強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
第1回中間発表が全体48位で出走希望組の中では17位。
第2回中間発表が全体30位で、こちらは13位。
残り1週間でファン投票は終わる。そして最終結果発表をもって順位が確定する。その際にはもう全体順位は出ず、第1回特別出走登録を行ったウマ娘の中での順位しか出ない。だから最後に出た順位がそのまま宝塚記念へ出られるか否かを左右するものになる。
ただし。実際にメンバーが確定するのは第2回特別出走登録時点で、それはファン投票終了後の更に2週間後だ。そこで出走の回避判断も含めて最終判断が下される。……まあ、その後も出走取消は出来るけれども『回避』ではなく『取消』の場合は別のウマ娘がその枠に埋められることはなく、そのままメンバーを減らして実施されるので自らが取り消さない限りは、他のウマ娘に寄与しなくなる。
大手メディアとの二人三脚で従来の『王子様』イメージを維持しつつも、レース関係者のみでしか知られていなかった『策士』としての私の印象を周知することは出来た。
そして新たな支持層として狙った『12歳以下の子ども』に向けた人気も、あの小学校訪問の映像化を経て『人間がウマ娘に挑める舞台を作ったヒーロー』という偶像を手にすることで大きな反響を得た。
ファンレターも私や葵ちゃんの前に厳重な検閲が学園で施された上で、そのチェックを抜けたものだけが私達の手元に渡る。それらは以前は『10代女子』が基幹で次点で20代以上の女子や主婦層であったものが、今では『小学生男子』を始めとする『ウマ娘と心の奥底では戦いたかった』層からも届くようになっていた。
……うん。ファン投票対策として当初から狙っていた目標は概ね完遂している。
もっと伸びれば楽々に宝塚出走の安全圏に入れたがそこまで甘くはなかった。でも逆説的に言えば、私が狙った一過性のブームや感動物語では揺れ動かないだけのファンをしっかりと他のウマ娘は抱えていて、そして『宝塚記念』というGⅠレースそのものが、そうした多少の情報操作で格を下げることのない正統性の担保にもなっているわけで。
その意味合いでは私は『レースの重さ』をちょっとだけ見誤っていたのかもなあ、と思い直す。メディア影響力を利用して足りない実力をマーケティング戦略でカバーするって手法、どう考えても世間一般には正統派ではないやり方だし。何なら『悪』って言う人も居るかも。
でも、この世界のファンはそうした私の手法ですらも受け入れる懐の広さがあった。……まあ批判的な意見は私の視界に入らないように一切シャットアウトしているんですけどね!
ただし……正直手詰まりである。いや、メディア利用の手が浮かばない訳ではないのだけれども……ただ、これ以上の属性付与はかえって印象が分散してぼやけて逆効果というか、節操ない感じになってしまうのを危惧している。
打ち手が存在しないのではなく、あまり効果的にならない可能性を私は恐れているわけで。
「葵ちゃんなら、残りの1週間で私をどうプロデュースします?」
ということで自分だけでアイデアが浮かばないなら他の人に丸投げ、これが多分最強だと思う。
しかも、葵ちゃんはしっかりと答えを持っていた。
「もうサンデーライフの場合……『多くの人に知ってもらう』段階は越えたのではないでしょうか?
……そうなれば、次は『個性』を周知しても良い頃合いなのでは――」
それは端的に言えば沼に落とすということ。私の言葉にするならば、今まで私から発信した情報をファンが摂取するという形であったのを、深みにハマってもらったファンによって『ファンからファン』へと宣教し教え広めるという二次創作、布教段階に進んでも良いのでは、という提案である。
「……でも、私の個性って端的に表せなくないですか?
