強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第6話 クラシック級2月後半・未勝利戦(京都・ダ1200m)

 有記念の勝者となったハルウララは非常に澄んだ目をしていた。当然のことながら年度代表ウマ娘に選出されていた。

 ……って、このハルウララ、JBCスプリントも1着ってことは育成シナリオに準拠はしているのね。

 

 ということはダートの短距離と芝の長距離のGⅠ両取りということになるが、ある意味シンボリルドルフ以上の偉業でしょこれ。ウララトレーナーの執念が怖いわ。確かにアプリの魔境さのモノの喩えとして有覇者ウララの存在に私は言及していたけれども、まさか本当に成し遂げるとは思わないじゃん。

 面子的にはエルコンドルパサーが何故か出ているとはいえ、ほとんど黄金世代クラシックの時期の有だと考えて間違いない。

 

 黄金世代を相手取って芝で勝つハルウララ、マジですか。私のやっていることってハッピーミークの下位互換どころか、ハルウララの三番煎じということになる。

 

 1つ気になったことは、ハルウララの世代。あまり目立たない話ではあるが確かテイエムオペラオーと同世代だったはず。しかしオペラオーは私の2戦目で激突した相手だ。オペラオーは来年からクラシック級なのに対して、ハルウララは今年有に出た。つまりネームドウマ娘を1人確認したからといって、その世代全員が同じタイミングで走っているとは限らないのだ。

 

 ……とはいえ。当面は関係のないことだろう。未勝利戦の動向レベルだと既に経験しているように流動的な部分も多い。あまりその手の出走レースメタ読みが参考にならない気がする。

 

 

 アイネスフウジンは、有の配信が終わった後も「ウイニングライブを見るまでは」と引き留め、それが終わったらもう遅いから泊っていきなよ、と提案してきたが、流石に事前申請なしで寮の門限を守らないのはまずいので自室に帰宅することにした。

 

 私は栗東寮所属だったからである。

 

 

 

 *

 

 アイネスフウジンと年末を過ごした関係上、その流れで年が明けての初詣は彼女と一緒に行くことになった。

 彼女が私にここまで仲良くしてくれるのは、福島での未勝利戦の一件もそうだが、アイネスフウジン自身が同室であるメジロライアンに対してややコンプレックスを有しており、友達でかつライバルでありながらもやや自身を自虐的に表現する性質に起因するものもあるのだろう。

 

 だって私はメジロ家にボロ負けウマ娘でもあるわけだし。シンパシーを感じなくない要素を含有しているとも言える。

 

 ただ流石に初詣は外出であったので、GⅠウマ娘であるアイネスフウジンにはトレーナーさんも一緒に付いてきた。女の人だった。

 ウマ娘に危害を加えるどうこうは、多分トレーナーさんが何とか出来るものでもないだろうが、ファン対応とかの面では付いてきてくれるのは確かに助かるのかもしれない。

 

 普通に公共交通機関で遠征していても何とかなってる私にはまだまだ縁遠い話ですねえ、これ。

 

 

 そして。そんなアイネスフウジンのトレーナーから私の次走についての探りが入れられた。え、もしかしてアイネスフウジン本人だけではなく、トレーナーさんも私を気にしてるってやつ?

 

 既に出走登録自体は済ませているので、特段隠す必要もないし……アイネスフウジンが人の出走予定を吹聴して回るような子ではないから、という考えで私の次走をアイネスフウジンのトレーナーに伝えた。

 

 

 次の私の舞台は。

 ――京都レース場、ダート1200m。

 

 

 

 *

 

 京都レース場のダートはVSテイエムオペラオー戦で一度走ったことがある。

 一般に言われることは京都レース場のダートの砂質は軽めだということ。つまり高速化しやすい下地がある。

 更に、坂はあるものの第3コーナー付近で終盤の展開に影響はほぼ無い上に、ダートコースだから直線も長くない。福島とか函館よりかは長いけれども、それでも全体的な性質としては逃げ・先行そのまま逃げ切りがやりやすいスピード勝負の舞台である。

 

 実際にオペラオーとの対戦においても速い展開になってしまって、そのまま速度差で負けてしまっている。加えてあの時は1800mだったが、今回は短距離だ。更に高速化は顕著なものとなるだろう。

 

 

 ではスピードバトルを私が追い求めているかと問われれば、実は必ずしもそういう訳でもないと判断させる要素もある。

 

 確かに前に京都ダートは走った。それは間違いない。

 ――ただし、それは夏のことである。

 

 夏と冬で何が違うかと問われれば、当たり前のことであるが気温が違うことは誰でも分かるだろう。

 それと、もう1つ。

 

