!」

 

「でしょうね、私から見てもそう見えます。

 ……だからこそ。ちょっと線引きを改めてしておきましょう」

 

「えっと……? サンデーライフそれはどういう……?」

 

 私は間髪入れずにこう告げた。

 

「多分、私は葵ちゃんのことが好きです。

 ですが、別に葵ちゃんのことを恋人にしたいとか結婚したいとか、そういう気持ちって全然無いんですよね」

 

「それは……そうですね……。私もサンデーライフのことは大好きですよ? だから、そういう感情を私に向けてくれているというのは嬉しいです。

 ……ただ、それでもサンデーライフが『最終的な一線』を本当に越えようと思っていたならば、私は拒まなければなりませんでした」

 

 

 ……うわあ。つまり基本的に私の葵ちゃんに向ける気持ちは大体バレていた。しかも本調子でない状態にも関わらず、昨日お互いを破滅に導くような共依存関係に至るような行動はしない、とそこまで私のことを信用していたのである。

 何というか、うん。『トレーナーとかどうでも良い! サンデーライフ、結婚しよう!』って言われるよりも重い感情を向けられている感がある。

 

「葵ちゃん……その信頼は、むしろ愛を語られる以上に重いですよ?」

 

「――ですが、サンデーライフが私に向けている感情も、同じくらい重たいですけどね?」

 

「いやー……まさか『お互いに依存しない』ことが、こういう感じになっちゃうとは思いませんでした」

 

 

 私と葵ちゃんは共依存の関係には無い。

 ……ここまでクソデカ感情を向けていて、それはおかしいだろう? と思うかもしれないが、本当に依存していないのだ。

 

 共依存とは『お互いの存在が無いと生きていけない』ということ。今の私と葵ちゃんが即座に切り離されても、別にお互い自立してやっていけるところまで来ている。

 勿論、事務手続き的な引継ぎとかは別途で考える必要があるが、それさえ除けばきっとここで別離したとしても大きな問題は生じないだろう。

 

 しかし、そういう精神性にも関わらず私達はずっと一緒にいた。それもかなり近い距離感で。

 『依存』による関係でもなく。

 『利害』による関係でもなく。

 『特別に深い精神的な結びつき』があったわけでもない。

 

 でも私達は『サンデーライフ』と『葵ちゃん』としてずっと一緒にやってきた。何故か?

 ――お互いにあり得ないほどに大きい信頼を相互にぶつけ合っていたから。依存も利害も無い相手と共に過ごすには、信頼関係が必要不可欠。

 私達はその相互の信頼の強さが、下手をすると並のカップルの依存や愛情を凌駕する域にまで到達していたことになる。

 

 現に今だって、私の中に『葵ちゃんのために勝利を』みたいな気持ちは微塵も無い。そういう対価が必要なくとも葵ちゃんは傍に居る確かな『信頼』があるから。

 

 例えるなら、魔王討伐に出た勇者が初期のメンバーと長らく旅の苦楽を共にして育んできた信頼関係。最終戦闘で無条件で背中を任せられるくらいの関係性が、私達は『魔王』のような外的要因無しで形成されていたことになる。

 まあ強いていえば全世代バトルロイヤルは魔王と言ってもいいかもしれないが。

 

「だから葵ちゃん。1つだけ線引きをさせてください。

 ……もう契約解除したくない気持ちを『自己中心的』だって言わないでください」

 

 いつでも好きに別離できる関係性だからこそ、『別離したくない』と思う気持ちが自分だけと葵ちゃんは無意識に示唆していた。

 ……そう、考えられるのはイヤだった。私だって、葵ちゃんと離れたい訳じゃないことくらい葵ちゃんは分かっていたはずなのに。そういう言い回しは聞きたくなかった。

 

「――分かりました。

 でも、サンデーライフ。それ普通は察せない機微ですよ? 本当に恋人が出来たときにそれを相手に望むのは酷ですからね?」

 

「マジで恋人相手だったら、もっと乱暴に怒ったことをアピールしてイチャイチャ要求しながら直接すぐに言うか、『王子様』ムーブで聞きたくない言葉を事前に教え込むくらいのことはするので大丈夫ですー」

 

「……なんといいますか、サンデーライフに恋愛感情を本気で向けられなかったことに安堵していますよ私は」

 

 うわ、ひっでえ。葵ちゃんも言うようになってきた。遠慮がないのは別に構わないけど、それならそれで私もカウンターに転じる。

 

「……別になんでも良いですけど。ただ葵ちゃん、朝食を食べに行く前にシャワーはちゃんと浴びておいてくださいね?

 いや、私は別に全然構いませんが、そんなに私の匂いを付けたまま外に出たら他のウマ娘に誤解されますよ?」

 

「そ、そういうことは早く言ってください! サンデーライフ!

