強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第56話 宝塚への道(1)――策士・『サンデーライフ』

 GⅠグランプリレースの宝塚記念、まずは基本情報を整理しよう。

 通常のGⅠには全世代バトルロイヤルになってしまって闇鍋状態になっている都合上、ネームドウマ娘が大量に出走してくる。むしろ知らない子の方が少ない、あるいは全員知っているなんてことすらあり得る。

 

 だから収得賞金の積み上げも結構な金額になっている子が多い訳で、何も考えずに『GⅠに出るか』とやったとて普通に除外される可能性のが高い。私がGⅠを避けているのは大量のネームドと戦いたくないってのはもちろんあるけれど、この除外されてしまうという側面もあった。

 しかしそれを解決する手法が1つある。宝塚の名前が出ている時点でもったいぶるつもりはないが、グランプリ競走――つまりはファン投票上位のウマ娘が出走できる制度を利用するということだ。

 

 宝塚記念のフルゲートは18名。だからファン投票上位18位までが出られる……というわけではない。ファン投票の枠は10枠。それ以外の8枠は外国ウマ娘に優先出走権が与えられ、残った枠には中央・地方のウマ娘の出走登録者で通常GⅠと同様の収得賞金の特殊な条件で奪い合うこととなっている。

 

 そして残った枠の奪い合いで私が勝てる見込みは全くない。だからこそ出走するのであればファン投票で上位10位以内に入る必要がある。

 

 

 というところで、今度はファン投票についての説明。

 これについては私の知る競走馬の宝塚記念ファン投票と制度が大きく異なっていたので、この世界におけるものを説明する。

 まずファン投票システム自体は『現役』の全競走ウマ娘が対象となる。だから投票自体はシンボリルドルフから今年の6月初頭にメイクデビューを終えたジュニア級ウマ娘すら対象となる。

 ただし宝塚記念自体の出走要件としてクラシック級、シニア級ウマ娘であることが必須要件となるので、仮にジュニア級の子が投票で上位に入っても出走することは不可能だ。そもそもデビューしたばかりのウマ娘に大量に票が集まること自体無いのでほぼ杞憂だけど。

 

 それに合わせてもう1つ。出走できる『上位10名』の選定方法なのだが、これについては単純に得票数の上から10人ではなく『宝塚記念に第1回出走登録を行った』ウマ娘の中の上位10名である点は注意が必要だ。

 例えばシンボリルドルフが抜きんでて投票1位だったとする。けれども彼女が宝塚記念に出走登録を行わなければ、その票は全部死票扱いとなる。史実ローテ以上に現役に居座る世界だからこそそういう事態が発生するのだ。

 あくまで、出走登録したメンバーの中で順位を争うのだけれども……ここでまず1つ問題が浮上する。

 

 宝塚記念はGⅠレースなので第1回特別出走登録は、レースの2週間前の木曜日が締切。レースは6月の第4日曜日にあるから6月第2木曜日に出走登録が出揃うと思って良い。

 しかし、宝塚記念の人気投票自体は5月中旬からのスタートだ。2度の中間発表を挟み、投票が締め切られて最終結果発表の日は――6月第2木曜日、同じ日である。

 つまりファン側は誰が出走登録をするのか最後まで分からない状態でファン投票が行われる。

 

 ただしこれだとウマ娘側も、出走しないのに沢山投票されて全部死票になるのは申し訳ないし、出走する子は逆に票が伸び悩むかもしれない。ファンとしても折角なら走ってくれる子に出来れば投票したいという考えを持つ人も居る。またURA的にも最終的に公表する順位は第1回出走登録を済ませたウマ娘だけなので、出走しない子に票が分散してしまうと公表した際の票数のスケールが小さく見えてしまう。

 それらの諸問題を解決するために、宝塚記念の出走登録をする意志のあるウマ娘がなるべく早期から『出走の意向を表明』することが求められている。

 

 あくまで慣例であり強制力のあるものではない。けれども暗黙の了解でのルールなので、既に第一線でバリバリレースに出なくなった生徒会の面々のような年に1、2回しか出走していない層が、宝塚や有に出走する場合は、事前表明しないと人気や知名度ほどには票が集まらない可能性が生まれる。