基本、他者の好意的な評価をラーニングしてそれの形状記憶で個性を形成しているので、抽象的というか個々人で私のキャラクターに対する受け取り方が大きく異なるというか……」
「……私は、サンデーライフの自己理解の仕方にびっくりですよ」
葵ちゃんはそう言うけれど、自分でも結構難解な性格をしていると思う。基本方針は『楽をする』こと、『日曜日のような毎日を過ごす人生を謳歌する』ことが目標にはなるけれども、それはあくまで長期的視野に立ったときのことで、短期的なスパンだとそれに相反することを選択することもある。だから考え方の軸になっているそれが他者から見える枝葉まで反映されていないことも多い。
あるいはヘイルトゥリーズンとの対話の際には、彼女とレースをすることが自身のレベルアップへのヒントを得て『楽をすること』にも通じていたはずだったのに、私は『勝利への渇望』を自身が手にすることを恐れて拒絶したこともあった。
だから状況次第では自身の本質的な在り方や考え方を、理性で塗り替えることも出来る。そしてそれは決して私が作り上げた偶像や虚構というわけではなく、その仮面すらも私を形成する一要素であるわけで。
ただ、ある一面性としては異常なほどに柔軟なように見えるけれども、その実、私は偏執的でかつ固執的な側面も確実にある。ここは表現が難しいが『柔軟的であるために譲れない一線がある』とでも言うのだろうか。
一要素としては葵ちゃんとの関係性が例になるだろうか。私は葵ちゃん自身に対しての依存や執着はそこまで強くないけれども『葵ちゃんと自分自身を縛らないこと』に関しては結構偏執的だ。関係性を重要視するのではなく『関係性の自由度』を重視する感じ。
けれど求めるのは『自由度』であって『自由』であることにはそこまで重きを置いていない。
だから別に、私自身の行動を誰かが管理して束縛されたり縛られること自体がイヤという訳でもない。でも『縛るためのルールや規則』に対しては私は重きを置くけれど、そのルール上認められる部分については好き勝手動いて楽をするつもりではあるので、多分私を束縛しようとする側はきっと大変だと思う。
なので論理でガチガチに固めるタイプ……ではあるけれども、別に感情的な側面で動くこともあるしねえ。論理側に傾いているものの、感情判断をしないという訳でもない。
うっわ、面倒くせ……と思った人は多分正しい。私も全く同じことを思っているので。
――でも、きっと人って多かれ少なかれそういう相反する二面性を両立しているとは思っている。
私のこの一見難儀そうに見える性格だって、これを性格診断とかにまとめてしまえば、論理的『寄り』で、自由人『気質』で、柔軟な『タイプ』であると一言でまとめてしまうことも出来るのだから。
評価の方向性と相対化の指標を手に入れた瞬間に、人というのは極端に無個性になるのである。
だからこそ葵ちゃんは、どのような『指標』でもって私の個性を決定してそれをファンへと伝えるつもりか聞いてみれば。
「……ふふっ。もう、サンデーライフったら難しく考えすぎですよ!
ウマ娘の個性を規定するものが、今のあなたには決まっていないじゃないですか。
――『勝負服』のデザイン、です」
あー……そこに繋がるのかー……。
確かに、私が難しく考えすぎてただけじゃん、これ。
*
とはいえ、勝負服は勝負服で難しい。
というのも、先の性格の話と全く同じ問題が内包している。どちらも『個性』の要素をどうやって可視化するのかという指標なのだから当然かもしれないけれども。
別に私としては『王子様』でも『策略家』でも『ヒーロー』でも良いし、それ以外のイメージを基にして作ってもらっても構わない。でも。
「……私らしい『衣装』ってなんでしょうね?」
「それはサンデーライフが見つけるべきことですね」
まあ、葵ちゃんならそう言うか。ここは有無を言わさずの即答で『トレーナー』としての矜持が垣間見えた一言だった。
「……ちょっと、外で考えてきますね」
そう言って私はトレーナー室を後にした。葵ちゃんもそれについて何も言わずに私を送り出した。
まず最初に向かうのは資料室。1勝してからずっとお世話になっている部屋だ。
最初は埃まみれで掃除をしなければまともに使えもしない汚い倉庫みたいな部屋だったけれども、ソファーを買って、棚も新調して、資料のファイリングもちゃんとやって、友達の充電スポットと化して、現在では新たにハッピーミークが買ってきた謎の香港の街並みの模型が置かれているこの部屋は、既に私を形成する一要素となっていた。
この資料室によって付加されたイメージは理知的なもの。その文脈に沿うならば、タキシードとかパンツルックのスーツみたいな方向性になりそうだが……。
次にファン感謝祭のときに『ウマ娘ボール』の会場としてわざわざ新設されたダートコート。あの後何の使い道も無いだろうなあ、と思っていたが、ダートでのミニハードルやラダーを使った腿上げのトレーニングスペースなどとして利用されているようで。上手いこと考えたね。
ファン感謝祭といえば結局やらなかったけども、最初は執事喫茶要員になるかもなあって思っていたこともあった。その文脈に沿えば執事服というのもアリかもしれないけれど……。
「あ、サンデーライフさん! お疲れ様ですっ!」
声をかけてきたのは――インディゴシュシュである。1勝クラス・三条特別のときに審議判定ランプが灯った際に斜行の加害ウマ娘として容疑があがった子だ。あの一戦以来ちょくちょく私のお友達として接することも多い。バレンタインのレンタルキッチン組の中にも誘ったし。
折角なので彼女にも私の勝負服について聞いてみる。
「……うーん。自分の勝負服もまだなのに、サンデーライフさんにアドバイスなんて出来るのかな……。私からすると、あの時に手を差し伸べてくれたことと、後は物静かな印象があるので、ちょっぴり教会のシスターみたいだなあ……って思ったりは――って、ごめんなさい!