 冬場は乾燥しており湿度が低い。

 ……いや、湿度が低いという言い方はあまり正確ではないかもしれない。天気予報などでパーセント表示で出てくる『湿度』的には夏も冬も大して違いは無い。そのパーセント表示で表される湿度ではなく、そもそも空気中に何gの水分が含まれているのかという、絶対的な水分量が冬場はその上限値が減っているからこそ乾燥するのである。

 その上限値こそ『飽和水蒸気量』というやつであり、これが気温に相関して指数関数的に変化するからこそ、冬季の乾燥現象が発生する。

 

 ちなみにレースのためにこの辺のロジックを理科の先生に連日突撃して聞いた結果、化学と数学の最近の小テストの成績が上向くという思わぬ影響も生まれたからやっぱりレース様様なのである。

 

 

 今は私の学業成績のことなんてこの際どうでもいいか。

 ともかく話を戻せば、雨の日の方がダートでは好タイムが出やすいという話はよく聞くだろう。あれは土が水分によって固まることで走りやすくなるからなのだが、雨天と晴天のような歴然とした差ではないにせよ、空気中に含まれる絶対的な水分量によっても走りやすさというのは変わってくる。

 

 土埃が舞うようなレースだと、その土埃を動かすために使っている分はそっくりそのままエネルギーロスなのだから、乾燥とはタイムを遅くする要因となるのである。そして今日は晴天で良バ場。天候という運ゲーにはまず勝った。

 

 ……本音を言えば、凍結防止剤を散布してくれれば更に走りにくくなるのだけれども、それは高望みか。あれ、本当に寒いときくらいにしかやらないらしいし。

 

 もっとも冬場のダートコースは晴れていれば、全国どこのレース場でも基本乾燥しているので、ダートを主戦とする子たちからすれば結局京都が相対的に走りやすいコースのままである。

 

 しかし、ここで私が『芝・ダート』兼用であることが効いてくるのだ。

 真に私がスピード勝負を望むのであれば芝の平坦なコースを選べば良いだけなのである。それこそ新潟の直線1000mとかね。

 

 ダートとしてみれば速度勝負の舞台。

 しかし、それを芝も走れる私が選択するということで、私の意図がぼやける。

 

 アイネスフウジンですら私に一目を置いている状態だから、出走するウマ娘たちももう私については警戒していることを踏まえての作戦である。

 

 

 そして、更に私はもう1つ手を打っていた。

 

 

「――サンデーライフ、1番人気です。前走では5着であったはずなのに今回は1番人気となりましたね」

 

「ファンも目先の成績だけではなく見るべきところを見ているということですね。前走とは風格が違いますよ。クラシック級に入ってより鍛え上げてきたように見えます、良いトモです」

 

「ええと、手元の資料ですと体重の増加が確認されていますね――」

 

 

 なかなか迷ったが、体重を増やす方向に踏み切った。

 勿論、ただ食べて太ったというわけではない。除脂肪体重の増加、即ち筋肉の増強に踏み切ったのである。

 

 太り気味ではスピードが出なくなるが、パワーを上げるには筋力が必要不可欠。勿論これまでもトレーニングの中でパワーの強化はやってはいたが、それも身体バランスを保ちながらの話である。

 今回、私は体重が変化するほどに筋力の増強を重点的に行ってきた。最大筋力が上がれば、パワーの必要なダートでも走りやすくなり、相対的にスピードの増強にも繋がる。ただ闇雲に筋肉だけを増やしても酸素摂取効率や容量が大きくなるわけではないので体重増で燃費が悪化して持久力の低下に繋がる恐れがある。つまりスタミナの減りが早くなる危険性があるのだ。

 

 しかし、それでも私は体重を増やした。適性・スタミナ的にも長距離を走れるのだから、スプリンターのウマ娘と比較したときに元々のスタミナ量が違うので然したるデメリットにはならないだろうという判断である。

 そのせいで、1月中は調整のため出走が出来ず。ようやくの出走は前走から丸々2ヶ月が経過した2月下旬であった。

 

 しかし2ヶ月間の成果はファンや解説の目にも、はっきりと分かる差異に映ったようで、今回私は初めての一番人気と相成った訳である。……というか解説の人が私の脚を褒めていたけど、もしかしてこの人気って『がっちりとした脚好き』のマニアによる組織票とかだったりしないよね、大丈夫だよね?