 一応シニア級1年目とか2年目とかでレースに頻繁に出走している子であれば『この子はまだ出走の意思を見せていないけどワンチャンあるかも』って形で票が入ることもあるけれども、確実性を期すためには『宝塚記念に出たい』と思った段階で意思表示をするに越したことはないのである。

 

 何故なら意思表示の有無によらず、第1回出走登録をしなくてもペナルティがあるわけではない。

 もっと言えば、第1回出走登録を出した上で最終結果が公表されて順位が確定した後であっても、何らかの事情で第2回出走登録を出さないで出走回避することも可能だ。なおファン投票10位以内のウマ娘の中から出走回避者が出た場合11位以降のウマ娘が順次繰り上げ出走となる。

 だから仮にファン投票100位であっても自分より順位が高かったウマ娘90人が回避すれば出走は可能となるシステムなのだ。

 

 

 そして、これがきっと史実のグランプリレースとの最大の相違点なんだけど。

 

「――住民基本台帳と照合して、インターネット投票で打ち込まれた情報と比較して多重投票を防止する……。そこまでやりますか……」

 

 ウマ娘世界においてレース興行とは、国民的一大行事でもある。久しぶりに資料室に籠って投票システムについて興行規則を見直したら、普通に春秋グランプリが国家事業レベルのものになっていた。

 まさか住民基本台帳との連携までやるとは……。アイドルの総選挙イベントみたいに投票券付きグッズを売る、とかでも良かったはずなのに、それを行わなかったのは、財力で解決できないようにするためなのだろう。

 競走ウマ娘の実家って結構太いところが多いから『うちの娘の投票券1000億枚買い占め!』みたいなことを防ぐ意味合いもあるんだろうね、これ。私がGⅠにあまり出たがっていないからアレだけど、GⅠは本当は出走できるだけでも大変名誉なことではあるからねえ。それがお金で買えるのであれば、強行突破する家が出るというのはおかしな話でもない。

 

 後はお金で解決しないようにしているのは、曲がりなりにも学生アスリートであるという点も関わっているとは思う。まあ賞金は出ちゃっているんだけどさ。

 

 本来『競馬』の元締めは『農林水産省』である。一応馬産って畜産関係に位置付いているという解釈だから。でも、ウマ娘は基本的人権が認められた『ヒト』なので『農林水産省』がレースを管轄する理由が消失している。

 では、どこがURAを外郭団体に収めているのかと言えば――『文部科学省』なのだ。スポーツ振興を担うスポーツ庁が傘下にあったりとかオリンピック関連の委員会と連携するのもココだから納得ではある。

 

 そして『文部科学省』後援の下でレースを行っているからトゥインクル・シリーズとローカル・シリーズ双方のレースの出走条件に『トレセン学園』所属が必要要件となるのである。

 だからこそシンボリルドルフが生徒会長であって、社会人やプロスポーツ選手ではないところにまで結びつく話なのだ、これ。あくまで学生スポーツの拡大解釈でレースを興行しているのだ。

 

 ……まあ。そうは言っても、住民基本台帳の管轄省庁って総務省だからこの世界の春秋グランプリが省庁横断事業であることには変わりないんだけどさ。

 

 

 ちょっと話が逸れてきたので軌道修正。

 ともかく宝塚記念に出走するなら、今の時期から出走意志を表明した方が良いのは確かだ。来週からもう投票期間が開始されるのだから。

 

 ただし。

 絶対勝てない、入着も無理だろう。

 

 内々で宝塚記念への意志を聞いていたメンバーとしてまずアイネスフウジンとメジロライアンが居て。

 既に記者発表を行っているのが、まず天皇賞春で勝利を飾ったメジロマックイーン。映像見てたら春天に勝った勢いで言っている感があったけども。

 そして、テイエムオペラオー。オペラオーは春天をマックイーンに獲られての2着になりこの世界線ではグランドスラムの達成が不可能になっている……いや、流石に全世代居るし。

 他にもグラスワンダーとかアグネスタキオンなんてビッグネームも出揃っていて、最早お祭り状態だ。しかも、今後出走表明をするウマ娘はもっと増えるだろう。

 

 というか、そもそもまず人気投票で投票数を集められるかが問題だ。確かに私は月刊トゥインクル増刊号で特集記事を組まれたりしたけどさ、相手にするのは重賞勝利ウマ娘とかGⅠウマ娘ばっかり。