 いや、あなたもシャワー浴びるのですよ!?」

 

 結局居室のユニットバスを交互に使ってから、ホテルのラウンジで遅めの朝食をとることになった。

 

 というかむしろ朝から2人してシャンプーやボディーソープの香りがしている方が色々と邪推を生みかねないという事実に葵ちゃんは全く気付いていないようで。

 

「あ、あ、あの……王子様……? えっとデジたんの誤解かもしれませんので、一応! 一応、お伺いしたいのですがっ……!」

 

「アグネスデジタルさん、おはようございます。

 もしかして朝お風呂に入ったことですか? あー……実は昨日の反省会と次走をどうするかを葵ちゃんと一緒に話していたら、そのまま寝ちゃったみたいで……。

 ここの大浴場って朝はやっていないじゃないですか? だからシャワーだけ浴びて来たのですけれど……」

 

 嘘は言ってない。ただ本来必要な情報が全部抜けているだけで。

 ……いや、この場に居る全ウマ娘が気になったであろうことを聞きに来たデジたんは『勇者』だよ、本当に。

 

 なお、デジたんは私の『葵ちゃん』呼びの時点で結局昇天することになった。

 元々私のトレーナーの呼び方が特殊なのは知っていたけど、私の肉声で改めて聞いて死んだでしょ、これ……。

 

 

 

 *

 

 新幹線でトレセン学園に帰宅した。ウマートは適当に調子の戻った葵ちゃんに任せたのでどうなったかは知らない。

 トレーナー室に戻るとそこには休憩してぽけーっとしていたハッピーミークが居た。なので名古屋の水族館で買ってきた大きなベルーガのぬいぐるみをお土産として手渡しつつ、ハッピーミークにも昨日から今日の出来事を殆どすべて話した。

 まあ、話さない方が不誠実でしょこれは。

 

「……トレーナー。香港のホテル……全部1部屋で取り直して」

 

 まあ、それはそう。

 ただ同時に渡航1週間前の段階で3週間に及ぶ宿泊予約を全部変更するのは、すぐには葵ちゃんが頷けないことも私には理解できる。

 

 一応ダメで元々という感じで葵ちゃんは香港の宿泊ホテルまで国際電話をかけて交渉して……案外さっくりシングル2部屋からダブル1部屋への変更自体は出来るとの回答を頂いた。

 

「どうにも、先方も1部屋でも多く空くならそれに越したことは無い、と。結構乗り気でしたので……」

 

 あとは学園に宿泊プランを変更した旨を届け出る事由を提出する必要があるが。

 申請事由書の欄を眺めながら私は話す。

 

「こっちの書類は、あんまり搦め手は使わずに素直に『競走者本人の希望により』みたいなので良いと思いますよ。詮索されてもミークちゃんがそうしたいって意志を伝えれば良いだけですし、本人希望を却下する方が逆に書類を精査する側も勇気がいりますので」

 

 で、実際そんな感じの理由で葵ちゃんは書類を出したらしい。

 ひとまずは一件落着かな。3週間に及ぶ葵ちゃんとハッピーミークの生活が、この2人の関係性を変質させる可能性は気になるけど。

 

 そんなことを考えていたらハッピーミークに制服の裾を摘ままれた。

 

「……どうしました、ミークちゃん?」

 

「……香港行く前に……お泊り、する……」

 

「そうですねっ! サンデーライフもミークにちゃんと私にしたことと同じことをしないとミークが怒ったままですよ?」

 

 その葵ちゃんの言葉にハッピーミークは頷いた。

 あー……そっか。ハッピーミークから私への好感度も高かったね。だから私もミークと一緒に寝なきゃダメかー。

 

 でも流石にお互いにルームメイトが居る寮でどうこう解決することは出来ないので、外泊届を出して葵ちゃんの家のお布団で一緒に寝ることになった。

 

「……ミークちゃんは髪さらさらですよねえ」

 

「……もっと、撫でて」

 

 うーん。多分、私達3人の中で一番力関係が強いのはハッピーミークな気がしてきた。この子、一切照れないから基本的にノーガードのぶつかり合いになって、必ず私や葵ちゃんが根負けする。

 

 

 

 *

 

 さて。

 それから数日経って、葵ちゃんとハッピーミークは香港へと旅立って行った。定期的にWeb会議アプリを使ってトレーニング状況などを報告することにはなっているものの、香港チャンピオンズ&チャターカップが終了するまでは基本的に自主練習に近い形になる。

 そんな今の私には1個、宿題が課せられていた。

 

 それは。

 ――宝塚記念への出走の可否。

 

 

 あの、かきつばた記念の夜に葵ちゃんが言い出したGⅠへの挑戦は、私に大舞台経験を付けさせることが主目的だとその後のやり取りで明かされている。

 ただしいつものように最終的なレースの決定権は私に帰属している。

 

 まずは本当に宝塚記念に出るかどうかを決めないといけない。


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