 

 

 ただし。

 私が1番人気ということは有力ウマ娘が居ないことを意味してはいない。

 

「――4番人気を紹介しましょう、マヤノトップガン。前走のメイクデビュー戦における追込ウマ娘・ワンダーパヒュームに対する手痛い敗戦から人気を落としております」

 

「前走では好位を追走しておりましたが、末脚が伸びきっておりませんでした。ですが、潜在的な実力……そして何よりレースへのセンスは他のウマ娘を隔絶しております、決して人気だけで推し量ってはいけないウマ娘ですよ」

 

 脚質自在のマヤノトップガン。彼女が居た。

 解説の言う通り4番人気であることが可笑しいほどのウマ娘だ。マヤノトップガンがどのような戦術を取ってくるのかは分からない。

 今まではその対応策を相手に強要出来ていた私も、今回ばかりはマヤノトップガンへの対策はレースが始まってから彼女の戦術を臨機応変に見極めなければならない。

 

 

 ――けれど。

 

 残念ながら、今日の私はマヤノトップガンに合わせて自らの戦術を切り替える余裕は無い。

 

 

「さあ、ゲートが開きました。1番人気のサンデーライフ素晴らしいスタートです。悠々と先頭に付きました……おや、これはもしかして――」

 

「朝日杯フューチュリティステークスの勝ちウマ娘、アイネスフウジンにクビ差まで迫った前々走と同じ――大逃げですね、これは」

 

「芝のGⅠウマ娘に通用した戦術をダートに持ち込んできたっ! これはサンデーライフがレースを作りそうです」

 

 

 2回目の大逃げ炸裂の瞬間であった。

 

 

 

 *

 

 さて、前回のアイネスフウジン戦で思い知ったが、大逃げは実際の所後続との位置関係が重要になる。だからただの逃げのときにはあまりやらない後ろをちらりと確認する必要がある。

 

 また、ネームドウマ娘のアイネスフウジンに対しては殆ど無意味であった。そのアイネスフウジンに比肩する存在であるマヤノトップガンに今更一度見せた大逃げが刺さるとまで、私は楽観視していない。

 

 しかし。そのアイネスフウジンですら最初の2ハロンはタイムにムラが生じていた。1800m……9ハロンのうちの2ハロンで立て直されたが、今回は1200m……6ハロンしかない。確実にその初手の乱れが終盤にまで波及する確率は高い。

 

 他のウマ娘たちも京都レース場という性質上高速展開自体は想定していただろうが、それでも私が大逃げを選択することに絶対の自信は無かったはず。その僅かな意表は確実にこの乾燥したダートの土とともにスタミナを奪い、パワーを消費させる。

 

 まあ、とにもかくにも2番手との距離感の調節だ。

 それを確認するために私は後ろを横目で見やる。

 

 

「サンデーライフ、2番手から2バ身ほど離して第3コーナーへと入っていきます。やはり短距離ですから大逃げといえども中々振り切れませんね」

 

「ええ。この高速展開自体を予想していた子は多いでしょう……おや? マヤノトップガンが最後方に付けていますね……」

 

「4番人気マヤノトップガン。この高速のレース展開を見誤ったか、現在最後方に位置付けております――」

 

 

 思ったよりも、後続との距離は離れていない、が。

 それよりも気になるのは、マヤノトップガンが私の目には映らなかったことだ。見落としていなければ先頭集団には居ない。

 

 ということは差しか、それとも追込か……って、追込!?

 

「いえ。マヤノトップガンのこの位置は作戦やも知れませんよ。

 この超ハイペース展開では、後ろでギリギリまで脚を溜めるというのはアリです。彼女のレースセンスがあれば狙ってやっているかもしれないですね」

 

 

 大逃げに対するカウンターは、追込。

 ハイペースで推移したレース展開に対して終盤に鈍化した先行集団を全て斬り捨てるには、追込という選択肢は有効である。

 

 それにマヤノトップガンというネームドウマ娘の中でもきっての天才肌が相手となれば、私が大逃げを敢行することを看破して最初から追込を狙ってきている、そう考えた方が自然だろう。

 私からは目視で姿が捉え切れていないだけなので確定ではないが、判断を保留にするだけの猶予は無いのでマヤノトップガンは追込と決め打ちをする。

 

 しかし、これは私に不利になることばかりではない。

 ここ京都のダートは直線距離が短く、先行している方が有利であることには違いないのだ。追込という選択は正しくとも、同時に博打でもある。

 

 かくなる上は、そのまま逃げ切る。後続集団への嫌がらせも兼ねて、内から抜かれないように少しだけカーブで膨らみ、逃げ・先行のウマ娘たちを外に開いてもらうように仕向ける。

 

「各バ、第4コーナーを周り最終直線に入っていきます! 相変わらずサンデーライフが先頭! しかし、後続の脚色も衰えていない……衰えていないが、最後方に居たはずのマヤノトップガン! いつの間にか5番手に付けておりますっ!」

 

 

 ――残り約1.5ハロンの平坦直線の攻防が待っている。


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