 

 だからこそ、葵ちゃんから言われた『大舞台経験』というのは、実際のレースにおける駆け引きだけではなくて、この人気投票における事前の盤外戦術も込みでの話。

 言うまでもないことだが、1ヶ月以上前に出走の意志表示をするということは、それからずっと私は『宝塚記念に出走するウマ娘』としてのプレッシャーを受け続けることとなる。学園内で応援されたりとか、『サンデーライフに票を入れる』と宣言されたりして、私はそういった声援と票の重みを背負うこととなるだろう。

 

 そういった状態でトレーニングや日々の生活を行うことで、メンタル面に負荷をかけることが葵ちゃんの狙いの1つなのだ。だから極論を言えば宝塚出走はできたら儲け物、程度の考えである。

 

 ただ、人気投票開始前に意思表示をするのであれば、ハッピーミークと葵ちゃんは香港遠征中であるため、葵ちゃんから受けられるサポートは限定的だ。

 記者会見などは中継を繋いで対応するにしても、細かい作業は自己対応になると思う。

 

 ……と。そんなところだろうか。

 勝てないレースは今に始まったことじゃない。でも、どういう面子になるにせよ善戦することすら極めて厳しいレースが待ち受けている。

 

 この宝塚記念に対して特別な思い入れも無い。……アイネスフウジンが初詣で一緒に走りたいと言っていたくらいかな。ある意味いつも通りだよね、私のレースとしては。

 

 ――いつも通りと言うのであれば。

 出走意志くらいは、見せてみようか――宝塚記念に。

 

 

 ……まさか、GⅠレースをメンタルトレーニングのために利用することになるとは思わなかったなあ。

 

 

 

 *

 

「――ということで、私は宝塚記念に出走いたします。

 私からは以上となります」

 

「サンデーライフさん、ありがとうございます。では記者の皆さんから質問がある方は挙手をお願いいたします」

 

 数日準備して記者会見を開いた。TVカメラも入れているが、生中継を行いたい報道機関は断った。あとは以前から関わりのあるところしか認めていない。

 かきつばた記念以降のクールダウンは、名古屋の病院での検査結果待ちなどもあってちょっと様子を見て長めにとっていたために、記者会見調整にがっつり時間を使うことが出来た。

 葵ちゃんもWeb会議システムの映像をモニターに繋いでの参加である。これを踏まえると近場の香港で本当に助かった。時差が1時間しか無いからね。

 

 で、1人の記者が当てられる。

 

「月刊Umateenです。前々走のダービー卿チャレンジトロフィーでトゥインクル増刊号さんが収めたウイニングライブ後の写真のグッズ化は検討されておりますか?」

 

 えー……。いきなり予想外の質問が来た。月刊Umateenって確かファッション誌だったよね、ウマ娘10代向けの。

 まあ私の懇意にしている出版社ってレース専門誌だけじゃないから、こういう質問も来るかあ。

 ……真面目に答えておこうか。

 

「……URA公式からの発売に関しての情報は特にございませんが、現在複数のグッズショップとライセンス生産の契約は締結済です。私の口から具体的な企業名は挙げられませんが、当該の企業コーポレートから情報を開示しているところもあるかと思いますので、具体的な生産時期等につきましてはそちらへ取材して頂けると助かります」

 

 

 その勢いで次の質問を受け付ける。

 

「週刊文芸の友です。先ほどの月刊Umateenさんの質問と関連するのですが、トゥインクル増刊号さんでの特集記事のタイトル『ウマ娘のフェリスミーナ』について、こちらはサンデーライフさんからの指定のタイトルでしょうか?」

 

 あれ? もしかして、これ宝塚記念に向けてのインタビューというよりかは、今までインタビューを謝絶していたから、聞きたいことを聞く場になってしまったか? という考えが一瞬頭をよぎる。

 今の質問者は文芸誌だし『ダイアナの七冊の本』についての教養が私にあるのかを聞きたいということだろう。

 

 悩んだが、これも素直に答える。

 

「タイトル自体は月刊トゥインクル増刊号さんの方から提案されたものですね。ですが私と桐生院トレーナーで事前に記事の内容は確認しておりました……タイトルも同様です。

 ただおそらくその題材の元になっております『ダイアナの七冊の本』については、お恥ずかしながら私は読んだことはなく、そちらの桐生院トレーナーからご教示いただきました」