みんな『王子様』って言ってるのに――」
「いや、逆にその『王子様』イメージのまま勝負服を決めて良いのかな、って思っていたところですから、そういう視点は助かります」
しかし、シスターか。それは本当に思いもよらなかった。確かに彼女と出会ったときはまだ王子でも何でもない頃だったし。そういう見方もあるんだね、これは意外。
その次にやってきたのは、障害コースの練習施設。ここも今となっては私を形成する大きな要素になった。今の走りがあるのは間違いなく障害転向をしたおかげだ。ついでに言えば『王子様』要素が発現して、私の今のライト層人気の根幹となったのも障害レースから。最早、競走ウマ娘『サンデーライフ』を語るのに障害競走は必要不可欠なものとなっていた。
「……あれ、メジロパーマーさん? こんなところでお会いするなんて珍しいですね?」
思わぬ先客が居た。ただ普通に練習している子たちも居るがそこには混ざらず私と同じように外から障害コースを眺めていた。
「お。久しぶりだね~、サンデーライフさん。
たまーに、見たくなるんだよねえこのコース。君なら共感してもらえると思うけれども、やっぱり今の私って
まあ、それはいっか。それよりも宝塚記念、出るんだってね。私も出走するつもりだからよろしくね」
……ぶっちゃけ知っていたし、何なら彼女が5月の重賞・新潟大賞典で勝利して万全の体制で臨んできていることも知っていた。新潟大賞典の距離は2200m……宝塚記念と同じ距離である。
ただ、それはおくびも出さずに。
「ファン投票順位が結構ギリギリなんで出られるか微妙ですけどね私は。でももし出走できたら、今度は平地でもお手合わせということになりますね」
「おー、良いじゃん。また君の逃げパッションが見たいよー。
……でも、ちょっと悩んでいる感じだね?」
「あー、勝負服のデザインをちょっと考えていまして――」
「あれ、あんまり深く考えるとドツボにハマるからほどほどに『逃げ』て考えなよー」
「あはは、そうします」
確かパーマーはブルゾンにミニスカートのへそ出しコーデだったっけ。というかウマ娘勝負服って結構へそ出し多いよね、アイネスフウジンもそうだし。
「ちなみに、パーマーさんから見た私の勝負服イメージって何かあります?」
「うーん……、まあお姫様抱っこされたって印象がやっぱり強いけどねえ。
でも控え室で逆に私がやり返したよね? だから『お姫様』でもアリだと思うよ?」
なるほど。メジロパーマー的にはそっちに行くんだね。確かに言われてみれば私って結構お姫様抱っこされる側に回ることも多かった。
最後の終着場所は、教室だった。
最初にメイクデビュー戦に出走してから2年が経過した。このトレセン学園に入学してからであればそれ以上。決して楽な道のりではなかった。
メイクデビューに負け、未勝利で負け続け、Pre-OP戦では抽選除外され、障害転向もして、歩んできた道のりの先には今。GⅠレースが見えている。
上位10名が出走できる条件での13位。あと3人というところまで手が届いた。ジュニア級の頃に1勝を掴めなかった私は2年の歳月を経て、実力不足であるとは理解しつつも、そこまで成長していた。
「あれ? ……サンデーライフちゃん? 珍しいね、この時間に教室に居るなんて」
誰も居ないはずの教室。廊下から声を掛けられる。振り向けば、そこには私のお友達でありながら私にガチ恋をした子が居た。
とてててっと駆け寄ってきて、そのまま私のことを抱きしめる。……まあ、告白を受けてからは、大体こんな感じなので私もそのまま流れ作業のように彼女の頭を撫でる。
「一応、あなたにも聞いておこうかな。
宝塚記念に私出る予定だけどさ、勝負服……どんなのが良いかな?」
さーて、この子は私のことをどう見ているんだろうか。王子様路線で男装させようとしてくるのか、それとも逆に女子っぽさを全面に出すようなものを提案してくるのか。何か近頃の彼女の積極性だとウエディング系統すら言ってきそうな気配があったけれども、彼女の答えは即答だった。
「うーん、サンデーライフちゃんって、何かあんまり『衣装』って感じのものを着なさそうというか……。むしろ空気抵抗とかそういう難しいこと考えて、すごい機能性に特化した感じのただのジャージとかを勝負服にしてそうなイメージが……」
……。
やっべえ。そのイメージが今までで一番すんなり入ったよ、私も。
*
やっぱり、人それぞれ私に対するイメージは異なっていた。それに私も考えもしなかった印象を抱いている人も結構居て驚いた。
また人だけではなく、想い出の中にも私を形成するイメージというものもあった。
……けれど。逆に色々な意見を聞いて自分の中でまとまってきた。『王子様』みたいな表層的な部分を拾い集めていくのも悪くは無かったけれども、やっぱりもっと深層に紐づいた根源的なものであった方が良い。
「葵ちゃん、勝負服の案が決まりました!」
私はトレーナー室に戻って開口一番にそう声に出した。
「……迷いが無くなっているように見えますね! 私に教えてくれますか?」
「勿論です! ただちょっと説明が難しくてですね……」
図示とかタブレットで検索して近いデザインのアイテムを見せたり、葵ちゃんのトレーナーとしての特殊技能で簡単なデザインも出来ることが思わぬ場面で発覚したりして、色々試行錯誤した結果、葵ちゃんにもぼんやりとした印象は伝わった。
「……何と言いますか、既視感を感じつつも全く新しいデザインですねっ!」
後日、葵ちゃんが衣装案として纏めてくれたものに、修正を加えたりしつつ出来たデータをURAへと送ることとなる。そして、勝負服の図案が完成したことはウマートでも報告することにした。具体的な意匠をどうするかは一切言及せずに、期待感だけ煽るようなウマートである。
……その日の夕方には、テレビのニュースで私のウマートのことが報道されててちょっとびっくりしたが、ファン投票の最後の追込はそうした勝負服に関するお話で終えることとなった。
*
6月の第2木曜日――宝塚記念に向けたファン投票が終わった。同日に第1回出走登録も締め切られて、既に集計結果はインターネット上に掲示されていた。
もうここから順位が変動することは無い。そして最終結果発表に関しては既に第1回出走登録を行っていないウマ娘は弾かれているため、ここに書かれた順位がそのまま宝塚記念の出走ファン投票枠となる。
例年放課後には既に出ているようなので、ホームルームの後ダッシュでトレーナー室まで逃亡してきた。
「葵ちゃんは見ましたか!?」
「いえ、サンデーライフと一緒に見ようと思っていたので、見ていませんよ」
「じゃ、じゃあ、いっせーので見ましょう! 怖いのでっ!」
明らかにメンタルがバグっていたけど、これはかきつばた記念の時みたいな予想外事態への動揺ではなく、ただの緊張だ。というか、普通この場面は誰でも情緒おかしくなるでしょ。
そうしてURAホームページにアクセスしてファン投票結果ページを見る。
シニア級1年目 サンデーライフ。
獲得票数……32万4189票。
――12位。
……うわ。惜しい。
でも。
届かなかったか、そっか――。
*
結局、その日はトレーニングはオフということになって寮に早めに帰った。それで夕ご飯も食べてお風呂も入って寝ようかな、と思っていた矢先。
私のスマートフォンに着信が入った。
……相手は、葵ちゃんだった。スピーカーをオンにして話す。
「どうしたんですかー、葵ちゃん。今日の昼間か明日でも良か――」
「――サンデーライフ!! テレビを今すぐ見れますかっ!?」
「……え? 今、寮の自室なんで手元にあるのはタブレットくらいですけど……」
「じゃ、じゃあ。それでネットニュースでも何でも良いので見て下さいっ!」
葵ちゃんが取り乱していたから逆に何事だと私は冷静になった。そして、一体何を見れば良いんだろうとタブレット端末でブラウザを開けば葵ちゃんが何を言いたいのかははっきりと分かった。
――『宝塚人気投票1位サイレンススズカ、ローテーション調整の結果帰国を断念。アメリカ遠征継続の意向を固める』
――『宝塚記念への出走が内定したメジロマックイーンが第2回出走登録を行わない意志を表明。帝王賞ダート路線を優先する模様』
私よりも上位2名の出走回避報道が既に出回っていた。
……ということは。
「……葵ちゃん、これって……」
「おめでとうございます、サンデーライフ。
――12位ですから、この時点で繰り上げ出走が確定です!
宝塚記念、出られますよっ!」
サンデーライフ @sundaylife_honmono・6月6日 ︙
宝塚記念の最終結果発表まであと数日となりましたが、ファンの皆様に簡単なご報告がございます。
この度、私の勝負服のデザイン案が決定し既に衣装の作製をURAへお願いしてきました。どんな衣装になるのかは、現時点ではお伝えできませんが、もし宝塚への出走が決定すればそこでお目見え出来るかと思います。
今後ともサンデーライフをよろしくお願いいたしますね!
4.2万 リウマート 7,998 引用リウマート 9.4万 ウマいね