 

 

 ……次の質問。

 

「――ファン感謝祭において、皇帝・シンボリルドルフとともに『ウマ娘ボール』を行っておりましたが。あれはどういった御存念だったのかお聞かせ願いますでしょうか?」

 

 ……なるほど。ようやく――分かった。

 今の質問者は雑誌名も出版社名も一切名乗っていない。こういう場で名乗らないのは本来無礼にあたるけれども……質問者を一瞬見やって確信に至る。

 この人物は私が混ぜたサクラ(・・・)の人員だ。本来は別の質問を適切なタイミングで投げさせるために記者の中にこっそりと入れていた……つまり、情報操作用の人員であったけど、その彼が独断専行を行ったということは今の流れが極めて好ましく、このまま継続した方が良いという合図であった。

 

 としたときに。先の質問を振り返ると、全然宝塚記念に関係は無いが、一方で私や葵ちゃんのイメージアップ戦略に使えるような受け答えばかりだ。実際書面でとはいえ私とやり取りしている記者なのだから、これくらいのことは聞かなくても分かっているはず。なのに敢えて聞いてきたということは『TVカメラの前にサンデーライフの別側面を映すこと』が狙いなのである。

 そもそも私が談合して集めた記者団である。その記者団同士で更に談合する可能性だってあるよね。

 

 

 ――としたときに記者らが映したい『サンデーライフ』のイメージは理知的なもの。……それがなまじ虚像ではない辺りに凄味を感じるよ。

 私としては本来狙っていた情報誘導の形とは異なるものの、これはこれで都合が良い。少なくとも、メディアが私を宝塚記念の舞台まで押し上げたいと考えてくれているのであれば、私はそのプロフェッショナルの宣伝戦略にただ乗りするだけで良くなった。

 

 

 ……であれば。

 

「『ウマ娘ボール』をシンボリルドルフ会長とともに執り行った意図として、まず会長の真意を先にお話しいたしますが――例年のファン感謝祭は盛況なれど国外文化発信という側面やウマ娘伝統の競技に関してやや脆弱性がある、と伝え聞いておりました。

 当該の競技は『ポロ』と呼ばれるヨーロッパにおける国民的ウマ娘球技から、アルゼンチンにおいて分化発展した独自のものです。まずはその要件を満たしていたとともに。

 『ウマ娘ボール』の競技組織はURAとも緊密に連携しておりまして引退した競走ウマ娘を積極的に受け入れております。そうしたセカンドキャリア支援の一助になれば、と思い新たに新設する運びとなりました。

 ……恐らく、この辺りは今年のファン感謝祭の記事を書いた記者さんの方が詳しいと思いますけどね?」

 

 

 ……そこで軽く笑いが起きて。先の報道機関側の逆スパイであったサクラ(・・・)の人員が、続けて質問を行う。

 

「……なるほど! そのように神算鬼謀の熟慮を有するサンデーライフさんが、初のGⅠ出走――ということは、何か狙いがあるのですね!?」

 

 

 ここは自信満々の即答が必要な場面。だから一切の迷いなく言葉を紡ぐ。

 

「勿論、非才ながら少しばかり宝塚記念に出走意向を示したことについて理由はあります。……ですが、その中身についてまではご勘弁ください。

 ご存じかとは思いますが、私はいまだオープン戦未勝利のウマ娘であるのです。アイネスフウジンさんやセイウンスカイさん、あるいはダートではスマートファルコンさんなどの海千山千の強敵を相手にしてきている以上、所詮は『弱者の兵法』に過ぎない私の考えをこの場で明かしては……勝負にすらならないので、ご理解頂ければと思います」

 

 この記者会見は翌日の情報番組にてしっかりと全国ネットで報道された上に、数分の枠をつかって私がこれまで出走したレースを『レースのご意見番』みたいなおじさんが解説してくれた。まあ殆ど的外れだったんだけど、それはそれ。

 私だって対戦相手の意図をよく読み外すし、葵ちゃんだって無理なのだからしょうがないことではある。

 

 大事なのは。

 今までレース関係者周辺にしか伝わっていなかった『策士・サンデーライフ』という偶像が、一般大衆に向けても新たに誕生した――ということである。

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